55
風の状況は、最初の3発を発砲した時と比べても大きな変化がない。
この程度の風ならば、175グレイン(11グラム)の7.62ミリメートル弾の重量で25メートルの射程距離ならば弾道に大きな影響を及ぼさないだろう。
そう判断した俺は、レティクルのセンターをペーパーターゲットのセンターへ合わせて3発続け様に発砲した。
ペーパーターゲットには、センター付近の12時方向に0.75インチ(19.05ミリメートル)の範囲に3つの穴が開いている。この程度に着弾が纏まっているのであれば概ね満足できそうので、俺は7.62×51ミリメートルNATO弾薬50発が入っていた弾箱から1発を取り出し、その底部のリム部と言われる部分をスコープの中央上部にある円柱状のエレベーションダイヤルの上面中央にある溝へ差し込んで数回廻してゼロ・セットを行う。本来は、コイン等があればコインを溝へ差し込んで行えればベストなのだが、生憎と手元にコインを持っていないので似たような形状の物として7.62×51ミリメートルNATO弾薬のリム部を代用する。
ゼロ・セットとは、スコープを使用して狙撃を行う場合には当然の事としてゼロ・インを行った際の射程距離と同じというケースは殆どなく、多くの場合がゼロ・インで行った際の射程距離よりは遠方になるのが普通である。そのようなケースで、スコープのエレベーションを無調整のまま、発砲してもレティクルのセンターで捉えた箇所付近へ着弾することはない。確実に狙撃を成功させようと思うのならば、発砲するポイントに到着したなら最初に行わなければならない作業は、ターゲットとの距離を少しでも正確に把握し、その射程距離に応じたスコープのエレベーションを修正して無風状態ならばレティクルのセンターで捉えた狙点へ命中弾が送り込まれるようにしておくことが重要なのだが、そのスコープを搭載したライフル銃で何度かに渡って狙撃を行うような際には、都度エレベーションの修正が必要となるのは当然だが、前回のエレベーション修正量のままにしていては、新たなターゲットを狙う場合の修正量をどの程度にエレベーション・ダイヤルをアップ側に廻すのか、或いはダウン側に廻すのかが分からなくなってしまう。
そこで、ライフル銃に搭載しているスコープのゼロ・インが完了した時点で、スコープの製品ごとに方法は違うもののゼロ・セットという作業を行っておけば、エレベーション・ダイヤルをゼロ・インした状態へ瞬時に戻すことができる機能が備わっている。
SCAR-H TPRライフル銃に搭載しているスコープのゼロ・インとゼロ・セットを完了した状態で、25メートルのレンジから少し離れた100ヤードのレンジへ移動して白く塗装された円形状のスチールターゲットを試射してみる。
SCAR-H TPRライフル銃のハンドガード先端に取り付けているアメリカの銃器アクセサリーメーカーであるハリス社製のバイポッドの両脚を起して100ヤード・レンジの射座にあるテーブルに銃口をターゲット方向へ向けてSCAR-H TPRライフル銃をセットする。
次に、陸軍のタクティカル・パンツの太腿部分のポケットに仕舞っていた携帯電話を取り出して、スコープのエレベーション修正量を計算してくれるアプリケーション・ソフトを起動させ、使用する弾薬の種類やゼロ・イン時の射程距離を入力してから実際に射撃を行う射程距離を入力すれば瞬時にエレベーションの移動量を計算してくれる。
そのアプリケーション・ソフトが弾き出した解答を踏まえて、スコープのエレベーションを修正して100ヤードの射程距離に合わせる。
SCAR-H TPRライフル銃をセットしたテーブルの後ろに、高膝を着いてニーリングの姿勢となってSCAR-H TPRライフル銃を構える。バイポッドを使って射撃を行う際のポイントとしては、テーブルと接しているバイポッドの足元に多少の体重を掛けやりバイポッドの足元が滑らないように固定したうえで、SCAR-H TPRライフル銃のストックのバッドプレートやストック上部にあるチークピースに可能なくらい密着するように構えてライフル銃を安定させることである。
暗視スコープの倍率を上げてスチールプレートを狙い始めた頃になって、それまでの風向きが8時から2時方向の流れに変化し、同時に風速も毎秒2メートルくらいに強くなってきた。
こうなってくると僅かではあるが弾道が右側へ流れてしまうので、スコープのレティクル・センターをスチールプレートのセンターから2インチ(50.8ミリメートル)左へ移動させて狙ってトリガーを連続して3回引く。
