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フロレンヌ空軍基地の滑走路にC-17グローブマスターⅢ輸送機が無事着陸して、基地内へ向かうと俺とマイクは施設内のブリーフィング・ルームへと案内されたが、そのブリーフィング・ルームはNATO首脳会議に参加する各国から参集する首脳達の現地警護本部として機能させるために、壁一面には大型の液晶ディスプレーが配置され画面は分割されて首脳会議が行われるブリュッセルの各所が映し出されている。また、無数に並べられたデスクには何台ものデスクトップパソコンと14インチのデュアルモニターが並べられ、各種の作動チェックが慌ただしく行われていた。
そんな騒然とした室内に入室した俺とマイクは、今回のアメリカ側警護担当の財務省傘下であるシークレット・サービスの責任者に引き合わされる。
シークレット・サービスは、大統領警護を担当するエージェントが約3,200人、制服組が約1,300人、更に技術・管理部門が2,000人によって構成されている組織であり、一般的には大統領警護がイメージされるが財務省傘下という関係で、職務としては大統領警護だけではなく偽造貨幣の取り締まり等も従事しており、必ずしも大統領警護のみを担当している機関ではなく、大統領と大統領家族に加えアメリカの要人やアメリカを訪問中の各国首脳を警護する警護作戦局の1部門である大統領警護部門が大統領とその家族を直接警護しているに過ぎない。
その大統領警護部門に所属している今回の責任者であるシークレット・サービスのバロン課長から俺達が担う役割の説明を受け、同時に俺とマイクにクレジットカード大の身分証明書が渡される。
その身分証明書は、大統領を含めた各国首脳が会議会場までのルート警備に従事するにあたって各所に設けられた検問ゲートを通行する際、ベルギー国内から召集されている制服警察官が各ゲート毎に配置されて警護任務に従事しているのだが、その警察官に配布された身分証明書を提示して、読み取り装置であるカードリーダーを介して身分情報が確認されなければゲートを通行することができなくなっている。
特に、この身分証明書は偽造防止も徹底した対策が施されて、カード内にはマイクロチップが埋め込まれており、そのマイクロチップには各国の警護任務に従事する機関へアクセスするためのアドレス情報と機関に所属する人物の個人情報が暗号化された状態で入力されているので、ゲートに配置されているベルギーの警察官が持っているカードリーダーが、マイクロチップの情報を読み取ると各国の警護任務に参加している機関の管理データにアクセスすることになり、そこで当該人物の確認が取られなければエラー表示となるので、武装テロリストグループやNATOの存在や活動に抗議している活動家が外見だけを偽造したとしても、直ぐに偽造の身分証であると判明するようになっている。
俺とマイクは、マイクが監的手となって俺とコンビを組み大統領や各国首脳をターゲットにした連中が実行するであろう暗殺行為に対しての武力行使阻止としてカウンタースナイパーを勤め、NATO首脳会議に参加する大統領を始めとした各国首脳が会議会場へ向かうルート上の決められた場所で待機警戒して、周辺からの襲撃行為を確認した際には、即座に警護本部へ情報を連絡するのと同時に襲撃者へは武力行使を阻止するために狙撃を実行することになるのだそうだ。
ただし、要人警護のために従事するカウンタースナイパーとしては24時間態勢で臨む必要があるが、当然のことながら休憩・休息なしに24時間を連続して任務に従事するのは現実的はないので、俺達のようにコンビを組まされている別のチームと8時間交代でカウンタースナイパーの任務を熟すことになる。
確かにスナイパーの役割としては、ターゲットを捉えやすい場所を確保してからは確実な狙撃チャンスが訪れるまで根気強く待ち続けて巡ってくるであろう一瞬の機会に備えておく必要があるが、自分が担当するエリアに出現するかどうかも分からず、仮に襲撃者が現れるとしてもいつ何時に現れるのか想像もできない状態で、周辺に対して常に注意を向けて監視し続けるのは、想像以上に精神的にも肉体的にも疲労が溜まることになり、特にスナイパーにとって重要な視力への悪影響が懸念される。
