36
俺の700ポイント・ピストル・アグリゲートのテスト結果は、687点となって合格ラインを無事にクリアする事ができた。他の連中も5人が630点以上の得点となったので合格ラインをクリアしたのだが、今回のテストを受験したオペレーターで42歳と最年長のオペレーターだけが598点の結果となってしまい不合格となってしまった。
不合格となったオペレーターは、最年長だけあって今回のミッションでも他の連中の精神的なサポートをさり気無い態度で支えてくれて頼れる存在であったのだが、テスト結果が598点と振るわなかった時点で苦笑いを浮かべると自分に言い聞かせるように
「もう年だな、そろそろ体力的にもデルタ・オペレーターの任務を遂行するのも辛くなってきた。一般の部隊に転属するのも良いが、下手に後方支援部隊へ廻されても緊張感が薄れてドジを踏むような事になるだろうから、俺は軍を除隊して第二の人生を送る事にするよ」
何処となく吹っ切れたような感じで陸軍での生活から足を洗う事を呟いている。
確かに、デルタフォースに所属してオペレーターとして任務を遂行するのは一般部隊とは違い集団行動というのは殆ど稀なケースで、殆んどが単独行動や少人数で任務遂行を熟す事になる。しかも、戦場ではない所で予測もしていない場面で戦闘行為が始まるのも決して珍しい例ではなく、どちらかと言えば日常とも言え俺もミッションに従事している最中は、身体を横たえて就寝している状態でも頭の何処かが目覚めており周囲の状況に対して敏感になっており、熟睡したと思えるような事は本国へ一時帰還した時以外に経験した事がない。それくらい神経を張り詰めなければならない生活を10年以上も続ければ、自分自身に少しでも体力的に衰えを感じた際には、例え年齢的に一般民間人よりも充分な体力を有していたとしても、己のなかで少しでも自信が揺らぐような状態となれば潔く軍の生活から身を引くのも当然と言えるかもしれない。
事実、目の前でリタイアする事を口にした最年長のオペレーターと同じくらいの年齢でオペレーターを続けた者の中には、ミッション遂行中の戦闘で射殺された者や公に発表されていないが敵側に捕まってしまい悲惨な捕虜生活を送った挙句に惨殺されてしまった者もいる。
ただ、デルタフォースのオペレーターをリタイアして軍を除隊したとしても、オペレーターとして数々のミッションに従事してきたスキルと肩書があれば、民間の警備会社や射撃インストラクター、或いは銃器製造メーカーからコンサルタントとしてのリクルートがあり除隊後の職探しに追われるような事はないだろう。
幸いにも、俺は30代半ばで体力的な衰えを感じる事もなくスナイパーとしても生命線である視力も衰えていないので、暫くはデルタフォースのオペレーターとしての生活を続ける事は可能だと確信している。
滅多に集団行動となるケースが少ないが、デルタフォースのオペレーターである戦友と呼べる人間が戦列を去るのを間地かに見た俺は、デルタフォースに配属されて初めて自分自身がデルタフォースのオペレーターとして何時まで続けていけるのかを考えさせられ一時だが感傷に耽ってしまった。
700ポイント・ピストル・アグリゲートのテストが終了となって自分が使用した1911モデル拳銃やマガジンを片付けて25メートル射撃レンジを離れる際、除隊を決めた最年長のオペレーターの背中が目に入ったが、その背中は何処となく寂しげに見えているのと同時に新たな居場所を求めて力強く歩み出していく先輩オペレーターのタフな生き様を感じ取ることができた。
俺自身、いつまでも一時の感傷に浸っている場合ではなく他のオペレーター5人は、今日のテストで適性射撃テストが終了となるが、俺にはスナイパーとしての適性が試されるロングレンジライフルのテストが控えている。このテストでスナイパーとしての適性を示さなければデルタフォースとしてスナイパーのポジションを追われてしまう事になる。
ナイロン製のソフトケースに仕舞ったコルト社製のコンバット・ユニット・レイル拳銃と予備の10連マガジン4本を収納したソフトケース、更には20発の45ACP弾薬が残されている弾薬箱を持って控室へ向かう俺は、心の中に過った一瞬の感傷を振り払い、明日のロング・レンジライフル・テストに向けて新たなモチベーションを振るい立たせていた。
