第30話 宿営地にて
俺達を乗せた馬車は道中、何事も無く宿営地へと到着した。
宿営地にはテントが並んでいて、好きなテントを使っていいとの事だ。
今夜はここで一晩明かし、明日の早朝に出発する。
そうすれば明日のお昼過ぎにはスピネルに到着するらしい。
こういった宿営地は、大きな街道沿いには点在していて、長旅をする旅人や冒険者達の助けとなっているらしい。簡単な食事処や、土産屋もある。高速道路のパーキングエリアみたいなもんか。
他の馬車も何台か止まっており、ちらほら人がいる。
御者同士は顔見知りが多いのか、気さくに語り合っている。
陽はとっくに落ちていて辺りは真っ暗だ。
宿営地に立てられた、かがり火とお店のぼんやりとした明かりだけが周囲を照らしている。
ふと空を見上げてみた。
そこにはすいこまれるような星空。
なんて美しいんだ。
地上には最低限の光しかない。
黒をバックに、煌めくたくさんの星々。
それは比喩でも何でもなく一つの大きな宝石箱に見えた。
そんなロマンチックな考えに浸っていると、暗闇の中からぬっとランタンを持った男が顔を出してきた。
「うわっ!びっくりした!」
現れたのは、地肌なのか日焼けしているのか肌がかなり黒い、ロングヘア―の男だ。
身長はかなり高い。俺より頭二つは高いだろう。
「君達は冒険者だろ? 俺も冒険者なんだ。せっかくだから挨拶しておこうと思ってね。」
男はそういうと、長い髪をかき分け、ニカッと白い歯を見せた。
「俺の名前はマッスルタザワだ。よろしく」
マッスルタザワと名乗る男が、右腕をすっと差し出す。
うげっ!
差し出された腕が丸太の様に太い。手もごつごつしていて岩の様だ。
改めてよく見ると全身ムッキムキだ。この人。
これは下手に握手すると握りつぶされそうだ。
俺が握り返す事に躊躇していると、
「君は筋肉に興味はないのかな?」
と、丸太の様な二の腕で力こぶを作ると、そのままポージングを決める。
ごめん。まったく興味ありません。
でも、あなたの名前には少し興味があります。転生者ですか?
ランジェは大剣の柄に手をかけている。おいおい、斬るなよ。
マッスルタザワはボディービルダーの様に次々とポーズを決めていく。
全身の筋肉がすさまじく膨張をしているのがわかる。
大量に浮き出る血管であみだくじが出来そうだ。
防具はタンクトップ一枚だけだが、そのタンクトップも破けそうな勢いである。
浅黒い肌は何かのオイルを塗っているのか、やけにテカっている。
うう。気持ち悪い。
「そこまで。私はセイラ・キャシャです、メンバーがごめんなさいね」
マッスルタザワのポージングタイムを制止するかのように、エルフの女性がマッスルタザワの前に立ち、俺達に話しかけてきた。
「私は彼とパーティーを組んでいるの。私は狩人。彼は戦士なのよ。」
良かったー。まともそうな人だ。
セイラと名乗った女性は大きな弓を携えている。
「よろしく。俺はヨースケ、こっちはパーティ―メンバーのランジェ」
ぺコリと頭を下げるランジェ。
「よろしく。私達はカサゴ行きの馬車に乗ってきたのよ。あなた達は?」
「俺達はスピネル行きですよ」
「じゃあもう随分近いわね。私達はまだまだ先なのよ」
と言いながら、あら、と俺の左腕を見るセイラ。
「あなたのメイン武器はクロスボウ? じゃ職業は私と同じ狩人かしら」
え?俺の職業?
数日前までは芋工場勤務だったんだけど……。
冒険者は職業じゃなくて資格?そういえば今まで職業なんて考えた事無かったな。
「えーと、はい。一応狩人です」
「なぁに。一応って」セイラはふふっと笑う。
ランジェはマッスルタザワと話をしている。
「マッスルタザワさんは戦士なんですね。武器は何を使用されているんですか」
「ふふ。僕の武器はこれさ」
ピクピクッ。
右、左と規則的に大胸筋を上下させている。
聞くと武器も防具も装備していないらしい。
主な役割はタンク。敵の攻撃を一手に引き受け、後衛に敵の攻撃が行かない様にする役割だ。
武器防具を持たないって事は、戦士と言うよりは以前乗合馬車で一緒になった、ジャイの様な格闘家に近いのかも知れない。
「この人信じられないけど、大抵の攻撃は筋肉で跳ね返すのよ。こないだもアイアンゴーレム数体と殴り合ってたのよ」
「それはすごいですねー!あいつら硬くて厄介なんですよね」
「ははは。筋肉は偉大なんだよ」
俺達が冒険者談義に花を咲かせていると、なにやら宿営地の入り口の方向が騒がしくなってきた。
悲鳴や叫び声の様なものも聞こえる。
と、兵士が一人俺達のところへ駆け込んできた。随分慌てている。
宿営地には防衛の為に、何人かの兵士が駐屯しているのだ。
「大変です! ミノタウロスの襲撃です! 入り口を突破して、こちらに向かってきてますので、すぐ避難してください! この奥の食糧庫が目的かと思われます」
ミノタウロスってあれか!?
頭が牛で身体が人間とかいうファンタジーでおなじみのやつだ。
「敵の数は?」
既に大剣を抜き、臨戦態勢のランジェが尋ねる。
「確認出来たのは五体です」
「みんなの避難は?」
弓弦の張り具合を確かめながらセイラが問う。
「他の兵士が、こちらとは逆方向に誘導しています」
「この奥の食糧庫が狙いって事はここを通るわけだ。じゃ僕達がここで食い止めよう」
マッスルタザワもやる気満々の様だ。身体にオイルを塗っているが戦闘準備か?
しかしみんな先程迄、楽しくお喋りしていた時と違い顔付が一変している。見事だ。
これが冒険者だよな。俺も早くこうならないとな。
あ。弾込めるの忘れてる!!
今、クロスボウには弾は入っていない。俺は慌てて弾を十発込めた。
「感謝致します。では私は宿舎に行き、応援を呼んできます。」
兵士は走って暗闇の中に消えていった。
「ミノタウロスって普段は群れない魔物なのに珍しいわね」
へー。そうなの?
「確かにあんまり聞いた事はないですね」ランジェも同意する。
「しっ。おいでなすったようだよ」とマッスルタザワが暗闇を指差す。
暗闇の向こう側には、爛々と光る十個の眼が俺達を見つめていた。




