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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
暁の誓い

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10.

ヴォルフ視点がもう少しだけ続きます。

 結局、言われるがまま家に招かれ、先ほど俺たちが休んでいた木々がよく見える位置に置かれた椅子に座っている。茶菓子だと出された茶色い丸型で固く焼かれたお菓子をバリンボリンと音を立てて食べているルークは、相当気に入ったらしく一口食べてから笑顔を崩さない。

 その食べっぷりを男も嬉しそうに見ていて、あれこれと差し出してはルークとどれが美味しいだとかそんな話をして盛り上がっている。

 ただお茶に招かれただけではないというのを覚えているのかどうか分からないその様子に、気のせいではなく痛む頭を押さえてしまった。


「どうして、俺たちがリュムからだと?」

「ここで休憩をしているヒト族なんて、そういないからなあ」


 獣人の一番の特徴である耳はフードで隠しているが、同じような格好をしているヒトはほとんど見なかった。服を見て獣人だと判断されても、リュムから来たかどうかなんて分かるはずはないのに、俺たちがリュムから来た獣人だと確信を持っていたような言い方をされたことは、疑問だった。

 リスのようにほっぺを膨らませたルークは、また違う事を疑問に思ったようだったが。


「こんなに緑があって、安らぐ場所なのに」

「ありがとうよ。そう言ってもらえるとじじいの手慰みでも甲斐があったというものだ」

「え、これ全部おじいさんが植えたの!? すごいよー!」


 俺たちが休んでいたのは、目の前ではしゃぐルークに木の名前を一つ一つ教えている男の私有地だったらしい。もともと何にも使っていなかった空き地に、最近になって木を植え始めたそうでせっかくならばと公園のような使い方をしてもらおうと、自由に出入りは出来るようにはしてあったそうだが。

 誰もが自由に入れるならば、俺たちを招いているのも、ルークに嬉しそうにあれこれ教えているのも、もしかしたら誰かを呼ぶための時間稼ぎをしているのではないかと思えてしまう。


「おい、」

「そう心配せずとも、誰を呼んだりもしとらんよ。呼んだところで来る奴もおらんがな」


 ただ一言、声を出しただけなのに考えを読まれたような事を先に言われてしまって、言葉に詰まる。一瞬だけ、俺に向けられた視線には鋭いものが含まれていたが、それはすぐに消えてなくなる。見間違いかと思えるくらいほんの僅かな瞬間だったのに、その視線を向けられた時に感じた寒気は確かに自分の体に残っている。


「こんなにいいところなのにね」

「そう思うのはお前さんたちがリュムから来ただろう。モジュールでは、自然に木が生えている場所はもうほとんど残っておらん」


 それは、港があった町からここまで移動してきて気づいたこと。土も見えないようにしっかりと舗装された灰色の道は、石に躓くような事はないが足に伝わってくる感覚は固く、途中にある分かれ道には行き先が書かれた看板が設置されていて、これなら道に迷う事はないだろう。

 だけど、目に映る色は灰色がほとんどで、リュムにいる時には見飽きるほどにあった緑色は、整然と整理された道の合間に少しだけとばかりに置いてある程度だった。自然に生えているのを活かしているではなく景観をよくするためにある、というなんとも合理的な考えのもとに設置された細く枝も少ない木。それがモジュールに住むヒトが思い描く木、なんだそうだ。


「それで、俺たちを家に入れたのはどういう訳だ」

「先ほども言っただろう、リュムからの旅人にこの街は少々過ごしづらい」


 笑顔で、息抜きの場は必要だろうと告げた男に、ルークは頷いている。先ほどから、出された茶菓子を何の疑いもなく頬張ったり、木の名前なんて今まで気にしたこともないようなものにはしゃいだ姿しか見ていないが、一応クマ族。獣人の中でも警戒心が強い種族がここまで無防備な様子を見せるだろうかと考えたら、ルークなりに相手の情報を得ようとしていたのかもしれない。俺だけでは、きっと次の言葉を引っ張り出すことは出来なかっただろうから。


「それに、聞きたいこともあったのだよ。この体では、リュムに行くことが難しいからな」


 どっこいしょなんて声をかけながら動いている男の様子を見ていると、自分が最初に警戒したのはやり過ぎだったのかと思うほど。杖なしで動けるのはそんなに長い距離ではなく、それだってゆっくりと時間をかけている。聞きたいこと、がどういう事なのかは分からないが、この状態ならリュムに来たところで満足いくような行動が出来るとは思えない。


