7章閑話 とある一家の家庭訪問
本日もよろしくお願いします。
時は八鳥村の大規模オフ会が開かれる数日前のこと。
「お母さん。明日の仕事は夕方までだよね?」
「そうよ。どうしたの?」
「それじゃあ明日の夕ご飯は僕が作るよ」
「まあ、本当? いつもありがとう」
母子家庭のこの家族は、母は24時間営業のスーパーの店員さん、息子は中学生。
息子は昼勤も夜勤もして忙しい母親のために、こうしてよく家事をしてくれていた。ところが、今日の息子が続ける言葉はいつもと少し違った。
「それでね、明日の夕飯には友達を呼びたいんだ。いいかな?」
「まあまあまあっ、お友達!?」
息子が友達を呼ぶなんて初めてのことだった。
ここに引っ越して半年ほど。昨今は珍しくないものの母子家庭だし、それが原因で学校で上手くいっているか、いつも心配をしていた母親だが、どうやら自分の杞憂だったのだと心がポカポカする気分だった。
そして、翌日のこと。
母親は勤務を終えてワクワクしながら帰宅すると、息子が台所に立っていた。食材が綺麗に皿に並べられているところからみて、どうやらお肉の鍋だということがわかった。
「まあっ、お鍋にするのね」
「うん。凄く美味しいって評判なんだよ」
「それは楽しみねぇ」
ざっと見回すが、鍋のスープの素などもなく、どうやら調味料で味付けをする本格仕様のようだ。母親はきっとネットで得た情報だろうと勘違いした。このぐらいの歳の子だと、ネットで調べることと言ったらゲーム情報や若者の流行などばかりで、親や友達に振舞う料理を調べられる息子を誇らしく思った。
「お友達はまだなの?」
「18時くらいに来るって」
「あら、そうなのね」
母親は少し不思議に思った。
今は夏休みだし、昼から遊んで、ついでに夕飯を食べて帰るのが普通じゃないかしらと。
今時の子はわからないわね、と歳を感じる母親は33歳。今時の子を語るほど歳はとっていなかった。
「お手伝いする?」
「ううん。大丈夫だよ。ゆっくりしてて」
「それじゃあお願いね」
というわけで、時間は過ぎ、18時少し前。
アパートのインターホンが鳴らされた。
「あっ、来た! はいはーい!」
すぐに息子が玄関へ向かい、ドアを開けた。
息子が家に呼んだ初めてのお友達に、母親は『もしかしたら、子リスみたいに可愛い彼女が来ちゃうんじゃないかしら』とドッキドキ。
ざぁんねぇぇぇぇん……っ!
黒ずくめの男と人形を持った男とネコミミをつけたデブでした! 全員20歳を超えています!
「お母さん、紹介します! ヤミ兄ちゃんと髑髏丸さんとロリエールさんです!」
バーンッ!
中学生の息子・平和バトがやべえヤツ三人衆を自慢げに紹介した。
母親は断崖絶壁に立たされたような心境に陥って震えた。今日が自分と息子の幸せな時間が終わる日なのかもしれないと。
「あっ、いけない! みんな、ごめんなさい。火を使っているから台所に戻るね」
ここで平和バト、母親をまさかの放置!
母親は自分のことを優しげに見つめるネコミミデブの瞳に足をガクつかせ、闇の福音はマジかよアイツと慄いた。
「ハト殿の母君。紹介に預かりましたロリエールと申します。本日はお食事会にお招きいただき、ありがとうございます。あっ、こちらはお土産のケーキです」
「あ、あ、ありがとうございます……」
ネコミミデブからケーキの箱を受け取る母親の心臓は、さっきとは別の意味でドッキドキ。これを食べたらきっと急な睡魔に襲われるに違いないと。
「髑髏丸です。人形作家をしています。ハト君にはとても仲良くしてもらっています。お母さん、どうぞよろしくお願いします」
「に、人形作家さん? ま、まあ、道理で可愛らしいお人形を持っていると思いました」
髑髏丸の紹介を聞いて、母親の大丈夫かもしれないゲージが少し上昇した。
お人形さんはかなり陰鬱な目つきをしているが、そういうテイストの作家と言われたら納得もできる美麗さがある。そうなると、ネコミミデブの人も、もしかしたら芸術肌の変わった人なのかもしれない。
「ここ、こんに、んんっ、こんばんは。ヤミノです。えっと、対魔師をしています」
「対魔……師?」
母親の大丈夫かもしれないゲージに深刻なダメージ!
やっぱりツボを買わされるかもしれない……っ!