消音器を装着しているのでくぐもった様なパンッという発砲音が3回連続して、ほぼ同時にエジェクションポートから3つの空薬莢が吐き出されると、スチールプレートの方から3発の7.62ミリメートルの弾丸が着弾したガンッという音が聞こえてくる。
スコープの対物レンズをスチールプレートのセンターへ向けて見ると、センターから概ね0.5インチ(12.7ミリメートル)3時方向に3つの着弾痕となる白い塗装が剥がれた状態が見える。しかも、その3つの弾痕は1インチ以下の範囲に集弾しているので、この状態であれば今回のミッションで犯人グループの狙撃には充分に対応できると自信が持てる。
そこで俺は、一旦SCAR-H TPRライフル銃のバイポッドの両脚を倒してから、搭載しているスコープの対物レンズと接眼レンズに保護キャップを被せ、次いで10発の7.62×51ミリメートルNATO弾薬が残っているマガジンを取り外して右側にあるチャージング・ハンドルを手前に引きチャンバーに装填されている弾薬を取り出す。
チャンバーから排出された7.62×51ミリメートルNATO弾薬をマガジンに装填して、マガジンが外されたSCAR-H TPRライフル銃を右手に持ち、11発の7.62×51ミリメートルNATO弾薬が装填されているマガジンを左手で持って25メートルの射座へ戻る。
25メートルの射座に戻った俺は、木製のテーブルにSCAR-H TPRライフル銃を置くとテーブルの上にある7.62×51ミリメートルNATO弾薬が40発残っている弾箱から9発を取り出して左手に持ったマガジンに補弾してから専用ケースに仕舞う。その後、SCAR-H TPRライフル銃のバレル先端に取り付けている専用の消音器を外して消音器とSCAR-H TPRライフル銃を専用ケースへ収納してケースを閉じた。
それから左腰のホルスターに差し込んでいるスミス・アンド・ウェッソン社製のM&P5.7拳銃を取り出すが、バレルに専用の消音器を装着しているので拳銃全体が異様に大きい、1989年にUSSOCOM(米国軍特殊部隊司令部)においてトライヤルされたOHWS(オフェンシブ・ハンドガン・ウェポン・システム)で採用された45ACP弾薬を使用するヘッケラー・アンド・コッホ社製のMk23Mod.0よりは小型ではあるのだが、口径が5.7ミリメートルであるの対して45ACP弾は弾丸径が0.451インチ(11.5ミリメートル)と大きく差があるのに作動方式がテンポ・ロータリーイング・バレルと呼ばれる関係で、バレルが二重構造となっておりインナーバレルの内側にライフルリングが切られ、スライドの後退を実現するためと消音器を取り付けるためのネジが切られたアウターバレルがあり、外見上はアウターバレルのみしか見えないので、5.7×28ミリメートル弾薬を使用する他メーカーが製造する拳銃よりも見た目にバレルが太く見えて、一見しただけでは9×19ミリメートル弾薬を使用するセミオートマチック拳銃と勘違いしてしまう。
M&P5.7拳銃から空のマガジンを引き抜き50発の5.7×28ミリメートル弾薬が入っている弾箱から22発分の5.7×28ミリメートル弾薬を取り出してマガジンへ装填していく。今回のミッションで支給されている5.7×28ミリメートル弾薬は発砲音を極力抑制するために消音器を装着するので、その消音効果を最大限に発揮させるため弾丸の先端部分が白色にペイントされているSB193亜音速弾が渡されている。因みに、SS190と呼ばれる弾薬は防弾チョッキを貫通させる貫徹弾となっており市販が許可されていないのと同様にSB193の亜音速弾についても一般での販売が許可されず軍及び警察関係のみにしか供給されていない。
22発の5.7×28ミリメートル弾薬をマガジンへ装填してから、M&P5.7拳銃へマガジンを叩き込む。セミオートマチック拳銃では、マガジンに装填可能な最大数を詰め込むとスライド部分が閉じた状態のセミオートマチック拳銃へマガジンを装着する場合、マガジン最上部の弾薬がスライド内のブリーチブロックに干渉してマガジンが拳銃本体のマガジンストップにエンゲージされず、その状態で発砲すれば発射の衝撃でマガジンが拳銃本体から脱落して継続発砲が出来なくなり、銃撃戦が行われる状態で初弾を発砲した際にマガジンが脱落して継続発砲が困難となれば確実に命取りとなる。
