第21話 盗賊との戦闘2
一方、馬車左手の戦闘の大勢はもう決していた。
地面には多数のゴブリンが頭と胴体が離れた状態で倒れている。
生き残った数人のゴブリンは既に逃げ出しているが、それをネコの獣人娘が追いかけている。
恐ろしい速さと技量じゃな……
槍を持った老人は呟く。歳を取りもう全盛期では無いとは言え、目で追うのがやっとである。
わしの出る幕は無さそうじゃな。
やれやれ右手に行けばよかったわい……
そうしている内にまた一体のゴブリンの首が刎ねられる。
彼女の名前は「キャミィ」
口に咥えた短剣には鋭風の魔法がかけてあり、刀身の周りに空気を纏っている。
それはさながら剣自体が伸びているかの様だ。
その為、実際の刀身は三十センチも無いのだが、倍以上の間合いを誇る。
更に一撃必殺を信条としている彼女は、複数の身体強化スキルを擁していた。
これで最後ニャ!
長い尻尾を振り振りし、逃げるゴブリンの首筋に狙いを定め、無情なる一撃を繰り出す。
痛みを感じる間も無かっただろう。あっけなく首が落ちた。
……ネコ……いや虎が獲物を狩っているようじゃ。
首筋に一撃。
キャミィの遊びの無い戦い方は、ネコよりも大型の、虎やヒョウ等の狩りを連想させた。
最後のゴブリンの首を刎ね、何事も無かったかの様に戻ってくるキャミィ。
真っ白い毛並みには返り血すら浴びていない。
「別に何体かは逃がしても良かったのでは無いのか?」
「ニャー。可哀想だけど、援軍を呼ばれたら厄介だからニャー」
ぺろぺろと毛並みを整えながら答えるキャミィ。
何を言う。お主笑って居ったぞ……
槍を持った老人「レーズン」は、一つ身震いすると踵を返し馬車へ戻るのだった。
「ふぁぁ……」
屋根の上にいた魔導士「シレット」は退屈していた。
思った以上に馬車に乗り合わせた冒険者達はLVが高かった様だ。
特に目を見張るのは、大剣を持った少年と、獣人の娘。
馬車の上から見ると良くわかる。
大剣を持った少年は、戦場の状況の変化に併せて的確に動いている。
先程も少年とオーガの間、ゴブリンが密集している場所に【ホリック・アロー】を打ち込んだのだが、少年は次の瞬間にはオーガへと切りかかっていった。判断力そして決断力にも優れている。少年とオーガは未だ斬り結んでいるが、決着はもうすぐだろう。
獣人の娘は戦闘能力は見事なものだ。
今のところ、相対した敵はすべて一撃で、首を斬り落としている。
驚愕すべきはそのスピードで、俯瞰で見ているシレットでも少し眼を放すと見失いそうだ。
そして恐ろしい程戦い慣れている印象を受ける。
嫌な感じね。
何かざわざわする。
まあ、しかしこれなら魔力を温存する必要もなさそうだ。
「ふぁ」
戦闘が始まってから何度目かのあくびをした際に、それは目に映った。
茂みに身を隠しつつ馬車後方へ近づく1体のゴブリン。
油断したっ!
一気に意識を戦闘モードに切り替えるも、魔法の発動はとても間に合いそうにない。
馬車後方に待機している二人の冒険者は気づいていない様だ。
二人の冒険者との距離はもう三メートルも無いだろう。
ゴブリンは駆け出している。
シレットは大声で危険を知らせる。
「ゴブリンが一体来たわよっ!!」
-馬車後方-
おぉ……
俺はみんなの闘いに見とれていた。
これが冒険者ってやつか。数では絶対的有利にいたはずの盗賊達は今や数える程しかいない。
かっこいい。
俺もいつかはあんな風になれるだろうか。なりたいな。
「はぁはぁ……いつみても君のウロコはキレイだ。うふふふ」
足元に倒れている半魚人は何やら幻覚を見ている様だ。てかこいつも冒険者なんだよな?
