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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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翌朝、俺とマイクはジョンが運転するランドクルーザーに乗って未舗装路ルートを通ってマンスールの邸宅近くへアプローチしていた。

昨日の夕食後の打ち合わせで、正攻法に真正面からのアプローチは最初から考えられないのは俺とマイクの意見だけではなくジョンも同意してくれた。

何せ、ジョージアではカールグスタフ84ミリメートル無反動砲がマンスールの邸宅に装備されているのを俺達からの話で把握しているので、今回も高級住宅街であってもマンスール側が銃器以上の兵器を使用しないという確証はないので、真正面からアプローチして84ミリメートル無反動砲のような兵器で攻撃されては回避する術がない。

そうなれば、例え路面状況が劣悪な悪路であっても相手側に悟られ難いルートからのアプローチが最も最善であると全員で判断したのだ。

流石に一般車両が通行することを想定して整備している状態ではなく、樹々が生い茂っているところを見れば、ライフル銃等による狩猟が行われているエリアなのかもしれない。兎に角、路面は大小の岩等が露出している関係で、しっかりとシートベルトを装着していても車体が激しく揺れるので、身体の至るところをぶつけてしまう。

これ以上は、ジョンがランドクルーザーで引き返すのも厳しくなってきそうだったので、俺とマイクはランドクルーザーから降車して徒歩でマンスールの邸宅近くまで接近してみる事にした。

俺とマイクは、日頃からコンバット・シューズを履いているので履物を変えなくても森林の山間を歩くのには支障はない。ただし、服装については私服のジーンズにカジュアルなシャツというわけにもいかないので、迷彩柄のコンバット・パンツにTシャツの上にはコンバット・ジャケットに着替えている。

停車したランドクルーザーから降りた俺とマイクは、車両後部へ向かいラゲッジルームのドアを開いて、ナイロン製のショルダーバックを背負うと俺はSCAR-H TPRライフル銃が収納されているソフトケースを右手に提げ、マイクはカスタムAR-15アサルトライフル銃が収納されたソフトケースを左手に持つ。

運転席から一度降りたジョンが、右手首に巻いているデジタル腕時計を操作しコンパス機能に切り替えて方角を確認すると

「マンスールの邸宅があるのは、こちらの方角ですね。お二人の言い方にすると4時の方向と言えば良いのでしょうか」

左手で行く先を示しながら俺とマイクに教えてくれる。

「まぁ、そう言うことだな。俺達と一緒に居てすっかり慣れてきたじゃないか。次にジョンが迎えに来てもらう際には、なるべく舗装路の近くで待っているようにするから、引き返す際にはドジを踏んで転落事故に遭わないよう気を付けろよ」

とマイクは、ジョンの心配をして声を掛ける。

「そうして貰うと助かりますね。こんな悪路を度々走っていたんでは胃下垂になってしまうので」

苦笑いを浮かべたジョンが、そう言うと運転席側のドアを開けてシートに乗り込むとランドクルーザーをUターンさせて引き返していく。

俺とマイクは、引き返すランドクルーザーを暫く見送ってから、ジョンから教えられた4時の方向へ山道を歩き出す。

途中、何度から立ち止まり俺が左手首に装着しているデジタル腕時計をコンパス機能に切り替えて方角をチェックしながら歩を進める。それと言うのも、ランドクルーザーでのアプローチはマンスールの邸宅よりも低い位置から接近しており、今の俺とマイクは登り坂を上がっている状態なので、ある程度マンスールの邸宅に接近したら、一旦マンスールの邸宅から離れるようなルートに変更して、マンスールの邸宅を見下ろせる場所へ向かわなければ、マンスールを監視するという目的を達成できない。

これまで本国での行軍訓練で、30キログラム以上の荷物を携行して、足元の状態が良好とは言えない獣道を指定された目的地を目指して、一日中歩いてきた事を考えれば現状での装備は20キログラムにも満たない状態なので、マンスールの邸宅付近まで山道を登るのは大して苦にはならない。とは言え、所詮は俺とマイクも軍隊での訓練で鍛えているとは言え、体力面以外は普通の一般人と大差ないので、徐々にではあるが額から薄っすらと汗が滲み始めてきた。