特に、今回のような要人警護のためのカウンタースナイパーという役目であれば、肉体的疲労を理由に撃ち損じたというのは許されることではない。そうなれば、数日間の要人警護という任務を遂行するには肉体的にベストなコンディションで臨まなければならず8時間毎の任務交代というのは当然の体制である。
特に、長距離での狙撃を成功させるには弾薬や銃器等の道具に対して細心の注意を払ってベストな物を揃えたとしても、最終的にターゲットに致命傷を与えるために必要なポイントへ照準したり、実際に銃弾を発射させるためにトリガーを引くのは所詮スナイパーである人間であり、決して機械になることのない最も不確定要素を内在している人間のコンディションということになる。
数々のドラマや映画等で表現されるように、スコープのレティクルが交差しているレティクル・センターをターゲットの急所へ合わせてトリガーを引けば一発必中を実現するというのは非現実的で有り得ない話であり、ターゲットをスコープ上で捉えてからも常にターゲットの周辺に注意を払い風向や風速等の千変万化と言える自然状態を的確に把握した上で、スナイパーそれぞれの個性にもよるが照準の微調整をスコープのエレベーションやビンテージのダイヤルを動かして修正する場合があれば、俺のように必要な修正量はスコープのレティクル・センターを本来の狙点から移動させて少しでも狙撃ポイントの近くへ弾丸が送り込めるような努力が必要とされる一方、自らの呼吸や鼓動が影響することでトリガーを引く際に、銃口が狙った狙点から外れることがないようタイミングを図りながら呼吸や鼓動の影響が最少となるよう注意もしなければならない。
また、狙ったターゲットにしても射撃レンジの固定されて動くことがないペーパーターゲット等では決してなく、常時動いている状態が当たり前と考えれば、ターゲットの急所が確実に銃口に対して向いているタイミングにリンクさせてトリガーを絞らなければ確実な命中弾を放つことはできない。
長距離射程における狙撃を成功されるには、それだけ繊細な注意を払わなければ簡単に目的を達成できるものではない。
バロン課長から今回の任務について必要な内容を伝えられた後は、俺とマイクが担当する現場へ案内してもらう。
現地の警護対策本部の人間が同行して、俺達がポジションするビルの屋上へ辿り着くまで何度か街中を警戒中のベルギーの制服警官に呼び止められ身分証明書のチェックを受ける。
致し方ないのは重々に理解しているが
「本当にウンザリするくらい厳重なチェックだなぁ」
小声でマイクが呆れたような感じで呟く。
それを聞いたメキシコ系の同行してくれたシークレット・サービスのエージェントが
「それくらい徹底しないと要人の警護は成功しませんよ」
と笑いながら答える。
比較的大きなビルの前に到着すると正面の入り口で何度目かの身分証明書のチェックを受けてビルの中に入りエレベーターを使ってビルの屋上へ向かう。エレベーターを最上階で降りてから、非常階段を使って1階分だけ登ると屋上へ出るためのドアに到着する。
同行してくれたシークレット・サービスのエージェントがドアノブのツマミを捻ってからドアを開けて屋上へ出る。俺達もそのエージェントの後について屋上へ出ると
「ここが、お二人に担当してもらう監視場所です。目の前というか直ぐ下に見える道路がNATO首脳会議に参加する各国の首脳が往路復路として利用することになりますが、特に此処は道路が60度くらいのカーブとなっている関係で車速を落として走行しますので、特に狙われやすいポイントになっていますのでベルギー警察の先導車が通過した直後には充分に注意してください」
シークレット・サービスのエージェントが真剣な表情を浮かべながら注意するポイントを説明してくれる。
確かに、往路復路で見ても目の下にある道路はカーブの手前まで結構なストレートになっているので、ストレート部分でターゲットを確認してカーブの手前20メートルくらいで走行スピードを減速してくると思われるので、ライフル銃等で狙撃を行うには都合の良い場所かもしれない。特に、カーブを曲がり始める少し前とカーブを曲がり終えて加速を始める瞬間であれば、少なくとも2回はトリガーを引くチャンスがありそうなので1発目を外したとしても2発目で命中弾を送り込むのは決して不可能ではない。
