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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
夕焼け色と出会い

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3.

 そうして、町や小屋でなく、野宿をして夜を過ごすようなときには食事だけ一緒に過ごすことに疑問は持ちつつも、同じ空間にいることがもはや当たり前のようになっていた。

 何度断ろうともルークは懲りずに毎度食材を持ってくるし、毒見と言わんばかりに自ら調理しては率先して口にする。

 ヴォルフが詳しいのは火を使わずにそのままで食べられる物なのに対して、ルークは火を通すと美味しくなるもの、その場で調達できるうえに簡単に調理出来るものに詳しかった。

 わたしはどちらも、図鑑や祖父母の話でしか知らなかったから、ルークの持ってくるものも、ヴォルフの話もためになったのだけれど。


「あ、セレちゃんたちやっと来た」


 にぱっと、歯を見せて笑うルークがいるのは町の入り口。昨日は一つ前の町よりはこちら寄りにあった小屋で一晩を過ごし、日が昇ってからここに向かって歩き出した。わたしのペースに合わせてくれているから、獣人からしたらやっと、と呼ぶくらいの時間は経っているだろう。

 その言い方に少しだけムッとしたが、表情に出すことはしない。ここしばらくのルークの様子を見ていたら、基本的にはおおらかな性格だというのは分かっている。


「……そうね、あなたに比べたら随分と遅かったでしょうね」


 分かってはいるが、別にわたしはルークと待ち合わせの約束をしているわけでもない。向こうが一方的に待っているだけなのに、どうしてやっとなんて言われないといけないのか。


「え、あっ……!」


 案の定、慌てた様子を見せたルークは、先ほど自分が何と言ったかに思い当たったようだ。自分の口を押さえて、大きな体を縮こまらせている様はどこからどう見ても失言したことを理解したのだと分かるだろう。

 隣のヴォルフがちらりとわたしに目線を送ってきたことには気づいていたけれど、口元に指を持っていくだけでその場をやり過ごして、入り口で固まったままのルークには声をかけることなく町に入った。


「珍しい事をするじゃないか」

「悪かったとは、思っているわ」


 宿を取って、飛び込むようにベッドに潜り込んだわたしを咎めることなく、むしろ楽しそうなものを含ませながら口を開いたヴォルフに、もぞもぞ動きながら体勢を立て直して向かい合う。

 ルークの同行を許可しないのも、名前すら呼ばないのもわたしの勝手な思いからなのに、それをルークに当たっていいわけでもない。ヴォルフから言わせれば、つきまとってくるあっちの勝手、との事だけれど。

 自分でもどうしてルークにあんなことを言ってしまったのかよく分からないけれど、ひどい事を言った自覚はあるので次に会う機会があるのなら謝らないと。


「これでついてこなくなるんじゃないか?」


 窓際に座って、外を眺めていたヴォルフがぽつりと呟く。今まで通って来た町のなかでも、大きい方だろう。宿がなくて、物置を借りたりしたところもあったし、町の唯一の宿が町長の家だったりしたところから比べたら、とても立派な造りで設備も整っている宿屋。

 だけど町の様子はやはりヒトが多い分、活気に満ち溢れているというだけではなく、破裂寸前まで膨らんだ風船のような危うさも持ち合わせているように見える。


「そうなったら、その程度の興味だったって事だわ。謝れないのは残念だけど」

「何だ、気にはしていたのか」

「あれだけついてこられたらね。ヴォルフだって気にかけていたんじゃないの?」

「今までよく無事だったと思っていただけだ」


 照れ隠しなのかもしれないけれど、それはわたしも思っていたことだから頷いておく。

 食べ物などの知識はある、一人で夜を明かせる程度には旅や野宿にも慣れているのだろう。だけど、おおらかな性格の彼は言い方を変えるなら物事の裏を読まない。

 小さな町で育ったわたしでさえも、こうやって知らない場所に来てからは言葉をそのままに受け取ったりしないのに、彼は違う。言われたことをその通りに受け取って信じてしまうのだ。話を聞く限りだと何回か騙されたような事も経験しているはずなのに、それでも言葉を疑うという事をしない。


「ここは大きい町だし、心配にもなるわよね」

「俺たちが出てからなら構わないが、いるうちだと面倒なことになるからな」

「そういう事にしておくわ」


 こうして突き放すような事を言っていても、多少はルークを心配しているのだろう。警戒するように外を見て、時折ピクリと耳が動くたびに視線もそちらに向いているのは、ヴォルフ自身も気づいていないのかもしれない。

 明るいうちに宿を確保できたし、大きいだけあってこの町は余所からやって来るヒトも少なくないから、出歩いても気にされる事もないだろう。

 だけど、自分たちから面倒事に首を突っ込みに行くような真似も避けたいから、買い出しや換金は日が落ちないうちに済ませておいた方が良さそうだ。

 この町には長居しない方が良さそうだとのヴォルフの言葉もあったし、明日には出発しようと思う。町を見たい気持ちはあるけれど、何か問題に巻き込まれてこの先、旅を続けられなくなるよりはいい。


