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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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待機している控室では、完全に手持無沙汰な状態ではあるが仕方がない。何処かで下手に時間を潰して指定された時間や約束した時間に遅れてしまうよりは遥かにマシである。

基本的に俺は相手を待たせたり、俺自身が待たされるのが嫌いだ。所詮、人間は地球上の生き物である以上、限りある時間しか生きている事ができない。それが例え5分や10分であったとしても、その僅かな時間が俺や相手の人生に多大な影響を与える可能性があり、俺の様に命を危険に晒すような仕事に従事していると時間にルーズな場合は、僅か数分の違いによって命を落とすケースが決して珍しいわけではないので、常に時間厳守をモットーに生活を送っている。

指定された時間よりも早く控室のパイプ椅子に腰を下ろしていると、これと言ってやる事もないので徐々に睡魔が襲ってきて瞼が重たくなってきた。これが、ミッション遂行中であれば緊張感によって睡魔を自覚することもないだろうが、自分が所属しているデルタフォースの基地内という安心感も手伝って気が緩んでしまったのかもしれない。

恐らく、10分以上は浅い眠りに就いていたのだろうが「ガチャ」という控室のドアが開く音を耳で感じた瞬間、それまで何とも心地良く微睡みのなかにあった意識が瞬時に覚醒すると反射的にパイプ椅子から立ち上がり入室してきた上官に敬礼をする。

控室に入室してきたのは、俺のスナイパー適性テストを監督していた黒人教官とばかり思い込んでいたのだが、教壇の上に立っていたのは陸軍の綺麗にクリーニングされた制服を着用した30代半ばの白人少尉であった。

白人少尉は、俺を無表情な目で見ながら

「座ってよろしい、楽な姿勢で説明を聞いてくれ」

と言うので、俺は敬礼を解いてパイプ椅子に着席する。

白人少尉は、俺がパイプ椅子に腰掛けるのを見届けてから教壇を降りると右手に持っていた10ページくらいはありそうな書類を俺が腰掛けているパイプ椅子のテーブルへ置き

「詳細は、この指令書を移動中に読んでもらうので私からは概要のみ伝えるが、君にはシリア系アラビア人の実業家について動向調査の任務に就いてもらう」

そこまで白人少尉が言うと少しの間を置いて

「調査対象者である事業家の名前は、マンスール・アビデル・ディジーと言い、グローバルに展開している各業種の企業へ出資等を行って巨額の資産を保有している富豪だ。特に我が国やEUの軍需産業にも投資を行っている関係上、各国の政府要人や軍の上層部との結び付きも強い。しかし、マンスールは一方で中東を中心に反政府勢力や我が国とEUを標的にして活動しているテロ集団へも密かに資金的援助を行い、その援助した資金で我が国やEUの軍需産業から武器類を調達させている。当初、我が国やEU諸国の諜報機関ではマンスールが行っていたマッチ・アンド・ポンプのような反政府勢力やテロ集団への資金援助の存在を把握していたが、援助規模が比較的小さいこともあり黙認してきた経緯がある。しかし、近年になってマンスールが行う反政府勢力やテロ集団への資金援助が徐々に増額されるに及んで、最近では我が国やEU正規軍が制式採用している武器類よりも高性能で最新の武器が使用されているケースが散見されてきているので、非公式ながらも我が国の大統領やEU各国首脳が機会ある毎にマンスールへ勧告を行っているのだが、マンスールは勧告を無視するかのように反政府勢力やテロ集団への資金援助増額を自重しようとしていないので、調査対象者に指定した上でマンスール本人を監視下に置くこととなった」

