2-13 賢者式機織り機 ★
本日もよろしくお願いします。
画像付きです。物の構造をラノベな文章で伝える難しさよ。
今日も朝の会が終わり、お仕事が始まった。
本日は、賢者たちがミニャと出会って1週間目。つまり土曜日である。
勤め人にとってウッキウキの1日だ。土曜出勤がある賢者にとっては辞めたいゲージが超加算される運命の日でもあった。
すでに踊りだしている近衛隊の賢者もいて、ミニャもつられてズンズンと手を振る。なんで踊っているのかミニャはわからないが、これは辛い1週間を乗り越えた賢者だけが踊ることができる歓喜と涙の踊りなのである。
『ネコ太:ミニャちゃん、今日は糸から布を作ります!』
「はーい!」
ミニャがテイーンと手を上げる。
『乙女騎士:ミニャちゃんは布の作り方を知っていますか?』
「うんとうんと、布は村のお姉さんが作ってた! こうやってぇ、こうやってぇ、こうやってぇ……こうっ!」
ミニャのダイナミック説明。まったくわからん。
しかし、一部の賢者はなんとなく理解した様子。
彼らをただのニートと思うなかれ。最近の賢者たちは、ミニャのためにニコチューブを見て色々な技術を必死で調べているのだ。糸作りが始まってからは、布の織り方に多くの賢者が興味を持っていた。
ミニャのダイナミック説明によると、おそらくミニャのいた村では高機を使っていなかったと思われる。高機というのは木組みの手織り機で椅子に座って行なうものだ。
一方、ミニャの村は地機を使っていたとミニャの説明からは読み取れた。地機は支柱に結んだ縦糸を、自分の腰に当てて行なう手織りのひとつだ。縦糸を結ぶ支柱さえあればどこでもできる手軽さはあるが、高機よりも手間が必要になる。
さて、ミニャのお家だが、糸作りをしたこの数日間で1部屋増えていた。
入り口を入ってすぐの場所に倉庫を作る予定だったのだが、そこが代わりに作業部屋になったのだ。入口を入ってすぐに作業部屋があるのは、奇しくも職人の家のような間取りである。
本日はそのお部屋での作業だ。
ミニャがそのお部屋に入ると、それはあった。
「ふぉおおお、にゃんだこれぇ! ねえねえ、なにこれなにこれぇ!?」
やはりミニャは機織り機を初めて見るようで、興味津々である。
『乙女騎士:ミニャちゃん、落ち着いてください! 危ないですよ!』
ドウドウとする近衛隊だが、ミニャの興奮は続く。
『竜胆:ミニャちゃん。これは賢者式機織り機だ』
「賢者式機織り機! つおそう!」
ミニャはピシャゴーンとした。
■賢者メモ 加工品■
『賢者式機織り機』
木材と石材によって作られた機織り機。
ペダル式機織り機の動力を賢者が補っている。幼女のミニャ、さらにそんなミニャよりも小さな賢者たちが一緒に機織りができるように作られている。
■・■・■
竜胆の説明が始まった。
そもそも布とはどういう構造をしているのか。
先史時代より世界中で行なわれてきたその基本は『平織』である。色々な織り方が発明された現在でも、この平織は当たり前に使われている。
平織がどういうものか説明すると。
まず何十本かの『縦糸』を並べてピンと張る。基本的にこの縦糸は以降、動かない。
動かすのは『横糸』であり、縦糸に通していく。この際に、横糸が右から通される時は奇数本目を上、偶数本目を下、横糸が左から通される時は偶数本目を上、奇数本目を下、といったように互い違いに繰り返していく。
縦糸と横糸の色が違えば、完成した平織の布の織り目は市松模様に見えるだろう。
平織が編み出された古代では、きっと平らに並んだ縦糸を一本一本縫うように横糸を通して布を織ってきたことだろう。
しかし、賢い人はどの時代にもいるもので、『偶数本目と奇数本目を分けて一気に上下させれば早くね?』という発想で作られたのが綜絖やヘドルである。
先ほど『縦糸は動かない』と説明したが、綜絖やヘドルを使うと縦糸は物凄くアクティブに上下する。
