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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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ヒッピー風の男が持っていた携帯電話の写真データをコーディネーターのジョンが消去している間、マイクは襟首を掴んで引き摺っていたヒッピー風の男を地面に投げ出して、丹念にボディチェックを始めていた。

現時点では、気絶しているヒッピー風の男の正体が判明していないので、単純に見た目だけで不正確な判断して気を許していては命が幾ら有っても足りない事になる。相手が気絶しているのを幸いにして、一刻も早く相手が武器等を携行していないかを確認しなけば安全とは言えない。

丹念にボディチェックしているマイクが、男の上着のポケットからパスポートを見付け出すと、更に男が履いているジーンズの右尻ポケットからレザー製の鞘に入ったナイフを発見した。そのナイフを取り出したマイクが、鞘からナイフを抜いてチェックしていると苦笑いをうかべながら

「こいつ、拳銃とか爆発物なんかは持っていないが、碌でもない玩具は所持していたぜ」

と言って鞘から抜いたナイフを俺とジョンに見せてくる。

「こりゃ、普通のナイフじゃなくバリスティック・ナイフだ」

両刃になっているナイフを右手に持って、左手の人差し指で柄の部分にあるボタンのような突起を指し示している。


米国では通称「バリスティック・ナイフ」と呼ばれているが、日本等ではソビエト連邦の特殊任務部隊であるスぺツナズが、装備・使用していたナイフの柄の部分に強力なスプリングを内蔵させ刀身を射出させることができる特殊ナイフで「スぺツナズ・ナイフ」と呼称されている。このナイフをスぺツナズが運用開始した時期は不明とされているが、1978年にソビエト連邦からイギリスへ亡命したソ連軍参謀本部情報総局の情報将校が、イギリス亡命後に機密の壁に阻まれて謎のヴェールに包まれていたソビエトの軍事情報を提供したなかに含まれていたものである。


見た目がヒッピー風で体格的にも痩せ型で筋肉質とは言い難いヒッピー男が、拳銃を携行せず比較的音が静かな暗殺用の特殊武器を持っていたということは、恐らくマンスールがボディガードとして雇っている傭兵上がりの元軍人等ではなく、マンスールから資金提供を受けているテロ集団の1人なのだろう。

マンスール側からすれば、俺達の存在を認識はしたものの現時点において脅威になる存在とまでは判断できない状況で、捨て駒として使い勝手があるマンスールが資金提供しているテログループの1つに俺達に関する情報収集を依頼した結果として、目の前で気絶している男が派遣されたというところなのかもしれない。

地面に投げ出されて気絶している男の口から

「うーん」

と小さい唸り声が漏れて気絶から目覚めようとしている。

その様子に気付いたマイクが

「この特殊な玩具は、ジョージが持っていろ」

と俺にスペツナズ・ナイフを寄越してくる。

「お前は使わないのか?」

と俺がマイクに問い掛けると

「俺は、今朝の爆発物を取り外した時に使用した折り畳み式のナイフを借用しているから大丈夫だ。それに、ジョージは1911タイプの拳銃しか持っていないんだろう?なら、もしもの時に使える切り札は必要だし、この特殊な玩具はジョンよりも扱いに慣れている軍人のお前が持っていた方が安全だ」

そうマイクが説明すると、ジーンズの右前ポケットから折り畳まれたナイフを右手で取り出して、左手でナイフの刃を起すと地面で気絶から目覚めようとしている男の襟首を掴んで上半身を起こし、その背後にしゃがみ込むと左腕をヒッピー風の男の首に回しておき口元をヒッピー風の男の耳元へ近付ける。