「それで、聞きたいのはリュムのどんなこと?」

「……ヒトをな、探しているのだ。どれだけ手を尽くしても、ここで知れることは限られてしまうのでな」


 モジュールから、リュムの事を知るならば手っ取り早いのはヒトを送ることだ。見聞きした事を直接伝えるのか、手紙などの手段を取るのかによって届く早さが違うのは難点だが、自らが向かうことが出来ない時に使う事があるという。

 モジュールに来ることも、リュムに行くこともどちらもお互いに感じるものはあるだろうが、それを職業としているヒトがいるのだから、それなりに需要はあるらしい。使ったことはないから相場なんかは知らないけれど、アロンズの臨時収入があったという話から安くはないんだろうと想像がつく。


「僕らだって、知っているか分からないけど……どんなヒト?」

「グスタフ、というヒト族の男を知っているか?」

「それ」


 声を上げたルークの口を塞ぎ、先を促すように男の顔を見る。こちらを見ずに、どこか遠くを見るように、グスタフの事を懐かしむような表情で空を見上げていたからか、男が俺たちの行動に気づくことはなかった。


「リュムの住人にヒト族の事を聞くのはおかしいだろう? だが、確かにその名を持つヒト族がリュムにいるはずなのだ」


 珍しい名前ではないのかもしれない、ヒト族がリュムにいる事だって俺たちからしたら当たり前のことだ。だけど、ここで名前を出されたグスタフ、が俺の知るグスタフであるのならば。


「そいつと、どういった関係だ」


 自分の声が震えているのは分かった。関係性がどうであれ、グスタフの事は話さなければならないだろう。町は縄張りだという意識を持つ獣人でも、その名を冠する町を知っていること、その町で過ごしていたあいつの姿、それから、最期。目の前の男に伝えなければならない事が、ある。


「息子なのだ。獣人に興味を持って、この街を飛び出していったな」

「息子さん? の話聞いてどうするの? 連れ戻しにリュムに行く?」


 名前を知らないはずがないだろうに、ずっと様子を伺っていたルークがじっと男を見つめている。さっきまでと変わらない、弾んだような口調で問いかけているのに、ちらりと横目で見えた夕焼け色は冷めたものだ。


「先ほども言っただろう。この体でリュムには行けんよ。ただ、飛び出していったきり、連絡のひとつも寄越さないバカ息子の事が今になって気になるのだ」

「俺たちが知っている事なら教えよう。その代わり、俺たちも知りたいことがある」

「もちろんだ。分かる範囲で、お答えしよう」


 頬杖をついて、だらりと力を抜いていたルークが背筋を正したことで、目の前の男も同じように体勢を変えた。腰が曲がったなんて自分で言っていたけれど、背中は一本の線が通っているかのように綺麗に伸びる。


「グスタフ、俺にとって町の名であり、恩人の名前だ」


 口を挟むつもりはないのだろう、ルークは正した姿勢のままで静かに俺の話を聞いている。さっきまではしゃいだ声が響いていたこの場所には今、静かな息遣いしか聞こえない。

 続きを促すように少しだけ前のめりになった男の顔を、まじまじと見てしまう。

 グスタフと髪の色は違うが、困ったように笑う顔だとか、垂れた茶色の瞳はそっくりで確かに血縁なのだと思わせる。


「そして、俺のせいで死んだ友」

「……!!」


 がたん、と派手な音を立てて転がった椅子、目の前の男は思わずと言った様子で立ち上がったのだろうが、それを気にしている様子はない。それよりも俺から吐き出された言葉の方が衝撃だったのだろう。


「は、はは……親よりも先に逝くとは、最期まで――っ」


 それ以上は言葉にならなかった。声が外に漏れないよう、唇を噛み締めて堪えている男の背中に、そっとルークが手を添える。


「僕はね、直接会ったことはないんだけど。だけど、仲間がみんな言うんだ。あのヒトのいる町だったら安心して暮らせるって」


 ぽんぽんと優しくあやすように背中を叩き続けるルークの声はとても穏やかで、本音でそう言っているというのがすぐに分かった。そして、それに気づいたのは俺だけではない。


「黒髪のイヌ族よ。あいつは、グスタフは笑っていたか」

「ああ。孫の事を心配していたが、笑っていたよ」

「孫までいたのか。それすら知らずに、私は……」

「すごくね、楽しそうに笑う女の子だよ。僕たち、彼女に会うためにここまで来たんだ」


 ルークは、言葉を急かさない。自分の息子に孫がいると知らなかったのはもちろん、もう二度と会うことが出来ないのだというのは、すぐに飲み込めることではないだろう。時間がかかるだろうと判断して、出されたままで手を付けていなかったお茶を口に運ぶ。