何回目からの方角チェックのために立ち止まって、コンパス機能にしておいたデジタル腕時計を俺が見ていると上方に視線を向けていたマイクが

「ここから建物は見えねぇから確実じゃねぇが、あの植え込みのような樹木が並んでいる辺りがマンスールの邸宅なんじゃないか?」

左手の甲で額の汗を拭いながらマイクが俺に声を掛けてくる。

マイクの指摘を聞いた俺は、右手を背中側へ廻してバックパックから1/3000の縮尺地図を取り出して俺達の現在地を地図で確認する。

「もし、マイクの言う通りだとすれば俺達が今いる場所は地図上でここになる。これから10時の方向へ進んで時計周りにマンスールの邸宅を迂回しながら進めば、マンスールの邸宅を見下ろせる場所へ辿り着くはずだ」

そう言ってマイクに視線を向けると

「そうか、それじゃ暫く歩けば金持ちの邸宅の全貌が拝める場所に着くなら、一旦休憩して美味くはないが、今のうちに昼飯を摂らねぇか?」

マイクはニヤッと笑って恒例の提案をしてくる。確かに、通常ならばマンスールの邸宅を見下ろせる位置に辿り着いてから休憩を取るのが常道かもしれないが、もしマンスール側が自らの邸宅に近付いてくる不審者を警戒するつもりであるならば、邸宅より低い位置よりも邸宅を見下ろす場所に対しては何等の仕掛けを施しているに違いない。そうなれば監視場所を確保するに当たって今以上に警戒しなければならず、安易に食事等を摂る暇がないかもしれない。

マンスールの邸宅へ向かって山道を登っている現状では、今のところ周囲にカモフラージュされたような人感センサー等が仕掛けられている気配がないところを見ると、少なくともマンスール側に俺達の存在が把握されていないうちに食事を摂っておいても損はないと判断して

「それじゃ、今のうちに休憩して昼食にするか」

俺はマイクにそう答えて、背負っていたショルダーバックを降ろすと、中からクッキータイプの栄養補助食品が入った紙箱1つと500ミリリットルの水が入ったペットボトルを取り出す。

隣のマイクも、俺と同様に背負ったショルダーバックから同じ物を取り出して、栄養補助食品の紙箱を開けて中から小分けにビニールに包装されたパッケージを手にしてビニールの封を歯で割いてから中身のクッキーを頬張ると

「決して贅沢を言うつもりはねぇが、相変わらず味気ねぇし美味くはねぇな」

口にペットボトルの水を運びながら愚痴を溢す。

だがミッション遂行中の立場ならば、今の状態が至って普通なのであり、例え味気ない食事であったとしても張り詰めたような警戒心を周囲に張り巡す銃撃戦の最中で、食事さえも儘ならない状態がある事を思えば、休憩と称して食物が食べられるのは相当に恵まれいると言える。

ペットボトルの水を3分の1くらい消費して、紙箱にあった4つに小分けされていたクッキーを食べ終えると、降ろしていたショルダーバックを背負ってSCAR-H TPRライフル銃が収納されたソフトケースを右手に提げると休憩前にマイクに伝えたルートを歩き始める。

暫く山中を登り、気が付けばマンスールの邸宅よりも少しばかり高い位置に辿り着いていた。しかし、マンスールの邸宅敷地内を全て視界に捉えるには高さが不足しており白い2階建ての大きな家屋が何とか見ることができるが、敷地の周辺に植えられた樹木が視界を邪魔して家屋の正面玄関付近や家屋から先の敷地の状況までは見ることができない。

それは隣を歩いているマイクも同感なようで

「もう少し上に登らねぇと屋敷の全景が分からねぇな」

そう言って1歩前に踏み出したマイクが右腕を俺の顔の前に差し出してきて行く手を阻んでくる。

不審に思った俺がマイクの顔へ視線を向けると、マイクは俺の前に差し出していた右腕を自分の口の方へ静かに持ってくると、口元に人差し指を当てて「静かに」というジェスチャーをしている。

