八話告白
気が付くとそこはベッドの上だった。
大学にある保健管理センターの中だろうと推測できた。
「あ、先輩目を覚ましました?」
隣で声がして、そちらを見ると本多さんが座っていた。
「後頭部打撲で大事には至ってないだろうということでしたが、一応大学病院を勧められました」
そう言う本多さんはこんなところにいていいのか、リハーサルはどうなったのか心配になった。
「本多さん、こんなところにいていいの?」
「ちゃんとミーティングまですませてきましたよ。先輩はそういうところ細かいと思って」
そう言うと本多さんは笑った。
「何か飲み物買ってきましょうか」
「大丈夫。それより、目が覚めたら帰ってもいいのかな?」
起き上がろうとする僕を本多さんが止めた。
「いや、一時間ほど横になって安静にするよう言われました。意識が戻らない場合や、意識の混濁がある場合は呼んでくれと言われましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、特に問題はない」
「そうですか、よかった。」
僕の言葉を聞いて安心したように頷く。次いで何か言葉を探しているようで僕は彼女の口が開くのを待った。
「……なんであんな危ないことしたんですか?」
「僕が作ったセットで人が傷つくのはどうしてもいやだった」
口をついて出た言葉は端的で、でもそれが真実だった。
今の僕にできるすべてで演劇を壊すなんて許されなかった。
本多さんは優しい目を少し伏せた。
「あれは舞台転換での事故で先輩のせいじゃないですよ」
「それでも、見てられなかったんだ」
本心が何のフィルターを通すこともなく出て来てしまう。これ以上話すのは不味いと思いつつ止めることが出来なかった。
「本多さんが舞台に立っている姿を見て……」
ぽつりとつぶやいた言葉に彼女はピクリと反応した。
「本多さんが、ああして楽しそうに演じているのを見て心底羨ましかった」
「だって楽しかったですから」
そういって彼女は笑った。
「先輩にそう思ってもらえたなら私の勝ちです!」
なにを言っているのだろうとまだぼやけた頭で考える。
「もう、憶えてないんですか?私先輩に言いましたよね。私を見てほしいって」
確かにあの日、倉庫で言われたことを思いだした。随分と昔の事のように思い出される。
「あの時はあんな言い方して悪かったね」
「何が、ですか?」
本多さんはきょとんとする。
「私、あの時決めたんです。演劇で先輩をびっくりさせてやろうって。それで演劇部に賛助という形で今回の劇の演者になりました。これは渡辺先輩との内緒の約束なんですけどね」
そういうことだったのか、と一つうなずいて彼女の演技を思い出していた。
「ああ、あそこは良いところだろう。本多さんもきっと演劇をもっと好きになれる場所だと思う。僕は大道具でしか関われな……」
「演劇部への入部は、今回のみということで断りました。もともと今回は賛助で、良ければ入ってくれて構わないということだったので。丁重にお断りしてきましたよ」
そんなことを笑って言うので僕は戸惑ってしまった。
「どうして?あんなに楽しそうだったじゃないか」
「うーん、私の目的は達成されたようですし、そうでなくても私はここがいいかなって。また先輩が演劇をやる理由を見つけてくれたなら、私はそれで良かったんです。先輩、私先輩のノート勝手に見ました」
そう言うと本多さんは頭を下げた。
「勝手に見てしまってすみません」
「でも、書き溜めた脚本はすごかった。目に見えました。表情が見えました。そして物語に引き込まれたままページをめくるのも気にならなかった」
そこまで言われるとなんだか恥ずかしくなって彼女から目線を逸らしてしまった。
「そんなに言うほどじゃないよ。先輩たちからは笑われたり、ダメだしされたりしたし」
「それでも、私は先輩の中にある物語の、描かれた人物になってみたいと思いました」
一瞬、時が止まったような気がした。
どうしてこうして、“僕が言ってもらいたい言葉ナンバー1”を引き当てた彼女の目は自信に満ち溢れていた。
「先輩のノート、4月の途中で停まっているのも知っています。これからは私も先輩の作る物語に参加したいんです。だからこれからもよろしくお願いします!!」
そういって本多さんはもう一度大きく頭を下げた
なんとなく言っていることはわかるのだけれど実感の追い付かないふわふわとした感覚が考えを邪魔した。頭を打ったせいなのか、はたまた彼女と共にまた一から演劇にのめりこむことが出来るうれしさからなのか区別のしようがなかったがうれしいことに変わりはない。
「こちらこそ、よろしく」
顔を上げた彼女はまぶしい笑顔を見せた。
―了―
これにておしまいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




