1-31 遠方探索隊
本日もよろしくお願いします。
『サガ:よっしゃー、できた!』
『サトル:さっそく浮かべてみよう!』
大はしゃぎの工作班たち。
彼らの一部は昨晩から人形作りを一時中断し、あるものを作っていた。
それは木を彫り出して作った全長50cm、幅15cmほどのカヌーである。形状はカナディアンカヌーに近い。船の上部は昨日手に入れたコルンの樹皮でカバーされており、水の侵入を防ぐ形になっている。
座席は3席で、シングルブレードのパドルも3本ついている。ちなみに、シングルブレードとは水かきが棒の片方にだけついているパドルだ。棒の両側に水かきがついているみんなの憧れはダブルブレードパドルとなる。
さっそく川まで行って使用してみると、ちゃんと浮かぶことが確認できた。
ただ、浮かぶのと運用できるのは別問題だ。笹船だって浮かぶのだから。人形サイズで作られたこのカヌーがちゃんと川下りできるかは試してみなければわからなかった。
カヌーを回収し、再び拠点へ。
『ネコ太:ミニャちゃん、今日はこれからこの船に乗って、賢者さんたちが遠くまで探索に行くんだって!』
「にゃんですと!」
これは朝礼でミニャ自身が説明していた特別な任務なのだが、どんな任務なのかをミニャは知らなかった。
ミニャは賢者たちに護衛されながら、河原へと移動した。
子供はこういうのが好きだろうと、賢者たちはミニャにカヌーの出航を見せてあげようと思ってのことである。もちろん、見張りによってゴブリンが近くにはいないことを確認済みだ。
その場でミニャ直々に賢者たちが召喚されていく。
メンバーは覇王鈴木、ブレイド、水神王。それぞれ、雷、風、水属性だ。
使用されるのは、昨晩のうちに作成された石製人形たち。それが3人分と、さらに控えとして1体の石製人形が足元に乗せられている。
「いいないいなぁ! ミニャもお船に乗りたいなぁ!」
カヌーに乗り込む賢者たちを見て、ミニャが目をキラキラさせて無邪気に言う。
それを見た賢者たちは不憫に思い、いずれは乗せてあげようと決意を新たにした。
『覇王鈴木:行ってきます!』
『ブレイド:必ず任務を成功させます!』
『水神王:行ってくるよーっ!』
座席は前から順番に、覇王鈴木、ブレイド、水神王。
いざ出航!
「ふぉおおおお!」
大興奮でカヌーを追いかけて駆けだそうとするミニャ。
『ネコ太:ミニャちゃん止まって止まって!』
『雷光龍:引っ張れぇ!』
『賢者一同:オーエス! オーエス!』
賢者たちは予め結んでおいたツルを引っ張った。掛け声が古い。たぶん、小学校の運動会から更新されていないのだろう。
ツルはミニャの腰に結ばれており、ミニャはむぎゅうとした。
「にゃぐぅ!」
『ネコ太:ミニャちゃん、ウインドウで覇王鈴木たちの様子が見られるんだよ。お家に帰って観よう?』
「あっ、そだった! じゃあ帰る!」
ミニャはいそいそと帰り、特等席である覇王鈴木の生放送を視聴するのだった。
ミニャたちに見送られ、3人は船旅に出る。
『覇王鈴木:わ、割と! 揺れるな!?』
『水神王:激流に入ったらこんなもんじゃないぞ!』
『ブレイド:げ、激流はどのくらいなんだ!?』
『水神王:この船じゃバランスが取れなくて転覆だな!』
『覇王鈴木&ブレイド:えーっ!?』
300人の賢者たちの中で、この水神王だけがカヌーやカヤックの扱いに長けていた。というかカヌー部に入っていたアウトドア派だ。他? 大体はインドアである。
『水神王:右に漕いで!』
『水神王:パドル止めて!』
カヌーとカヤックの違いは、カヌーは水かきが片側のパドルに対して、カヤックは両側に水かきがあるパドルを使う。賢者たちが使っているのは、片側のパドルだ。
賢者たちは声を出せないため、水神王が一番前で見本を見せたいところだが、カヌーは一番後ろに乗る人の漕ぐ影響力が一番大きい。右に漕げば左に船は進み、左に漕げば右に船は進む。
覇王鈴木やブレイドのウインドウに水神王のフキダシのコメントが流れるが、反応はあまり良くなかった。
