第1章:孤独な跡取り
僕の名前は簗川隆。
男子高校1年生。
世界でも指折りの資産を持つ――簗川財閥。
その跡取り息子として生まれた瞬間から、僕の人生は決められていた。
「期待されること」
それが、当たり前の日常だった。
幼い頃から、周囲の大人は皆こう言った。
「将来が楽しみだ」
「この子が簗川を継ぐんだ」
「すごい人間になるぞ」
……でも。
誰一人として、“僕自身”を見ている人はいなかった。
⸻
学校でも、それは同じだった。
広い教室。賑やかな笑い声。
だけど――その中に僕の居場所はない。
話しかけてくる人はいない。
目を合わせる人も少ない。
理由は分かっている。
「簗川財閥の息子だから」
近づけば面倒に巻き込まれる。
関われば何かを求められる。
そう思われているのが、痛いほど伝わってくる。
だから僕は――
最初から期待しないことにした。
人に期待しなければ、傷つくこともないから。
⸻
「隆、こっちだよ!」
その声だけが、僕を“現実”に引き戻す。
振り向けば、いつもの4人。
僕にとって唯一の――“本物の関係”。
⸻
まずは、幼馴染であり従妹の宮下佳織。
彼女は僕の隣に自然と座り、覗き込むように顔を近づけた。
「また一人でいたでしょ」
その声は責めるでもなく、ただ優しい。
「別に、いつも通りだよ」
「それが問題なんだってば」
彼女は少しだけ頬を膨らませる。
「隆はね、“平気そうにしてる顔”が一番心配なの」
――図星だった。
佳織は、誰よりも人の心を読む。
将来、看護師を目指しているのも納得できる。
でもそれだけじゃない。
夜になると、彼女はノートに物語を書いている。
誰にも見せない、小説。
「人の痛みを知ってる人が書く話は、絶対に優しい」
以前そう言った彼女の横顔を、僕は忘れられない。
「最近、学校で何かあった?」
「いや、別に…」
短く答える僕に、彼女はそれ以上踏み込まない。
でも――離れもしない。
それが、救いだった。
⸻
「おーい隆!」
次に声をかけてきたのは、仲村俊輔。
サッカー部のエース。
太陽みたいなやつ。
「また暗い顔してんな。もったいねーぞ?」
「別に普通だよ」
「普通じゃねーって。お前、自分の顔見たことある?」
そう言って笑いながら、肩を軽く叩いてくる。
「いいか?俺がプロになったらさ、試合に絶対呼ぶからな」
「まだなってないだろ」
「なるんだよ。決まってんだろ」
迷いがない。
だから、周りもついていく。
「で、その時さ――スタンドで一番いい席に座らせてやる」
「……なんで僕なんだよ」
「決まってんだろ。お前が見てくれなきゃ意味ねーからだよ」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
俊輔は、僕を“特別扱い”しない。
でも、“ちゃんと必要としてくれる”。
それが、嬉しかった。
⸻
「おいおい、青春してんなぁ」
軽い調子で割って入ってくるのは、柳瀬卓郎。
芸能学科所属。
俳優志望で、すでに学校内では有名人だ。
「隆、お前はさ、もっと表情使えよ」
「俳優じゃないんだけど」
「人生は舞台だぜ?」
「急に何言ってるんだ」
卓郎は笑いながら、僕の前に回り込む。
「でもさ、お前のその無表情――逆に武器になるかもな」
「どういう意味だよ」
「“何考えてるか分からない男”って役、絶対ハマる」
「役じゃない」
「そのうち俺の映画出してやるよ」
「勝手に決めるな」
そう言いながらも――
卓郎は、僕をちゃんと“見ている”。
表面じゃなく、奥を。
ふざけているようで、一番冷静なやつかもしれない。
⸻
そして最後に――
「みんな揃ってるね」
静かに現れたのは、福原愛莉。
売れっ子女優。
アカデミア新人賞受賞。
テレビの中の人間。
――のはずなのに。
「隆、ちゃんと食べてる?」
彼女は自然に、僕の前に座る。
「普通に」
「“普通”って言葉、便利すぎない?」
佳織と同じことを言う。
でも、少し違う。
「無理してない?」
「してない」
「……そっか」
それ以上は聞かない。
でも、目は逸らさない。
「学校は違っても、私たち親友でしょ?」
その言葉には、迷いがなかった。
「どんな時も支えるから」
芸能界という別世界にいながら――
彼女は、僕の“現実”に立ってくれている。
⸻
この4人だけが。
僕の孤独を、知っている。
そして――
それでも離れないでいてくれる。
⸻
家に帰ると、空気が変わる。
広い屋敷。
静かすぎる廊下。
そして――父。
「隆」
低く、重い声。
「今日の成績はどうだった」
「問題ありません」
「“問題ない”ではなく、“結果を出せ”」
視線が鋭い。
逃げ場はない。
「お前は簗川だ」
その一言が、すべてだった。
「この家の未来は、お前一人にかかっている」
「……分かっています」
「分かっているなら、証明しろ」
言葉は冷たい。
だが――
そこにあるのは、間違いなく“期待”だった。
「逃げるな」
短い言葉。
でも、それが一番重い。
「お前には、それが許されない」
僕は黙って頷く。
反論はしない。
できない、じゃない。
――しないと決めている。
⸻
部屋に戻ると、ようやく一人になる。
静寂。
でも、不思議と――
完全な孤独ではなかった。
佳織の声。
俊輔の笑い声。
卓郎の軽口。
愛莉のまっすぐな視線。
それらが、頭の中に残っている。
⸻
(僕は……一人じゃないのかもしれない)
そう思った瞬間。
ほんの少しだけ――
心が軽くなった。
⸻
ある日、昼休み。
僕はいつものように、一人で窓の外を見ていた。
空は青くて、何も変わらない。
……はずだった。
「隆!」
その声で、世界が動く。
振り返ると、佳織が立っていた。
少し息を切らしながら、でも笑っている。
「探したんだからね」
「別に隠れてないよ」
「似たようなもんでしょ」
彼女は手を差し出す。
「今日も一緒に昼ご飯食べよう?」
当たり前みたいに。
自然に。
迷いなく。
⸻
僕は――
その手を取った。
⸻
その瞬間。
少しだけ。
本当に少しだけ――
僕の世界が、温かくなった気がした。
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