特定の縦糸を、簡単な操作で一斉に上と下に別々に可動させ、そうして真ん中にできた隙間にこれまた簡単な操作で糸を通す、それが機織り機、つまり織機なのだ。
竜胆が開発した賢者式機織り機は、そんな機織りの歴史の中から知恵を拝借したものである。
条件は『人形サイズでも使える』『森の中にある物だけで作る』というもの。そのため、手を抜けるところはほとんど加工していない木材を使うなど、少し武骨な雰囲気があった。
賢者たちはわちゃわちゃと機織りの準備を始めた。
『竜胆:ミニャちゃん、賢者たちがどんな作業をしているのか見ておくんだよ。特にこの縦糸を準備している賢者たちの仕事は、この道具の重要なポイントの一つだ』
「んっ!」
竜胆に教えられて、ミニャはキリッとした。
機織り機に張られた縦糸は、何らかの仕組みで激しく上下に動く。
賢者式機織り機では、この仕組みにヘドルという海外の機織りの道具を採用した。
日本の機織り機でいうなら綜絖にあたる部分なのだが、綜絖は材料に乏しい賢者たちにとって製作難易度が高かったため、ヘドルにしている。
ヘドルは、柵のような形状をした板である。
柵の棒の真ん中に穴が空いており、そこに奇数本目の糸を通す。そして、柵と柵の間の何もない空間に偶数本目の糸を通す。
こうすることで、柵と柵の間にある偶数本目の糸はヘドルの影響を受けないが、穴を通った奇数本目の糸はヘドルの動きに合わせて上下に動くようになる。
このヘドルは2枚あり、前後で並んでおり、2枚目は1枚目と全く逆の糸の通し方をする。
ヘドルの1枚目が上に行った際に、2枚目が下に行くと、偶数と奇数の糸の真ん中に良い感じの隙間ができることになる。ここに横糸を通すのだ。
それぞれのヘドルの動きは紐と滑車で制御され、賢者がハンドルを回すことで紐が少しだけ巻き取られ、2枚のヘドルを上下に動かすことができるようになっていた。
縦糸の準備が整うと、賢者たちが実際に使って見せてくれた。
賢者がハンドルを半周ほど回す。
すると紐が巻き取られて、1枚目のヘドルが上がり、2枚目のヘドルが下がった。これは2枚のヘドルの下に滑車があり、紐で連動しているのだ。
今度はハンドルを戻すと、1枚目と2枚目のヘドルの高さが自動的に逆転した。これは単純な仕組みで錘がついているのだ。
これらの上下運動の際には、カッコンとストッパーが利いた音が鳴った。
「ふぉおおおおお!」
『ネコ太:おーっ!』
『乙女騎士:す、すごーっ!』
一斉に動く縦糸の様子に、ミニャと近衛隊は目を真ん丸にしてパチパチパチと拍手した。
特にミニャは初めて見るその仕組みに大興奮だ。
次に、シャトル。日本語で言うなら杼。
船のような形の木の中に糸が巻かれた棒が内蔵されたもので、あとはそれを滑らせるための板もセットになっている。このシャトルは、シュッと移動させると船の側面から糸が出てくる仕組みである。とっても便利。
シャトルが滑るための板には縦糸を漉く櫛がセットでついている。いわゆる筬というものだ。
横糸をそのままにするとよくわからないものができあがるので、通された横糸はこの櫛で必ず手前に詰めていかなければならないのだ。
『竜胆:ミニャちゃん、それじゃあよーくやり方を見ているんだよ』
「はーい!」
ミニャが元気にお返事するので、竜胆は各員に合図を送った。
その合図を見て、小さな人形たちが力を合わせて布を織り始めた。
ヘドル係が紐を引っ張れば滑車が回り、ヘドルが上下する。それと同時に縦糸もまた一斉に上下した。
シャトル係がシャトルを縦糸の隙間で滑らせると、縦糸の間に一気に横糸が通された。
最後に筬係が横糸を櫛で手前に寄せることで、あっという間に一列目ができあがった。
「にゃ、にゃんですと!」
ミニャは自分のすぐ前でいきなり綺麗に糸が通されたことに吃驚仰天!
