一話
むかしむかし。
お山も里も、桜がおわって、こんどは、藤の花が咲くころじゃった。
金持ちはみんなしてうかれての、遊山じゃ、酒宴じゃ、句会じゃと、あそびほうけておるころよ。
じゃがの。
百姓に、そんな、ひまなど、あるものか。
春といえば、田植えの季節。
苗をうえるには、そのまえに、田んぼに水をいれねばならん。
田んぼに水をいれるには、そのまえに、土をおこしておかねばならんわな。
水すうて、かたまって、半年たって、土はカチコチ。
骨のおれる、仕事じゃけえ。
グチのひとつも、でるわいな。
「ああ、お山の猿でもええから、だれぞ、手つどうてくれぬものか。したら、三人ある娘のうち、一人くれぇは、嫁にやってもよいがのう」
ついつい、じさまがそうこぼしたときじゃった。
「じゃったら、おらが、手つどうちゃる」
とつぜん、頭のうえから、声がしての。
いっぴきの猿が、おりてきたんじゃと。
じさまが、とめるひまも、ないわいな。
猿は、見る見るうちに、ばりばり土をおこしてのう。小石がわいてでりゃあ、ひょいひょい、ほうりだして。わらでも、肥でも、まぜこんで――田んぼのはしからはしまで、あっちゅうまに、たがやしてしもうたげな。
「したら、じさま、三日たったら、嫁ごをむかえにいくからの」
しごとを終えると、猿はそういうて、さっさとお山に帰ってしもうたと。
さて、よわったのは、じさまじゃ。
なんぼう口ではああいうたが、ほんきでいうたじゃあるまいに。ほかの礼ならなんでもしようが、かわいい娘を、猿の嫁になんど、やれるものけえ。
じぇけんど、あれだけの仕事をあっちゅうまに片づけてしもうた猿じゃ。たたもんでねえ。約束たがえりゃどうなるか。こりゃ、えれえこったと、家へ帰ったとたん、じさまは、かげん悪うしてのう、ムシロひっかぶって、寝こんでしもうた。
「おっとう、どうした、なにがあっただ」
いちばん上の娘が、そうきいただ。
じさまは、ムシロから、ぴょこんと首だけだして、
「すまねえ、おら、えれえ約束、しちまっただ」
これこれこうと、いうてきかせての、
「どうで、おめえ、すまんが、嫁に行ってくれんか」
おがむみてえに、たのんでみたと。
じゃがのう。こげな縁談、きけっちゅうほうが、無理じゃわいな。
「なんちゅう、てんごういう、おっとうじゃ。どこの娘が、猿の嫁になんぞ、なるものか」
娘は、ぷりぷり怒って、行ってしもうたと。
じさまは、がっくり。また、ムシロかぶって、寝てしもうた。
そこへ、こんどは、にばんめの娘が、見にきただ。
「おっとう、どうした、なにがあっただ」
じさまは、また、ムシロから、ぴょこんと首だけだしてのう。
これこれこうと、いうてきかせただ。
「どうで、おめえ、すまんが、嫁に行ってくれんか」
じゃがのう。きけぬものは、きけぬわいな。
「なんちゅう、てんごういう、おっとうじゃ。どこの娘が、猿の嫁になんぞ、なるものか」
にばんめの娘も、ぷりぷり怒って、行ってしもうたと。
じさまは、がっくり。また、ムシロかぶって、寝てしもうた。
最後に、見にきたのは、末の娘じゃった。
「おっとう、どうした、なにがあっただ」
じさまは、また、ぴょこんと首だけだしてのう。
これこれこうと、いうてきかせただ。
「どうで、おめえ、すまんが、嫁に行ってくれんか」
したらのう、末の娘は、にこっと笑うて、いうたんじゃと。
「ええで、ええで。おら、行くで。そんな、えれぇ田ばたらき、猿でも、なんでも、ええ婿がねじゃあ」
これぇ聞くとなぁ、じさまは、いとしうて、せつのうてのう。娘の手えにぎって、おがむみてえに、すまねえ、すまねえ――涙ながして、いうたんじゃと。
