48
昨夜、マイクは思いのほか早めに飲酒を切り上げてくれたので、俺も二日酔いになることもなく朝の目覚めを迎えることができた。
昨日は、俺達を尾行していたテロリストから奪った携帯電話とフランスのパスポートを調査資料としてジョンにCIAの連絡所へ持って行かせた後は、スーパーマーケットへ出向き食糧等を買い求めたが、移動手段としての車がないので手荷物として運べる量しか購入できなかったが、それでも結構な量の食糧等を購入したわけだが戦場等で30キログラム程度のバックパックを背負ったうえに10キログラム以上の荷物を手に持って行軍するのに比べれば大して厄介な荷物の量じゃなかった。
アパートに帰り、スーパーマーケットで購入した食糧を備え付けられている冷蔵庫と冷凍庫へ収納していく。当然、購入したなかには食糧以外にビールもあるのだが、ビール以外のアルコールとしてジョージアで量り売りされている地元の蒸留酒である「チャチャ」も500ミリリットルのペットボトル1本を購入している。
ジョージアでは自家製ワインを造るのが珍しくなく、ワインを造った後に残ったブドウの皮や種が大量に出るので、その皮や種を使って蒸留してできたのがアルコール度数が50度の「チャチャ」である。
この蒸留酒である「チャチャ」は、アルコール度数が50度ということもあり冷蔵庫や冷凍庫に入れておいても凍ることがない。かえってキンキンに冷やされるので飲みやすくなり、余程注意して飲酒しなければ泥酔するのは確実である。特に今回のようなミッションでは深夜に襲撃を受ける可能性が高いと想定される状況では、下手に泥酔した状態では襲撃を受けた際に反撃する事ができなくなってしまう。
酒好きなマイクの強い要望で購入することにはしたが、流石に購入する際には1晩にショットグラス2杯までというのをマイクに確約させたのは言うもでもない。
未だ食が進まないマイクに、購入したハチャブリというパンの上に卵とバターがトッピングされたのをビールと共に、食わせてから食後にチャチャをショットグラスに注いで飲んだ。悪酔い防止の意味で、マイクよりは多めに食事をしてから俺も付き合いでショットグラスのチャチャを飲んでみたが、流石に50度の蒸留酒だけあって冷えて飲み口が良いチャチャを胃に送り込んでやると、胃の中が一瞬で燃えるように熱くなってくる。
アルコール度数が50度という以外は、酒自体に変な癖がなく冷えて飲み口が良いのでマイクから「もう1杯付き合え」と言われるのを覚悟していたが、以外にも1杯を飲み干して暫く雑談を交わしていたが、時計の針が10時になったあたりで、マイクが寝ようと言い出して深酒になることもなくベッドに潜り込んで眠りに墜ちた。
久しぶりに広く柔らかなベッドで眠ったので、翌朝は爽快な気分で目覚めることができた。ただし、深夜に襲撃される可能性が捨て切れない状況なので完全な熟睡とはならなかったが、居心地の良いベッドで横になることで身体に溜まった疲労が相当に解消されているのは間違いない。
それはマイクも同じようで、普段なら起き明けのマイクは眠たそうな顔付きで朝食も余り食べないのだが、今朝のマイクの顔は爽やかな顔付きをしており、これまでの付き合いでは一度として見たことがない感じである。朝から調子が良さそうなマイクは、昨日のテロリスト殺しも忘れたように俺の想像を超えるような食欲で朝食を食べていた。
朝食を済ませて後片付けをしていると玄関のドアがノックされる。早朝から襲撃される可能性は少ないと思えるが、俺とマイクには緊張感が顔に現れ2人の手には拳銃が握られ、俺が玄関のドアへ向かいドアを細目に開けると目の前にはコーディネーターのジョンが立っていた。
ジョンであることが分かった俺が、玄関のドアを開けてやるとジョンは入室してくるが、俺達が手に拳銃を握っているのを見ると驚きの表情を浮かべて
「朝と言っても、常に警戒してなければ命の保障はないという事ですね」
と言って苦笑いを浮かべる。
部屋に入ってきたのがジョンと分かったマイクは、手にしていたHK45CT拳銃に安全装置を掛けてから腰のベルトにHK45CT拳銃を差し込む。それから、いつものお道化た表情を見せると
「ジョン、こんなに朝早くからどうしたんだ?何か嬉しい知らせでもあったのか?」
そう言うと丸テーブルにある椅子に腰掛ける。
苦笑いを浮かべていたジョンも、表情が柔らかい笑顔になると
「ええ、今朝早くに要請していた車の手配ができたとの連絡がありましたので、車を受け取ってきました。まぁ、あまり目立たない外観の車というリクエストをしましたので、見た目には良くありませんが街中に停めていても目立たない事だけは請け合いです」
ジョンが言ってくると続けて
「それと、その車を受け取った際に2人へのお土産も一緒に受け取ってきましたよ。今、私の部屋へ運び入れておきましたので取りに来てください」
