2-14 掛布団
本日もよろしくお願いします。
布の第一号を織ってから数日間は機織りが続き、予定の量の布が出来上がった。ミニャがお手伝いする午前中以外も賢者たちは働きまくり、やっとである。
手触りや織り目は現代でも手製として売っていそうな風合いだ。もちろん、長年続けているような職人技には遠く及ばないし、良い糸を使った物にもやはり及ばない。
しかし、自分たちの手で正真正銘の一から作った布に、ミニャも賢者たちもとても愛着がわいていた。
さて、今日のミニャは縫物の日だ。
『ネコ太:今日は私が先生役をします!』
『くのいち:あたしも先生です! よろしくお願いします!』
「はーい! よろしくお願いしますっ!」
『ネコ太:まずミニャちゃんにはこれを渡します。自分の手を刺さないように気を付けてください!』
「むむむっ!」
ミニャはサッと自分の手を背中に隠して、それを見た。
それはコルンの内樹皮を丸めた針刺しで、2つある。
1つは青い碧玉で作られた針が数本刺さっている。
もう1つは同じく碧玉製の針だが、丸い球が頭につけられた物が待ち針用としてたくさん刺さっている。
『ネコ太:碧玉の針はとても折れやすいから、横に曲げたりはしちゃダメだからね?』
「わかった!」
ミニャは素直に頷いた。
『ネコ太:それではやっていきましょう! 今日はお布団を作ります!』
「お布団ってなぁに?」
コテンと首を傾げるミニャに、ネコ太たちはびっくりした。
『ネコ太:ミニャちゃんは、お母さんと暮らしていた頃にどういうベッドで寝ていたの?』
「うんとねぇ、藁の上にシーツを敷くの。その上に転がって、毛布を掛けるの」
ネコ太たちはぽわぽわーんと想像して、理解した。
寝心地はどうあれ、たしかにそれなら寝具としての役割は果たしているように思えた。
『ネコ太:お布団っていうのは、寝るための道具なんだよ。藁の代わりに下に敷いたり、毛布の代わりに体に掛けたりするの』
「ほえー、なるほど」
あまりよくわかっていない様子。
『ネコ太:じゃあ、まずはウインドウで図鑑を開こうか』
「図鑑! うーんと、これ!」
ネコ太に教わりながら、ミニャはウインドウを操作していく。
【図鑑→設計図→布団】と移動していくと、ミニャのウインドウに布団の設計図が出た。
実際には設計図というほど大仰なものではない。
ネムネムによって布団がどういうものなのかわかりやすい完成図が描かれており、あとはどのように作っていくのかをイラスト化されたものだ。
「ネムネムさんの絵?」
『ネコ太:そうだよ。上手だよねー?』
「うん! ミニャもお絵描きしたい!」
『ネコ太:じゃああとでネムネムお姉ちゃんに教えてもらおうね』
「やったー!」
と、ミニャの予定はいきなり変わることもしばしば。
午後の自由時間はきっとネムネムにお絵描きを教わることだろう。しかし、それもまた変更することがある。
それはともかく。
ネムネムの絵を見て、ミニャもこれからどんな物を作るのか理解した様子だ。
これまでに作られてきた布を重ねて待ち針で止め、準備完了。
『ネコ太:次に針に糸を通します。こうやって針を持って、ここに通すの』
「ふんふん」
ネコ太は針の穴に糸を通して実践して見せる。
なるほどなるほどと頷いたミニャは、自分で作った糸を針に通そうとした。しかし、発展途上の幼女の器用さゆえに、なかなかできない。
『くのいち:糸の先を少し舐めるといいよ。そうすると通しやすくなるんだ』
アドバイスを貰いながら、ミニャは糸を通す。
「できた! んにゃ!?」
ミニャは針の方だけ持って喜んだため、糸が抜け落ちてしまった。
そんなドジっ子要素を見せつけつつ、改めて糸が通された。
『ネコ太:そうしたら、こうやって針に糸をくるくるって巻いて。あまり力を入れて針を折らないようにね』
「むむむっ! もう一回やって!」
玉結びを教わる姿は、小学生の家庭科の授業と何ら変わらない。
しかし、こちらの場合はこれがそのまま生きるための知識になっていく。
それからも近衛隊や他の賢者たちが縫物を教えていく。
当たり前だが、生産属性に限らず物を作れる人はいる。
縫物や料理はそれが多かった。プロのように服や料理を作れるわけではないが、ネットで説明を読めば理解できる人が多いのだ。
ミニャが習ったのは、返し縫いと本返し縫いだ。
小学校の家庭科でも習う手縫いの基礎である。
ミニャは眉をむむむっとさせながら、チクチクする。
それを近衛隊たちがハラハラしながら見つめた。
