表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
41/193

第33話 勇者ナーバス


 グガッ! 


 ゴギッ!


 ガギッ!


 みなさん、これが何の音かお分かりだろうか。


 実はこれ。


 クッキーを食べている音なのだ。


 先程、馬車が休憩で停車している時に、セイロンが紅茶を入れてくれたのだが、その時に「美味しいですよー」と丸い平べったい缶を持ってきたのだ。


 缶のふたには髪が蛇の女性の横顔が描かれている。

 

 メドューサ?


 その時点で何となく嫌な予感がした。


 「少しお待ちを」


 そういうと、セイロンが身体強化の魔法を俺とランジェにかける。

 

 ホワイ!? 

 何故に今、身体強化魔法をかけたのですか!?

 

 これはいよいよ嫌な予感しかしない……。


 カパッ。


 ふたを開けると中には丸いクッキーが並んでいる。

 普通だ。完全に予想外だ。ほのかに漂う甘い匂い。


 あら。美味しそうじゃん。


 丸いシンプルなクッキー。

 それが俺の警戒心を緩めさせた。

 ちょっと小腹もすいたしなーと、そこで油断したのが甘かった。


 「いただきまーす」


 と、一口クッキーをかんだ瞬間に、前歯を一本持ってかれた。


 「ぎゃー!!」


 悲鳴をあげる俺。


 「ヨ、ヨースケッ!」


 慌ててヒールをかけるランジェ。

 

 あわわわ。


 何とか折れた前歯がつながった。


「ダメだよー。このクッキーは奥歯でかじらなきゃ」


 ランジェに注意される。 

 

 ぐすん。


 先に言ってくれよ……。

 これって俺が悪いのか?

 

 実はこのクッキー、岩の様に硬いのが売りなのだそうだ。


 食べる前にセイロンが身体強化の魔法をかけてくれたおかげで、何とか奥歯ではかみ砕く事が出来たのだが、それでも硬い。一枚食べ終わる頃には、アゴがくたくたで外れそうになっていた。


 味は美味しいんだけどなー。

 アゴをさする俺を尻目に、ランジェはバリバリとクッキーをかみ砕いている。

 こいつもそこそこ化物だよな。


「発車しまーす」


 おっと。休憩が終わった様だ。

 馬車がゆっくりと動き出す。

 俺は慌てて紅茶を飲みほした。


「あなた達はどこまで行かれるんですか?」


 ランジェが八枚目のクッキーに手を出しつつ尋ねる。

 少しは遠慮しなさい。


「スピネルの先の宿営地で三日程店を開いて、そのまま東のエメル山脈を抜けて『オークシティ』へ行きます」


 セイロンが淀みなくスラスラっと答える。


 それを聞いたランジェは、クッキーを慌てた様子でかみ砕き、そしてごくりとクッキーを飲み込むと嬉しそうに話す。


「オークシティ! 懐かしいなー」


「なんだ? 行ったことあるのか?」


 俺は聞いた事が無いな。シティって事は街かな?


「うん。僕がこの世界に転移してきた場所って言うのが、実はオークシティだったんだよ」


「へー。そりゃ初耳だ。俺が転移したのはレーベルだったから、転移する場所ってランダムなのかな」


「あ、あのっ!お二人は異世界人なのですかっ?」


 ポコが目をまん丸くして会話に入ってきた。


「そうだよ。俺は日本、ランジェはガルムヘイズから転移してきたんだ」


「あっ! あのっ! あのっ! 」


 おーよしよし。どうしたのー。


 随分驚いているポコに代わり、セイロンが話を続けてくれる。


「主も異世界人なのですよ。奇遇ですね」


「えーっ!」


 今度は俺とランジぇが驚いたのだった。


 


 話を聞くと、ポコは【テオ】という異世界から転移してきたのだそうだ。


 テオにはこの世界でいう小人族しかいないらしく、この世界に転移して来て、様々な人種と出会い、それはそれは衝撃を受けたそうだ。そうして生まれる様々な文化や宗教、思想や価値観に触れたいと考えたのが、行商人として世界を旅するきっかけになったらしい。