こんな風にはなりたくないな……
なんか体調悪そうだし、ランジェが戻ってきたらヒールをかけてもらおうか。
その時、屋根の上から大きな声が聞こえてきた。
「ゴブリンが一体来たわよっ!!」
慌てて周りを見渡すと一体のゴブリンが短剣を構えてこちらに走ってくる。
距離はかなり近い。
俺はサーッと血の気が引いていくのがわかった。
「わわっ!ちょっと待って!」
ゴブリンは当然の事ながら待つ気配はない。
手に持った短剣で斬りかかってきた。
一撃目を必死でよけるもすぐに次の攻撃が来る。
ゴブリンが大きく上に振りかぶった。すかさず俺はその手を掴む。
くそっ!やられてたまるかよっ!
そのままバランスを崩し地面に倒れこむ二人。
ゴロゴロと地面の上をもつれ合う様に転がる。
俺は短剣を奪おうと、ゴブリンは奪われまいと必死だ。
地面を何回、転がっただろうか。
ゴブリンが一瞬のスキをついて俺の上に馬乗りになった。
両手で短剣を持つと俺の顔めがけ容赦なく振り下ろす。
ガガッ
必死でゴブリンの両手をつかみ刺される事を阻止する。
俺の目の前、数センチで短剣は止まった。
短剣が少し当たったのか、俺の手の間からは血が滴り落ちている。
「ちっ!」
魔導士は魔法を撃てないでいる。
理由は明白だ。撃てば俺を巻き添えにしてしまうからだろう。
「はぁはぁ」
苦しい。身体中が痛い。
俺は恐怖していた。
命を奪われる覚悟、そして奪う覚悟。
俺にはまだその覚悟は出来ていなかったのだ。
冒険者ではあるが、まだどこか他人事の様に思っていた。
何と甘い考えであったのか。
ポタ……ポタ……
俺の上に水滴が落ちてくる。
馬乗りになっているゴブリンを見ると大量の汗をかいている。
こいつも必死なんだ。目には強い覚悟を感じる。
この戦場で覚悟も持たずに戦っていたのはおそらく俺一人だけだっただろう。
俺は自分の甘い考えを、そしてゴブリンが向かって来た時に、「ちょっと待って」と言ってしまった事をひどく恥じた。
くそっ腕がもう限界だ……
ゴブリンは俺より小柄だが、どこにそんな力があるんだ。
その時、ゴブリンの目の横をいくつもの汗が流れていくのが見えた。
そのまま目の横を流れ、頬を伝い、下にいる俺にポタポタ落ちてくる汗。
!!
俺は一か八かスキルを発動した。
ぽたぽたぁっっ!!
ゴブリンの流れ落ちる汗を操作する。
目の横を通り過ぎ、下へと流れ落ちるはずだった汗は、両目の横で九十度方向を変え、目尻から目の中へとどんどん入っていく。
突然の事に顔をしかめるゴブリン。
それによってあふれ出る涙すら下へは流さずに、半ば無理やり目の中へ流し込む。
どうだ!目が見えないだろう!
ゴブリンは眼をぎゅっとつぶって必死に顔を振っている。
自身に何が起きているのかなんて、わかっていないのだろう。
しかし、何かしらの攻撃を受けていると感じたのか、たまらず短剣を手放し俺から飛びのいた。
そしてそのまま、くるりと後ろを向いて走り出す。
逃げる気か? 追うべきか……?
「とどめをさすんだ。ヨースケッ」
その時遠くからランジェの声が聞こえた。
俺はゴブリンが落とした短剣を拾い上げる。
そうか、そうだよな。
俺は冒険者なんだ。
視界を奪われてよろよろと走るゴブリンに、俺は簡単に追いつくと、その背中に深々と短剣を突き刺した。
ゴブリンは「グガッ」と短い叫び声をあげると、その場に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。