と俺達に荷物を取りに来るよう言ってくる。
それを聞いたマイクは
「なんだよ、折角こっちに来たのなら持って来てくれたいいじゃないか」
と半ば冗談めかしに言って膨れてみせると
「いやぁ、2人へのお土産は結構重いので私1人では1回で持って来れられませんよ」
ジョンも悪戯っ子のような表情を浮かべて謎めいた言い方をする。
俺はマイクとジョンの遣り取りを見ながら、目の前にあったメモ帳から上のページを1枚切り離して四つ折りに畳み、その紙片をジーンズの左前ポケットに突っ込んだ。
笑みを浮かべたままのマイクは、俺の方へ視線を向け
「ジョンのお招きだから、お土産を取りに行こうぜ」
と言うとジョンが玄関のドアを開けて外へ出るので、マイクもジョンの後に続いて部屋の外へ出て行く。
一番最後に部屋を出た俺は、ジーンズの右前ポケットから部屋の鍵を取り出してから
「ちょっと鍵を掛けるから待ってくれ」
とマイクとジョンに声を掛けて2人に背を向け手にした鍵を鍵穴へ差し込んで捻る。
「空き巣に入られたらヤバイから施錠だけはちゃんとしないとな」
とマイクが言いながら、俺の背後に立って周りから俺の姿が見えないようにしてくれる。マイクが俺の背後に立ってくれたのを気配で感じたので、俺はジーンズの左前ポケットに突っ込んでいた四つ折りの紙片を取り出してから屈み、その紙片を施錠した玄関ドアの隙間へ差し込む。
昨日の一件で、マンスール側は俺達を探るためにテロリストらしき連中を動員しているようなので僅かな時間でも部屋を空ける際には、このような古典的な仕掛けを施して注意するのに越したことはない。階段を一歩降りたジョンも、その辺は心得ているのか俺達へ視線を向けた後には横目でアパートの正面玄関へ視線を走らせて警戒してくれる。
玄関ドアに仕掛けを施し終えた俺達は、向かいにあるジョンが寝床にしているアパートへ向かう。アパートの正面玄関を開けて建物内に入り、2階への階段を3人で登ってジョンの部屋の前まで来ると、ジョンは上着の右ポケットから鍵を取り出す際に、一瞬だが玄関ドア前の床へ視線を向けた。恐らく、ジョンの部屋を留守にしている間に不審者が部屋へ侵入したのが分かるように俺と同様の仕掛けを程していたのだろう。
幸いにも玄関ドア前の床には何も落ちていなかったが、玄関ドアの施錠を開けたジョンはドアを開く際に、顔を下へ向けて注意しながらゆっくりと玄関ドアを開けるとジョンの足元に1枚の枯れ葉が落ちてきた。
ジョンが玄関ドアを開ける際に、顔を下へ向けていたのは自分が枯れ葉を仕掛けた位置から枯れ葉が落ちるのを確認するためであっただろう。もし、不審者が侵入して枯れ葉に気付いたとしても最初に仕掛けた位置が分からないはずなので、玄関ドアを開ける際に注意して見ていれば侵入者の有無に気付くことができる。
床に落ちた枯れ葉を右手で拾い上げたジョンは、開けた玄関ドアを左手で押さえながら俺とマイクを部屋に迎い入れる。
俺とマイクが部屋に入るとジョンは玄関ドアを施錠しながら
「部屋の造りは、そちらと同じですので寝室へ向かってください」
と言ってくる。
俺とマイクは、ジョンから言われたままに寝室と思われる部屋に入ってみると、部屋に備えられた2つのベッドのうち手前側にあるベッドの上には、大き目な黒い樹脂製のケースが2つに、ナイロン製のナップザックのようなバックで大きさが違う物が1つずつ、更にサイズが違うベストが1着ずつ置かれていた。
その光景を見た俺とマイクが、大き目の樹脂製ケースを開けて見ると、1つ目にはFNハースタル社製のSCAR-H(スペシャル・オペレーションズ・フォース・コンバット・アサルト・ライフル-ハード)TPRの20インチバレルが収納されて、もう1つのケースにはカスタムされたAR-15が入っていた。
FNハースタル社製のSCAR-H TPRライフル銃は、使用する弾薬が7.62×51ミリメートルNATO弾となっており精密な狙撃を目的としたモデルとなっているため、通常のSCARモデルではストックが折り畳み式となっているのだが、SCAR-H TPRは固定式のストックになっており、持ち運びには不便であるが精密な射撃精度を確保するために余計な可動部を排除している。
セミオートライフル銃やアサルトライフル銃に折り畳み式のストックを装着した場合には、確かにストックを折り畳んだ際には全長が短くなるので持ち運びには便利ではあるが、その反面として可動部が円滑に動くようにするには僅かであってもクリアランスが必要となり、そのクリアランスは銃器を発砲した際に発生する反動によって一瞬ではあるが捩じれ等の射手が意図していない動きを起こってしまうので、トリガーを引いてハンマーやファイヤリング・ピンが動き出して弾薬底部中央にあるプライマー(雷管)に打撃を加えて発火させ、その火花が薬莢内の装薬を燃焼・爆発させて発射ガスが薬莢内に充満し、充満して圧力が高まった発射ガスで弾丸が薬莢から押し出され、その後は弾丸の底部を発射ガスが押し続けることで弾丸はバレル内を移動して銃口から飛び出していくのだが、この一連の現象に掛かる時間を「ロックタイム」というが、その「ロックタイム」で弾丸が薬莢から飛び出す際に第1次の反動が発生する。
