三十九話、黒き花は語る
目を細め、続ける。
「我が国は二年ほど前から複数の地域で“加護のない竜”に関連するとみられる痕跡を観測しております。
……黒い蝶、黒いルミナリア。住民の記憶障害。
それらが貴国の“特別な存在”と無関係であるとするのは、やや難しいかと。だからこそ、その者は危惧してーーおそらく正義感もあったのでしょう。
――その存在を保護しました」
保護、正義ときたか。
いや、待て。
黒だと?
ルミナリアが?
(貴様、知っていたな?!)
隣の愚か者には目を向けず、かわりに足を踏んづける。
こいつ、何してた?!
あれから二年ほど。
どこをほっつき歩いていたかは、聞いていない。
……まさか、フォルシュトナーの言うことは事実なのか?
アホは平常心を装っている。
「また、ラザリ君お得意の話のすり替えですか?」
やれやれ、じゃない。
私がやれやれだ。
と、足蹴する。
向こうも私の足を踏み始めた。
反抗するな。
(このまま踏み返すなら、……あのスイッチ、押してやってもいいんだぞ?)
と、テーブルの下で激しい争いをしていた。
「すり替え、ではないですよ? 現におかしなことが多すぎるのです。まず、魔物襲撃事件。そして、記憶障害の町々。挙句――最近の建築物の混じった、国の遺跡。
全て竜の背骨付近のこと。それを辿るとイグニス王国。まさか、侵略でもしてるおつもりか?」
「侵略? まさか。憶測で語るのはおやめください」
言い切ると、私は椅子から静かに立ち上がった。
――ここまでだ。
もうこれ以上は、言葉よりも感情が勝ってしまいそうだった。
「では、今日のところはこの辺りで切り上げさせていただきましょう。
お互いに、“冷静な議論の準備”が必要なようですから」
バリストンも立ち上がる。
口は開かない。
だが、足音が妙に軽かった。
まったく、余裕そうな顔して……。
おまえのせいだぞ、と言いたい。
アルヴァイン帝王は微動だにせず。フォルシュトナーは一礼しながら笑みを崩さなかった。
「ええ、次回こそはより有意義な会談にいたしましょう。――“真実”の整理がついた頃にでも」
次回――それは“宣戦布告”か、“和解”か。
どちらに転ぶかは、これから次第だった。
私はドアノブに手をかけ、最後にだけ振り返った。
まだ、フォルシュトナーは負けたという顔をしていない。
それを不穏に感じながら退出した。