明らかに動揺している母親に、闇の福音は続けて言った。可愛い弟分の平和バトのために勇気を出したのだ。なお、母親は平和バトに似て、栗色の髪をした童顔気味のお母さんだった。
「えっと、こんな身なりですが、俺たちは怪しい者ではありません。正真正銘、ハトの友達……というか仲間なんです。よろしくお願いします」
闇の福音はそう言って頭を下げた。くはは笑いで闇の魔法を操って悪霊をぶっ倒す男だが、いまは肩を狭めてとても小さく見える。
今日の集いは平和バトにお願いされたことだった。
八鳥村のオフ会がもうすぐあるので、多くの賢者たちが家から巣立とうと、あるいは家族に打ち明けようとしている。
だから、平和バトもそろそろ母親に事情を話したいと思い、闇の福音に母への説明をお願いしたのだ。聞けば平和バトは母子家庭で、母親の苦労を少しでも軽くしてあげたいのだと言う。そして、数日後に迫った集団オフ会に胸を張って自分も参加したいのだそうだ。
ただ、闇の福音は女性を前にすると、木にくっついているカブトムシくらい静かになる性質があるので、髑髏丸とロリエールにも同席をお願いして、現状に至っていた。
しかしながら、完全に人選を間違えていると闇の福音は自覚しているので、こんなふうに頭を下げたのだ。
一方、その真摯な姿に母親は『この人はきっと不器用な人なんだ』と闇の福音のことを理解でき……るはずがないっ! 童顔な女性だが、大切な一人息子を守る母親はそんなに甘くないのだ。普通に警戒は継続。何かあれば身を挺して息子を逃がすくらいの気持ちを保った。
母親が覚悟を決めて3人が何者なのか、どういう目的なのか問おうと口を開きかけたその時、台所から平和バトの暢気な声がした。
「みんなー、できたよー。席に着いてくださーい」
家にいるからか、いつもは敬語の平和バトだがラフな言葉使い混じり。
卓上IHコンロの上に、鍋が乗る。
席についた母親は、ほかほかと湯気を立てる鍋を見て涙ぐむ。息子と2人で楽しく鍋をしたのは今年の冬のこと。引っ越したばかりのこのアパートでの鍋パーティ。そんなささやかな幸せの冬はもう来ないかもしれない。
それぞれが席に着き、鍋パーティが始まった。
鍋奉行は平和バト。遠慮気味の男3人と混乱中の母親の器にせっせと具材をよそい、楽しそうに世話を焼く。
「んっ、美味い!」
「ヤミ兄ちゃん、本当!? 良かったぁ!」
いただきますで食事が始まり、人数の都合でお誕生日席に座る闇の福音が舌鼓を打つ。
平和バトは男にしておくには惜しい笑顔でニコリと笑った。
「ああ、美味いな。ハト、この味付けは誰に教わったんだ?」
髑髏丸が言った。
「ラディッシュさんです。すき焼きは難しいだろうからって、魚粉を使った味付けを教えてもらいました」
「ラディッシュか。あいつの腕は本物だからな。良い選択だ」
「山菜と小エビのカクテルもとても美味しいですな。ハト殿は料理屋を開けますぞ」
「てへへ!」
などと、とっても楽しげに食事をする息子と男衆。
そんな光景に母親は混乱しつつも、せっかく息子がよそってくれたので、器に口をつけた。
「お、美味しい……え、本当に美味しいわ」
慎ましく生きているとはいえ、この歳までにいろいろな物を食べてきた母親を以てしても、これほど美味しい鍋のスープは飲んだことがなかった。
舌の準備が整い、母親はお肉を箸で摘まんだ。
豚とも牛とも違う、ほど良い噛み応えの肉。ひと噛みすれば口の中で出汁の染み込んだ肉の甘味が広がっていく。
「???」
母親の混乱に拍車がかかる。
自分の代わりに料理をしてくれる息子には、食費や生活雑貨用の共用財布の場所を教えていた。お小遣いというわけではなく、あくまでも食費などの費用だ。ちなみに、自身がスーパーで働いているため、そのお金もあまり減ることはない。
昨日、その財布を確認した時は3千円が入っていたので、そこに今日のため5千円を足しておいたが、果たして、それだけでこれほど美味しい鍋が5人前も作れるのか。それとも、息子が教えてもらったという調理法がそれほど美味しいものだったのか。
「お母さん、美味しい?」
「え、ええ。とても美味しいわ」
「良かったぁ!」
「でも、この食材をどうやって」という疑問を口に出さなかったのは、客の前でお金の話をするのは恥ずかしいという常識からだった。深まる母親の疑問を知らず、平和バトは無邪気に笑った。
それからも楽しい食事会は続く。ただし、母親だけは混乱中。
そんな母親を会話に入れるために、男衆が話題を振る。
