食堂での語らい
「お前の胃袋をどこかの研究機関に差し出したらすごいんだろうな」
『私、チキンだけだったらおんなじことできるよ~』
「いやぁ、金の心配しなくてよくなったから、なおさらだ」
きっと、胃袋の中に異世界のゲートでも飼っているのだろう。
トウジは試験から一週間が経過した今、自警団で活躍していた。
そもそも、自警団は学園から手当てが出る。夜警ともなれば給金まで出てくる。そして外部からの侵入者を撃退した数ほど報奨金が出る。
そもそも、トウジが自警団に入ろうと思った第一の理由がこれらしい。第二は正義のためというところがトウジらしい。
学園からすれば、普通の用心棒を雇うより安上がりだし、軍人を目指す戦闘系精霊使いのレベルアップにも貢献できるのだから、一石二鳥だ。
トウジだけのことを言えば、その金が食堂にすべて消えているのだから、学園はいいシステムを考えたな。
「トウジはんは、攻防両面で万能やからね~。うちも助かってるわ」
たまたま食堂でばったり会ったミツギさんが同じ食堂の机にいた。実家から送られてきたという緑色のティーを飲みながらそう言った。
自治会にあがってくる自警団の報告書で彼女の実績も知っている。
連日連夜来る侵入者を彼女がほとんど撃退していることは言うまでもない。トウジはその次点といったところだ。
ミリア会長は一騎当万の将軍だとすると、彼女は万の軍の先頭に立つ将軍だろうか。
試験の時だけを見ると、自分勝手な人と思っていたが、いざ団長になってみると人をうまく動かすことができる人物だ。結構荒っぽい人間が多いのにたいしたものだ。
あと人の太ももを撫でまわす変な所がなければ完璧だ。この人は俺の太ももばかり触って、ふとももフェチなのか。
最初は変な気分だったが、もう慣れて麻痺してしまい、どうでもよくなってきた。
慣れとは怖いものだ。
「…………それはそうとセルファはん。聞きたいことあるんやけど」
「なんでしょうか」
何を聞かれるのかそれはもう想像ができていた。
「セルファはん、太ももでは感じなくなってしもうたん?」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。前言撤回、まったく想像の斜め上をいっていた。
「…………セルファはん、眉間にシワ寄せて、いちいち表情に出してたら心の中見透かされてまうよ?」
この人とはいろいろと経験の差があるようだった。忠告は素直に受け取っておく。
「ミリアはん、今日も自治会に来てないん?」
「…………ええ」
最終試験から一週間を迎えたわけだが、その日以来ミリア会長の姿が見えない。一部の生徒は悪ふざけで死亡説なんかを流している。
「…………気になるんやったら、見に行ったらええんとちゃう?」
「いや、それは無理でしょ」
学園外から通学しているならお見舞いに行くこともできただろう。しかし、ミリア会長は寮生。男子禁制の秘密の花園、女子寮にいるのだ。そして寮監はあの荊の軍曹だ。つまり、忍び込んで捕まったら世にも恐ろしい口にするのもおぞましいほどの拷問が待っているらしい。過去に捕まった者はその時のことを聞くとノイローゼになり、一週間は学校を休むらしい。
なんで俺がそのことを知ってるかって?
女性の部屋に忍び込んでキャッキャウフフすることは誰もが夢見ることだろう。
でも、そんなリスクを冒すのはちょっとごめんだ。
「レイミィはんに相談すれば何とかなるんやない?」
「それもそうですね」
もしかしたらすでに何かを知っているかもしれない。ミツギさんが言っていることはもっともだった。
「それに、セルファはん。ちょっといいかな?」
「なんですか」
真剣な顔つきになったミツギさんを始めてみたかもしれなかった。
「信じてもらえるか分からんけど、うち、お国柄もあるけど、精霊の事、五感で感じることができるんよ。あくまでなんとなくやけどね」
そのなんとなくでもこの国の中ではかなりすごい方だ。上位の精霊使いであろうともそこまでいかない。それほどミツギさんがすごいというわけだ。
「会長はんの精霊は真っ黒やった。怖いくらいに。でも力を使えば使うほど、その禍々しいのが会長はんの中に入っていってたんや」
たしかにあの最終試験の時、会長の精霊である黒の鎧から黒色のオーラが出されて会長の体を強化していた。
「きっと、あれは会長はんの体に良くあらへんと思うんや。うちの気のせいやったらいいんやけど」
苦笑いを作るミツギさん。とてもさみしそうな笑顔をする。
「それも含めて、会長の様子を見てきます」
俺はそんな顔をするミツギさんを心配させないように首を縦にふる。
「うち、ずるい女やろ、セルファはんはやさしいとわかってるからこんなお願いして逃げれんようにしてる」
「誰かを助けようとする願いならいくらでも聞きますよ。むしろ逃げません」
俺のやさしさは病気のような優しさかもしれない。でも誰かが困っているなら助けたいと思う。もうこれは理屈なんかじゃない。
「かっこええな。もうセルファはんの子供なら産んでもええわ」
「ありがとうごさいます」
俺は一様お礼を言っておく。セクハラな発言でもこの人はこの人なりの方法で俺を認めてくれているのだ。
そうなればさっそく行動だ。きっとレイミィは自治会室でいつものように仕事をしている事だろう。まずはそこに行って会長の部屋へ行く方法を考えよう。
俺は食堂の椅子から立ち上がり、自治会室へ向かうために歩を進める。
「セルファはん?」
俺はミツギさんに呼び止められた。
「セルファはんの精霊の色はよくわからんわ。これはただ色がないってわけでなくてな、非常に複雑な色をしてるんや」
『へぇ~。私そんな色してるの?』
黙ったままで空中に漂っていたカシィアは自分の話題になったので口を挟んできた。
「これがセルファはんにとって良い色をしてんのか、悪い色をしてんのか、それさえもよくわからん」
『えぇ~、結局よくわかんないってことじゃん、面白くないな~』
「でもこれだけは言えるわ」
真面目な顔をしているミツギさんが俺の眼を真っ直ぐに見つめて言う。
「用心に越したことはないで」
それは十分に理解していることだが、俺はミツギさんの重き言葉をしっかり受け止める。
精霊を見ることができ、話すこともできる自分だからわかったことがある。
精霊は根本的に自分達人間と思考の大元が違っている。
人間は個人差はあれど、倫理等で自らの行動や欲求を抑制することができる。
精霊はそんなものは存在しない。
自分が面白いと思うことはどんな手段を使っても実現しようとする。それは高位の精霊になるほど強かった。
なぜそう違うのかは分からない。永遠にこの世界に存在し続ける存在だからこそ退屈しのぎだと思っているのかもしれない。精霊にとってみれば人間の命など儚き命なのだから。
「肝に銘じておきます」
俺はそう言って再び歩き始める。
その姿を見たカシィアはただ俺の後ろをついてくる。
俺の大切なものを永遠に奪った悪魔がついてくる。