しかし、各国の首脳が乗車する車両についてはアメリカ大統領が使用する専用の重装甲リムジンの「ザ・ビースト」を始めとした護衛に特化させた車両を使用するので窓ガラスについても防弾ガラスが使用されている関係上、銃器による狙撃は効果がないと思われるかもしれないが、この場合に最初に狙撃の対象となるのは首脳が乗車している車両ではなく、その前後を警護している護衛車両になる。
護衛車両のドライバーを狙撃することで車列が乱れて首脳が乗車する専用車は、場合によって一時的に停車する事態が考えられ、停車した専用車両へ爆発物を投下するなりすれば「ザ・ビースト」のように車体からの銃撃にも対応できるために約8インチ(20センチメートル)もの厚さがある装甲を備えていたとしても、爆発物の規模によっては車両自体が転倒しないと限らない。もし、そのような事態となって車両内部から首脳を救出すべく車外に連れ出した瞬間は、如何に警護の人間が盾になったとしても首脳自身が生身の身体を曝け出しているので狙撃のチャンスは充分にあると思っても不思議ではない。
特に、貫通力に優れた弾薬を使用するのであれば車外に連れ出した首脳を守るために警護の人間が盾になったとしても、その警護の人間を撃ち抜いて貫通した弾丸は充分に首脳の身体に被弾する威力を有しており、命中箇所によっては被弾した首脳が死亡することになり暗殺の目的を果たすことができる。
要人の暗殺を語る場合に、直接的な攻撃を如何にターゲットとした要人に与えるかを考えがちだが、対象とする要人が防御機能満載の専用車両に乗車しているのならば、必ずしも直接的な攻撃を加えることがだけが重要なのではなく、地球上で最も皮膚が脆弱な部類にある生身の人間を防御機能満載の乗り物から引き釣り出すかを念頭に襲撃を行えば、必ず生身の状態で外に出ることで射殺を成功させるチャンスが訪れるとも言える。
俺とマイクが担当する場所の下見を終了してビルの1階へ戻ると、シークレット・サービスのエージェントが俺達を宿泊するビジネスホテルまで車で送迎してくれることになった。
車をドライブして直ぐにエージェントが
「お二人に宿泊してもらうのは2人用1部屋となっていますが、その部屋には今回の作戦で使用してもらう咽頭マイク付きの無線機を用意してますので、部屋に入出したら早めに無線機を起動させて対策本部へ連絡を入れてください。その際、お二人の声紋を登録させてもらいますので、任務遂行中に常時無線で声紋チェックをします。もし、使用した無線機から登録された声紋以外の声を検知した場合には、その無線機自体が発信や受信ができなくなります」
と説明してくれる。
成る程、今回の首脳警護では多くの警護任務に従事する人間がいるので武装テロリスト集団等から襲撃を受けて無線機が盗難された場合に、警護側の情報が簡単に無線機を通して漏れることへの対策を施しているのだろう。
声紋データによる人物認識を採用しているのであれば、襲撃側の人間が声色を使って警護側の人間を装っても無駄ということになる。しかも、襲撃側が情報入手のためだけに無線機を奪ったとしても一定時間以上に該当する無線機から発信がなければ本部の方から問い合わせを入れて喋らせることで人物確認が可能となり、警護任務に関与しない人間の声であれば強奪した無線機は直ちに発信機能と受信機能を失った単なる無線機の形をした玩具にしかならない。
ビジネスホテルの正面玄関前で、乗せられていた車両から降車した俺達はフロントで宿泊の手続きを済ませて寝床となる部屋に入室する。
部屋のテーブルには、エージェントが説明した通りに2機の咽頭マイク付きの無線機がケースに入った状態で置かれており、そのケースの中には無線機使用に際しての注意書きが記載されたメモも封入されている。
準備された無線機は、8チャンネルの機能がありチャンネルの変更は番号が印字されているボタンを押すことでチャンネルが変更される。電源を入れて無線機を起動させる前に封入されているメモに目を通すと、最初の声紋登録を行う場合にはチャンネル1を使用し、声紋登録終了後には2チャンネル以降のチャンネルで本部から指定されたチャンネルを使用することと記載されている。
恐らく、チャンネル1は初期の声紋登録時のみで機能するようになっていて、声紋データの登録が終了した後はチャンネル1が機能しないように設定されているのかもしれない。