しかしそれだけでは終わらない。
ヘドル係が紐を弛めることで縦糸の偶数本目と奇数本目が上下に入れ替わり、その間にまたできた隙間へ横糸がシュッと通された。
「っ! っっ!」
ミニャはパチパチパチと夢中で手を叩いた。
すんごい仕組みだと大喜びの様子。
『竜胆:それじゃあミニャちゃん、シャトルを動かすのをやってみようか』
「みゃっ! やう! ミニャ、やうよ!」
こんな凄い仕事に自分も参加できることに、ミニャは大喜び。
そんなミニャの興味は明らかにシャトルにあった。
板の上をシュッと動くのを楽しそうに見ていたのである。
カッコンとストッパーが鳴り、「にゃしゅ!」とミニャがシャトルを滑らせる。
ちゃんとシャトルは縦糸の間を走り、向こう側に辿り着いた。
「ふぉおおおっ!」
ミニャは機織り機の前で手をブンブン振って大興奮。
始球式が終わり、ネコミミ機織り工場は創業した。
ミニャを楽しませる使命を帯びた賢者たちは、機織り機の部品になって働く。
「カッコン、にゃしゅ! トントントン! カッコン、にゃしゅ! トントントン!」
ミニャの歌に合わせて、機織りが進む。
カッコンでヘドルを動かす装置のストッパーが鳴り。
その音が鳴ると、ミニャが「にゃしゅ」とシャトルを飛ばしてトドメを刺す。
そして、トントントンと筬で横糸が揃えられる。
「カッコン、にゃしゅ! トントントン!」
『賢者一同:カッコン、にゃしゅ! トントントン!』
もうダメかもしれないねこの賢者たち。
【289、名無し:超楽しそうなんだが!?】
【290、名無し:ちくしょう、俺はなんで今日寝坊した!? 全部昨日の残業が悪い!】
【291、名無し:カッコン、にゃしゅ! トントントン!】
【292、名無し:コーヒーを淹れに行ったんだけど、リズムが頭から離れない呪いにかかってた。カッコン、にゃしゅ! トントントン!】
【293、名無し:愚か者が。それは祝福だ】
ミニャちゃん機織り工場は憧れの職場なのである。
途中でシャトルの糸の交換や部品賢者を交代しながら、機織りは順調に進む。
糸が太いので、1時間ほど作業するとちょっとした布とわかる程度になり始めた。
ミニャはそれが嬉しいようで、楽しそうにシャトルを動かし続ける。
機織り作業は賢者たちに割と好評で、ミニャがお昼寝中も頑張って働いた。
自分たちが働いた成果が、すぐ近くで形になるのが良いのかもしれない。
現代はシステマチックすぎて、自分たちが作っている部品が具体的にどんな物になるのかわからない人は大勢いる。もちろん入社時には写真などを見せられて説明されるが、それは酷く遠くの話に思えるのだ。
その点、ネコミミ機織り工場はすぐ近くでモリモリと布が出来上がり、その布は今後召喚されたら高頻度で見ることになるものだ。これが賢者的にやりがいを感じさせているのだろう。
あと、勤務時間が人生の大半ではないというのもポイントとして高い。
宿っている人形にもよるが、数時間でクエストが終わるので気楽なのである。
『カーマイン:かなり順調ですね。調べていたよりも布を織る速度も早い』
ミニャちゃんの働きぶりを見て、カーマインが言う。
『竜胆:カッコン、にゃしゅ! トントントン!』
竜胆もあいきぅが下がっていた。
『カーマイン:あ、あの竜胆さん?』
『竜胆:ハッ!? え、なんだい?』
『カーマイン:いえ、大したことじゃないんですが、布を織る速度が予想以上に早いと思いまして』
『竜胆:あー、それはおそらく糸が太く、硬いからだろうね。絹のような細い糸ではこうはいかないよ』
『カーマイン:なるほど、たしかにそうですね』
