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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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空模様が曇天のせいで、夕暮れが近付いているが眩しい夕陽が照らしてくることもなく徐々に薄暗さの度合いが増してきている。

心なしか暗さが増してくるのと同時に、吹いてくる風も徐々に冷たさが増してくる中で幌に覆われたM939 5トントラックの荷台に乗せられてアメリカ大使館占拠事件の現場へ向かっている。

途中、トルコ警察当局が占拠事件現場であるアメリカ大使館から周囲300メートルを一般人の立入り禁止区域として設定しているため、厳重な検問を敷いている関係でM939トラックも一時停車を求められるが、検問を行っているトルコの警察官が米軍車両であることが判明すると禁止区域への通行を許可してくれる。

アメリカ大使館から直線距離にして200メートル手前辺りでM939トラックが一時停車をする。すると助手席に座っている下士官が俺達が居る荷台へ顔を向けると

「スナイパーは、ここで下車して徒歩で狙撃ポイントへ向かうように」

咽頭マイクを通して無線で俺に指示してくる。

それを聞いた俺は、SCAR-H TPRライフル銃が収納された専用ケースを持ってM939トラックの荷台から飛び降り、M939トラックの右サイドミラーに移る所まで移動してSCAR-H TPRライフル銃が収納された専用ケースを持っていない方の左手を挙げてM939トラックの運転手へ合図を送る。

俺からの降車した合図を確認した運転手は、俺を除いた5人のデルタ・オペレーターを乗せて大使館突入班を降車させるポイントへ向けて余りエンジンを吹かすことなく発進して行った。

そのM939トラックを見送ることはせず、俺は左手首に巻き付けているデジタル腕時計を方位モードとなるように操作して、自分の位置を確認してから狙撃ポイントに設定されている4階建ての雑居ビルを目指して歩き始める。

今回の狙撃ポイントは、大使館建物から直線距離にして約100ヤード(91.44メートル)離れている。この距離は、アメリカにおいてSWATチームのスナイパーが人質立て籠もり事件等の際、犯人を狙撃する場合における概ねの最大射程距離と言われており、法執行機関のスナイパー養成訓練等でも頻繁に設定される射程距離である。

デルタで長距離狙撃のスナイパーである俺からすれば、この射程距離だけを見れば比較的容易な狙撃に見えそうだが、今回のミッションでは遂行時間が夜間という暗がりの状態で遂行され暗視スコープを使用しての狙撃となるので、狙撃の射程距離としては近距離の部類に入るが難易度は想像以上に高い。

それは、昼間にミッションが行われる場合であれば周囲の状況が鮮明に確認できるので風等の状態を把握するのに多くの情報を得られて参考にすることが可能で、夜間の暗がり状態となっては周囲から得られる情報量は限られるのに加えて、初弾を外した場合でも何処に着弾したのか把握が難しく照準修正が容易に行えない。

また、暗視スコープから見える画像はフルカラー状態で見えるわけではなく、どちらと言えば白黒テレビの画像を見ているような感じとなるのでスコープからの情報量についても決して多いわけではなく、射撃レンジで時間的余裕を持って射撃するのであれば問題ないが、ミッション遂行中の状況では瞬時に状況を把握してタイミングを逃さずに発砲しなければならないので想像しているより遥かに難しい。

ミッション遂行予定時刻まで余り時間的余裕がないので、徒歩と言っても速足で100メートル以上の距離を10キログラム近くの荷物を持って移動していると気付けば額に薄っすらと汗が滲んでいる。

狙撃ポイントとして予定されている雑居ビルに到着すると、トルコ警察が立ち入り禁止区域として一般人の侵入を制限しているものの、夜の暗闇に乗じて空き巣等を目的とした輩が徘徊しているのか、雑居ビル入り口のガラスドアは無残に破壊されている。

ガラスドアの破壊された部分を潜って雑居ビル内に一歩踏み込んでみると、俺には建物内に人の気配があるのを感じ取った。恐らく雑居ビルのオフィスを狙った空き巣泥棒なのだろうが、このまま見過ごしたとしても狙撃を行っている最中に邪魔をされたのでは叶わないので、左腰のホルスターに差し込んでいるM&P5.7拳銃を使用して不法侵入者を射殺することにする。

本来、空き巣泥棒は今回の人質占拠事件とは無関係であり、大使館で籠城している犯人グループとは一切繋がりがないのだろうが、トルコ国内であっても窃盗という犯罪を犯しているのであれば、空き巣泥棒を射殺するのに躊躇する必要がない。