他の場所では別の賢者たちが同じようにチクチクしている。賢者は小さいので地味に大仕事だ。
ライトの明かりで室内は明るく、ミニャの目にも優しい環境。
いつもは賑やかなミニャだが、珍しく静かな作業である。
「できた!」
ミニャは担当している部分を縫い終わった。
ミニャは体が大きいので、これまでいろいろなお仕事が賢者よりも早かったが、縫物に関しては賢者たちのほうが早く終わっていた。それにミニャの縫い目は結構ガタガタだ。
だが、それを気にする賢者たちではない。
上手上手と褒めて伸ばすスタンス。
『ネコ太:ミニャちゃん、見ててね』
ネコ太が手を挙げて合図すると、賢者たちがミニャのお仕事の成果を見せてくれた。
布を裏返すことで縫い代は見えなくなり、綺麗に繋がった2枚の布が現れたのだ。
「むむっ? むむむぅ! 縫ったところが隠れちゃった!」
『ネコ太:ねーっ、こっちの方が綺麗でしょ?』
「うん!」
ミニャは縫われた布の表裏を見比べて、縫物の理屈を理解した。
つまり、裏側で縫って表に返すと、縫った場所はわからなくなるということを。
簡単なことだが、ミニャのリアクションを見て、賢者たちは遠き昔のことをぼんやりと思い出す。家庭科で巾着袋を縫った時に、自分もこんなふうに純粋に驚いたような気がするのだ。
キラキラしたあの頃の幻影をミニャの喜ぶ顔の中に見つけた賢者たちだが、昔のようにあの頃に戻りたいとはもう思わなかった。それはミニャと出会ったから。
「ハッ!」
ミニャはキュピンと閃き、自分のスカートをペロンとめくった。幼女ゆえの思い切りの良さ。ピピーッとコメントしつつ近衛隊がミニャの前に立ち、男性賢者たちの視線から隠した。
ミニャが何に気づいたかと言うと、自分のスカートの造りである。ミニャのスカートもまた、いま繋げた布のように縫ったところが隠されていた。
「なるほどなー」
ミニャは、この世の仕組みを全部理解した顔でうんうんと頷いた。
みんなで10時のオヤツ休憩を取り、さらにチクチクする。
布を織る工程とは違って、縫う作業はそこまで時間がかからなかった。
縫うと言っても子供用の布団のサイズだ。5時間も6時間もかかるものではない。
布を裏返し、ちゃんと袋型になっていることを確認。
すると、ミニャがシュバッと中に入り込んだ。
慌ててみんなで中を覗き込むと、そこには香箱座りしてほわーとするミニャがいた。
猫の如きその行動に、賢者たちはキュンキュンした。
『ネコ太:ミニャちゃん、次はこの中にこれを入れていくよ』
ミニャをお外に出し、ネコ太が説明する。
すると、ミニャははいっと手を上げた。
「コルンの繊維!」
『ネコ太:そう! 正解!』
ミニャはしっかりとアイテムの名前を憶えていた。
綿や羽毛などという便利な物はないので、糸作りとは別に布団用にネコグシで漉いたコルンの繊維を詰めていく。建材としてかなりの数のコルンの木が切られたので、樹皮は大量に残っているのだ。
かなりパンパンに詰め込まれ、最後に入れ口を縫っていく。
これで一応布団としての形は完成したが、先人の知恵を拝借して、さらに布団を9分割するようにキルティング縫いをしていく。布団の中ほどで格子状に縫われているアレだ。
しかし、その作業をするには時間が足りなさそうなので、ひとまずお昼ご飯を食べることに。
本日のお昼ご飯は、鬼芋のふかし芋と鳥肉のぶつ切り焼きだ。スープには鬼芋のツルが入っており、シャキシャキと美味しい。
「もぐもぐ……うんまぁ!」
ミニャは唇をテカテカさせてニコパと笑った。
その笑顔を見た賢者たちも人形の内側でニコニコだ。
森塩草の群生地が見つかってから、料理レベルが一気に上がった。
塩味の効果ももちろんあるが、塩がなかった時間が1週間ほどあったため、ハーブの研究がされたのが大きい。ハーブの複雑な味に塩が加わったことでクオリティが跳ね上がったのだ。
もちろん醤油や味噌などここにない調味料はたくさんあるが、賢者たちですら『日本の料理の方が美味しい』とは言えなくなってきた。
当然、ミニャの満足指数はお日様マークである。
ミニャはお昼ご飯を食べ終わったら、基本的に自由時間である。
しかし、ミニャは賢者たちのやっていることがいつも気になる様子。
今日は繊維裂きから始まったお仕事の集大成なので特にそうだ。最後まで参加したいに決まっている。
なので、近衛隊も無理に休憩を勧めたりせずに、一緒にお仕事に参加させてあげた。ネムネムとのお絵描きは……また今度!