そこまで白人少尉の説明を聞いた俺は、心のなかで米国やNATO諸国にある軍需産業というか武器製造メーカーに出資している中東の富豪が、軍需産業の売上を伸ばすためにマッチ・アンド・ポンプのように敵対勢力である反政府勢力やテロ集団へ自らの懐から僅かばかりの資金を与えることで、双方に武器を購入させた上で実際に使用させる。言わば購入させた武器を消費させることを継続的に続けさせれば事業家のアラビア人は、何一つ心配することなく資産を増やし続けられるという事態を作り上げているのが、少々度が過ぎてきてきているので警告代わりに俺のような特殊部隊の人間を身近に配置して脅しをかけるということなのだろうと理解したが、豊富な資金力がある人物に対して数名の特殊部隊隊員を配置したところで、相手も資金力に物言わせて相当な準備をしているだろうから期待しているような効果が得られるのか疑問を感じ、従事するミッションの行く末に一抹の不安を覚える。


自分の荷物であるバックパックを担いでフォートブラッグ基地の滑走路へ向かうと海軍のC-2グレイハウンド輸送機が1機駐機エリアに待機しており、エンジンをアイドリング状態にしているために双発のプロペラが回転している。

デルタフォースのオペレーターとして従事している間は、恐らく民間航空機のビジネスシートやファーストシートに座るような事はないだろうと思うが、この様にして海外へ赴くのに利点があるとすれば、行き先が確実に駐留米軍基地へ送り込まれるためパスポートを提示して入国審査等を受ける必要がないので、これまでパスポートを携行した試しが一度もない。

仮に、駐留米軍基地外で活動するにしてもミッションの性質上、本物のパスポートを携行して現地で使用されてはアメリカ本国としても都合が悪い部分があるので、これまで何度も架空の人物のパスポートを与えられて過ごしてきたので、正直に言えば自分のパスポートを作った事がなく俺自身の身分を証明する物と言えば、デルタフォースのオペレーターとしてのIDカードくらいである。

アイドリング状態とは言え機体の傍に居れば結構な騒音が響くなか、後部ハッチから貨物室へ乗り込み機内両サイドに備えられている簡易な座面を倒し、その座面の下に担いでいたバックパックを置いてから座面に腰を下ろす。シートベルトを装着して目を閉じてC-2グレイハウンド輸送機が離陸するのを待っていると「ウイーン」という油圧装置が稼働して後部ハッチが閉まる音が聞こえてくる。

後部ハッチが閉まったことで、C-2グレイハウンド輸送機に乗り込んだ時点よりも僅かだが主翼にあるプロペラを回転させているエンジン音が小さくなるが、輸送機である以上は少しでも多くの荷物を搭載するのを主眼として設計されているので、民間の旅客機のように防音設備が整っているわけでもなく後部ハッチが閉まったところで、貨物室内には2基のターボプロップエンジンが稼働する音が響き渡り隣の席に人が居たとしても大声でなければ会話が成立しない。

貨物室の小さな窓を覗いたわけではないが、体感でC-2グレイハウンド輸送機が駐機エリアから誘導路へ移動を始めたのが分かる。間もなく滑走路へ移動したC-2グレイハウンド輸送機はフォートブラッグ基地を飛び立って、地中海に展開している原子力空母ジョージ・ワシントンへ向かう。

滑走路へ移動したC-2グレイハウンド輸送機のエンジン音は、駐機エリアから移動していた時よりも主翼のプロペラの回転数を上げるために一段と大きなエンジン音を響かせる。

貨物室の座席に腰掛けている俺は、一瞬だが進行方向へ身体が振られたと思った瞬間にC-2グレイハウンド輸送機は離陸のために滑走路をダッシュすると、進行方向へ振られた俺の身体は直ぐに進行方向とは逆向きへと持っていかれて身体にGが掛かってくるのを自覚する。

進行方向から目には見えない力で身体を押さえつけるGに耐えていると突然、足元が掬われるような浮遊感がありC-2グレイハウンド輸送機の機体が滑走路から浮かび上がり飛行を開始した。

地中海に展開している原子力空母ジョージ・ワシントンが目的地となるので、必要とされる飛行高度を目差して上昇を続けていたC-2グレイハウンド輸送機だが、今は水平飛行へ移行したようだ。