右手に持ったSCAR-H TPRライフル銃の専用ケースを意識して静かに降ろして、左腰のホルスターから消音器を装着したM&P5.7拳銃のグリップを左手で握り、慎重にホルスターからM&P5.7拳銃を引き抜く。

足音を立てぬようにして階段を2階へ上っていくと、2階の奥の部屋から人の小さいながらも話し声が聞こえてくる。その声が聞こえる方へ眼を凝らして見ると、開け放たれたドアの内部から懐中電灯と思われる光が漏れている。

その部屋へ足音を忍ばせて近付き、開け放たれたドアの前まで来ると2人くらいと思われる男の声で何事かを話しているが、トルコ語が分からない俺には何を喋っているのか見当もつかない。

俺は、M&P5.7拳銃を握っている左手の上を覆い被せるようにして右手を添えてから、開け放たれたドアの前に立つと同時に両手で構えたM&P5.7拳銃の銃口を男達へ向ける。

室内の男達は、俺の存在に気付きもせず一心腐乱に机等の中身を物色している。その男達の頭部を狙って1人に対して2発を連射するダブルタップの要領で5.7ミリメートル弾を発砲する。

消音器の影響で、室内での発砲なのだが4発の発砲音は大して煩くないだけなく、通常は発砲によって銃口から漏れ出る発射ガスであるマズル・フラッシュも全長が10センチメートルはある消音器によって実質的にバレルが長くなったためか銃口部分から漏れ出ないので、室内でカメラのフラッシュを焚いたような閃光が見えることなかった。

頭部を2発の5.7ミリメートル弾によって撃ち抜かれた2人の男達は物色していた机の引出しに突っ伏したように凭れ掛かりピクリとも動かず、男達が持っていた懐中電灯が手から離れて床に転がり有らぬ方向を照らしている。

M&P5.7拳銃を撃ち終えた俺は、左手を覆い被せるようにしていた右手を離して、床に転がっている空薬莢を回収してから転がっている懐中電灯の1つを持って射殺した男達の状況を確認する。

幾ら2発の銃弾が被弾したからと言って相手が死亡した筈と思い込んで気を許していたのでは話にならず、特異なケースではあるが頭部に銃弾が被弾したにも関わらず生存していたというケースは決して皆無ではないのだ。

机の引出しに突っ伏している男達へ懐中電灯の光を向けると、引出しの中は男達の射入孔や鼻から漏れ出た鮮血が溜まって血の海と化している。また、射入孔からは脳の一部と思われる肉片も露出しているが、念の為に2人の男達の頸動脈にタクティカル・グローブを外した左手を添えてみたが心臓の鼓動が伝わってくる感じはなく確実に死亡している。

2人の空き巣泥棒の死亡を確認した俺は、外したタクティカル・グローブを左手に嵌め直してから右手に持っていた懐中電灯を床に投げ捨て、駆け足で1階へ降りて階段の手前に置いておいたSCAR-H TPRライフル銃が収納されている専用ケースを右手で掴むと階段を屋上目指して駆け上がる。

屋上へ到着してみると、屋上の周囲は転落防止用に格子状の鉄冊が張り巡らされている。その格子の間隔は5センチメートルくらいなので隙間からバレルを出せば、片膝を突いたニーリングのポジションで大使館方向を狙うことが可能である。

早速、右手に提げていたSCAR-H TPRライフル銃が収納されている専用ケースを屋上のコンクリート床に置いて専用ケースの蓋を開ける。

専用ケースからSCAR-TPRライフル銃と専用の消音器を取り出して、銃口先端に消音器を取付け、次いで暗視スコープの対物レンズと接眼レンズに被せられている保護キャップを跳ね上げると

「こちらオオフクロウ、こちらオオフクロウ、予定ポイントに想定外の空き巣泥棒2人が居たので始末に時間を取られたが、今の時点で狙撃ポイントに到着して狙撃準備が完了した。以上」

