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決してマンスールが警告の意味で送ってきたピザに貼付されていたメモのためではないが、俺とマイクはピザを食べ終えるとジョンへ連絡を入れて一旦はアジトとしている格安ホテルへ引き返すことにした。
マンスール側が不審者の侵入に備えてドローンに熱感知カメラを装備して、邸宅周辺の上空を警戒飛行させているのでは双眼鏡によって監視可能な範囲へ潜入しての監視は困難を極めることをジョンへ伝え、その内容はアメリカ本国のCIAへも情報を伝達した。
結局、今回のギリシャにおけるマンスールの監視活動はジョンの元へ偵察用のドローンを送り、その偵察用のドローンを飛行させてマンスールの邸宅を監視する一方で、監視衛星をも動員してマンスール側のドローンでも察知されない方法が選択された。
その結果、俺とマイクは一旦アクロティリ空軍基地へ戻ることになった。
マイクは、多少とも気楽そうな感じでアクロティリ空軍基地内の射撃レンジで支給されている銃器の習熟訓練によってマンスールに関する新たなミッションの展開を待つつもりでいるが、果たしてCIAや軍が俺達をギリシャの駐留基地で遊ばせておくような状況で満足しているとは俺には思えない。
ジョンと共に格安ホテルの4人部屋を引き払い、ジョンの運転するランドクルーザーでアクロティリ空軍基地へ向かうための船着き場に迎い、連絡船を操船してくれるシュナウザーと合流する。
シュナウザーが操船する大型ボートでキプロス島の船着き場まで無事に送り届けてもらいアクロティリ空軍基地へ戻ってみると、俺の想像が当たったのか基地の門衛から司令官室へ直行するよう口頭で指示を受ける。
その指示を耳にしたマイクは苦笑いを浮かべると
「やっぱり、簡単には休暇擬きの時間を与えてくれるわけないかぁ」
門衛に聞かれないくらいの小声で小言を漏らす。
20キログラム近くのバックパックを背負い、10キログラム近くの重さがあるSCAR-H TPRライフル銃が収納されているナイロン製のソフトケースを提げてマイクと共に司令官室へ向かい、司令官からの許しを得て応接セットのソファーに腰掛けると
「諸君等については一旦マンスールの偵察任務から離れてもらうが、その代わりと言っては何だが、新たなミッションが諸君等には与えられることになった」
アクロティリ空軍基地の白人司令官が厳かな雰囲気で俺達に語ると続けて
「諸君等への新たなミッションは、2週間後にNATO本部があるベルギーのブリュッセルでNATO加盟国首脳会議が開催されるのだが、その会議に大統領が出席される予定となっている。特に、近年ではロシアと隣接している旧東側諸国のなかでNATOへの加盟を希望する国が現れるのに対して東側諸国のなかにはNATOへ加盟する動きを牽制するように小規模な軍事衝突が勃発しており、大統領としてもNATOの連携強化を各国に対してアピールする狙いでNATO首脳会議へ出席するだけではなく、ベルギーを国賓待遇で正式訪問することになっており5日間の訪問日程が組まれている。そこで、諸君等には大統領警護のシークレットサービスの後方支援という形で警護任務のバックアップに従事してもらいたい」
そう司令官が説明するのを聴いていたマイクが
「司令官、質問がありますが宜しいでしょうか?」
と言って右手を挙げる。
「マイク曹長、何が知りたいのかね?」
司令官が手にした書類から目を離してマイクへ視線を向けてマイクが質問するのを許可すると
「NATOの首脳会議となれば、加盟国の首脳警護の連中がベルギーへ派遣されて警護態勢はシークレットサービス以外も協力態勢を築いているので人手的には不足しないと思いますので、我々が出動する必要がないと思われますが」
マイクは至極全うな質問を司令官へ問い掛ける。
「うむ、確かにマイク曹長が言う通りに各国の首脳警護組織がベルギーに集結して、ベルギーの警護組織と連携を取って自国の首脳を警護することになるが、それは飽くまでもNATO首脳会議までの話で、それ以降の大統領公式ベルギー訪問については我々アメリカとベルギーでの首脳警護であって、他のNATO加盟国の警護組織が関与する問題ではない。だが、ここ数週間に大統領がNATO首脳会議に参加した後にベルギーの公式訪問の情報が公表されると、ヨーロッパにおける武装テロリスト集団の活動が活発化してきおり、CIAの情報では幾つかの武装テロリスト集団がベルギー国内へ潜入してきているようだ。それら武装テロリスト集団が同時他発的に大統領の暗殺行為を実行された場合にはベルギー警察当局やベルギー軍にシークレットサービスだけでは人手が足りないという事で諸君等のようなアメリカ軍の精鋭も駆り出されたというわけだ。よって、このミッションには諸君等以外にもヨーロッパで各種のミッションに従事している特殊部隊員数名も加わることになる」
そこまで説明した司令官が、これで満足かといった様子でマイクを見詰める。
その司令官の説明を聞いたマイクは
「了解いたしました。それでは、具体的に我々の任務はどのようになっているのでしょうか?」
続けて司令官へ質問を行うと
「その点については、現時点で諸君等には大統領がベルギー国内で陸上移動をする際に、ジョウジ曹長とチームを組んで大統領の移動ルート上にある高層ビルの屋上に待機してカウンターテロの任務に従事する予定となっているが、詳しくは諸君等がベルギー国内に到着した時点で現地の警護対策本部から詳細な指示が行われるので、その指示に従ってミッションの遂行に当たってもらう」
