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原子力空母ジョージ・ワシントンの艦長への挨拶を終わらせて割り当てられた部屋へ向かう。夕食には未だ時間があるので、改めて指令書を取り出して詳細を読み込んでみる。
今回のミッションでは、マンスール・アビデル・ディジーという富豪の居所を探り、マンスールの動向を監視することになるが、富豪というだけあって所有している家屋は派遣予定のジョージアを始めとして中東の国々にも数ヵ所あるようで、仮にジョージアの自宅に所在していなければ別の屋敷を片っ端から探さなければならない。
その為、このミッションでは俺単独で行うのではなく、相棒1人に地元のコーディネーター1人を加えた3人で任務にあたることになっている。ありがたい事に相棒は、以前に何度かコンビを組んでミッションに従事したことがあり、俺が長距離の狙撃を行った際には観測手であるスポッターを熟してくれた人物を選定してくれたので、今回のミッションで長距離射撃が必要となった場合には、俺の癖を知っている相棒にスポッターをしてもらえるというのは助かる。特に、スポッターの指示として初弾が外れてしまったケースでは、何時の方向にどれ位の距離が離れていたのかを具体的な数値で伝えてもらえるなら照準を調整するのに役立つが「ちょっと右に外れた」等と表現されても、こちら見ての右なのか或いは相手から見ての右なのかによって方向は真逆になってしまうばかりか、「ちょっと」というのも限りなく主観的なので照準修正を行うにしても目安にはならないので修正量を判断できない。
それを考えれば過去に何度かスポッターをして、俺が必要としている情報を適宜適切に伝えてくれる存在がいてくれるのは、基本的に失敗が許されないミッションでの狙撃ではスナイパーとしてもストレスが軽減される。
スナイパーと言ってもターゲットをスコープで捉える照準の仕方は、各々異なり俺は極力無風に近い状態でスコープのゼロインを行った状態を基本にして、狙撃距離に応じた上下方向のエレベーション量を微調整する以外はスコープの修正を行わない。仮に横風等で弾丸が横方向へ流される分については、左右の方向を調整するビンテージは弄らずホールドした状態で、その部分は狙点を移動しさせてターゲットを狙うようにしている。その理由としては、風の状態は風洞施設のような場所で常時一定であること自体があり得ないからで、スポッターから風向や風速を適宜知らせてもらった上で、スナイパーの経験値を元に狙点を移動させた方が合理的であると判断しているからである。
しかし、スナイパーによっては横風による弾道の変化も計算した上で、ビンテージ量を修正してターゲットをレティクルセンターで捉えないと精密な射撃ができないと考えているスナイパーも存在する。どちらが間違っているとは言えないが、コンビを組むスポッターの方も相手のスナイパーが拘っている癖等を把握していないと適切な情報を適宜スナイパーへ提供できない。その意味では、気心が知れた相棒と組んだ方が、情報のやり取りに余計な手間が掛からずに訪れた狙撃の好機を逃す心配がないことになる。
また、今回のコーディネーターも前回のモナコ同様にCIAが派遣しているエージェントのようなので、銃撃戦が始まる可能性が想定されるような場面であっても修羅場を経験している可能性が高いだろうから、俺やスポッターに余計な手間が掛からないのも助かりそうだ。
随分前に地元コーディネーターとチームを組まされた時の比較的若い男性は、それまで銃撃戦のような修羅場とは無縁の生活を送っていた人物であったため、俺と別のデルタフォース・オペレーターで地元のチンピラから情報を聞き出そうと車両に乗って酒場へ向かった際、コーディネーターの若い男性には車両に残って隠れていろと指示していたものの、酒場近くに到着した途端に極度の緊張によるものなのか若いコーディネーターが車内で嘔吐し始め、結局は俺の相棒であるオペレーターが若いコーディネーターを車内で介抱しなければならない事態となったことがあった。モナコで一緒に行動したコーディネーターは問題なく役に立ってくれたが、今度のコーディネーターも足手まといにならないことを期待したい。
