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俺とマイクは、ジョンの部屋に置かれていた武器類を自分達の部屋へ移動させようとしたが、ジョンから暫く待ってくれと制止された。その理由は、そろそろ周囲が勤め先へ向かう出勤時間帯になろうとしているので、周囲から勤務先へ向かうために多くの人が路地に出てくるので、そこへケースやバック等に収納されているとは言え銃器を持ち歩くのは目立ってしまい得策とは言えないからだと言われた。
確かに、ジョンの言う通りSCAR-H TPRライフル銃とカスタムAR-15アサルトライフル銃が収納されている樹脂製ケースをぶら下げて歩いていれば、日本ほど銃規制が厳しくないヨーロッパで銃の知識が多少ともある人間が目にすれば、俺とマイクが銃器を持って朝っぱらから路地を歩いていることは直ぐに分かってしまう。しかも、マイクは俺よりも体格が大きい事もあって尚更のこと目に付きやすくなってしまうだろう。
俺もマイクも、ジョンの言葉を聞き入れて暫くの間はジョンの部屋で出勤時間帯が過ぎるのを待った。ただし、3人で無駄な世間話をしていても意味がないので、今日からマンスールの邸宅監視を再開することにし、新しく手配された車両でマンスールの邸宅へ向かうにしても、車両での移動はマンスールの邸宅2キロメートル手前までとして、そこから俺とマイクは車両から降りて荷物を背負ってマンスールの邸宅にアプローチすることにした。その間、ジョンは車両で長時間駐車していては目立ってしまうので、一旦アパートへ引き返してもらい。車両での迎えが必要な時のみ電話で連絡を入れることにした。
そういった打ち合わせを行っているうちに、周囲の通勤時間帯が収まったためか階下の路地には静けさが戻ってきたようなので、俺とマイクは荷物を持って自分達の部屋へ戻ることにした。ジョンの部屋を出る際、俺達が偵察の準備が出来たら携帯電話で知らせてほしいとジョンから言われる。
どのみち俺もマイクも新しい車両がどの様なモデルで、何処に駐車しているのかを知らないのでジョン抜きで遠出できないから、連絡手段は別にしてもジョンに知らせないわけにはいかない。
自分達の部屋に戻って、俺とマイクは各々の荷物をバックパックへ詰め込んで準備を整える。特に、朝に受け取った弾薬は予備のマガジンへ装填した弾薬以外にも弾箱の状態でバックパックへ詰め込んでおく。現時点は、マンスールの邸宅周辺に何人が配置されているのかも分からい状態なので、いざ銃撃戦に発展するような事態となれば、弾薬は少しでも多く所持して置くに越したことはない。
俺とマイクは、シャツの上から支給されたボディアーマーを羽織ってから、互いにバックパックを背負いセミオートライフル銃とアサルトライフル銃が収納された樹脂製ケースを提げて部屋を出る。
玄関ドアの施錠をした後に不審者の侵入が分かるように仕掛けを施している間、マイクが携帯電話でジョンに連絡を入れてくれる。
玄関ドアへの仕掛けを施し終え、マイクと共に階段を降りてアパートの正面玄関を開けると、目の前には向かいのアパートから出てきたジョンが俺とマイクを待っていて、俺達の姿を認めたジョンが
「じゃ、行きましょうか?」
と言って先頭になって路地を進んでいく。駐車スペースを変えたのも間違いなく、先頭を歩いているジョンは、前回まで駐車スペースとしていた空き地とは反対の方へ向かっている。しかも、途中で何度も曲がり角を右に左にと曲がるので、地理に不案内な状態だと間違いなく迷子になってしまう。
何度目かの曲がり角を左へ進むと開けた空き地が見え、その空き地には数台の車両が駐車している。その駐車している車両の1台へ向かってジョンは近付いていくと俺とマイクの方へ振り向いて
「これが、新しい移動用の車です」
と言ってくる。