そこまでの説明を終えた司令官が
「ここまでの説明で、マイク曹長からの質問以外に聞きたいことがあるかね?」
俺とマイクに尋ねてくる。
ここまでの司令官から聞いた話としては、俺とマイクがコンビを組んで武装テロリストに対してカウンタースナイパーとしてのミッションに従事せよという内容であることが理解でき、それ以上の詳細はベルギーへ赴いて現地対策本部からの指示待ちという話なのだろう。
逆に言えば、これ以上の質問を目の前の司令官に聴いても無駄ということになる。
俺とマイクが特段の質問もなく黙っていると
「2人とも特段の質問がなければ、今から30分後に諸君等をアメリカ空軍第485ミサイル団が配備されているフロレンヌ空軍基地へ送るための輸送機が出発するので、怠りなく準備のうえ第2駐機場へ集合するように以上だ」
手に持っていた説明用の資料をデスクの上に置いた司令官が俺達へ視線を向けて命令してくる。
俺とマイクは、腰を掛けていたソファーから立ち上がると司令官に向かって敬礼をしてから荷物を抱えて司令官室を退出する。
アクロティリ空軍基地自体は大した規模の施設というわけでもないので、何処かで時間を潰せるような場所があるわけでもないので、基地内の食堂脇にある自動販売機へ向かって俺とマイクは缶コーヒーを購入して、その場で缶コーヒーを飲み干すと司令官から指示された第2駐機場へ向かう。
第2駐機場にはC-17グローブマスターⅢ輸送機が主翼にある4発のジェットエンジンがアイドリングを始めている。
C-17グローブマスターⅢ輸送機は、マクドネル・ダグラス社が製造してアメリカ空軍が保有・運用している主力長距離輸送機であり、同じくアメリカ空軍が保有・運用しているロッキード社製の超大型長距離輸送機であるC-5ギャラクシーに次ぐ輸送能力を有しており、積載能力はC-5ギャラクシーの65パーセントほどにあたる77トンで陸軍の戦闘装甲車両等を空輸する際に使用されているので、俺とマイクからすれば見慣れた輸送機という事が言える。
ただし、77トンもの積載量能力を有する輸送機に俺とマイクの2名の特殊部隊員を運ぶには少々大げさなように感じる部分がないわけではないが、これもベルギーを公式訪問する大統領の護衛という名目ならば致し方ないのかもしれない。
C-17グローブマスターⅢ輸送機の機体後部にある貨物室へのゲートハッチが開いているので、俺とマイクはゲートハッチの上を歩いてC-17グローブマスターⅢ輸送機の貨物室へ乗り込む。
軍の輸送機は全て同じなのだが、貨物室の機内は民間航空機のように見た目が綺麗な内壁とは違い、機体を構成する鉄骨の骨組みが露出しており毎度のことだが殺風景そのものある。
その殺風景な貨物室の両サイドには簡易式の椅子が座面が持ち上げられた収納状態で片側50人が座れるように並んでいる。
俺とマイクは、左右に分かれると貨物室の床に背負っているバックパックとライフル銃が収納されているナイロン製のソフトケースを置き、最も操縦席寄りの簡易式椅子の座面を降ろして腰掛けると、開いていたゲートハッチが油圧によってウイーンという音を発しながら閉じていく。
ゲートハッチが完全に閉じると貨物室内は暗くなり防音装置等が施されていない貨物室には主翼にぶら下がっている4発のジェットエンジンが発する轟音が響いてくる。
エンジンからの響く轟音の音量が大きくなってくるとC-17グローブマスターⅢ輸送機の機体が若干揺れたと思うと低速で駐機場から離れてメイン滑走路へ向かう。
C-17グローブマスターⅢ輸送機がマイン滑走路に進入して機体の前方が大きく左へ旋回してから動きが止まり、次いで主翼にある4発のエンジンが回転数を上げ始める。
貨物室内には先程よりの何倍も大きな轟音が響き渡ると、前方方向へガックンと小さな揺れが起こると一挙に加速状態となり、俺とマイクが腰掛けている座席は前方方向に向いて設置されているのではなく、進行方向に対して横を向いているので機体後方側へGが掛かって横方向へ身体が振られる。
見た目には、綺麗に舗装されているメイン滑走路のように感じるが路面には多少の凹凸がある関係で離陸のために滑走路を疾走しているC-17グローブマスターⅢ輸送機の機体は小刻みに振動するのと同時に、貨物室内にはガタガタという音がエンジン音と交じり合って騒音となって響いてくる。
ただし、C-17グローブマスターⅢ輸送機は機体の大きさに比して離着陸距離が910メートルと短いために路面の凹凸によって聞こえてくるガタガタという音は間もなく小さくなるのと同時に機体前方が上方へ持ち上がったかと感じると、いつの間にか機体全体が浮遊感に包まれてC-17グローブマスターⅢ輸送機は滑走路から離陸して青空に舞い上がる。
暫く前方方向に機体が持ち上がって上昇姿勢を保って必要な飛行高度を目指していたC-17グローブマスターⅢ輸送機の飛行姿勢が水平飛行に移行してくると、ギリシャからベルギーまでは結構なフライト時間となるので、飛行機に搭乗した俺とマイクには別段することもない。
そうなれば、空席となっている隣の何人分からの座面を倒して簡易ベッドのようにすると俺とマイクは、その簡易ベッドに横になりエンジン音が鳴り響く貨物室で仮眠を取ることにする。一般人ならばエンジン音の煩さで仮眠どころの話ではないかもしれないが、何度となく軍の輸送機に搭乗した経験を持つと貨物室に鳴り響くエンジン音程度が気になるようにはならない。