「ヴォルフ、買い出しに行きましょう」

「分かった」

「大丈夫よ。最低限だけで済ませるわ」


 携帯用の食料には最近余裕があるけど、それ以外では足りない物が出始めている。主にわたしが使う簡易な灯りとか。ヴォルフは夜目が利くからあまり使わない。だから管理はわたしになるんだけど、その残りが少し心もとないのだ。

 ここからしばらくは森が続くみたいだから、先で補給できるか分からないものはこの町で買っておきたい。

 鞄の中を確認して、足りない物をリストアップしていく。元々荷物は少なくしてあるから、持って出て来た物が少なくなっているか、この先でも買えそうな物かを確かめるだけだ。


「手早く終わらせて、ゆっくり休みましょう」


 返事の代わりにフードを被ったヴォルフが先に部屋を出る。荷物はわたしの鞄ひとつだけだから、部屋に置く物もない。残る物といえば、わたしが飛び込んだ時に出来たベッドの皺だけだ。例えわたし達が部屋を出た直後に物盗りが来たって、盗っていける物はなにひとつないだろう。

 今更ながらヴォルフは荷物どうしてるのだろうと不思議に思ったので、買い出しが終わったら聞いてみようか。そんな事を思いながら部屋の鍵を閉めて、カウンターにいた男性に預けた。



「必要なものは買えたのか」

「そうね、これで余裕が出来たわ」


 灯りが思ったよりも安く買えたし、換金用に持ち運んでいた動物の角や爪、薬草なども買い取ってもらったので鞄にもお財布にも、少し余裕がある。配達も頼めたので、アロンズさんに届けてもらえるようにこの辺りに良く生えている花を乾燥させたものと、種を詰め合わせたものをお願いしておいた。夜に淡く光る花だそうで、上手く調合すれば香りもいいし傷に効く薬になるらしい。

 食料は思っていた以上に減っていないうえにあまり長く持ち運ぶものでもない。これから消費しないといけないからあまり増やしたくはないけれど、森を抜けるとなると買い足しておいた方がいいのだろうか。

 わたしには判断がつかないので、この先の森がどの程度か知っているだろうヴォルフに相談しようと顔を上げたら、ヴォルフは眉を寄せて、険しい表情をしている。


「あのバカ……」

「ヴォルフ、何か言った?」


 チッっと舌打ちする音と同時に何か低い声が聞こえてきたのだけれど、あいにくわたしには聞き取れない。

 もう一度問いかけようと口を開いたら、わたしが声を音にするよりも早く辺りのざわめきが騒音となって耳に届く。


「やだ、何の騒ぎかしら」

「あっち、ガラの悪いのが居着いていた所よねえ?」

「え、じゃあ早く帰りましょ。こっちまで巻き込まれたらいい迷惑だわ」


 町のヒト達がひそひそと話しながら見ているのは、町の外れの方角。確かに宿のある一角よりも年季の入った建物が多く見えるし、その近くにいるヒトの顔色はどことなく暗い。

 もう買い出しも終わったし、宿屋はその騒ぎのある方と反対だから向こうに近寄る必要もない。

 せっかく大きな町に来たけれど、今回は様子を見るのは難しいだろうと宿屋の方へ体の向きを変えた時に、ざわめきはより一層大きくなった。


「見た見た? 喧嘩だよ!」

「クマ族とトラ族だって!」

「誰か警吏を呼んで来い! そんなの俺たちじゃ止められねえ!」


 その叫び声が聞こえたのと、目の前のヴォルフが駆け出していくのはほぼ同時だった。


「ちょっと!?」

「宿に戻ってろ!」


 フードが捲れないように走っているのに、ヴォルフの背中はあっという間に見えなくなった。その場でしばらく呆然としているわたしの耳には、いろんな声が聞こえてくる。

 ざわめきは不安となって、大きくなっていく。誰かが呼んできた警吏も先へと走って行くけれど、騒然とした場は静まることもなく。


「クマ族と聞いて、向かって行くなら思い当たることがあるわよね」


 脳裏に浮かぶのは、赤褐色の髪を揺らす青年の姿。もし、騒動の中心にいるのならば黄土色と橙が混じった優しい色の瞳は、きっと困惑に揺れているだろう。

 わたしが行ったところで力になれることは少ない、というよりも獣人同士でのトラブルならほぼ力になれることはないのだけれど。


「放っておけるわけ、ないじゃない……!」


 音のする方に集まってきたのか、どんどん増えていくヒトの隙間を縫うようにヴォルフが駆けて行った方へと向かう。

 口ではいくら理由を並べていようが、こうやってとっさに体が動くのだから、もう答えは出ていたのだ。

 間に合え、と願いながら必死で足を動かして向かった先、そこには当たって欲しくなかったが思い描いていた通りの姿があった。


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