「母君、ハト殿は大変勤勉ですな。仲間たちからもとても頼りにされております」
「な、仲間……?」
ロリエールがジャブを放ったので、続いて髑髏丸も口を開く。
「このくらいの歳だとすぐに調子に乗るものですが、ハト君はいつだって謙虚で勤勉です。師匠連中からもとても可愛がられていますよ」
「し、師匠……?」
自分の知らない息子の情報に母親は目を白黒させつつも、ご飯を食べる手は止まらない。美味しい。闇の福音もモグモグしながら気配を消す。お前は働け。
一方の平和バトは「てへへ」と照れ、話題の矛先を自分から逸らすように言った。
「お母さん、ヤミ兄ちゃんと髑髏丸さんはもっと凄いんだよ。この前なんてね、ニコチューブを作ったロバートさんとナオマサさんをオーストラリアで助けたんだ」
「ろ、ロバートさんとナオマサさん……?」
「そう、ロバートさんはニコチューブのCEOの人で、ナオマサさんは凄いプログラマーの人なんだ」
「しーいーおー」
「ロリエールさんもヴィヴィさんを救ったり、湖に落ちた子供を水の中に飛び込んで助けたり、とっても優しいんだ」
「ヴィヴィさん……湖に落ちた子供……」
一体なんの話をしているのか母親はもう訳が分からなかった。
そんな母親に髑髏丸が助け舟を出した。
「少し行儀が悪いかもしれませんが、この動画を見てください。お母さんに内緒でハト君がどういう活動をしてきたのか、その動画を見れば大体わかります」
髑髏丸はいつものキャリーケースからタブレットを出し、ニコチューブのミニャンジャ村開拓日記を再生した。
母親の前にタブレットスタンドを組んで、その前に置く。
母親は混乱しつつも、モグモグしながら動画を視聴し始めた。美味しい。
『ミニャはミニャです! 7歳です! 女神様の使徒で、ミニャンジャ村の村長さんです! よろしくお願いします!』
トロッコから降りたミニャのそんな自己紹介から始まった動画を母親に見せつつ、男衆は雑談しながら食事を続ける。
動画を一本見終わる頃、鍋パーティも一息ついた。
「その、不思議な動画ですね。……息子は動画制作か何かの活動を?」
ネコミミデブ、人形作家、そして新しい情報である動画が、母親の中でそんな説を生じさせる。黒ずくめの人も対魔師なんて言ってオタクっぽいし、きっとパソコンに強い人なのだろうと。パソコンに強い人への風評被害だ。
「そのことでお母さんに話があるんだ。そのために3人に来てもらったんだよ」
平和バトがそう切り出し、母親はゴクリと喉を鳴らした。
一体どんな話が飛び出してくるのか。場合によっては毅然とした態度で彼らを拒絶し、息子を叱らなければならない。
「ヤミ兄ちゃん。説明してもらっていい?」
「あ、ああ。……いや、こういうのは髑髏丸が得意だから、髑髏丸、頼む」
「じゃあ髑髏丸さん、お願いします」
友達から説明役をぶん投げられた髑髏丸だが、実際にこの中で一番適性が高いのでその役を引き受けた。
「お母さん……いや、今さらですが、なんとお呼びすればいいですか?」
「え、えっと、それでしたら鳩崎と」
そう、平和バトの苗字は鳩崎だった。
だから、母親も男たちが息子を『ハト』と呼ぶことに対して、そこまで疑問に思わなかったのだ。なお、見ず知らずの男に下の名前で呼ばせるようなことはしない現実。
「では、鳩崎さん。平和バト、俺たちがハトと呼んでいる息子さんとの出会いと、これまでどのように交流してきたかを話させていただきます。同時に、これは鳩崎さんの人生を大きく変える話です。押しかけている身で無礼な物言いですが、心して聞いてください」
「っっっ」
感情の読めない髑髏丸の淡々とした説明に、鳩崎は息を呑んだ。
「ロリエール、なんか使ってくれ」
「では、ライトを」
ロリエールは指先からライトの魔法を出して空中にふわりと浮かべた。
光そのものが空中に浮かぶという現象に、鳩崎は「……え?」と目を瞬かせた。
「ヤミノ、お前もなにか使え」
「俺もか。それじゃあ、闇の剣で」
闇の福音は立ち上がり、闇の剣を出現させた。
剣の形をした物が出てきたので鳩崎が体を硬直させたため、闇の福音はヤバいと思ってすぐに引っ込めた。オタク君はチョイスが悪い。しかし、絶賛中二病の中にある平和バトのウケはすこぶる良くキャッキャしている。
「す、すみません。びっくりさせるつもりはなかったんです。こういう……ですね? こういうことができます」
闇の福音は改めて闇の棒を出して、すぐに消した。上手くできなくて、ちょっとしょんぼり。