ド素人の覇王鈴木とブレイドはあわあわと必死である。
一方の水神王は器用なもので、ウインドウに流れてくる2人の悲鳴コメントを見ながら楽しそうにパドルを漕いだ。
『覇王鈴木:ぎゃーっ! 岩、岩!』
『水神王:大丈夫だ!』
『ブレイド:やべ、吐きそう!』
『水神王:吐くような体じゃないから頑張れ!』
小人化している賢者たちにとって、少し流れが速くなればそれはもう激流だった。人間にとっても激流と言える場所に入れば、おそらく一瞬で飲まれるだろう。
カヌーはバッシャバッシャと揺れ、覇王鈴木とブレイドは途中から船縁に掴まるしかできなくなった。人選ミスか。いや、大体はこんなものだろう。
『覇王鈴木:おいおいおいおい、マジかよ!?』
先頭に乗る覇王鈴木の視線の先で、川の水が大きな白波を立てていた。カヌーはあっという間にその地点まで流れ、白波に乗り上げる。
『覇王鈴木&ブレイド:ぎゃーっ!』
『水神王:ひゃっほーい!』
3人にとってザッパーンと着水した気分だが、人間サイズが見ればジャブン程度。この白波も覇王鈴木にとっては座っている自分の頭よりも大きな波だったが、人ならば「白いところあるやん」と認識する程度のちっぽけなものだった。
だが、人間サイズで語るべきではないだろう。その人が体験していることが全てなのだから、これは3人にとっては紛れもなく大アドベンチャーだった。
『覇王鈴木:誰だよこんなの企画したヤツ!』
『水神王:俺さ!』
『覇王鈴木:おーっととっと、本人が近くにいた!』
『水神王:おい、2人とも! 敵だ!』
『覇王鈴木&ブレイド:ぎゃーっ!』
激流を抜けて一時的に穏やかな流れに出ると、2人は文句を言いだした。
そんな2人に水神王が注意喚起する。
それは水棲のイタチのような生物だった。
カヌーを見るなり川岸から水に入り、体をうねらせて泳いでくる。
『覇王鈴木:野郎! こちとら雷属性やぞ!』
『水神王:待て待て! 雷を落としたらこっちもダメージが入るかもしれない! ブレイドが対処して!』
『ブレイド:お、俺か!? よーし! ウインドボール!』
シュオンと小気味いい音を鳴らして風の球体が水面を弾く。それに驚いてくれたのか、イタチっぽい生き物はカヌーを追うのを止めて逃げていく。
『ブレイド:しゃーっ! 一昨日来やがれってんだ!』
『水神王:それよりも次の急流がくるぞ!』
『覇王鈴木&ブレイド:うわぁーっ!』
大騒ぎである。
彼らの生放送を見る賢者たちはこの冒険の様子に大喜び。覇王鈴木たちの無様な姿にキャッキャだ。自分が乗ったら同じようなものだろうに。
ミニャも大変に喜んで、手をブンブン振って大興奮。
白波に乗り上げると、ミニャも背筋をふわーっと伸ばして、着水と同時にストンと腰を落ち着ける。レースゲームをやっている子のようなリアクションだ。
それからも急流に入ったり、動物に襲われたりしながら、川下りをしていく。
30分ほど下ると一行はカヌーを接岸させた。
『水神王:この辺りでいいだろう』
『覇王鈴木:や、やっと30分か……』
『ブレイド:こんなに疲れたのは生まれて初めてかもしれん……』
『覇王鈴木:それで、どれくらい下った?』
『水神王:うーん、どうだろう。結構流れが速かったけど人形で体験したことだから、周りの風景がでかすぎて感覚が狂うんだよな。大体3kmくらいじゃないか? 下手すりゃ2kmだな』
『ブレイド:30分でそれだけ移動したなら上々だな』
『水神王:じゃあ早いところ任務を遂行しよう』
3人はカヌーから降りて、カヌーを茂みに隠した。
≪覇王鈴木:ニーテスト、見てるか? 入れ替えを頼む≫
≪ニーテスト:了解≫
チャットルームで要請を出してしばらくすると、まずは控えの人形1体に生産属性の賢者が宿った。
『覇王鈴木:それじゃあ、俺たちは引っ込むから』
カヌー班の3人は帰還し、そうして空いた3体の人形に生産属性の賢者たちが宿る。
この4人は協力して、新しく2体の石製人形を作った。