俺は、腰掛けている座面の下に置いたバックパックからミッションの指令書を取り出して広げて見るが、指令書に記載されている内容を読み込むにしては貨物室内に響き渡るエンジン音が煩すぎて集中できない。

しかし、原子力空母ジョージ・ワシントンに到着するまでは、C-2グレイハウンド輸送機の貨物室で仮眠を取るか、渡された指令書を読む以外にする事もない。第一、仮眠を取るにしても飛行高度に達して巡航速度で飛行しているC-2グレイハウンド輸送機の貨物室は防音以外に断熱装備も施されていないので、相当に寒く仮眠ができるような状態とは御世辞にも言えない。

貨物室内の寒さに耐えながらも指令書に目を通して、残り2ページとなった時点で貨物室内のスピーカーを通して機長から

「当機は、間もなく空母ジョージ・ワシントンに着艦する」

とアナウンスしてきた。

それを聞いた俺は、装着しているシートベルトを調整して締め付けを強くする。

航空機が空母の滑走路に着艦するとなれば、航空機のエンジンブレーキやフラップの操作だけに頼っても空母の滑走路内で止まるには距離が足りない。その為、航空機からフックを出し、機外に出したフックに空母から出されたワイヤーを引っ掛けたうえで、ワイヤーからの制動装置も利用して滑走路内に止まるのだ。

その際、機体の制動には機体のエンジンブレーキとフラップの操作、更に空母に備えられたワイヤーから急ブレーキが掛けられることになるので、機内に搭乗している人間には進行方向へ向かって強烈な反動が襲ってくるので、身体をしっかりと座席に固定していなければ反動の力によって前方方向へ身体が吹っ飛ばされる。

特に、俺が搭乗している輸送機の貨物室内は機体の骨格となっている鉄骨が剥き出しになっているので、吹っ飛ばされた際に余程の受け身を取らなければ骨折程度の負傷は覚悟しなければならず、無傷ではいられない。

飛行高度を徐々に下げてきたC-2グレイハウンド輸送機は、着艦体制へ移行したためか機体が結構揺れている。原子力空母ジョージ・ワシントンが停泊している海域は結構な風が吹いているかもしれない。

そうなれば海上は時化しているだろうから、流石に空母ジョージ・ワシントンが大揺れの状態だとは思わないが、少なくとも滑走路も上下に揺れていると思われるので着艦の難易度は結構高いと思われる。

貨物室内に響くエンジン音の変化からC-2グレイハウンド輸送機が空母ジョージ・ワシントンへ着艦すべくアプローチをしているのが想像できる。すると、「ガンッ」という音と共に下から突き上げるような感じがした直後にシートベルトで固定した身体が進行方向へ可成り強い力で引っ張れる。

締め付けたシートベルトが身体に食い込んできたと思った時には、C-2グレイハウンド輸送機は唐突に動きを止めて停止した。

C-2グレイハウンド輸送機の突然の停止によって、貨物室内では進行方向へ引っ張れていた筈の身体が、一挙に反動で機体後部へ向かって反対側へ振られる。一度、後方へ振られた身体には、それまで目に見えない力によって進行方向と機体後部の逆方向へ身体を引っ張っていた力が嘘のように消えてなくなり、貨物室内には静けさが戻ってきた。

そこへ貨物室内のスピーカーを通して

「当機は無事にジョージ・ワシントンに着艦完了」

と機長がアナウンスするのを聞いて、無意識ではあったが両肩に入っていた力が抜けてくるのと同時に思わず

「だから輸送ヘリの方が良いんだ」

と愚痴が溢れてしまった。

運賃を支払っている乗客とは違い、任務の一環として空母へ移動しているので移動手段については軍の裁量に従うしかないのだが、これが輸送ヘリコプターならば空母への着艦で強制制動を掛けるような事はないし、乗り心地についても双発プロペラ機の貨物室よりも輸送ヘリコプターの方が数段は上等である。

しかし、組織に属して歯車の一部と理解していても周囲に人がいないことに気を許して思わず、口から本音という愚痴が溢れてしまったことに俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

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