第31話 ミノタウロス戦
【ミノタウロス】
太古から存在する種族(原種族)。
原種族としては、他にもオークやゴブリン等が存在する。
多くの獣人や吸血鬼、非相獣人、マーダー等、時を同じくして突如ハイムに出現した新種族とは一線を画す彼等は、知能はあまり高くなく、かつ粗暴。現在は差別用語として禁止されてはいるが、数百年前迄は取り残された種族を示す【レフティ】と呼称されていた。
「ブフッ!ブフッ!!」
暗闇の中から次第に姿を現わす異形の魔物達。
牡牛の頭と下半身に、筋骨隆々の人間の身体。
目は赤く血走っており、知性は感じられない。
頭からは立派な二本の角が生えている。
武器こそ手にはしていないが、攻撃力は高そうだ。
おいおい、すげー迫力だ。
ゲームや本で見たことのあるミノタウロスそのままだな。
ミノタウロスは血走った眼でこちらを凝視している。
俺達を敵と認識している様だ。よだれを垂らしながら、ゆっくりと近づいてくる。
「種族名ミノタウロス、危険度D~E。頭と下半身が牛、上半身が人間の魔物です。進化種はいません。武器は所持していないようですが、知能が低いため会話での戦闘回避は困難と思われます」
セイラが淡々と状況を報告する。
「敵は五体いるわよ。距離約十二メートル。タザワ行けて?」
「了解だ。とうっ!!」
そういうと、マッスルタザワは足にグッと力をこめ、前方へ向かって地面を蹴った。
低い跳躍で一気に距離を詰めるマッスルタザワ。
十メートルは飛んだかもしれない。なんちゅう跳躍力だ。
悠然とミノタウロスの群れの真ん前に着地するマッスルタザワ。
「さぁ。いつでもいいぞ」
両手を広げ、かかってこいと言わんばかりに挑発する。
動揺するミノタウロス達。
そりゃそうだ。まさかタンクトップ一丁の男が素手で立ちはだかるとは、夢にも思っていなかっただろう。
ミノタウロスは慌ててマッスルタザワを取り囲むと、その怪力に任せて殴る蹴るの攻撃を開始した。
「僕も行きます。ヨースケ、セイラさん、後衛よろしくお願いします」
「心得てよ」
「OKだ」
既にマッスルタザワの姿はミノタウロス達に囲まれて見えなくなっている。
ボゴッ!
ドガッ!
闇夜に響く打撃音。
マッスルタザワは五体のミノタウロスから袋叩きに有っている様だ。
おいおい大丈夫か!?
と、取り囲んでいる一体のミノタウロスの腰ががくんと落ちた。
そのまま倒れるかと思いきや、丸太の様な腕が正面から首を掴んで片手で空中に持ち上げる。
マッスルタザワが反撃に出た様だ。
持ち上げられたミノタウロスの足は地面についていない。
苦しそうに宙でバタバタと足を振り、何とか逃れようと必死の抵抗をしている。
「んん~軽いなぁ。ちゃんと飯食っているのか?」
残りの四体のミノタウロスは、そこらにあった角材を拾いあげて、マッスルタザワに攻撃を加える。必死に仲間を助けようとしているが、恐ろしい事に角材の方が次々に折れていく。
「~♪」
鼻歌を歌っているマッスルタザワ。あいつ化物だ。
持ち上げているミノタウロスはもう動いていない。
「ふんっ」
マッスルタザワが、持ち上げていたミノタウロスを放り投げた。
ドサッ。
取り囲むミノタウロスの遥か頭上を越え、三メートル程後方に落下した。
恐ろしい力である。純粋なまでの筋力がこうも強いとは思わなかった。あの筋肉は伊達じゃないって訳だ。
そして身体に塗っていたオイルにも意味はあったみたいだ。観察していると、ミノタウロスの攻撃をツルツル滑らすことによって、多少ダメージを軽減させている。
「はぁっ!!」
遅ればせながらランジェが前線に到着した。
無防備に背中を向けていたミノタウロスの一体を、背中から袈裟切りにするランジェ。
そのまま剣を横に走らせると、もう一体のミノタウロスもあっけなく地に倒れた。
残り二体のミノタウロスは戦況を不利とみて、逃走を始めている。
「右、お願いね」
セイラは弓に矢をつがえ、左に逃げていくミノタウロスに狙いを定めている。
「わかった」
俺は素早くセイラに返答する。
頼む。上手く当たってくれよ。
サイトスコープを覗く。実戦での発射はこれが初めてだ。
ミノタウロスとの距離は約15メートル。
これ以上距離が離れれば、闇夜に紛れて逃げられてしまうだろう。
加えて、この暗さじゃ狙う事さえどんどん難しくなる。
急げ……いや落ち着け……でも急げ……。
狙いやすい胴体か……それよりまず足で動きを封じて……いや頭か……。
ああ。
雑念だらけ。
バシュンッ!
バシュンッ!
バシュンッ!
俺はあれこれ迷いながら、三発立て続けに発射した。
狙いは頭部だ。変化はさせない。
三発とも加速させる!
グググッ!!