この第1次の反動が、銃器の可動部にあるクリアランスに影響を及ぼしてトリガーを射手が引いた時に狙った位置よりも僅かではあるが銃口が動いてしまう。しかも、銃口が僅かであっても動いた時点では弾丸がバレル内を移動している最中なので、いざ弾丸が銃口から飛び出す際には意図した位置からズレた状態で弾丸が撃ち出される結果となるので狙った箇所には着弾しない。また、第1次の反動によって発生した銃口のズレを感知して修正できるような人間は存在しない。
そのため、精密射撃を目的とした銃器にはハード面の目標として可能な限り不必要な可動部を排除した造りが求められる。
一方、もう1つのケースに入っているカスタムAR-15アサルトライフル銃は狭い空間でも取り回しの良さを求めてマイクが半年以上も前にクワンティンコ米軍基地のガンスミスに依頼していたカスタムモデルで、取り回しの便を追及したCQBR(クロス・クオーターズ・バトル・レシーバー:接近戦闘用レシーバー)ではバレルの長さが10.3インチ(26.162センチメートル)となっているが、このバレルの長さにはデメリットとしてバレルの短さに起因する作動不良が発生しやすいといった点があり、そのデメリットを解消する意味でバレル長を11.5インチ(29.21センチメートル)と僅か3センチメートルほど長くすることで対応している。
バレルが3センチメートルほど長くなっただけも作動不良が発生し難く、しかも僅かにバレルを長くしても取り回しの不便さがない。また、マイクが指定したのはアッパー部をBCM製、ロア部はナイツアーマメント社製とした上でハンドガードについてはアッパー部と同じBCMのMCMR-10、機関部等はガイズリー社製の部品を使用して、グリップとストックはPTS社の製品に変更しており、そこにシグ・ザウアー社製の等倍から6倍まで倍率を変えられるショート・スコープを装着させている。
マイクは、そのカスタムAR-15を目にすると自分がオーダーしたアサルト・ライフル銃だと気付くと嬉しそうな表情をしてマガジンを抜いたカスタムAR-15を構えている。その様子を見た俺は、口にこそ出さなかったが大柄なマイクがカスタムAR-15を構えると、見た目にもカスタムAR-15が華奢にしか感じられないので玩具にしか見えない。
一方の俺は、目の前にあるSCAR-H TPRライフル銃を見て少々戸惑っていた。これまで、数々のミッションでセミオートライフル銃が支給されてきたがSCAR-H TPRライフル銃を使うのは初めてで、SCAR-H TPRライフル銃の外観からは精度が高そうに見えるのだが、どの銃器も道具である以上は実際に使用してみないと何とも言えない。まして、SCAR-H TPRライフル銃に装着されているスコープはゼロインをしておかなければ、道具を渡されて直ぐに使いこなせと言われているようなもので実際問題として無理がある。
SCAR-H TPRライフル銃が収納されているケースを一旦閉じて、隣に置かれているナップザックのようなバックを開けてみると7.62×51ミリメートルNATO弾薬と5.56×45ミリメートル弾薬が50発入った弾薬箱が各3箱ずつと45ACP弾薬が50発入った弾箱が4箱入っていた。
その中身も確認したところでバックを閉めて、更に隣に置かれているナイロン製のバックを開けるとHK45CT拳銃と10連マガジンが3本に専用の消音器、それに腰にHK45CT拳銃を備えるためのホルスターが入っていた。恐らく、俺が使用する拳銃として支給されたのだろうが、マイクと同じ拳銃が選択されたのは緊急時に双方のマガジンが使えるので、万が一にも片方が弾切れとなったような場合であっても、相手から予備マガジンを渡してもらえば即座にHK45CT拳銃を発砲することができると判断したためだろう。また、HK45CT拳銃をよく見るとスライドに装着されている前後のサイトはナイト・サイト仕様となっていて、目印となるドット部分にはトリチウムという放射物質が挿入されているので、夜間や暗所な建物内ではグリーンの蛍光色に発光してサイティングを助けてくれる。
最後にサイズの違うベストだが色はアミーグリーンになっており、小さく見える方が俺用で大きいサイズはマイク用かと思われる。一見するとアウトドア用の防寒ベストにも見えるが、生地の表面を触った感触では耐熱性と高い強度を持つ合成繊維のアラミド繊維で作られているボディアーマーであることが分かった。