ジョンが教えてくれた新しい移動用の車両は、中古のフォルクス・ワーゲン・タイプⅡと呼ばれるバンタイプで車体は窓から下がナイアガラブルーと言われる薄い水色で、窓から上はパステルホワイトに塗装されている。確かに、この車両ならば普通に見かける感じの外観なので目立つ心配がないというのは間違いないが、緊急事態となったような場合にスピードを期待するのは無理という事も同時に理解できた。
ジョンが、ジーンズの右前ポケットから車の鍵を取り出してドアのロックを解除する。
マイクが運転席ドアの隣にあるスライド式ドアを開けて車内に乗り込むのを後から眺めた俺は、右手に提げていたSCAR-H TPRライフル銃を収納している樹脂製ケースとバックパックを積み込んで助手席へ向かった。
前回まで使用したSUV車よりも車幅が狭いバンタイプの車両では、後部座席に荷物を置ける空間はあるものの、俺とマイクが並んで後部座席に座るのは難しい。
俺が助手席ドアを開けて車内に乗り込むと、ジョンは持っている車の鍵を使って1,500CC排気量のエンジンを始動させる。
1970年代に作られているエンジンにしては、可成りスムーズに稼働しているが流石に走行を始めると大人の男が3人、加えて昨今の車のように車体の軽量化を実現するため樹脂製品等のマテリアルが使われていないので車体が重いこともありかなり加速が鈍い。
そんな調子で走行を続けているので、片側複数車線の主要道路を走行する際には他の車両の邪魔とならないように、一番端の車線を走行しても後続車が次々と抜いていく。。
その主要道路で左折を試みた際には、他の車両の邪魔とならないようジョンはアクセルをベタ踏みするのだが、車内に響くエンジン音は壊れてしまいそうな程に回転数が上がっているが、そのエンジン回転数に見合うくらいにはスピードが上がらず、ジョンは引き攣った表情に加えて額から冷や汗を流しながら運転していた。
散々苦労して予定していたポイントへ到着した時点で、フォルクス・ワーゲン・タイプⅡは路肩に駐車させて俺とマイクが荷物を抱えて車両から降りて徒歩に切り替える。
マンスールの邸宅が監視できそうな地点まで、決して樹々が生い茂っているわけでもなく大して交通量が多いわけでもない道路に、車両を長時間駐車させて目立つよりは偵察する際、余計な邪魔が近寄ってこないだろうから偵察するには便利である。ただし、丘を登って移動している最中に、テロリスト集団からマンスールの邸宅警護のために送られてきた単独行動で徘徊している人間と遭遇する可能性は高そうだが、その場合はナイフ等を駆使して可能な限り不必要な音を立てることなく暗殺するしかない。
銃器を使用すれば、テロリストのような連中を殺傷するのは造作もない事だが、下手に発砲音を発してしまえばマンスール側から84ミリメートル無反動砲が発射されてくるのは容易に想像できる。
フォルクス・ワーゲン・タイプⅡから降りて、俺とマイクは可能な限り叢や岩陰を利用して丘の頂上を目指していると、丘の中腹辺りでショートカットにした20代後半くらいの若い女性の姿を発見した。服装は、Tシャツの上にデニムジャケットを羽織り、下は両膝にダメージ加工を施したような穴が開いたジーンズを履いている。
マンスール側も、次に俺達が偵察に近付いてきた際に警戒されないようにと考えたのか若い女性を配置してきたのだろうか。しかし、仮に旅行で訪れた若い女性のように見せかけたとしても、マンスールの邸宅がある一帯は観光スポットがあるわけでもないので女性旅行者が訪ねてきたというのは無理がある。更に、目の前にいる女性の目付きには独特の険しさが感じられるのでテロリスト集団に参加している女性なのかもしれない。外観からは武器を携行しているようには見えないが、女性用のショルダーバックを斜めに掛けているので武器を持っているとすればショルダーバックの中だと思われる。
俺とマイクは、互いに手でサインを送りながら目の前の女性を始末する態勢を整え始める。戦場において、相手が女性だからという理由で甘く見ていては自らの生命を落とし兼ねない。女性なので腕力がないからと言っても自爆用の爆発物を持っていない保障は何処にもなく、返って女性のほうが自爆テロ等を実行する際には男性よりも踏ん切りが良かったりするので油断等をしていらない。