発射された三発の弾丸は、段階的な加速を繰り返し、暗闇を切り裂くかの様にミノタウロス目がけ突き進む。既に闇に紛れ、ミノタウロスの姿は視認出来ない。とにかく一発当たればいい。
「ぶもおぅ……」
暗闇の中からくぐもった声が聞こえる。
よし! 命中したか!!
声のした方へ、注意しながら歩を進める。
放たれた弾丸は、一発が右肩に、二発がミノタウロスの後頭部に命中していた。
ミノタウロスが前のめりに、ゆっくりと崩れ落ちる所が見えた。
「倒したっ!」と俺が叫ぶと
「お見事。こっちも終わってよ」とセイラが弓をおろしている。
見ると左に逃げていったミノタウロスの背中には、弓矢が剣山の様に突き刺さっている。
何十本撃ったんだ? 早打ちとか同時撃ちのスキルでもあるんだろうか。
「私、あまり射撃が上手じゃ無くって……」
セイラは恥ずかしそうに、倒したミノタウロスから矢を回収している。
よく見れば地面や周りの樹にも何本か矢が刺さっている。
ミノタウロスに当たらなかった矢も結構あるみたいだ。
おそらく一分弱で三十本は撃っているんじゃないか?
それはそれで、もの凄い気がするけどな。
俺が発射した三発の弾丸はころころと足元まで戻ってきている。
よしよし。おかえりー。
「お疲れさまー」
「あいつら見た目ほどの筋肉じゃ無かったな」
ランジェとマッスルタザワも戻ってきた。
「みんな怪我も無くて何よりだな。筋肉の神に感謝だ」
お前は無傷で戻ってきちゃ駄目だろう。
あと、なんだその神は。
ムキムキっとポージングを決めるマッスルタザワを見て、俺はほんの少しだけミノタウロスに同情した。
ま、クロスボウで初めての実戦だったけど、なんとか上手くいったな。
俺はふぅと一息吐いて、弾を拾い上げるのだった。
◆
兵士達がやってきたのは、それから五分位経ってからだった。
被害状況は、兵士の何人かに軽傷者が出たくらいで、大きな被害は無かったそうだ。
うん。良かった良かった。
矢の回収を終えたセイラは、今度は倒れているミノタウロスを次々とまわって何かしている様だ。
「あれ、何やってるのかな?」ランジェに聞いてみる。
「たぶん角を回収しているんだと思うよ」
なるほど。確かに頭の辺りで何かごそごそやっているな。
素材の回収ってやつだろうか?
武器か道具か、はたまた薬か。何に使うんだろ。
セイラは最後に、俺が倒したミノタウロスのところに行くと「キャッ」と小さく悲鳴をあげた。
なんだ?
セイラはミノタウロスから顔をそむけながら、角を切り落としている様に見える。
暗いし、手元を見ないと危ないんじゃないの?
すべてのミノタウロスの角を切り落としたセイラが戻ってきて、俺に話しかけた。
「あなたのクロスボウ、エグイ威力してるわね……」
セイラが顔をしかめている。
えー? やだやだー。
気になるー。
ちょっと見に行ってみよー。
……。
…………おぇぇっ!
興味本位で見に行った事をひどく後悔する。
これはモザイクをかけなければなるまい。
若干青ざめながら戻ってきた俺に、セイラが話しかける。
「私もクロスボウにしようかしら。それってオーダーメイド?」
「これ? オーダーメイドじゃ無いけど、サイトスコープが付いてるから精度はいいと思うよ」
「うーん。悩むわね……ただクロスボウって私にはちょっと重いのよね。ステータスも筋力は上がりにくいし……」
確かにセイラの細腕では厳しいかも知れないな。
でも弓も、弦を引っ張るのに相当筋力を使うんじゃ無かったっけ?
それならトリガー引くだけのクロスボウの方が楽チンかも知れないぞ。
「あ!そうそう。あなた達は三体倒したから、角は六本ね」
思い出したかの様にセイラはそう言うと、切り落としたミノタウロスの角を俺に手渡そうとする。
すると、俺達の話を横で聞いていたランジェが
「いや。マッスルタザワさんが注意を引き付けてくれたおかげですよ。五本ずつ均等にわけましょう」
と提案した。
確かに、こんなにあっけなくミノタウロスを五体も倒せたのは、マッスルタザワがタンクとなり敵の攻撃を全て引き受けてくれた事が大きい。五本の角でも、今の戦いの功績を考えれば貰いすぎだろう。
マッスルタザワはさっきからスクワットを行っている。
報酬の分配にはあまり興味が無い様だ。
「じゃお言葉に甘えて五本ずつね」
「十分だよ。ありがとう」
と、俺は受け取ってギョッとする。
思ったよりも角ってデカいのね。一本でもデカめのトウモロコシ位ある。
これはさっさと換金するなりしないと邪魔だなー。
「じゃもう遅いから解散にしましょうか」
「そうだな。じゃおやすみ」
「おやすみなさーい」
「ハッ、ハッ、おやすみー。ハッ、ハッ……」
最後のはスクワット中のマッスルタザワだ。
そうして俺達は解散し、空いている適当なテントに入った。
テントに入って横になると、疲れからかすぐに睡魔が襲って来たのだった。