じゃが、なにせ、百姓の貧乏所帯に、娘が三人。食うのがやっとこ。三日じゃあ、ろくな嫁入り仕度も、ととのえてやれんかった。
それでもな。猿なんぞに嫁入ってもええ、なんちゅうてくれた、やさしい娘じゃ。なんもしてやれんのは、あんまり不憫でのう。せめて、祝いの餅だけでも、ついてやんべ、と、三日目は、朝からじさまが、杵臼ひっぱりだしてのう。なけなしのもち米で、ぺったら、ぺったら、ホカホカの白い餅をついてやったんじゃ。
したら、できあがった餅を見て、ばさまが、末の娘に、こう、いうてきかせたんじゃと。
「ええか、ようきけ。なにもしてやれんが、せめてもの嫁入り道具じゃ、この餅、臼ごと持っていきゃれ。杵もいっしょに、婿どのに、背負うてもろうてなあ。それでなあ、お山は、いま、藤の花ざかりじゃ。できるだけ、高い、崖っぷちに咲いとるのを、さがしてのう、あの花とってたもれ、と、婿どのに、たのむんじゃよ。臼杵、背負うたまんまでな。けっして、おろさせちゃ、ならんど」
「けんど、おっかあ、そんじゃ、あぶなくねえのけえ。婿どのが、おっこちたら、どうするだ」
「なんの、なんの。猿が、木から、おちるもんけえ。おちたら、そりゃ、婿失格じゃ。大手ふって、帰ってくりゃええ」
「けんど、おっかあ、そんじゃ、約束たがえることにならんかいの」
「なんの、なんの。約束は、嫁にやることだけじゃ。嫁にやったあとで、なにがおきても、そりゃ、知らんわいな」
そんなもんかいなあ、ええんかいなあ、かわいそうじゃないかいなあ……娘は、なんや、わりきれん気もしたがのう、そうこういうとるうちに、もう早や、婿どのがむかえにきてしもうた。
猿どのは、ちゃあんと、かみしもつけて、婿装束での。玄関先にかしこまって、りっぱな口上なんぞも、いうてのけたもんじゃ。金色の毛が、日ざしに、きらきらしての。じさま、ばさまのほうが、へどもどしちょった。
(こりゃ、えれえ、婿どのじゃ。もしや、お山の神さんじゃなかろうか)
娘はそう思案しての、さっきの母ごのいいつけに、あらためて、ぶるっと身ぶるいする心地じゃった。
じゃが、まあ、猿は、やっぱり、猿じゃった。
めんこい嫁ごをみると、そりゃもう、よろこんで、よろこんでのう。でれでれ、ちょこまか、ウキーウキー。いわれるまんま、臼杵背おうて、手をひいて、いそいそ、山へ、つれてったんじゃ。
その途中の、山道じゃった。
おっかあのいうたとおり、藤の花ざかりでの。花見きぶんでめでながら、ふたり、なかよう歩いとったんじゃが、道はどんどんのぼっていく。ふと見おろせば、すぐ左手は深い谷。がけ下の谷川が、ほそい白糸みたいになっておった。
そのがけっぷちに、ひときわみごとな藤の花が咲いておったんじゃ。
なァもない空中に、つるが何本ものびて、お互いどうし、からまりおうて、ひろがってのう。そこいちめんに、みごとな花房が、すきまもねえくれぇ、いっぺぇ、咲いておるんじゃあ。風に吹かれて、ゆらゆら、そよそよ。そりゃあもう、天女が反物でも干しとるみてえでなあ。絵にも描けん、言葉にもつくせん、美しさじゃった。
ああ、ここじゃ、と、嫁ごは、おっかあのいいつけを、思いだしての。きゅうに、おそろしうなって、ぶるっと、身ぶるいしたもんじゃ。
したら、婿どのが、嫁ごの顔を、のぞきこんでの。それァ、心配ぇそうに、いとしげに、きいたもんじゃ。
「どうした、さむいか。ここらは、ちぃと、風が冷てぇかのう」
その婿どのの、つぶらな、まっすぐな目を、見つめておるとな、てめぇらの、よこしまな了見が、急にはずかしうなってのう……嫁ごは、ぽっと、頬をそめたんじゃ。
