52
「ボドルム半島」と殴り書きされた紙片をコーディネーターのジョンに手渡すと
「マンスールは、このボドルム半島に所在しているという事でしょうか?」
俺とマイクの顔を交互に見ながら質問をしてくる。
確かに、俺とマイクがジョージアにおけるマンスールの邸宅を監視しに出向いたのは所在確認のためであったので、ジョンからすれば俺達がジョージアの邸宅を監視して動向を把握するまで、暫くはマンスールの邸宅を見渡せる丘に潜伏し続けると思っていたとしても不思議はない。しかし、監視へ向かって数時間もしないうちに俺達から迎えに来いと連絡を受ければ、何等かの確たる情報を得たからだと考えるのは当然で、その物的証拠と思われる殴り書きされた紙片を見せられればマンスールの居所と思うだろう。
「未だ確証はないんだが、あの邸宅周辺を徘徊して警戒しているテロリストグループの1人が持っていたので、CIAの方で確認して欲しいと思って戻ってきたんだ」
人との会話が苦手というか得意ではない俺に変わってマイクが説明する。
「しかし、単にマンスールの邸宅を警戒していたかもしれないテロリストグループの1人が持っていたとしても、その殴り書きされた場所にマンスールが所在していると思うのは、少し早計な気がしますが」
ジョンが俺達2人に怪訝そうな表情を見せながら疑問を投げ掛けてくると
「だが、そのメモに書かれているボドルム半島と言えば、トルコの有名なリゾートビーチで、地中海沿岸の金持ち達が挙ってバカンスを目的に集まってくる場所だろう?そこなら、マンスールが所在していても不思議はないだろうから調べて欲しいんだ」
マイクは早口でジョンに説明する。
「なるほど、確かにボドルム半島一帯はトルコの高級リゾート地と言われてますので、トルコ以外の周辺国からも富裕層がバカンス等で訪れて来ますので、マンスールもバカンス目的もしくは商談のために訪れている可能性はありますねぇ。それじゃ、早速CIAへ情報を送ってみます」
そうジョンが言うと、テーブルの上に置いているノートパソコンを開いてキーボードを叩き始める。
その様子を見たマイクが
「おいおい、俺達の前でCIAへメールするのを見せても大丈夫なのか?」
と苦笑いを浮かべた表情でジョンに質問する。
「まぁ、本来ならば2人の目の前でメールをしているのを見せるのはマズいですよ。しかし、2人とも私がCIAへメールしているのを見たとして悪用するとは思いませんし、秘密事項を口外するような真似はしないと信じていますので」
ジョンは、そう言って悪戯っ子のような表情を浮かべてウィンクして見せる。
「これで、CIAへ情報を送信しましたので、暫くすればマンスールがボドルム半島に滞在しているのかが分かると思います。そうなれば、貴方達2人がボドルム半島へ向かうミッションが送られてくるでしょうから、私はトルコに潜伏しているコーディネーターへ連絡して貴方達の事を引き継ぎますね」
確かに、数日間とは言えジョンと共に行動して信頼関係が築けたが隣国のトルコまでジョンが行動と共にする事はありえず、トルコにもCIAが派遣している要員がいるので俺とマイクを支援するコーディネーターが存在している筈で、いくら親しい関係を築いてもミッションを介しての繋がりはドライに成らざるを得ない。
ジョンがCIAへメールで、と言っても暗号によるメールになるだろうが、俺達が入手したメモに記載されているボドルム半島の情報を提供すると、次にCIAからジョンへ連絡が入れば教えてくれると言うので、俺とマイクは向かい側に用意されている寝床へ戻って一旦各自の荷物を纏める事にした。
ジョンの部屋があるアパートの正面玄関を俺とマイクが出ると、路地から見覚えのないスキンヘッドの若い白人男性が俺達と入れ違いにアパートの中へ入っていく。
それを横目で見たマイクが
「ジョージ、悪いがジョンの所に忘れ物をしたんで取ってくるから先に部屋へ戻ってくれ」
そう言って俺にウィンクすると踵を返してスキンヘッド男の後を追うようにジョンの部屋へ戻っていく。
「オーケー、それじゃ先に部屋に戻っているよ」
と俺も調子を合わせて自分達の寝床となっている部屋へ向かう。
アパートの正面玄関の扉を開けて、階段を登り2階の寝床部屋の前に着いた俺は床に視線を落とすと仕掛けておいた紙片が床に落ちている。
それを見た俺は、ジーンズの左前ポケットからドアの鍵を取り出してから右手にスペツナズ・ナイフを右手で握り、ドアから少し離れて屈み込んでから左手で持った鍵を鍵穴に差し込むんでロックを解除する。
屈み込んだ姿勢のままで、左手の鍵を咥えてから左手でドアノブを握ってドアを開けると、キッチンがある部屋から見知らぬ白人男性が消音器を装着したセミオートマチック拳銃を構えて飛び出してきた。その男性は、俺が屈み込んだ姿勢でいるとは思っていなかったので、両手で拳銃を持って左右の腕を真っ直ぐに伸ばしている。
男との距離は約2メートルくらい離れているので、俺はクラウチングスートのように勢い良くダッシュして男に近付くと、男は慌てて銃口を下向きに変えよとするのを右手に持ったスペツナズ・ナイフで相手の左側へ払い、男の右側へすり抜けるようにして背後に回り込むのと同時に、男の延髄部分へスペツナズ・ナイフを満身の力を込めて突き刺す。
