第13話 せめてあまり痛みを感じませんように。
そいつは周りを伺う様に4つの首を動かしながらゆっくりと工場内に入ってきた。
身の丈は5メートルはあるだろうか。
蛇の様な胴体だが短い脚が2つついている。
歩行は得意ではないのか動作は緩慢としており、尻尾でバランスをとりながら這いずるように進んでくる。
こいつがヒュドラか・・
4つある頭は時折、空中で何かを嗅ぐような仕草をしている。
口元からは蛇のそれよろしく、チロチロと長い舌が出たり入ったり。
おふぅ。怖すぎる。
これが魔物ってやつか・・。
絶対に勝てない。
心臓が早鐘のごとく鼓動を始める。
ヒュドラが歩く度に、何かにぶつかる度に、その何かが簡単に壊れていく。
工場の柱や壁が。
今は稼働してない大鍋が。
みんなで新商品を開発したスペースが。
がらがらがらっ!!
大きな音を立てながら2階部分も一部崩れてきた。
柱が一部崩れたことで支えきれなくなったのだろう。
がれきの中には俺が寝泊まりしていたベッドが見える。
と、工場の隅に山積みになっているペク芋の前で歩みを止めるヒュドラ。
しきりに匂いを嗅いでいる。。
まさか芋なんか食べるのか?
そんな俺の疑問を掻き消す様に4つの頭はそれぞれが「カパァ」と大口を開けて、次々ととペク芋を胃袋に収めていく。
「あぁ俺たちの芋が・・工場が・・」
「工場なら建て直せるわ!それより今のうちに逃げましょう!」
フサエの提案にみんなが大きく頷いたその時、俺は信じられない光景を目にした。
工場長がヒュドラに向かって一直線に走っている。
よく見ると手には料理包丁を持っている。
「俺たちの工場をよくもぉぉぉっっっ!!!」
あの工場長が。
あのいつもぼそぼそ喋っている工場長が!
誰もが振り返るような叫び声をあげながら、ヒュドラの足を切りつけている。
しかしヒュドラは工場長の攻撃を意に介さず、夢中でペク芋を食べている。
「やめろ!! やめろーーーっ!!」
なおも切り付ける。
しかしまったくダメージは与えられていない。
頭の1本が工場長に気づいたのか、一瞥すると尻尾を工場長めがけ振った。
軽く振っただけのその攻撃は、工場長の身体を簡単に吹き飛ばした。
まるでハエか何かを追い払うかのように。
壁に叩きつけられ、ピクリとも動かない工場長。
ドクン。
その時、俺の中で何かが沸き上がった。
「うぉぉっ!!」
俺は全速力で走り、ヒュドラの元へ駆け出していた。
よくも工場長をっ!
ヒュドラの足元へ辿り着くと、すぐさま腹の下へと潜り込む。
勝てる勝てないじゃない。
身体が勝手に動き出していた。
ヒュドラは夢中でペク芋を食べていて俺に気づく様子は無い。
完全に油断している。
俺たちの事なんて、ハエ位にしか思っていないんだろう。
人間をなめるなよ!
俺は両手を突き出しありったけの力を放出した。
「ほ!!」
「か!!」
「ほ!!」
「かあぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
腹の中でぐんぐんと温度を上げる大量のペク芋。
もちろん最大出力だ。
ヒュドラにとっては地獄の苦しみだろう。
何が起こったかわからないまま、たまらず地面に横向きに倒れこむヒュドラ。
4本の首と尻尾をぶんぶん振り回し大暴れしている。
振り回した1本の首が、煮っころがしをぐつぐつと煮込んでいる大鍋に当たり、派手にひっくり返す。
中身はヒュドラの上に落ち追加ダメージを与えている。
大鍋の中身をまともにかぶった1本の頭が動かなくなった。
「ふしゃあぁああぁああっっ!!!!!」
それでも俺は【ほかほか】の出力を緩めない。
発火させる事は無理でも100℃以上までペク芋の温度を上げる事だって可能なのだ。
「ぶしゃおおぉぉぉぅぅぅっっ!!」
たまらず2つの頭の口から、まだ消化もされていないペク芋が吐き出される。
ほかほかを通り越して、沸騰しているかのようだ。
「パンッ!」といくつかのペク芋が破裂をする。
ペク芋を吐き出した2つの首は動かなくなっている。
おそらく吐き出した際に食道や頭にダメージを負ったのだろう。
胴体にもダメージがあるのがはっきりと見て取れる。
胃だけではなく、熱気を吸い込んだであろう肺や呼吸器など、様々な器官にも大ダメージを負っているのは明白だ。
「ふしゅるるるるる」
最後の力だろう。
ヒュドラがよろよろと立ち上がる。
4つあった頭のうち3つは意識が無く、長い首はうなだれ地面に頭がついている。
残った最後の頭は「ふしゅーっ」と威嚇する様な音を出しながら、足元にいる俺を睨んでいる。
明らかに俺の事を敵と認識しているようだ。
もう駄目か・・
惜しかったんだけどな。
不思議と心は落ち着いていた。
芋を吐き出された俺には次の一手は残されていない。
ヒュドラが「カパァ」と大口を開ける。
口からはボタボタとよだれが滴っている。
でかい口だな。
せめてあまり痛みを感じませんように。
「しゃあぁぁぁぁっっ!」
そしていよいよ俺を飲み込まんとヒュドラが襲い掛かってきたその時・・
「よく頑張ったね!!」
何者かが俺とヒュドラの間に割って入ってきた。
そいつはヒュドラの一撃をその両手にもった馬鹿でかい大剣で防ぐと、そのまま一刀のもとにヒュドラの首を斬り落としたのだった。
この間わずか3行、いや3秒。
え?
俺の死闘は一体何だったの?
ともかく俺は助かったのである。
「ありがとう。君が弱らせてくれたおかげで随分楽に倒す事が出来たよ」
そう言って振り返ったそいつは、正真正銘の美少年だった。