その石製人形2体に生産属性の賢者が宿ることで、この地点で人形を増やしていくことになる。
『ウォッカ:よし、ステア、張り切って作っていこうぜ!』
『ステア:オッケー、ウォッカ!』
この2人の賢者がここで人形を増やすアダムとイブである。ウォッカとステアという賢者が宿ったのだが、この2人はリアルでも夫婦であった。旦那がミニャのオモチャ箱を発見し、奥さんをすぐに登録させたのである。若い夫婦で昨晩はせっかくの土曜だったのに、2人はミニャのオモチャ箱に夢中だった。なんにせよ、リア充である。
2人がここで作る人形によってこの地域に秘密工房が作られ、ひっそりと増殖していくことになるだろう。怖い。
ウォッカとステアが作業を開始する傍らで、カヌー班の4体の人形の活動時間をしばらく回復させる。
回復が終わったら、改めて3体の人形に賢者を宿して出発だ。
『ウォッカ:頑張ってなー!』
そんな激励を受けたのは、先ほどとは違う新メンバーだった。水神王だけは外せないが、他の賢者は交代してもあまり問題がないためだ。
船旅が再開され、そこからは先ほどの焼き写し、悲鳴と楽しそうなコメントが乱舞する冒険だ。
ただ、地形には変化が見られる。石が散らばる岸だけではなく、崖となった渓谷や川辺にすぐ草木が茂る場所もあった。
一か所だけ1mくらいの滝があり、そこはカヌーから降りて下まで担いで運ぶことになった。
出発から40分ほど渓流を下った。途中で人形作りをしたが、川下りだけで考えると合わせて1時間の旅だ。正確には1時間10分程度の旅になるが、10分は滝を降りるのに使ったため除外。
そろそろ2つ目の秘密工房を作ろうかという時のことだった。
『水神王:ん? あっ、ヤバい! 左に全力で漕いで!』
『カムシーン:うぉおおおお、これって滝の音か!?』
『水神王:すまん、気づくのが遅れた!』
『平社員:ぎゃー! 死ぬ死ぬ!』
賢者たちの行く先には空が見えていた。
ドドドドッと聞こえるのは明らかに滝の音。
3人は必死にパドルを漕ぐが流れが速すぎてどんどん滝に近づいていく。スプーンより少し大きいくらいの水かきしか持たないパドルでは、もはやどうやっても進路が変わらなくなってしまった。
『水神王:これは無理だ! ニーテスト、脱出プランを発動する!』
水神王がコメントした瞬間、予備の石製人形に賢者が宿った。
『サバイバー:びっくりするほどピンチだね!』
『水神王:サバイバーか!』
どうやら脱出プランの発動によって、予備の石製人形にサバイバーが宿ったようだ。
サバイバーはカヌーに乗る賢者たちを岸辺に向かって1人ずつぶん投げた。
『平社員:こんな乱暴にされたの満員電車以来だよ!』
『カムシーン:いつもじゃねえか、社畜! って言ってる場合か!』
『水神王:サバイバー、早く来い!』
3人をぶん投げたサバイバーだが、足場が悪すぎて踏ん張りが利かない様子。それでも何とかジャンプするが、飛距離が足りずに川に落ちた。
『平社員:やべ、サバイバー!』
『水神王:待て! そっちはニーテストに任せろ! 俺たちはカヌーを壊すぞ!』
『カムシーン:そうだった! ウインドボール!』
『水神王:すまん、相棒! ウォーターボール!』
下流に流されたカヌーを誰かに発見されたら、どう思われるかわからない。だから、カヌーは必ず岸にあげるか破壊することになっていた。
賢者たちの魔法の連打で、カヌーは一気に木片に変化した。
その姿を見て、水神王は悔しい気持ちになった。短い時間とはいえ、最高に楽しい時間を共にした相棒だったので、すでに愛着があったのだ。
しかし、黙祷を捧げている時間はない。
サバイバーが川に沈んでいるのである。
『水神王:おい、ニーテスト、サバイバーは!?』
スレッドに向かって問いかけると、すぐにニーテストから返信が来た。
【451、ニーテスト:大丈夫だ。もう出てくる】
その返信からしばらくして、少し下流からサバイバーが這い上がってきた。
森の中をピョンピョン跳んでいた人物とは思えないほど、這う這うの体で這い出たといった様子だ。