スペツナズ・ナイフを延髄に突き刺された男は、一瞬だがビクッと身体を振るわせるので男が持っている消音器を取り付けたセミオートマチック拳銃を発砲されては困るので、突き刺したスペツナズ・ナイフを捻って延髄を抉る。延髄を抉られた男は一言の声を漏らすことなく、まして消音器を装着したセミオートマチック拳銃を発砲することなく絶命する。
死体と化した男の延髄にスペツナズ・ナイフを突き立てたまま、その身体を引き摺ってシャワールームへ運び、延髄からスペツナズ・ナイフを引き抜いて死体をシャワールームの床に放置する。シャワールームの床に放置した死体が身に着けている衣服に、血液で汚れたスペツナズ・ナイフの刀身を拭って付着した血を拭き取る。刀身に血液が付着したままでは、死体となった男以外に侵入者がいた場合、格闘となった際に付着した血液で刃先が滑って使い物にならなくなってしまう。
血液で汚れたナイフの刃先を綺麗してから、スペツナズ・ナイフを持って他の部屋を確認して回るが、幸いにも死体となった男以外の侵入者はいなかった。
一安心して部屋のドアを閉めてテーブルの椅子に腰掛けていると、ドアが勢い良く開け放たれる音が聞こえるので、ハッとした俺はスペツナズ・ナイフを持って身構えていると開け放たれたドアのところにはマイクが立っていた。
俺の殺気に満ちた顔を見たマイクが
「やっぱり、こっちにも不審者が居たようだなぁ」
と声を掛けるので
「ああ、消音器付きの拳銃を持っていたよ」
事も無げに俺がマイクに答えると
「でッ、そいつはどうした?」
マイクが聴いてくるので
「始末して、シャワールームに転がしている」
と俺が答えるとマイクはシャワールームを覗いて
「こっちも傭兵上がりじゃねぇな」
とマイクが呟く。
「それじゃ、俺達と擦れ違った男はジョンのところへ?」
俺がマイクに尋ねると
「ああ、予想通りにジョンの部屋へ襲撃をしに来たので俺が始末した」
マイクも俺と同様に事も無げに答える。
部屋を留守にしている間に襲撃してくるとなると、相手は完全に俺達を認識して攻撃を加仕掛けてきており、このまま部屋に居ても更なる襲撃を受けるだけなので
「このまま、この部屋でCIAからの連絡を待っていても襲撃を受けるだけだし、ジョンも一緒になって車を使って離れた移動先でCIAからの連絡を待っている方が無難だな」
そうマイクが言うと黙って荷物を纏め始める。そのマイクの言葉に賛同した俺もマイクと一緒に自分の荷物を手早く纏める。
俺達が自分の荷物を纏め終えて、ジョンの部屋へ向かうとジョンも自分の荷物を纏めて出発の準備を終えていた。恐らく、この部屋に襲撃を受けた際に相手を始末したマイクが、ジョンに荷物を纏めて車でアパートから脱出できるように準備をさせていたのだろう。
バックパックを背負い、ライフル銃を収納した樹脂製のケースを持った俺達2人の姿を目にしたジョンが、安堵したような表情を見せると
「それじゃ、車の方へ向かいましょうか」
と言って部屋を後にする。
この部屋には2度と戻ってこないので、俺達と同様にドアに鍵を掛けたりしない。
双方の部屋に放置している死体が発見されても、身元不明の刺殺体があることで地元の警察が動き出すだろうが、幾ら地元の警察が捜査をしたところで俺達を逮捕することは出来ず、所詮は死体の身元がテロリストグループの一員である事が判明してテロリストグループ内のもめ事で殺されたことになり迷宮入り事件として処理されるだけで、俺達が逮捕されるような事態とはならない。
中古のフォルクス・ワーゲン・タイプⅡを駐車させている空き地へ向かい、3人の荷物を積み込んで車を発進させてCIAの連絡所へ向かう。少なくとも、俺とマイクが支給された銃器を返却しないと銃器を携行したままでジョージアを出国することは困難である。
本来ならば、ジョンも俺達2人にCIAの連絡所の場所を教えたくはないだろうが、この状況では建前の原則論を言っている場合ではない。CIAの連絡所に到着して支給された銃器類を返却すると、俺とマイクに加えてコーディネーターのジョンにも偽造された外交官パスポートが用意されていた。
流石に、ジョンも自分にも偽造された外交官パスポートがあるとは思ってもいなかったのだろうが、マンスールの所在確認調査を遂行している状況でジョンも殺害ターゲットとされているのであれば、このままジョージアで活動させていても捉えられてマンスール側に情報が流出する恐れがある。それであれば、俺とマイクと共に行動させて一時的にでもトルコへ避難させたほうが賢明だと判断されたのだろう。また、外交官パスポートを所持していれば出入国の手続きを受ける場合に手荷物をチェックされる事はないので、拳銃1丁くらいなら手荷物として持ち運ぶのも容易であるだけでなく、俺達が持っている銃器全てをCIAの連絡所へ預けたとしてもジョージアの出入国管理事務所へ向かう間に襲撃される可能性があるので、丸腰状態で俺達を放り出すわけにもいかない。
CIAの連絡所を出る際に、フォルクス・ワーゲン・タイプⅡから最初に使用していたフォルクス・ワーゲンのSUVに乗り換えるよう指示された。そのSUVには外交官用のナンバープレートが取り付けられており、渡された外交官パスポートとの齟齬がないように細工されている。その車両を使って陸路で、ジョージアを出国してトルコ南部にあるインジルリク空軍基地へ向かうことになる。