「とまあ、こんなふうに。我々は魔法使いなのです。正確に言えば賢者ですが」
「ま、魔法使い……賢者……」
「お母さん、僕も賢者の1人なんだよ。回復を司る賢者」
「か、回復を司る賢者……?」
「うん。お母さんは5月くらいから、疲れが取れて体の調子が凄く良いって喜んでたでしょ?」
「え、ええ」
実際に鳩崎はここ最近とても調子が良かった。
ある日を境に手足のむくみが取れ、どれだけ仕事が忙しくても疲労を翌日に持ち越すことがなくなり、まるで十代に戻ったように気力が溢れていた。
「それはお母さんが寝ている時に、僕がこっそり回復魔法をかけていたからなんだ」
平和バトはそう言って母親の手を取って、疲労回復の魔法をかけた。
息子の手と自分の手が温かな光に包まれたかと思うと、鳩崎の体から今日の仕事の疲労が吹き飛んだ。
「こ、こんなことが……」
驚く母親に、平和バトは無邪気に笑った。
平和バトは疲労回復についてしか言及していないが、実際には、体や魂に対して回復魔法でできる様々な施術を行なっていた。気力が漲っているのは、体と魂の両方が最善の状態になっているからであった。
「さて、鳩崎さん」
髑髏丸が現実に引き戻す。
「俺たちとハトが出会ったのは、今年の3月28日のことです。異世界の女神パトラ様が日本人から300人を選び、異世界の少女ミニャちゃんを助けるために異世界へ行く権利を与えました。ハトと我々は、その300人に選ばれた1人なのです。そう、我々の魔法の力はこの出来事に由来しています」
そこから始まった不思議な物語。
それは先ほど見せてもらった動画の始まりの物語。
鳩崎は息子から受けた回復魔法の温かみの残滓を手に感じながら、髑髏丸の話に耳を傾けた。
「はわー」
初めての異世界体験をした一児の母がほえーと茫然。
闇の福音はちょっと萌えた。この男、女なら弟分の母親でもいけた。だが、女性に声を掛けられないという致命的な欠点があるので無害。
「お母さん、楽しかった?」
平和バトの言葉に、鳩崎和美改め、賢者ナゴミはハッとした。
「あ、あの……あの世界は本物?」
「そうだよ!」
そう言った平和バトや男三人衆の前にはウインドウが浮いており、すでに非日常に足を踏み入れていることがわかる。
「さて、鳩崎さん。これからのことを話しましょう」
髑髏丸が仕切る。ずっと気配を消している闇の福音と違い、とても頼りになる男である。
コクコクと頷くナゴミに、髑髏丸は回復属性の危険性を語る。
そして、この件は国もあてにはできないこと、誰にも言ってはならないことを、とくとくと語って聞かせた。
「あなたはスーパーの従業員ということですが、最強女神教団は出来高制ですが給料も出しています。ハトはあなたの扶養から外れないためにお仕事ポイントをお金に変えていませんが、彼は月に60万以上を稼げるポテンシャルを持っています。そして、それはあなたも同様です」
平和バトは、目を真ん丸にして驚く母親に向けて、えっへんと胸を張った。
学生賢者は親の扶養から外れないように、慎重にお仕事ポイントをお金に変えている。そのため、ポイントを貯めこんでいる学生賢者は多い。バイトすらできない年齢の平和バトはその筆頭と言えた。
「まあ、今この場であれこれを詰め込んでも理解できないでしょう。クエストを受けて異世界へ行き、いろいろな体験をしてください。我々とハトがミニャちゃんとミニャンジャ村のためにどのような活動をしてきたか、ぜひその目でご覧ください」
こうして、親子で賢者をする家庭がまたひとつ誕生した。
ナゴミは家事をして支えてくれる息子の助けを得ながら、言われた通りに空いた時間でクエストを受け、時には息子や息子の友人たちの過去動画を視聴して、最強女神教団の活動を学んでいく。
衝撃的だったのは、ルミーを死の病から救い、死亡したエルトを蘇生した息子の姿。保護対象だと思っていた息子は、多くの仲間たちと出会い、その優しい心に魔法の力を携えて、大きく成長していたのだ。
そして、8月の下旬に、世間は大変な事件の話題が持ちきりになる。
獄松組の終焉とその関係者の逮捕劇だ。
その関係者の中には一般企業どころか警察官など政府関係者も複数人含まれており、ナゴミは髑髏丸が言うように本当に国が信用できなかったのだと知って、最強女神教団への信頼を強めるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