特に、今回の調査対象となる富豪は確実にボディーガードを雇っているだろう事は間違いないと思われるし、そのボディーガードも殆どが傭兵上がりと思っていた方が良い。また、反政府勢力やテロ集団に資金援助をしているとなれば武器を携行した連中との接触も一度や二度ではない筈で、その度に足手まといとなるようでは正直こちらの身が持たないだけではなく、下手をすれば命を落とすことになる。
そんな事を考えながら指令書をベッドの上で読み込んでいたが、いつの間にか眠りに就いていたようで、知らない相手に後ろから追われている夢を見て魘されていた時に激しく右肩を揺すられる。
ハッとなって悪夢から目覚めてみると、目の前にはネイビーブルーの海軍ワーカーカバーオールを着た若い白人の兵士が心配そうな顔をして、俺の顔を覗き込み
「ジョウジ曹長、大丈夫でありますか?」
と尋ねてくる。
「ああ、大丈夫。問題ない」
苦笑いを浮かべながら俺が答えると
「曹長がお休み中、だいぶ魘されているようでしたが」
若い兵士が心配そうに言ってくるので
「本当に大丈夫だ。ちょっと疲れが出たんだろう」
そう言って俺はベッドから起き上がる。
すると若い兵士は俺に敬礼しながら
「実は、天候が回復してきたので曹長をインジルリク空軍基地へお送りするシースタリオンの準備ができた事を伝えに参りました」
と言ってきた。
原子力空母ジョージ・ワシントンに到着してから、夕食を摂るのも忘れてベッドで眠りに落ちてしまったが、時化ている海の状態が好転したならばトルコ南部にあるインジルリク空軍基地へ送られる事になっていたのだ。
ジョージアへ向かうために、米軍施設を利用するのであれば、隣国であるトルコのインジルリク空軍基地へ向かうのが最も近いことになる。
インジルリク空軍基地は、米空軍のみが使用しているわけではなくトルコ空軍も使用しており、3,320エーカーズ(約1,344万平方メートル)以上の広大な敷地を有しトルコの中心市街地から東に6マイル(約10km)、地中海から20マイル(約32km)の内陸部に位置している。
元々、この空軍基地は1943年12月の第二次カイロ会談で建設が決定し、第二次世界大戦終了後の1951年春から米陸軍工兵隊によって建設工事が始まった。建設工事が着工して3年後の1954年12月にトルコ軍参謀本部と米空軍との間で共同利用契約が締結されて米空軍とトルコ空軍が使用しているが、それ以外にもイギリス空軍とサウジアラビア空軍も使用している基地である。また、2023年に発生したトルコ・シリア地震ではインジルリク空軍基地が国際緊急支援物資拠点となったこともあり、国際緊急援助活動の物資搬入拠点とされたことで日本の航空自衛隊のKC-767輸送機等も運航されていた。
一通りは読み込んだミッションの指令書をバックパックへ詰め込んで、背中に背負い部屋を出て滑走路となっている原子力空母ジョージ・ワシントンの甲板へ向かう。
陽が暮れて暗くなった滑走路に出てみると、到着した時には結構な横風が吹き付けていたのだが、今は嘘のように微風程度にしか感じられない状態となっている。
薄暗い甲板上では、潮騒とRH-53シースタリオンがアイドリングしているエンジン音とメインローターの回転音が聞こえるだけである。
背負っていたバックパックを降ろして右手に提げて、甲板の隅でメインローターの回転音を立てているRH-53シースタリオンへ近付く、薄暗い空間のなかにRH-53シースタリオンの機体の輪郭がハッキリと視認できてくると身体中にメインローターが巻き上げる風が吹き付けてくる。
俺は、首を少しうな垂れるようにして開かれているRH-53シースタリオンの後部ハッチへ近付き、右手に提げているバックパックをRH-53シースタリオンの機内へ積み込む。バックパックをRH-53シースタリオンの機体奥へ押しやって、後部ハッチの縁に両手を衝いてRH-53シースタリオンへ乗り込む。