「しかし主は、自分の店を持ちたいと最近では仰っています」


「あーっ! それはしーっだよ!」


「ふふっ。そうでしたか。失礼致しました」


「もうーっ! 口が軽いんだからー」


 ……何だろう。癒されるな。


 「僕が旅をしていて一番驚いた事は、この世界は争いが多い事です……」


 テオでは「テオカセル教」という宗教の元に世界は統一されており、国家間の争いは無いという。

 みな同じ人種で差別も無く、また国民性も非常に穏やかで、協調性に富み、争い事を嫌う。

 凶悪な犯罪など滅多にない。

 魔物や魔獣等も存在せずに、冒険者といった職業も無いそうだ。


 俺は異世界テオの話を聞いてため息をついた。

 争いが無いなんて、素晴らしい世界だ。

 それって一つの国家の理想の形なんじゃないか?

 

 ふと思う。

 俺は自分の世界の事を、ポコの様に堂々と胸を張って説明できるだろうか。

 

 差別や対立、争いが絶えない世界。

 それでも俺が住んでいた日本はまだ平和だったんだと思う。

 

 ランジェも何か考えているのか、少し悲しそうな寂しそうな表情をしている。 

 いつかランジェの世界の事も聞いてみたいと思っていたが、もう少し後にしようかな。


「それにもし何かあったとしても、テオには勇者『ナーバス』様がいらっしゃいますから安心ですっ」


「勇者ナーバス?」


「はいっ。ナーバス様はとってもお強い方で、こちらの世界ハイムからテオへと転移された方ですっ」


「ええっ! そんな事ってあるの!?」


 俺とランジェ、二人同時に叫ぶ。


 大きい声にびっくりして、ポコは横に立っているセイロンの脚にしがみついた。


 あらら。

 ごめんごめん。


 セイロンがポコの頭をさすりながら代わりに答える。


「ええ。非常に稀なケースかと思われますが事実の様です。私も長く旅をしておりますが、ハイムからの転移例は他には聞いた事がありませんね」


 逆輸入ならぬ、逆転移かー。


 それが本当なら俺もいつか日本に帰れる日が来るのかな?

 ランジェは元の世界に戻る為に旅をしているって言ってたけど、俺はどうなんだろう……。

 自分でも正直良くわからない。


 ガラガラッ。


 馬車の前方にある小窓が開き御者が顔を出した。


「間もなくスピネルに到着しますよー」


 もう着いたのか、と思ったが、窓の外には夕日が見える。昼過ぎには着くと聞いていたので、実は結構馬車は遅れていたらしい。


 でも、なんかあっという間だったな。

 ポコたちといろんな会話をしていて、時間を忘れていたようだ。


 次第にレンガ色へと変わってゆく窓の景色。

 馬車はスピネルの町へ入ると、少し小さな広場に停車した。

 

「遅れてすみません、到着です~」


 御者が扉を開けてくれる。


「それでは、また」


「じゃ短い間だったけど楽しかったよ。クッキーごちそうさん」


 俺達は席から立ちあがり、出口へと向かう。


「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。」


「お。お気をつけてっ! えっと、えっと……」


「あなた方の旅に幸多からんことを」


「あーっ! それ僕が今言おうと思ってたのにーっ!」


 あはは。

 笑いながら俺達は馬車をゆっくりと降りる。


 ランジェが馬車の屋根から大剣を降ろし終えると、すぐに馬車は動き出した。


「じゃあなー」

 

 手を振る俺とランジェ。


 窓からはポコが顔を出し、ちっちゃい手を振っている。


 馬車は土煙をあげながら、どんどん小さくなりやがて見えなくなった。 

 

「よし!じゃー行くか。」


 財布は重く、足取りは軽く。

 今日はこの町で一泊して明日はクサリバナナ探しだ。


 そうして俺達は歩き出したのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