そのマイクのジェスチャーを見た俺が前方へ視線を移すと、前方50~60メートルくらい先に成獣の牡シカが1頭、俺達に顔を向けて警戒しているのが見えた。

恐らく、これ以上の距離を詰めてしまえば警戒している牡シカが警戒音の鳴き声を発することになる。

戦場での経験が少ない人間からすれば、野生のシカが鳴き声を発した程度を気にすることはないと思うかもしれないが、野生動物が警戒するために鳴き声を上げるというのは野生動物達にとって危険が迫っていることを意味しており、ここで下手に目の前の牡シカに警戒音の鳴き声を出されては、唯でさえシカの鳴き声は結構な距離まで届くので間違いなくマンスールの邸宅にいるボディガード達に聞かれてしまい、わざわざマンスール側に不審者が付近に徘徊していることを教えるようなものである。

俺に思い違いがなければ、ここまでマンスール側に悟られることなく邸宅の近くまでアプローチできたにも関わらず、これから監視場所に着いて監視を始める時に警戒をされたのでは充分な監視自体が困難になる。

しかし、幸いにもシカは動きのある物は視界で捉えることができるのだが、まるっきり動かない物は認識できないので、俺もマイクも着用している服装は迷彩柄となれば、暫く動かずに大人しくしていれば目の前の牡シカに気付かれることなくやり過ごせるかもしれない。更にラッキーな事に俺達と雄シカがいる山林に吹いている風は、俺達の方が風下の位置になるので、雄シカには俺達の匂いも恐らく届いていない。

時間にすれば僅か2~3分程度であった思うが、体感的には30分以上に渡って身体を動かさずにじっとしていたように感じる。程なくすると、目の前の牡シカは俺達から視線を逸らすと身体の向きを変えて茂みのなかへ姿を消えて行った。

無事に野生の牡シカをやり過ごした俺とマイクは、ほんの少し前まで牡シカが居た方向へ向けて山道を登り始める。

牡シカをやり過ごしてから20分後、そろそろ充分にマンスールの邸宅を見下ろせる位置にまで辿り着いたと思える頃に、視線をマンスールの邸宅方向へ向けると充分にマンスールの邸宅を見下ろせる位置に到着した。その場所は、マンスールの邸宅方向へ向かって緩く下り坂となっているので、少しでも近い場所から監視しようと思い俺が緩い下り坂へ一歩踏み出すと

「ストップ、ジョージ。それ以上、前に進むな」

押し殺したような声でマイクが注意してくる。

脚の動きを止めて何事かと思い俺がマイクに視線を向けると、マイクは右手の人差し指で俺の膝辺りを指して

「ワイヤートラップが仕掛けられている。お前が更に一歩踏み出せばワイヤーに引っ掛かってしまうのでトラップが発動して爆発するかもしれない」

マイクにそう言われて、俺は自分の足元付近を目を凝らして見てみると、周囲には樹木が生い茂って日陰となっているために薄暗く判別し難いが、黒っぽい色をして髪の毛よりも心持ち太いワイヤーが貼られているのが確認できた。

俺は、ゆっくりと後退してから張られているワイヤーの先を追って見るがカモフラージュされているとは言え、ワイヤーの先に爆発物が仕掛けられている痕跡を見付けることができない。

マイクも俺と一緒にワイヤーの先を丹念に調べてくれたが、やはり爆発物を発見することはできなかった。察するに、このワイヤートラップは戦場等で多く見かけるようなワイヤートラップ爆弾ではなく、仕掛けたワイヤーに流れる電気信号がワイヤーが切断されることで不審者が接近している事を知らせる一種の人感センサーではないかという結論に至った。

そのような結論に至ったマイクは、半ば呆れたような表情を浮かべて

「本当に、あの建物は一般民間人の住宅なのか?まるで、ちょっとした軍の施設や政府の重要施設並みだなぁ」

と呟く。

確かに、一般民間人の住居にしては警備の仕方が半端ない。しかし、その事は今になって判明した事ではなく、ジョージの屋敷にしてもカールグフタス84ミリ無反動砲を備えていたことからして、自衛用のセルフ・ディフェンスとしては度が過ぎている。

確かに、世界の軍需産業に巨額の投資をしているほかに兵器類の購入者となる反政府勢力やテロリストの武装集団にも資金提供をしている人物だけあって、資金提供している反政府勢力やテロリスト集団が襲撃してきた際に自衛しようとすれば傭兵上がりのボディガードだけはなく桁外れの武器類も準備していなければ対処できないのだろうが・・・。

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