 丸い筒を模したコップに淹れられていたのは緑色で、リュムではなかなか見ることのないものだった。最後に飲んだのは、たぶんグスタフの愚痴に付き合っていた頃。湯気が出ていたのに、すっかり冷めてしまったそれを飲めば、忘れかけていた渋みがいろんなことを思い起こさせる。

 マリーの見た目がタイプで、想いを伝えたけれど自分より弱い男はお断りだと言われたから必死で剣を学んだこと、家事は一切できないのに、舌は肥えているから料理を作るのも大変だと嘆いた顔、そんな事を言いながらも嬉しそうに笑っていたグスタフの姿は、あまり思い出すこともなかったのに。


「それが、知りたい事か」

「ああ、そうだ」

「その、女の子、の名前は分かるかい?」


 女の子と告げた時に少しだけ表情を曇らせて、言葉に詰まった様子を見せたのは、ひ孫と呼んでもいいのか迷ったからだろう。存在も知らなかったのに、血が繋がっているという呼び方をしてもいいのか、本人も戸惑っているはずだ。

 ぐいっと乱暴に袖で拭って赤くなった目はまだ潤んでいたが、涙がこぼれ落ちることはなかった。


「セレネ。俺たちが探しているのは、セレネ・リィグレット」

「金髪を背中まで伸ばしてる、青い瞳の女の子だよ。ヒト換算で十七歳、だったかな」


 換算もなにも、セレネはヒト族なのだからそのままの年齢でいいだろうに。だが、男が反応したのはそこではなかった。

 セレネ、ではなくリィグレットと聞いた瞬間に、男は呻いた。それが、どんな意味を持つのか分からない俺とルークは首を傾げる。


「息子が、結婚したのがリィグレット家のご令嬢だったとは……もう驚かないと思っていたのだがなあ」

「え、セレちゃんってもしかして」

「なんとなく、予想はしていたがそうなんだろう。それで、その家はどこにある」


 モジュールで、どんな立場にある家だろうが関係ない。俺たちは、セレネに会いに来たのだから。名のある家ならすんなりと家に入ることは出来ないだろうから、手段が限られてしまうという点では面倒くさいと思うが。


「ここから西に移動した先にある街に本家があるはずだけど、本当に行くのかい?」


 場所を聞いただけで目を輝かせたルークは、今すぐ行こうとばかりに腰を浮かせたが、西、という方角だけではあまりにも情報が少なすぎる。

 頷いた俺たちに止めても無駄だと悟ったのか、男は深いため息を吐いた。


「ちょっと前にニュースになったよ。リィグレット家のご令嬢が、どこぞの家と婚約をするのだとね。これでヒト族同士の結びつきが強くなり、ますます繁栄するだろうとな」

「それで繁栄? お気楽だね」

「モジュールでも、純粋なヒト族だけで繋がる一族は年々少なくなっているからな。

 それで、近々顔合わせが行われるということまでニュースになるのだよ」


 にやり、と笑う男の言いたいことがなんとなく読めたので、俺も同じような笑みを返す。ルークだけはきょとんとして、視線が俺と男の顔を行ったり来たりしていたが、面白くなさそうに不満を口に出す。


「もう! 二人だけで分かったようにしないでよ!」

「すまんな、少年よ。つまり、だ。警備の厚い本家に行って門前払いを食らうよりも」

「その顔合わせをする場所に行った方が手っ取り早い、そういうことだろう?」


 正解だ、と笑う男の表情は、やはりグスタフが何か考えついたことが上手く行った時と同じ顔。初めて会ったはずなのに、なぜか感じる懐かしさはそのまま、俺の胸に留めておこうと思う。


「もう二、三日もすればどこで顔合わせをするか分かるだろう。どうだ、それまでここに留まってみては」

「えーっと、僕は嬉しいけれど……」

「いいだろう、世話になる」


 当てもなくさ迷い歩いて無駄に体力を消耗するよりも、ここで情報収集に努めた方がよほどいい。これだけ長時間話し込んでいても誰が訪れるわけでもないこの場所は、最初に聞いていた通り誰かが来るという事もないだろう。


「ならば、客室を案内しよう。私はビリー。まあ、じじいでも好きなように呼んでくれ」

「僕はルーク、ちょっとの間だけどよろしくね」

「ヴォルフ。それから」


 あえて一度言葉を切り、続きを待つようにじっと見ているビリーの顔を見てさっき言われてからずっと思っていたことを口に出す。


「イヌじゃない、オオカミだ」



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