第33話 勇者ナーバス
グガッ!
ゴギッ!
ガギッ!
みなさん、これが何の音かお分かりだろうか。
実はこれ。
クッキーを食べている音なのだ。
先程、馬車が休憩で停車している時に、セイロンが紅茶を入れてくれたのだが、その時に「美味しいですよー」と丸い平べったい缶を持ってきたのだ。
缶のふたには髪が蛇の女性の横顔が描かれている。
メドューサ?
その時点で何となく嫌な予感がした。
「少しお待ちを」
そういうと、セイロンが身体強化の魔法を俺とランジェにかける。
ホワイ!?
何故に今、身体強化魔法をかけたのですか!?
これはいよいよ嫌な予感しかしない……。
カパッ。
ふたを開けると中には丸いクッキーが並んでいる。
普通だ。完全に予想外だ。ほのかに漂う甘い匂い。
あら。美味しそうじゃん。
丸いシンプルなクッキー。
それが俺の警戒心を緩めさせた。
ちょっと小腹もすいたしなーと、そこで油断したのが甘かった。
「いただきまーす」
と、一口クッキーをかんだ瞬間に、前歯を一本持ってかれた。
「ぎゃー!!」
悲鳴をあげる俺。
「ヨ、ヨースケッ!」
慌ててヒールをかけるランジェ。
あわわわ。
何とか折れた前歯がつながった。
「ダメだよー。このクッキーは奥歯でかじらなきゃ」
ランジェに注意される。
ぐすん。
先に言ってくれよ……。
これって俺が悪いのか?
実はこのクッキー、岩の様に硬いのが売りなのだそうだ。
食べる前にセイロンが身体強化の魔法をかけてくれたおかげで、何とか奥歯ではかみ砕く事が出来たのだが、それでも硬い。一枚食べ終わる頃には、アゴがくたくたで外れそうになっていた。
味は美味しいんだけどなー。
アゴをさする俺を尻目に、ランジェはバリバリとクッキーをかみ砕いている。
こいつもそこそこ化物だよな。
「発車しまーす」
おっと。休憩が終わった様だ。
馬車がゆっくりと動き出す。
俺は慌てて紅茶を飲みほした。
「あなた達はどこまで行かれるんですか?」
ランジェが八枚目のクッキーに手を出しつつ尋ねる。
少しは遠慮しなさい。
「スピネルの先の宿営地で三日程店を開いて、そのまま東のエメル山脈を抜けて『オークシティ』へ行きます」
セイロンが淀みなくスラスラっと答える。
それを聞いたランジェは、クッキーを慌てた様子でかみ砕き、そしてごくりとクッキーを飲み込むと嬉しそうに話す。
「オークシティ! 懐かしいなー」
「なんだ? 行ったことあるのか?」
俺は聞いた事が無いな。シティって事は街かな?
「うん。僕がこの世界に転移してきた場所って言うのが、実はオークシティだったんだよ」
「へー。そりゃ初耳だ。俺が転移したのはレーベルだったから、転移する場所ってランダムなのかな」
「あ、あのっ!お二人は異世界人なのですかっ?」
ポコが目をまん丸くして会話に入ってきた。
「そうだよ。俺は日本、ランジェはガルムヘイズから転移してきたんだ」
「あっ! あのっ! あのっ! 」
おーよしよし。どうしたのー。
随分驚いているポコに代わり、セイロンが話を続けてくれる。
「主も異世界人なのですよ。奇遇ですね」
「えーっ!」
今度は俺とランジぇが驚いたのだった。
◆
話を聞くと、ポコは【テオ】という異世界から転移してきたのだそうだ。
テオにはこの世界でいう小人族しかいないらしく、この世界に転移して来て、様々な人種と出会い、それはそれは衝撃を受けたそうだ。そうして生まれる様々な文化や宗教、思想や価値観に触れたいと考えたのが、行商人として世界を旅するきっかけになったらしい。
「しかし主は、自分の店を持ちたいと最近では仰っています」
「あーっ! それはしーっだよ!」
「ふふっ。そうでしたか。失礼致しました」
「もうーっ! 口が軽いんだからー」
……何だろう。癒されるな。
「僕が旅をしていて一番驚いた事は、この世界は争いが多い事です……」
テオでは「テオカセル教」という宗教の元に世界は統一されており、国家間の争いは無いという。
みな同じ人種で差別も無く、また国民性も非常に穏やかで、協調性に富み、争い事を嫌う。
凶悪な犯罪など滅多にない。
魔物や魔獣等も存在せずに、冒険者といった職業も無いそうだ。
俺は異世界テオの話を聞いてため息をついた。
争いが無いなんて、素晴らしい世界だ。
それって一つの国家の理想の形なんじゃないか?
ふと思う。
俺は自分の世界の事を、ポコの様に堂々と胸を張って説明できるだろうか。
差別や対立、争いが絶えない世界。
それでも俺が住んでいた日本はまだ平和だったんだと思う。
ランジェも何か考えているのか、少し悲しそうな寂しそうな表情をしている。
いつかランジェの世界の事も聞いてみたいと思っていたが、もう少し後にしようかな。
「それにもし何かあったとしても、テオには勇者『ナーバス』様がいらっしゃいますから安心ですっ」
「勇者ナーバス?」
「はいっ。ナーバス様はとってもお強い方で、こちらの世界ハイムからテオへと転移された方ですっ」
「ええっ! そんな事ってあるの!?」
俺とランジェ、二人同時に叫ぶ。
大きい声にびっくりして、ポコは横に立っているセイロンの脚にしがみついた。
あらら。
ごめんごめん。
セイロンがポコの頭をさすりながら代わりに答える。
「ええ。非常に稀なケースかと思われますが事実の様です。私も長く旅をしておりますが、ハイムからの転移例は他には聞いた事がありませんね」
逆輸入ならぬ、逆転移かー。
それが本当なら俺もいつか日本に帰れる日が来るのかな?
ランジェは元の世界に戻る為に旅をしているって言ってたけど、俺はどうなんだろう……。
自分でも正直良くわからない。
ガラガラッ。
馬車の前方にある小窓が開き御者が顔を出した。
「間もなくスピネルに到着しますよー」
もう着いたのか、と思ったが、窓の外には夕日が見える。昼過ぎには着くと聞いていたので、実は結構馬車は遅れていたらしい。
でも、なんかあっという間だったな。
ポコたちといろんな会話をしていて、時間を忘れていたようだ。
次第にレンガ色へと変わってゆく窓の景色。
馬車はスピネルの町へ入ると、少し小さな広場に停車した。
「遅れてすみません、到着です~」
御者が扉を開けてくれる。
「それでは、また」
「じゃ短い間だったけど楽しかったよ。クッキーごちそうさん」
俺達は席から立ちあがり、出口へと向かう。
「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。」
「お。お気をつけてっ! えっと、えっと……」
「あなた方の旅に幸多からんことを」
「あーっ! それ僕が今言おうと思ってたのにーっ!」
あはは。
笑いながら俺達は馬車をゆっくりと降りる。
ランジェが馬車の屋根から大剣を降ろし終えると、すぐに馬車は動き出した。
「じゃあなー」
手を振る俺とランジェ。
窓からはポコが顔を出し、ちっちゃい手を振っている。
馬車は土煙をあげながら、どんどん小さくなりやがて見えなくなった。
「よし!じゃー行くか。」
財布は重く、足取りは軽く。
今日はこの町で一泊して明日はクサリバナナ探しだ。
そうして俺達は歩き出したのであった。




