七話予行
7月も梅雨の明けた木曜日、僕は体育館の舞台裏に居た。
僕の他に先輩一人と後輩2人を連れて、今日は演目「ロミオとジュリエット」のリハーサルが行われることになっていた。
「楽しみですね、先輩」
「見るのは舞台袖だけどね」
「俺らが呼ばれたの、一応大道具の管理だけだしな。
まあ、邪魔にならない所で静かにしとけよ。というか俺と幸助でここにいるからお前ら2人は下で見てていいぞ」
「本当ですか?ありがとうございます」
そういってさっさと下に降りる後輩2人を見て僕らもリハーサル開始を待った。
劇は滞りなく進んでいった。
ヒロインに選ばれた本多さんはその実力をしっかりと出していた。
本当に楽しそうだ。“たまてばこにいるのはもったいない”という言葉は確かにその通りだったのだと確認させられた。
一つ一つの仕草、機微の表情、そして心に訴えかける声
彼女もまた演劇を愛する者の一人だったのだと、なんとなく惜しいことをしたと思った。
「幸助、後悔したってもう遅いぜ」
「分かってます」
あんなふうに彼女を見ないようにしていた僕が恥ずかしい。
もっと本多さんと演劇について話をしておけばよかった。もっと彼女の演劇に対する思いを聞いておけばよかった。
しかし彼女はもう玉手箱には帰ってこないだろう。なにせその背中を押したのは僕だ。
彼女はこうして今輝いている、そのことを認める器量がない僕が恥ずかしい。
今の彼女をしっかり見届けることが僕にできるすべてだと理解した。
「……すみませ、ああああああ!!!!」
僕が勝手に物思いにふけっていた間にも劇は進んでいた。ちょうど舞台転換の時、舞台袖に引くセットが体勢を崩したのだ。運び入れる役の男が道をあけようとあげた声を悲鳴にかえた。
まずい!!
セットの下には演者が居る!!
そう思ったときには体が動いていた。
ガシャン!!ガシャン!!
セットが倒れ演者と縦看の間に割り込んだ僕は一緒になって膝から倒れこんでしまった。
「大丈夫か!!」
先輩の声がする。
演者は、と確認すると僕が間に入ったせいでセットは演者まで倒れ掛かってはいなかった。
セットの足を持っていてくれたのかもしれない。
「よかった……」
舞台にいる人でセットを戻す。
結構痛かったと思いながら辺りを見回すと目の前が暗くなっていくことに気付いた。
「橘先輩、大丈夫ですか?先輩!?」
後ろから本多さんのような声がした気がした。
しかしその声の主を見ることなく、僕は意識をてばなした。