さあ、それが、婿どのの目には、どう見えたか。
さくら色に頬をそめて、もじもじ、チラチラ。ぬすみ見ちゃあ、顔を伏せる。その乙女のういういしさっちゅうたら、なかったわいな。
婿どのは、たちまち、ぽーっとなっての。たださえ赤い顔を、もっとまっ赤にして、にやにや、てれてれ、笑うたんじゃ。
そいで、てれかくしみたいに、向こうをむいての、
「きれいな、藤じゃのう」
大きな声で、いうたんじゃ。
「どれ、ひとつ、折ってやろう」
これを聞いて、嫁ごの、あわてたことか、あわてまいことか。いまにも木にのぼりそうな婿どのを、ひっしになって、とめたんじゃ。
「あんた、あんた、やめてけろ。あぶないでねえけ」
「かわいいことをいう。じゃが、このわしが、木から、おちるものけえ。安心して、待っちょれ。いちばん長い、りっぱな房をとってきてやるからの」
婿どのは、自信まんまん、笑うての。かえって、やる気になってしもうた。
「あんた、あんた。じゃったら、せめて、その重たい杵臼、おいてってけろ。なんぼうなんでも、あぶないがな」
「うん? これか? じゃがのう、おろしてどうする。せっかくの祝いの餅じゃに、草の上においたら、草くさくなる。土の上においたら、土くさくなる。どうでも、背負うていくわいな」
「あんた、あんた。じゃったら、おらが、かかえておくだに」
「いかん、いかん。かわいい嫁ごに、なんで、こんな重てえ荷を持たしょうか。どうでも、わしが、背負うわな。なあに、これしき。山いちばんの木登り名人。かるい、かるい」
いうて、婿どの、ひょいひょい、木のほうへ、うかれだしてしもうたと。
おっかあの、いうたとおり、もくろみどおりの、いいあんばいじゃ。
じゃのに、なんでかのう……。
嫁ごは、目のまえがまっくらになってのう。総身から血が失せるみてえで、気がつくと、しゃにむに、婿どのにしがみついておったんじゃ。
「やめてけろ、行かんでけろ。あんたにもしものことがあったら、おら、おらぁ」
婿どのは、よわってのう。
じゃが、かわいい嫁ごに、こうまでいわれて、悪い気のするわけもなし。
「わかった、わかった。そうまでいうなら、いまは、ひとまず、やめておくべえ」
しがみつく嫁ごを抱いて、そういうたんじゃ。
そのあと、気をとりなおして、また、歩きだしたんじゃがの。
道々、婿どのは、まだ未練そうに、こぼしておった。
「残念じゃったのう。せっかく、きれいな、藤じゃったのに」
嫁ごは、すまなそうに笑うての。
じゃが、きっぱり、首ィふってみせたそうな。
「ええんじゃ、ええんじゃ。おら、藤は、好きでねえだ。花はきれいだども、あっちこっち、つるが巻いて、めいわくだ」
「なら、なんの花が好きだ?」
「おら、藤より、桜が好きだ」
「桜けえ。今年は、もう終わってしもうたなあ」
「じゃが、また、来年、咲くべ?」
「そらあ、咲くじゃ。来年も、再来年も、ずっとなあ」
「したら、そんとき、折ってくんなせ。来年も、再来年も、ずっとなあ」
嫁ごはそういうて、また頬をそめたんじゃと。
婿どのは、嫁ごの顔を、まじまじ、見ての。
たださえ赤い顔が、また、急に、火をふいたみてえに、熱うなったそうじゃ。
「来年もかあ」
「来年もだあ」
「再来年もかあ」
「再来年もだあ」
「ずっとかあ!」
「ずっとだあ!」
婿どのは、ふわふわして、足が地につかいでなあ。天にものぼるっちゅうんじゃろか。もう、たまらんで、たまらんで、
「ウッキー! ウキッ! ウキャキャキャ!」
おどりまわって、さけんだんじゃと。
嫁ごはおかしげに笑うとったそうじゃ。