翌日、再び指定された時間の30分前にフォートブラッグ基地へ出頭すると昨日とは別の控室へ向かうように指示され、指示された控室へ向かい部屋へ入ると当然ながら誰も部屋にはいない。
無人の控室には、椅子の肘掛部分の右側に簡易的なテーブルが備わっているパイプ椅子が30脚ほど整然と並べられ、部屋の正面には大きな黒板があり、その黒板の前には教壇用の机が1つだけ置かれて、殆んど学校の教室のような風情となっている。
俺は、整然と並べられているパイプ椅子の中央で一番手前の椅子に腰掛ける。今日のロングレンジライフル・テストを受験させられるのは俺1人だろうから、意味もなく端のパイプ椅子を選んでみても仕方がない。しかも、テストに使用するSR25M110SASSセミオートライフル銃も専用のハードケースに収納された状態で教壇机の上に置かれるのだろうから、その教壇机から態々離れたパイプ椅子に腰掛ける必要性もないと言える。
控室の黒板脇に備えられている時計の針が指定された時刻を指すと、控室のドアが開いて昨日とは別の身長が高い黒人の教官が右手にバインダー、左手にはサンド・カラーのSR25M110SASSセミオートライフル銃専用の樹脂製ハードケースを提げて入室してきた。
入室してきた黒人教官は、俺の方へ一瞥を向けるが何一つ表情を変えることなく教壇へ向かっていく。俺は、一応パイプ椅子から立ち上がり黒人教官へ敬礼をして、黒人教官が教壇机の前に立ったところで、俺は敬礼を解いてパイプ椅子に着席する。
俺がパイプ椅子に着席するのを見た黒人教官は
「ジョージ・カツラギ曹長、これより貴様のロングレンジ・ライフル・テストを行う。テストに使用するのは、このケースに収納されたSR25M110SASSセミオートライフル銃になる。既に専用スコープが取り付けてあるので、テストのステージへ向かう前に100ヤードのライフル射撃レンジでスコープのゼロインを行わせる。その後、3箇所のテスト・ステージを予定しているので貴様が発砲した弾丸のうち80パーセント以上を命中させる事ができれば合格とする。説明は以上だが、何か質問はあるか?」
黒人教官からテストに関する説明を受けたが、相変わらず俺の名前を呼ぶ時に「ジョウジ」とはならずに「ジョージ」となってしまう。以前までは「ジョージではなく、ジョウジであります」と訂正していたが、どうも英語圏の人間は「ジョウジ」と言い難いのか殆どが「ジョージ」と言ってくるので、最近は面倒になって相手に指摘することもなく聞き流している。
「一つ質問があります。各ステージでは時間制限が設定されるのですか?」
俺は右手を開いて顔の高さにまで上げると黒人教官へ質問すると
「当然だ。各ステージで何時間も時間を掛けられるのでは、私も付き合っていられない。各ステージでのタイムリミットは都度指定するので、指定された時間内でターゲットをヒットさせてもらう。もし、指定した時間内にターゲットをヒットできずにタイムオーバーとなれば、そのステージの得点は0点となる」
黒人教官は、東洋人の風貌を持つ俺を見下したような冷笑を口元に浮かべて答えてくる。軍の教官は決して教員ではないので、生徒に教育を施す教師のような適性は必要とされず軍において必要とさせるスキルを兵士に教え込めれば良いので、優れた人格を有している必要はない。
最も、極端な人種差別や性差別を行えばハラスメントとして訴えられ教官としての適性がないものとして転属させられるだけでなく、差別された人間から訴えられ莫大な額の慰謝料を請求されることになるが・・・。
俺の質問に回答した黒人教官は、教壇机の下から2つのボックスを取り出してSR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースの上に置いた。1つ目のボックスには昨日のテストと同様に2つのイヤーマフラーと大きさが10インチ(254ミリメートル)×8.5インチ(216ミリメートル)×6インチ(152ミリメートル)の外装がナイロン生地となっているシューティングレスト用のサンドバックが入っている。そして、2つ目のボックスには7.62×51ミリメートルNATO弾薬が50発入ったボール紙製の箱が1つと陸軍において採用しているレーザーによる距離計機能等が付加されている双眼鏡1つとスポッターと呼ばれる観測手が使用するような単眼鏡が1つ入っていた。