咽頭マイクを使って、暗号で俺が狙撃ポイントに到着したことを本部と突入班のオペレーター達へ連絡する。

「こちら本部、こちら本部、オオフクロウ、2人の空き巣泥棒は射殺したのか?」

本部から無線で、俺が遭遇した空き巣泥棒について聴いてくるので

「こちらオオフクロウ、こちらオオフクロウ、空き巣泥棒については生かしたままでは狙撃時の邪魔になると判断して射殺している。以上」

本部に回答してやると

「本部、了解。本部、了解。オオフクロウ、コヨーテグループは20秒後に突入を開始するので、それまで待機せよ。20秒後に突入開始となるので待機せよ」

再び本部から通信が入ってくる。

「オオフクロウ、了解」

俺が、本部へ了解した旨を伝えながら暗視スコープでゲートを破壊された大使館の正面入り口を見ると、門柱の陰に身体を隠すように5人のオペレーターが一塊になっているのは見えた。

ちなみに、このミッションの為に数日前から大使館の上空には、2機の無人偵察機と暗視カメラを搭載した5機のドローンが飛行してライブ映像で、現場作戦本部のインジルリク空軍基地へ画像が送られ現場の状況を把握している。

正面ゲート脇で大使館の状況を確認しながら待機している5人のオペレーターの様子を暗視スコープで見ていると

「こちら本部、こちら本部、コヨーテグループはミッション・スタートだ。ミッション・スタートだ。ゴー、ゴー」

本部から正面ゲート脇で待機している5人へ突入開始の指令が伝えられる。

その指令を聞いた5人は、一斉に駆け足で大使館敷地内へ突入し3人と2人に分かれて突き進んでいく。

二手に分かれた突入班のうち、3人は大使館建物正面玄関へ向かい、別の2人は大使館建物の裏手へ走っていく。裏手に向かった2人のうち1人は、電気の引き込み線を切断する為にキュービクル受電設備へ向かったマイクだろう。

俺は、5人が正面ゲートから突入すると同時に暗視スコープを大使館建物へ向けて犯人グループが突入班へ攻撃を仕掛けてこないかを監視し、仮に突入班への攻撃が行われるような前兆を発見した場合には、その犯人グループの人間を狙撃することになっている。

大使館の全ての窓には厚手のカーテンで閉め切られているので、こちらからは建物内の照明が漏れていないので暗くにしか見えないが、犯人グループが突入班に気付いて攻撃を加えるようならカーテンの一部が開いて内部から照明の光が漏れて明るく見える筈で、屋上に人影が現れて屋上からの攻撃を仕掛けてくるようならば、ドローンの暗視カメラが捉えて本部から無線で狙撃命令が寄越させれるに違いない。

暫くすると無線を受信しているイヤフォンにマイクの声で

「今から電線を切断する」

と言ったかと思うと、大使館建物の正面玄関から建物内から照明の光が漏れて見えていたのが、急に真っ暗になると正面玄関脇で待機していた3人のオペレーターが次々に腰に装着していた閃光手榴弾を着火させて正面玄関から建物内へ投入する。

ドン、ドン、ドンという閃光手榴弾の爆発音が連続すると同時に、大使館建物内が一瞬だが眩いばかりの光が漏れてくるので、俺は反射的に右手で暗視スコープの対物レンズを覆ってやる。

ほんの一瞬とは言え、閃光手榴弾から発せられる光源を暗視スコープ越しに見てしまえば、俺自身の視界も一時的であっても奪われる結果となって肝心なミッション遂行時に狙撃ができなくなってしまうばかりか、暗視スコープの機能を超える光量を捉えた場合には暗視スコープ自体が機能障害を起こして使い物にならなくなってしまう。

閃光が収まって、暗視スコープの対物レンズを覆っていた右手をSCAR-H TPRライフル銃のハンドガードの下面を握るようにして再び大使館建物を監視していると、2階の窓の1つが厚手のカーテンを開き犯人グループの1人と思われる男がAKS自動小銃を外へ向けて乱射しようとしているのが見えた。

その様子を見た俺は、暗視スコープのレティクル・センターをAKS自動小銃を構えている男の鳩尾部分へ合わせるが、現状で感じる風の状態は2時から8時方向へ向かい風で風速は1メートルくらいだろうか、大使館建物の方向からの風なのでAKS自動小銃を構えている男が居るあたりは建物にぶつかった風を巻き込んで乱流状態なのかもしれないが、大きく弾道を逸らせる可能性は低いと判断した。

また、俺が居る雑居ビルの屋上は大使館建物よりも高い位置関係になって撃ち下ろしなので、発射された弾丸は低伸するから狙った箇所よりも上方へ着弾する筈なので、AKS自動小銃を構えている男の胸部付近に着弾すると判断してトリガーを引いた。鈍いドンッという発砲音の直後にエジェクションポートから7.62ミリメートルNATO弾薬の空薬莢が排出される。