この状況で、俺とマイクは不必要に音を発することなくマンスールの邸宅を監視してマンスールの存在を確認することが一番なので、目の前に居る女性が男性であったとしても生け捕りにして情報を聞き出す等とは微塵にも考えていない。
何と言っても女性が携行している武器の正体が分からい以上、仮に拳銃やナイフ等であれば少しは安心するのだが、これが自爆用に爆弾を所持しているのなら一瞬で事を決めないと爆発に巻き込まれて死んでしまうことになる。
マイクとの合図の遣り取りで、マイクが女性の後方から足元にタックルを仕掛けるので、女性が前方へ倒れたら即座に俺がナイフで止めを刺すことになった。恐らく女性に気付かれずに、距離2メートル程は女性から離れた叢の陰で俺はナイフを右手に持って口を半開きにした状態でマイクがタックルを女性に行うのを待っている。
女性は周囲に注意を払いながら、先程まで俺とマイクが居た辺りへ向かっているが突然、マイクが音を発することなく女性の膝裏へタックルを仕掛けると女性の口からは「キャッ」という声を発しながら、女性の右手がショルダーバックの中へ伸びている。
俺は、マイクのタックルが女性の膝裏に入った瞬間に叢から飛び出して右手に持ったナイフで女性の頭部近辺を狙っていたのだ。幸いにも右手に握っているナイフは、前回マイクが敵から奪って俺に手渡したスペツナズ・ナイフだったので確実な距離にまで女性に近付いた時点で、両刃の刀身部を射出してやれば即死となりそうな頭部への致命傷を与えることができる。このケースでは確実に女性には即死してもらわなければ、俺とマイクの生命が安全となる確率が高まらない。
マイクのタックルによって腹這い状態で倒れ込んだ女性に近付くと、ショートカットのヘアスタイルによって延髄部分がハッキリと確認できていたので、スペツナズ・ナイフの刃先を女性の延髄へ合わせて射出ボタンを押す。
ナイフの柄の中で圧縮されていたスプリングが伸びる際に発した金属音と共に刀身部が女性の延髄に突き刺さり、刃先から3センチメートルくらいは女性の体内に埋没した。女性は一瞬だがビクッとだけ身体を動かしたが呼吸中枢神経が通っている延髄を刺し貫かれたために、不随筋である呼吸器が機能しなくなっているので呼吸不全となって女性は即死した。
俺は、女性の延髄を貫いている刀身部を引き抜く際に一度捻って抉るようにしてから刀身部を抜き、両刃に付着している血液を女性が着用しているジャケットで拭い去る。
女性が死亡したのを確かめたマイクが、女性のショルダーバックの中身を確認すると起爆装置を起動させるためのスイッチが入っていた。そのスイッチを回収してから女性のジャケットを剥ぐってみると腰のところにC4爆薬と爆薬に差し込まれた信管、そして信管を起動させるためのリモコン受信機に小さなバッテリーを見付ける。
ほんの数秒の違いで、この死亡した女性はリモコンスイッチを押すことに成功すれば俺とマイクを道連れに自爆できたのかもしれない。戦場において男性兵士が、女性や子供を殺戮するシーンが画面に映し出されると前後の様子は切り取られて残酷だという論調が独り歩きしてしまうが、現実の戦場では腕力等がなくとも自爆という方法によって女性や子供でも大人の男性を殺害することが可能となる。戦場を職場とする軍人としては自らが生き残るための手段として、目の前の女性や子供を殺害せざる得ないこともあるのだが、世界中のどのマスコミも視聴率や印刷物の販売部数を稼ぐためには世の中にセンセーショナルな事柄のみを扱って真実に目を向けることはしない。
彼等にとっての正義は、視聴率や発行部数を伸ばして世間の注目を浴びる事であって真実の世界を多くの人間に伝えることではなく、常に偽善的な報道姿勢をジャーナリズムと言って飾り立てることしかしない。