『竜胆:なんにせよ、また一歩文明度が上がった』
休憩を挟みつつ、みんなでミニャちゃん工場長の定時まで働いて、ひとまず布が完成した。
幅50cm、長さ140cmほどの布だ。
最初の1時間は慣れない作業で15cm程度しか織れなかったが、最後の方は1時間でおよそ25cmを作れるようになった。
「おー、服だ……」
『乙女騎士:ミニャちゃん、これは服ではなく布ですよ。これから服や手ぬぐいなどいろいろ作れるんです』
「そうとも言うかもしんない」
子供にありがちな言葉の間違いが正されつつも、ミニャは布が出来上がってとても嬉しそうだ。
端の糸の処理がされたので、ミニャは布を持ち上げた。
「ふぉおおお!」
目をキラキラさせるミニャの足元で、近衛隊たちも布の品質をチェック。
硬い糸を使っているのでゴザのような硬い手触りになるかもと心配していた賢者もいたが、出来上がりは割と柔らかい。
「これで賢者様たちの服も作る?」
ミニャがそう言うと、賢者たちはハッとした。
賢者たちはミニャのために布を作っていたため、その発想は300人もいるのに誰一人として持っていなかったのだ。
『乙女騎士:え、えーっと、まずはミニャちゃんの生活用品からですね。私たちの服も作るかもしれませんが、それはあとです』
「でもでも、賢者様たち裸だし、寒くなーい?」
ミニャ的に賢者たちは裸らしかった。
実際にフィギュアもツルを巻いているだけなので、あながち間違いではない。
『乙女騎士:寒くはありませんよ。大丈夫です!』
『ネコ太:そうだよ、私たちはぜーんぜん平気! だから、まずはミニャちゃんのお布団とかを揃えようね』
「そっかー。わかった! じゃあねぇ、ミニャ、賢者様たちの服が作れるようになるまで頑張る!」
『ネコ太:ふわぁあああ、ミニャちゃーん!』
『乙女騎士:バイトでの疲労が消し飛びますぅ!』
そう宣言するミニャに感動した近衛隊が、わーっとミニャに突撃した。限りなくホワイト任務である。
この日を境に、しばらくはミニャのお仕事は機織りになった。
まずはお布団とタオルと自分の服。そして、目標は賢者たちの服だった。
とはいえ、幼女に働かせ続けるのも現代人としてアレなので、ミニャちゃん工場長の就業時間は朝の会からお昼までになった。賢者? 無限に働く。
ミニャはお昼ご飯を食べ終わると、そのあとはずっと自由時間である。
お昼寝しても良し、賢者たちが作った玩具で遊ぶも良し、賢者たちのお仕事を手伝うも良し。
こうして機織りができるようになったが、賢者たちの間で布作りのプチブームが起こった。
布を作るのは賢者式機織り機のような高機である必要はない。四角い枠に縦糸を張り、横糸を通せば布は織れるのだ。もちろん、賢者式機織り機よりもずっと手間がかかるが。
特に近衛隊はミニャが就寝すると、夜なべする母の如く、せっせと布を織るのだった。
少しずつミニャの周りの文明度は上がっていった。
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【賢者式機織り機】
※一部、滑車の支え、骨組みの接続部分などは全体像がわからなくなるので省略。また、手前の木材は半透明化されています。
この機織り機にはあと筬もつきますが、技術不足のため省略!
また、賢者は服を着ていますが、本来はツルです。ツルの服を作るのは時間が掛りすぎるのでご容赦ください。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告もありがとうございます。