その様子を見ながら俺は、マイクから受け取ったレザーの鞘に入ったバリスティック・ナイフをジャケットのサイドポケットに仕舞う。

ヒッピー風の男が気絶から目覚めると、慌ててマイクの左腕から逃れようと藻搔きフランス語で罵声を漏らしている。

その男がフランス語で喚いているのには一切構わずマイクは男の耳元で

「お前、俺達の尾行を誰に依頼された?」

と英語で囁くような質問する。

未だ藻搔いている男はフランス語で答えるが

「ちゃんと英語で喋れよ」

とマイクは再び男の耳元へ囁くような声を掛ける。

暫く藻搔いていた男は、漸く諦めたのか藻搔くことを止めて

「俺は何も知らない」

と英語で答えてきた。

「俺は、この国を観光で来ている旅行者なんだ。俺が一体何をした?」

と声を荒げて喋るのを

「あまり大きなお喋りをすると、此処で死ぬことになるぞ」

マイクが男の耳元に囁き声で脅しを掛けてから、男の首に回している左腕を少しだけ締め上げる。

首を絞められて呼吸がし難くなったヒッピー風の男は、慌てて右手で地面を何度か叩き降参を意味するジェスチャーをしてくる。

ヒッピー風の男が降参する意味のジェスチャーを見たマイクは、左腕を少しだけ緩めて

「旅行者が、記念写真を撮ったにしては俺達の顔だけがアップとなっている写真しかねぇじゃないか?俺達は映画スターじゃないんで、こんなに写真を撮られる覚えはねぇぞ。それに随分と危ない玩具まで持っているようだが」

とヒッピー風の男へ語りだすと、ヒッピー風の男は両手で自らが着用している衣服のポエットを触り携帯電話やスペツナズ・ナイフが無いこと分かると、その場しのぎが通じないと判断したのか

「俺がテロリストというのは認める。ただ、俺はアンタ達の写真を撮ってこいと言われただけで、それ以上のことは知らない」

ヒッピー風の男は英語で捲し立ててくる。

それを聞いたマイクは

「何処の誰とも知らない人間から、頼まれただけと言われて信じる奴が居ると思うか?」

とヒッピー風の男の耳元に囁く。

「秘匿通信アプリで命令されたんだ。命令してきた内容は数分もすれば消去されるので、俺の携帯電話を見ても会話の履歴は見られない」

少し落ち着いた声になったヒッピー風の男が答えるのを聞いたマイクがジョンの方へ視線を向けて

「こいつの言っているのが本当なのか、秘匿通信アプリがアップされているのか確認してくれ」

と言ってくる。ジョンは手にしている携帯電話の画面を操作してから

「確かに、この男が言う通り秘匿通信アプリがアップされているようです。そのアプリを開けてみましたが、やっぱり通信履歴は消去されて残されていないようです」

携帯電話の画面を見ながらジョンが答えると、頷いたマイクがヒッピー風の男の耳元に

「それじゃ、連絡の相手は何ていうハンドルネームを使っている?」

と問い質す。

「相手のハンドルネームは、アラブの狼と名乗っていた」

とヒッピー風の男が答えるのを聞いたマイクが

「アラブの狼で間違いないな、もし間違っているなら今のうちに訂正した方が良いぞ」

とヒッピー風の男に声を掛ける。

「間違いじゃない、神に誓っても良い。相手の名前はアラブの狼だ」

ヒッピー風の男は必死になって答える。

それを聞いたマイクは苦笑いを浮かべて

「テロリストが神に誓うとはねぇ」

と言うとヒッピー風の男が

「もう、いいだろう?アンタ達の事は全て忘れるし、こんな危険な橋を渡るようなことはしない」

そう言うとヒッピー風の男は半ば不貞腐れたような態度になる。

その様子を見たマイクは、無言でヒッピー風の男の延髄に起こしていた折り畳み式のナイフを突き刺してから、そのナイフを抉るようにして男の延髄からナイフを引き抜く。延髄を抉られた男は、何一つ抵抗をすることなく瞬時に身体全体が弛緩したようにダランとして動かなくなるが、男は両目をカッと見開いて口が半開きのままで絶命した。

その様子を見たジョンは口元に右手を当てて驚いたような表情を浮かべるが、俺は大して驚くこともなくマイクがヒッピー風の男を殺す様子を眺めていた。

少なくとも俺達全員の顔を見たうえで、会話まで行ったヒッピー風の男を尋問が終わったからと言って素直に釈放できるはずもない。元々、この男は俺とマイクに目を付けれた時点で命運が尽きて、望まない死を受け入れる以外に選択の余地はなかったのだ。