SR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースの上に、2つのボックスを置いた黒人教官は、それぞれのボックスから自らが使うイヤーマフラーと単眼鏡を取り出すと
「こちらのボックスに入れているシューティングレスト用のサンドバックは、テストで貴様が使いたいと思うのなら自分で運搬する荷物として携行しても構わん」
と俺に言ってくる。
俺は、パイプ椅子から立ち上がりSR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースに置かれているボックスを1つは自分が座っていた椅子のテーブルへ移し、もう1つは自分が座っていたパイプ椅子の左隣にある椅子のテーブルへ移動させてから、教壇机に置かれているSR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースを開けて、中身を確認してみるとSR25M110SASSセミオートライフル銃がアッパー部分とロア部分に分割されて収納されていた。アッパー部分には確かにSR25M110SASSセミオートライフル銃専用のスコープが取り付けられ、ロア部分には脚が畳まれているが信頼性が高いハリス製バイポッドが装着されて収納されている。他には、20発の7.62×51ミリメートルNATO弾薬が装填可能なボックスタイプのマガジンが2個に、専用の消音器が1本と負い皮であるスリングが丁寧に折り畳まれて1本入っていた。
確かに、ボルトアクションライフル銃であろうとセミオートアクションライフル銃であっても長距離で精密な射撃を行うのであれば、ライフル銃のハンドガード部分を稼働しにくい物体へ委託した上で、ライフル銃本体を安定した状態にして発砲した方が確実にターゲットを捉える事ができるのは間違いない。スタンディングのポジションでライフル銃を両手で構えて、ライフル銃を発砲するのは見た目には格好良いかもしれないが、そのような状態でライフル銃を構えれば自分自身の呼吸や心臓の鼓動によって僅かであってもライフル銃本体が上下に移動して、それに連動するように銃口も動いてしまう。射程距離が100メートル以下の近距離であるならば比較的影響が少ないかもしれないが、射程距離が長くなれば銃口が1ミリメートルでも動いてしまえばターゲットに命中する弾丸は狙点よりも大きく外れてしまう事になるは明白である。
しかし、呼吸や心臓の鼓動であれば体の状態にもよるが一定のリズムで刻まれるので、リズムにさえ合わせれば銃口が狙点と合致する瞬間にトリガーを引けば問題ないと思われるかもしれないが、その場合はリズムを合わせてタイミングを図るために暫くスコープを覗いていなければならず、今回のテストのように時間制限が設けられている状況では時間を無駄にするだけで好ましくない。
そうなれば、バイポッドがライフル銃に装着されて使用できるのであれば条件的には有利に働くと思えるが、ロングレンジ・ライフル・テストを受けるのは今回が初めてではなく過去に数回は受験してきた経験からすれば、テスト教官から指定された狙撃ポイントでは必ずしもバイポッドの使用が難しい箇所であったのは充分に分かっている。
それ故、手荷物は可能な限り少なくしたいのだが、安定した射撃姿勢を確保しなければ高得点が得られないことを考えれば、選択の余地はなくシューティングレスト用のサンドバックを持っていくことにする。
控室を黒人教官と共に出て100ヤードレンジの射場へ向かうが、専用ケースに収納されているSR25M110SASSセミオートライフル銃の重量は10キログラム以上となり、50発の7.62×51ミリメートルNATO弾薬も弾丸の種類によって多少の違いがあるものの1キログラム近くの重量物になり、それにシューティングレスト用のサンドバックが加わるので結構な重量物を運ぶことになるが、戦場等では20キログラム以上の荷物を詰め込んだバックパックを背負って携行しているので、それに比べれば身体的には楽な方と言えなくもない。