『水神王:大丈夫か!?』
『サバイバー:川底の石ころになった気分だったよ。いやー、貴重な体験だった』
石製人形なので浮かび上がれず、ならば水底を歩こうと立ち上がれば水流で転がった。岸辺までもう少しだったので出てくることができたが、川の真ん中に落ちたらサバイバーを以てしても送還に頼っていたことだろう。
『水神王:なにはともあれ良かった。俺のプランで人死にとか最悪だからな』
『サバイバー:ははっ、それはそうだ』
水神王に手を貸してもらい、サバイバーは立ち上がる。
4人は気持ちを切り替えた。
『水神王:ふぅ、残念だがここまでだな』
『サバイバー:いや、結構な距離を下ったはずだし上等だよ。時間的に5、6kmくらいかな?』
『平社員:そうだよ。少なくともこの範囲の川沿いに人工物がないってわかったのはかなり大きな成果だと思うぜ? ウチの会社なら社長からバシバシ背中叩かれて、仕事増やされてるだろうな』
『カムシーン:すっげぇ嫌な会社に勤めてんな、お前。だけど、平社員の言う通りだぞ。マジですげぇ成果だよ。だから気を落とすなって』
『水神王:うーん、そう……かもな』
『平社員:なあ、最後に滝の向こう側を見ておかないか。案外、町が見えるかもしれないぜ』
『水神王:ああ……ああ。そうだな!』
4人は、滝の向こう側が見える場所まで移動した。
滝は30mほどとかなり高く、下に生えている木々よりも若干高い位置にある。そんな場所から見える光景はなかなかに絶景だった。
見える景色は一面が森である。
2kmと4kmほど先の2か所にそれぞれ標高200m程度の小山があり、見通しを遮っていた。小山もその周りも森が広がり、先の様子はそれ以上わからない。
川はその2つの小山の間を流れ、どこかへと続いているようだった。
『水神王:まだまだあるなー』
水神王はその光景を見て、やれやれとばかりに肩をすくめた。
しかし、その道中が長ければ長いほどに彼の活躍の場は増えるので、どこか嬉しそうである。
『平社員:ここってアマゾンみたいな感じなのかな?』
『カムシーン:いや、さすがにそれはないだろ。アマゾンってアホほど広いんだぜ? それに熱帯雨林って感じでもないし』
『平社員:でも、未開地の多い時代なら広い森だってあると思うんだよ。今の日本の平野だって縄文時代とかなら森ばっかりだったんじゃね? 知らんけど』
『カムシーン:まあそういう規模ならありえるかもな』
『サバイバー:なんにせよ、ミニャちゃんの森からの脱出は結構骨が折れそうだね』
『水神王:なあ、サバイバー。仮に魔物なんかの邪魔がないとすれば、ミニャちゃんの足で森の外までどのくらい掛かりそうだ? そうだな、森の外まで20kmくらいだと仮定しようか』
『サバイバー:森の中の様子がわからないから、さすがに分からないね。この滝やあそこの小山以外に高低差がある森ではないからあまりきつそうには見えないかもしれないけど、いざ歩いてみれば倒木や岩場があって疲労を溜めるだろう』
『平社員:でもさ、俺たちってミニャちゃんのスペックを知らないよな。猫獣人だし、俺たちの本体よりも遥かにピョンピョン移動するかもしれないぜ?』
『サバイバー:ははっ、それは確かにね。なんにせよ、俺たちは力をつけなくちゃならないだろう。そうしなければ抜け出す選択肢すら取れないからね』
ひとまず、賢者たちは滝の上に秘密工房を作ることにした。
森の外に向かうためのセーブポイントだ。
重要な情報を手に入れ、こうして水神王が率いる第1回目の遠方探索は大成功に終わるのだった。
■賢者メモ 地形■
『下流方面』
・5、6kmほど下流に大きな滝がある。
・下流方面約3km地点と大滝の上の2か所に秘密工房を建造。
・大滝からさらに下流には小山が2つあり、先の見通しを遮っている。
・昨晩聞こえた狼の遠吠えは、この大滝の下からしたものと考察。
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