そのため、拳銃本体にマガジンを装填する場合にはマガジンを叩き込んで半強制的にマガジンがマガジンストップにエンゲージされるようにして発砲時にマガジンが脱落することのないようにしている。最も、マガジンを装填する際にスライドオープン状態にして行えば、ブリーチブロックが干渉するような事態にはならないので必ずしも叩き込む必要はなく、マガジンを拳銃本体に装填した後でオープン状態のスライドを前進させればチャンバーへも弾薬が装填されて発砲可能な状態とはなる。ただし、チャンバーに実弾が装填された状態となった場合であっても暴発の危険性が低いと言われているが、マニュアルの安全装置をオンの状態にしないと心配であると感じる人間も少なからず存在する。
夜間の暗がりの中で、M&P5,7拳銃の前後サイトがトリジコンという放射性物質の発光によって蛍光グリーンに輝くのを頼りに25メートル先のペーパーターゲットのセンターを狙って発砲する。
俺は、今回のミッションでもスナイパー役なので拳銃の試射が必要には思えないかもしれないが、占拠されている大使館建物から離れた場所でSCAR-H TPRライフル銃を構えるにしても突然近場から襲撃されるとも限らないので、支給された拳銃も試射をしてサイトの調整をしておかなければ幾ら近距離であっても緊急時に発砲した際に命中しない。仮に、そんな状態で拳銃を携行していても拳銃として機能せず単なる御守り代わりにしかならない。
5発を続け様に発砲してから、M&P5.7拳銃をホルスターへ戻してから25メートル先のペーパーターゲットの状態を確認すると着弾が全体的に右へ寄っている。この状況は、俺にとってリアサイトが左側に寄り過ぎている可能性がある。そこで、隣でP90短機関銃を試射しているマイクに声を掛けてマイナスドライバーを借用してリアサイトの位置を若干右へ移動させる。
それから再び25メートル先のペーパーターゲットへ向けて5発を発砲し、再びM&P5.7拳銃をホルスターへ戻して25メートル先のペーパーターゲットまで歩いて着弾状態を確認しに行くが、ホルスターに戻したM&P5.7拳銃に装着している消音器が左膝近くの脇に擦れて居心地が良くない。
ペーパーターゲットの前に立って着弾状態を確認すると、今度はターゲットのセンター付近に2インチの範囲で集弾している。この状態ならば、仮に俺1人が銃撃になったとしても何とか対応できそうである。
しかし、これまでのミッションでも、5.7×28ミリメートル弾薬を使用する拳銃を使った経験がなかったが、想像以上に反動が小さい事に驚いた。これまで使用した経験がある45ACP弾薬や9×19ミリメートル弾薬よりも格段に反動が小さく、その影響で発砲によって銃口が上方へ起き上がるマズルライズが少ないので素早い連射が行い易い。最も、消音器の効果を最大限に生かすための亜音速弾に装填されている装薬量が若干少ないことも影響しているかもしれないが・・・。
それから暫くM&P5.7拳銃の試射を1マガジン分行って射撃のフィーリングに慣れたところで隣のマイクを見ると、マイクは手にしたP90短機関銃を見詰めて不満そうな表情を浮かべている。
そんなマイクに
「どうした?何か不満でもあるか?」
と尋ねてみると
「今回のミッション用に支給された装備品だけじゃ、作戦の遂行に支障がある」
マイクが俺の顔を見ながら言ってきた。
「何が足りない?装備品の種類によっては司令官へ上申すれば、明日のミッション遂行時までに準備してもらえるんじゃないか」
と俺はマイクに言う。
「少なくとも暗視ゴーグル付きの防弾ヘルメットとワイヤーカッター、それに突入班の俺達には数個の閃光弾が必要だ」
マイクは、俺の顔を見詰めたまま内容を語り出す。
確かに、ブリーフィングにおいて知らされた内容では犯人グループはAKS自動小銃や手榴弾等の武器類は準備しているようだが暗視装置等がなさそうで、突入班の5人が暗視ゴーグル付きの防弾ヘルメットを装着してもらえるならば、狙撃を行う俺にとっても味方の目印となって確認の助けになるのは間違いない。どうせ、人質の大使館員は全員がジャッケトやドレスシャツ姿であろうから見分けるのは造作もないので、これで味方の識別が行い易くなるのであれば間違って味方や人質を誤射する心配はない。しかも、ワイヤーカッターで大使館への電源をシャットダウンして暗闇状態にした上で閃光弾を使用すれば、敵の視界を奪うことになるので俺達の方が数段有利にミッションを遂行できる。
「ここに居る全員が習熟訓練を終了したら、司令官付きの士官に上申しみろ。何なら俺も一緒に上申してやるぞ」
とマイクに言ってやる。
それを聞いたマイクは、頷きながら他の4人に声を掛けて俺に提案した内容を説明して歩く。マイクの提案を聞いた他のオペレーター達も異存はなくマイクの意見に賛同して、全員で上申しようということになった。




