146
味方だと信じていた相手に裏切られたショックもあって、しゃがみ込んでしまったジョンに俺とリチャードは近寄り背後からジョンの肩に優しく手を掛けて
「別に気にすることはないぞ」
と励ましてやる。
ジョンのようにスパイ活動な仕事をしている連中のなかには、いざとなれば金が全てという感覚でジャックのように二重スパイのような行動を取る者がいるのは決して珍しいケースでもなく、ジョからすれば普通に仲間を信じた結果として裏切られた格好なのでジョンを責めてみたところで何の意味のなく、俺とリチャードもジョンを攻めるつもりはない。
それに、未だウデイド空軍基地への帰還が完了しているわけではなく、特にイスラム武装組織の連中が重要幹部を狙撃した俺達の追跡を諦めたとも思えない状況ならば、必要なことは3人で協力して一刻も早くウデイド空軍基地への移動を再開することにある。
それでも未だに仲間と信じていたジャックの裏切りに動揺しているジョンを尻目に、俺とリチャードは駐車しているBMWのiX2に近寄ってみると運転席のドアや助手席側のドアにはワイヤーによる仕掛けが施してあり、油断してドアを開けてしまえばドアの内側に結ばれているワイヤーが車内に隠されている手榴弾の安全ピンを引き抜く仕掛けになっているので、仮に手榴弾の安全ピンを引き抜いた事に気が付いたとしても車両の燃料タンクがガソリンが満タン状態にされているのならば、急遽避難して手榴弾の爆発による被害を回避できたとしても、爆発によって燃料タンクから飛び散るガソリンを浴びて火災の発生した車両の火が、引火しようものなら火傷か焼死してしまうのは間違いない。
そこで、リチャードは漸く立ち上がったジョンに
「この車のキーは、どこにある?」
と尋ねる。
「すみません。2人に迷惑を掛けるような事態となって」
とジョンは俯いたまま謝罪してくる。
それを聞いたリチャードは
「そのことは気にするなと言ったじゃないか、それよりも死体となったジャックは車にワイヤートラップの仕掛けをしているから、その仕掛けを解除しないことには車が使えない」
と冷静な声でリチャードがジョンに状況を説明する。しかし、俺の耳には2人の遣り取りが全く聞き取れず黙っているしかない。
リチャードの話を聞いたジョンは、血相を変えてBMWのiX2に近寄って車内を覗くと運転席側と助手席側のドアの内側取っ手に細いワイヤーが結ばれているのが見え、ワイヤーの先は運転席シートを助手席シートに下部へ伸びており、その先までは車外から見えないが、まさか子供の悪戯じゃないので、ワイヤーの先端をシートの固定パーツにでも結び付けてドアが開かないようにしているわけはなく、
俺達のような仕事をしている人間ならば、先端には爆弾が仕掛けられて起爆するような仕掛けが施されているであろうことは容易に想像してしまう。
自分の眼でも確認したジョンは
「恐らく、ジャックのことですから後ろの小屋に車のキーを隠してあるはずです」
と言って後方の崩れかけている小屋へ小走りで向かう。
そのジョンの跡をリチャードと俺も追って崩れ掛けている小屋へ向かい、ジョンと一緒に車のキーを探し始める。
暫くの間、3人で小屋を捜索していると小屋の中にあった薄汚れた木箱からジョンが車のキーを発見した。
ジョンが発見した車のキーを受け取ったリチャードは、停めてあるBMW iX2へ引き返して後部ドアを開錠して、後部ドアを開けると車内へ乗り込む。
リチャードは、後部座席からワイヤートラップの状態を暫く観察すると
「ジョン、どこかにニッパーかペンチのような道具はないか?」
開いた後部ドアから顔だけ出してジョンに聞く。
ジョンは、ワゴン車へ戻りワゴン車のラッゲージ・ルームの端に置いてある工具箱からニッパーを取り出して、iX2へ引き返して開いている後部ドアからリチャードにニッパーを手渡す。
ジョンからニッパーを受け取ったリチャードは、センターコンソールから前部座席へ移動してニッパーを使って、ワイヤートラップによって座席シートの下部にあるワイヤーが結ばれた手榴弾の安全ピンに結ばれている部分を慎重に切断していく。
ワイヤーを切断して安全ピンが引き抜かれる心配の無くなった手榴弾をシートの下から、2個とも取り出して左手に持ったまま運手席側と助手席側のドアを開けると
「これで、ワイヤートラップは解除したから安心して車に乗り込めるぞ」
笑顔を見せて俺とジョンに声を掛ける。
しかし、リチャードの声が聞こえていない俺の状態を思い出したリチャードは、慌ててジェスチャーで俺にワイヤートラップを解除したことを伝えてくれる。
そのリチャードのジェスチャーを見た俺は
「それじゃ、荷物をワゴン車から持って来る」
とリチャードに伝えてから、ワゴン車へ引き返して荷物をiX2へ積み替え始めるとリチャードとジョンもワゴン車へ向かってくれて、ワゴン車のラッゲージ・ルームに残っている荷物をiX2へと移し替えてくれる。
全ての荷物をワゴン車からiX2へ積み替えが完了したところで、ジョンが運転席へ乗り込みエンジンを始動させ、俺とリチャードは後部座席に乗り込んでシートベルトを締めると、BMW iX2は国境の検問所へ向けて発進する。
完全にワゴン車とは見た目が違うiX2ということもあり、イスラム武装組織から追跡される心配もないのでジョンは快適なスピードで国境の検問所へ向かって行く。
国境の検問所へ到着して、ジョンは検問所の係官にCIAが偽造した3人のアメリカ外交官のパスポートを提示すると、パスポートを受け取った係官はパスポートの表紙を捲って張り付けてある顔写真と3人を鋭い視線を向けて照合すると直ぐに作り笑顔となって
「また機会がありましたら、是非クロアチアへお越し下さい」
と言ってジョンに3人分のパスポートを返すと手荷物等のチェックは一切することなく、クロアチアからの出国を許可してくれる。
まぁ、CIAの偽造とは言え外観がアメリカ外交官のパスポートに見える物を提示している以上、下手な対応をして後々の外交問題となっても一介の係官が責任を取れるものでもなく厄介だろうし、近くにいる麻薬探知犬にしても何らの反応を示さないので一刻も早く出国させた方が無難とでも思ったのだろう。
ただ、お陰で一応イスラム武装組織からの追跡は逃れることに成功したとはいえるかもしれない。
何せ、何処か独立国の制式軍隊なら別かもしれないが、表向きに通用する肩書があるわけでもないのに国境の検問をフルーパスで通れるわけはないだろう。
仮に、実力行使によって強引に国境の検問を通過したとしても俺達が入国したセルビアにクロアチアから連絡が入り、セルビア警察やセルビア陸軍が出動する事態となるはずで、そうなれば奴等が俺達を追跡するどこではなくなる。
とにかく、予想外の騒動があったにせよイスラム武装組織からの追跡を振り切ることができたのは大きな安心材料と言える。
ただし、これから先のルートは中東へ向かうことになっているので、必ずしも先々が親米の国ばかりでアメリカの勢力圏内というわけではないので、余り油断をしていると足元を掬われる事態と成り兼ねないので、毎度のことにはなるがウデイド空軍基地に到着するまで神経を使う行程になる。