100ヤードレンジの射場に到着すると黒人教官は
「ここで貴様に与えられる時間は30分となるが、俺が右手首に巻いているデジタル腕時計のタイマーを俺がスタートと言った瞬間からボタンを押して時間を計測するので、仮に時間内にスコープのゼロインが完了していなくてもタイムアップでテストステージに移動する。それではスタートだ」
そう黒人教官が大声で言うと、自らの右手首に巻いているデジタル時計のスタートボタンを押した。
俺は、黒人教官のスタートという掛け声と同時にSR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースを開けて、アッパー部分とロア部分に分離されている銃本体を取り出しアッパー部分とロア部分を結合させる。上下に分離していたパーツを確実に組み付けるとハンドガード下面に装着されているハリス製バイポッドの脚を起してから射座のテーブルにライフル銃本体を銃口がターゲットへ向くように置く。
次いで、専用ケースから20発が装填できるボックスマガジン1個を取り出してから、7.62×51ミリメートル弾薬50発が入っている箱を開けて5発の7.62×51ミリメートル弾薬を鷲掴みに取り出してから要領良くボックスマガジンへ装填する。5発の7.62×51ミリメートル弾薬をボックスマガジンに詰め込んだ後、更に5発の7.62×51ミリメートル弾薬を箱から取り出そうとした際、偶然にも視界の片隅にSR25M110SASSセミオートライフル銃専用ケースの一部が見えたのだが、その視界にはライフル弾薬の空薬莢と似たような形をしたレーザー照射ができるレーザーボアサイタ-が見えた。
手にした5発の7.62×51弾薬を急いでボックスマガジンへ装填してから、改めて専用ケースを見ると控室では確認できていなかったが間違いなくレーザーボアサイタ-が入っている。
今回のテストで使用するのがボルトアクションライフル銃であるならば、ボルトを後方へ外せば後方からバレル内を覗く事ができるので、そこでバレルの孔の中心をターゲットのセンターへ合わせてからスコープのレティクルセンターを調整することで簡易的ではあるがスコープのゼロインを行えるが、SR25M110SASSセミオートライフル銃のようにM4タイプのアサルトライフル銃では、ボルトを取り出して後方からバレル内を覗く事ができないので容易にゼロインを行うのが難しい。そこにレーザーボアサイタ-があるのであれば、レーザーボアサイタ-をチャンバーへ装填してからボルトで閉鎖してやればレーザーボアサイタ-の先端部分から赤色のレーザーが照射されるので、照射された赤色の点をターゲットのセンターへ合わせからスコープを覗けばレティクルセンターの修正を容易に行う事が可能となる。
俺は早速、レーザーボアサイタ-を取り出してSR25M110SASSセミオートライフル銃に取り付けられているスコープの後方にあるチャージングハンドルを引くと連結しているボルトが後方へ動くのと同時にエジェクションポートカバーが下向きに開いてチャンバーを覗く事ができるようになる。
右手に持っていたレーザーボアサイタ-のレーザーが照射される方を前方にして、レーザーボアサイタ-をチャンバーに装填してから後方で止まっているボルトを前進させるためにトリガーの上方になるボルトストップボタンを押し込むとボルトが勢い良く前進してチャンバーを閉鎖する。その状態で銃口をターゲット方向へ向けると照射されたレーザーの赤い点がターゲットに映し出される。
俺は、射座のテーブルに上半身を預けるような姿勢となってスコープを覗き、レーザーの赤い点がターゲットのセンターと合致するように右手を起用に使ってバイポッドの脚の長さを調節しながらSR25M110SASSセミオートライフル銃の向きを固定させる。
当然の事とは言え、スコープのレティクルセンターとレーザーの赤い点は重なってはおらず、この状態のままでターゲットのセンターを狙って発砲しても着弾が10センチメートル以上は4時の方向へ外れてしまう。スコープの中央にあるエレベーション・ダイヤルとビンテージ・ダイヤルを少しずつ動かしてスコープのレティクルセンターとレーザーの赤い点が概ね一致するように調整する。