直線的に真後ろへ向かってくる反動を全身で受け流して、急いで暗視スコープをAKS自動小銃を構えていた男へ向けると、7.62ミリメートルNATO弾は男の左胸部付近に着弾したようで、AKS自動小銃を放り投げた男は両手で左胸を抑えて仰向けで倒れ込むのが見えた後は、窓から被弾した男を確認することができない。

更に、暗視スコープで大使館建物の正面方向を見ているとドンッ、ドンッという2回の爆発音が大使館建物の奥の方から聞こえ、先程まで俺に狙撃されたAKS自動小銃を男が構えていた厚手のカーテンが開かれた窓から僅かな閃光が漏れたのが確認できる。恐らく、電線を切断したマイクともう1人のオペレーターは裏口から大使館の建物内に突入して携行していた閃光手榴弾を使用したのだろう。

正面玄関から突入を開始してから10分も経過しないうちに

「こちらコヨーテグループ、こちらコヨーテグループ、大使館内は制圧できた。大使館内は制圧できた。人質は全員無事で、閃光手榴弾によって数人が聴覚に多少の異常を訴えているが、全員無事に救出できた。至急、迎えのヘリを寄越してくれ。以上」

突入班の1人から無線で人質の救出が成功した旨の連絡が行われる。

その報告を受けた本部からは

「こちら本部、こちら本部、了解した。これから迎えのヘリを大使館へ急行させるので、救出班全員も大使館敷地に集合せよ」

本部からの連絡ではあるが、司令官室内はミッションの成功で盛り上がっているのか多少聞き取り難いくらいに雑音が混じっている。

俺も、ホッとしてSCAR-H TPRライフル銃を専用ケースへ仕舞うために暗視スコープの対物レンズ側の保護キャップへ手を伸ばした時、肉眼ではあったが大使館の屋上に黒い人影が動いていたのが見えたような気がした。

急いでSCAR-H TPRライフル銃を構え直して大使館屋上へ暗視スコープを向けると1発くらい被弾したのか気怠そうな仕草をした男が、右手に持った何かを人質と5人の突入班が集まっている大使館の正面玄関前へ投げようとしているのを捉えた。

俺は、一度は「SAFE」の位置にしていたセレクターレバーをSCAR-H TPRライフル射撃のグリップを握っている左手の親指で「SEMI」の位置へ移動させ、屋上に居る男の鳩尾にレティクルのセンターを合わせる。

風の状況は、2階の窓にいた男を狙撃した時と大きな違いは感じられないので、男の鳩尾を狙点として発砲しても男の胸部に命中して右手に持っている手榴弾と思われる物を投げる前に射殺することが可能と思われる。

屋上の男が、右手に手榴弾と思われる物を持った状態で後ろへ振り被った瞬間に、俺はトリガーを2度続けて引いた。

ドンッ、ドンッという鈍い発砲と共に連続して2個の空薬莢がエジェクションポートから吐き出される。

発砲による反動によって、屋上の男から逸れた暗視スコープを素早く戻して、再び屋上の男を暗視スコープに捉えると2発の7.62ミリメートルNATO弾は男の心臓付近に命中しているようで、男は左手で心臓付近を抑えて右手には手榴弾と思われる物を握り締めたまま仰向けになって屋上の床へ倒れ込むのが見えた。

程なくすると、屋上でボンッという爆発音を響かせて手榴弾が破裂すると、死体と化した男の肉片を周囲に撒き散らす。

その音を耳にした大使館の正面玄関前に集まっていた人質と突入班の5人が、首を竦めながら大使館建物の屋上へ視線を向けるが、何人かは飛び散った肉片を浴びてしまったのか、手を使って付着した物を払い落とそうとしている。

すると無線を通してマイクが

「オオフクロウ、狙撃したのか?」

と聴いてくるので

「恐らく犯人グループの生き残りだと思うが、屋上から手榴弾をマイク達が居る方へ投擲しようとしているのが見えたから射殺した」

比較的冷静な声で答えてやると

「そうかい、お陰で命拾いしたぜ。そしたら、俺ともう1人で大使館建物内を再度チェックしてくるよ。ジョージは急いで片付けたら、こっちへ来いよ」

と返信してくると、隣にいたオペレーターへ声を掛けて駆け足で大使館建物内へ向かって行った。

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