血塗れになったナイフを、マイクは殺した男の上着で血液を拭き取ってから刃を折り畳んでジーンズの右ポケットへ仕舞い

「ジョン、何時までもボーッとしてないで携帯電話とパスポートを早くCIAの連絡所へ持って行って、今の状況を説明してこい。どれだけの情報量が取れるか分からんが、その携帯電話からも色々と情報が取れるだろう?」

落ち着いた様子でジョンに視線を向けながらマイクが言うと

「了解しました。これまで銃撃戦になった事はあったのですが、こんな風に相手が殺されるのを見たのが初めてだったので」

とジョンが言い訳のような事を言いながら、マイクからパスポートを受け取ると駆け足でCIAの連絡所へ向かって行く。

殺したヒッピー風の男の死体は、そのままにして俺とマイクはゆっくりと歩きながら路地から通りへ出るが、夕方だというのに此処は人通りが少なく1人も人影を見ない。

俺は、顔を左の方へ向けると駆け足でCIAの連絡所へ向かうジョンの背中が見える。その後ろ姿を見送っていると突然

「煙草を1本吸っても良いか?」

と言ってマイクが上着のポケットからマルボロのソフトマックを取り出して、そのソフトパックから1本の煙草を取り出し口にするとジーンズの左前ポケットから取り出したジッポーライターを点火させて煙草にジッポーライターの火を移す。

マイクの口から吐き出される煙草の煙が俺の顔の辺りを流れていく。

煙草を吸わない俺からすれば流れていく煙草の煙の臭いは好きじゃないが、ほんの数分前に目の前で直接人を殺したばかりのマイクの気持ちを考えれば、幾ら軍人で人殺しが仕事と言っても冷静で居ろというのが難しいのが分かっている俺は、そのマイクの気持ちを察して黙っていることにしたが煙草を吸っているマイクから

「これから買い物を終えて、寝床に戻ったら酒ぐらいは付き合えよ」

と煙草の煙を吐き出しながら言ってくる。

「ああ、酒ぐらいなら付き合うが、明日もどうなるか分からんので深夜までの深酒は付き合わないぞ」

と答えてやると

「ありがとよ相棒」

とマイクは言って再び口から煙草の煙を吐き出すと、その吐き出された煙草の煙は俺の目の前をゆっくりと流れていった。

未だ1人のテロリストを始末しただけで、近くには俺達を監視している人物が潜んでいる可能性が少なくない状況なので決して気を許すわけにはいかないのは充分に分かっているが、戦場等で離れた敵を射殺するのとは違って目の前で直接ナイフを使って相手の命を奪った今回の精神的な呵責を感じている相棒の事を思うと俺からは直ぐにマイクへ向かって、周囲への注意を怠るなとは言い難かった。

しかし、何度も危険なミッションで共に行動している相棒が、今の状況で簡単に気を許すとは思えない。恐らく、俺に煙草を吸うのを確認した時点で自分に檄を飛ばすつもりで1本の煙草を吸っているのだろうと考えていた。

マイクが煙草を1本を吸い終わり、ジョンがCIAの連絡所から戻ってくる間に新手の襲撃者が姿を見せてくることはなかった。また、ヒッピー風の男が死体となって転がっている路地に近付く者もなかった。この分では、明日の朝になって男の死体が発見されて殺人事件が発生したとなって周囲は大騒ぎになることだろう。

俺達は、平静を装って現場を離れて食糧を買い出しに向かって借りている寝床のアパートに戻るだけだが、気になるのは殺人の事よりもマイクに付き合うと約束した酒の方で、俺も決して酒に弱いわけではないが相手をするマイクは身体が大きいのに比例するように結構な量の酒を飲むので、真面にマイクの飲酒に付き合っていたら間違いなく明日の俺は二日酔いに苦しむことになる。

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