コルンの繊維を詰め込んでパンパンになった布団の上にみんなで乗って、空気を軽く抜く。
「ふぉおおおお、柔らかーい! あーっ、みんなぴょんってした!」
ミニャがお布団に乗ったことで布団が跳ね、片側に乗っていた賢者たちが一斉に飛び跳ねた。
それを見たミニャのテンションは一瞬で沸騰した。コロコロコロと布団の上で転がり、人形たちを轢いていく。
「あははははははは!」
『栗田ニアン:むぎゅー、幼女プレス!』
『ロリエール:ありがとうございます! ありがとうございます!』
『くのいち:うわぁああああ、みんなぁ!?』
『ネコ太:み、ミニャちゃーん!』
キャッキャキャッキャ!
この場にはすでに赤土人形はいないので、幸い死者は出ていない。しかし、これで死ぬのなら本望な賢者もいそうだ。
一頻り遊んだ後、お仕事が再開された。
お布団作りの最終工程は、先ほども説明した通りキルティング加工だ。
これはなかなか繊細な作業なので、ミニャにお布団を支えてもらいながら、賢者たちが針を通した。
『ネコ太:こうするとね、お布団の中に入れたコルンの繊維が片方に寄ったりしなくなるんだよ』
『くのいち:このお部屋に入っているコルンの繊維さんは、こっち側に行けなくなっちゃったでしょ?』
「ホントだ!」
わかりやすいように説明されて、ミニャはキルティングを理解した。
昼休憩からそう時間がかからずに、掛布団ができた。
賢者たちは、ミニャがいつも寝ている場所に干し草を敷き、その上にいま出来たばかりの掛布団を半分だけ開いて敷いた。シーツはまだない!
「ふぉおおお、これミニャが寝るとこ?」
『ネコ太:そうだよ』
「しゅげー……」
『くのいち:ミニャちゃん、さっそく入ってみて』
「いいの!?」
『くのいち:もちろん!』
ミニャはいそいそとお布団の中に入った。
ミニャが中に入ると、近衛隊たちが掛布団をかけてあげる。
ミニャは首から上だけをぴょこんと出して、目をランランと輝かせた。寝る人の目ではない。
「ふっかふか!」
その言葉に賢者たちはみんなでハイタッチ。
しかし、喜んでもいられない。
これは日本の布団を知らないミニャだから出た感想なのだ。
愛着のあまり盲目的になっていない冷静な賢者たちは、肌触りが良くないと思っていた。やはり、肌触りの良い布製品は糸からこだわらないとダメなようだ。
そもそも、敷布団が干し草のままなのは問題だ。
だが、掛布団を作ったことで織った布の大半が無くなってしまったので、また織らなければならない。なお、糸はまだまだ大量に残っている。
ミニャは初めてのお布団にキャッキャとはしゃいでいたが、ふいに電池が切れたようにコテンと眠り始めた。お昼寝タイムだ。ネムネムとのお絵描きは完全になし!
ミニャが寝てしまったので、近衛隊は下着とタオル、あとヘルメットの緩衝材を作り始めた。
下着はかぼちゃパンツで、タオルはパイル加工ではないので吸水力の少ない手拭いといった感じである。ヘルメットの緩衝材は、袋にコルンの繊維を詰めて柔らかくしたものだ。防御力は大して上がっていないだろうが、かぶり心地はアップしたはずだ。
これらに使用する布は、賢者式機織り機で作った物とは別に近衛隊が夜なべして作った特別な布だ。糸からこだわって作られており、肌触りはやはり布団よりも良かった。
こうして、ミニャをとりまく文明度はまたひとつレベルアップした。
一方、賢者たちは布作りに掛かったこの数日間で重要なプロジェクトを新たに進めていた。
それは下流探索。
賢者たちはついに森の出口とミニャ以外の異世界人を発見したのである。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想ありがとうございます。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