RH-53シースタリオンに乗り込んだ俺は、後部座席に腰掛けてから機内連絡用のヘッドセットを両耳に装着しシートベルトを締める。
俺がRH-53シースタリオンに搭乗するために開けられていたスライド式の後部ハッチが原子力空母ジョージ・ワシントンの甲板要員によって閉じられ、甲板要員が右手の親指を立ててRH-53シースタリオンの機長へ準備オーケーのサインを送ってくると
「それでは、ジョージ・ワシントンを離陸します」
ヘッドセットを通じて機長の声が聞こえてくると、RH-53シースタリオンは原子力空母ジョージ・ワシントンの滑走路から浮かび上がり、その滑走路か徐々に小さくなると同時に暗闇に紛れてジョージ・ワシントンの滑走路が判別できなくなってくる。
すっかり周囲が暗闇に包まれてくると俺のような人間には、上下左右の平行感覚が一時的に不調を来たし方向感覚が無くなって不安を感じるが、暫くすると眼下に街の光が見えてくることで、方向感覚が蘇り落ち着きを取り戻してくる。
暗闇のなかを時速270km以上の巡航速度で飛行するRH-53シースタリオンは、大した時間も掛からずにインジルリク空軍基地の上空に到着する。予め連絡を入れているのだろうが、夜間という事もありRH-53シースタリオンの機長は、無線でインジルリク空軍基地管制と頻りにやり取りをしながら着陸予定のヘリポートへ接近していく。
最初のうちは、インジルリク空軍基地からの光しか認識できていなかったがRH-53シースタリオンが高度を徐々に降下させてくると、ヘリポートを含めてインジルリク空軍基地にある施設の輪郭が少しずつ分かってくる。
RH-53シースタリオンがインジルリク空軍基地のヘリポートに着地した際には、多少の衝撃と共に数回バウンドをするがインジルリク空軍基地の照明が点滅しているとは言え、暗闇で視界が限られている状況では大人しくスマートに着地するのは難しい事なのだろう。
RH-53シースタリオンの機内で、着地した際の衝撃によって上下に動いていたバウンドが収まってきたのを感じた俺は、機体の奥へ置いていたバックパックを後部ハッチへ近付けてから後部ハッチのロックを解除してハッチの扉を開ける。
後部ハッチの扉を開けたことで、メインローターが地面へ吹き付けていた風がRH-53シースタリオンの機体内へ吹き込んでくる。その風の影響で、俺は両目を細目にしながら機体から飛び降りて、履いているコンバットシューズ越しではあるが地表を実感するとRH-シースタリオンの機内に残しているバックパックを掴んで持ち出す。
そこへインジルリク空軍基地のベースボールキャップを被り、空軍のワーカーカバーオールを着用している基地隊員の1人が近付いてくるので右手に提げていたバックパックを手渡すと、俺のバックパックを受け取った隊員は乗って来たジープの荷台にバックパックを積み込む。
別の個人隊員が、RH-53シースタリオンのメインローターによって巻き起こる風にベースボールキャップが飛ばされないように左手でベースボールキャップを押さえながら
「当基地の司令官室に案内しますので、このジープに乗ってください」
と言って俺のバックパックを積み込んだジープを指し示す。
俺は、その隊員に了解の意味で数度頷いてジープへ向かう途中、RH-シースタリオンのメインローターの回転半径から出た辺りで、RH-53シースタリオンの操縦席へ振り向き機長へ右手の親指を立てて「サンキュ」の意思を伝える。暗闇でよく分からないが、RH-53シースタリオンの機長も右手の親指を立てていたように見えた。
俺のバックパックをジープに積み込んだ隊員が、開け放たれたRH-53シースタリオンの後部ハッチを閉じてジープへ戻ってくるとRH-53シースタリオンのメインローターが回転速度を上げると周囲には強風が吹き荒れる。スムーズに地面からRH-53シースタリオンが離れると徐々に高度を上げていくと機体は夜空に溶け込んで機体に取り付けられている灯火の光しか視認できなくなってくる。




