7-34 ドングリ拾い
本日もよろしくお願いします。
森イカを食べてから数日後のこと。
「今日はドングリ拾いをします!」
ついにこの日がやってきた。
毎日の日課である女神像への参拝でもドングリが落ちているのを見かけ、その都度ミニャたちが拾っていたので、ドングリを拾うという行為自体はすでに何度もやっている。しかし、イベント化は今日が初めてだ。
「ミニャちゃん、たくさんドングリ拾ってどうするの? ネックレス作るの?」
マールが尋ねた。
「ネックレスも作りたいけど、賢者様が美味しい物を作ってくれるんだって」
「えーっ、頑張る!」
マールのやる気が変わり、ミニャはうむぅと頷いた。料理番賢者の責任が重くなった瞬間である。
ドングリ拾いを行なう場所は女神像がある林だ。ここは賢者たちが手入れをしている林なので歩きやすく、茂みも少ないのでドングリ拾いには丁度良い。
「キノコを見つけても触っちゃダメだからねー!」
「「「はーい!」」」
ミニャは秋になった頃にこの注意をよくするようになった。狩人だった母親に何度も言い聞かされてきたのだろう。
子供たちは賢者たちから布袋を貰い、いつものお散歩道から逸れて、林の中に散ってドングリ拾いを始めた。
それぞれにはお付きの賢者がついていき、不測の事態に備える。すでに周りの木が伐採されて女神の森から孤立した林になっているので安全度は高いため、少し過保護なようだが、ぶっちゃけ一緒に遊びたいだけである。大人の世界はつれぇんだ。
「これ! シイアの実、美味しいヤツ!」
「わぁ、ホント?」
「うん。殻を剥くのも楽しいんだよ」
ドングリマスターのミニャが賢者や近くの子に教えてあげる。
シイアの実はシイの実のような小さなドングリだった。地球でも甘みのあるドングリはあるので、ミニャがはしゃぐこのドングリもそういう種なのかもしれない。
ミニャはその場に布袋を置き、賢者たちと一緒にせっせと小さなドングリを集める。
『カナデ:これはどうやって食べるんですか?』
「これはねぇ、お鍋で焼くとヒビが入るの。そこをグッて押すとパキッて割れるんだよ」
『カナデ:へえ、楽しそうですね』
「うん!」
銀行頭取の娘であるカナデはそんな体験したことがない。一方のミニャは村娘だったので自然のことはとてもよく知っていた。ちなみに、ミニャはお鍋で焼くと言っているが、正確にはフライパンで炒るものだ。
『ナオマサ:そのまんまシイの実みたいな感じかな』
ミニャの近くで一緒にドングリを集めていたプログラマーのナオマサが、その手に抱えるシイアの実を見て言う。
『ロバート:へえ、ナオマサもそんな知識があるのか』
『ナオマサ:さすがの僕もキーボードを持って生まれてきたわけじゃないからね。子供の頃は近所の神社でドングリ拾いをしたものさ』
オッサンな賢者は子供の遊びに付き合うことで、郷愁に浸る。
そんな賢者たちがせっせと集めることで、ドングリはどんどん集まっていく。
「ミニャお姉ちゃっ! あっちでおっきなドングリ拾った!」
「クマの実だ!」
尻尾をブンブン振りながらルミーが持ってきたのは、ピンポン玉を少し小さくしたくらいの、ドングリにしては大きな実だった。
「これ、クマの実っていうの?」
「そうだよ。大きいからクマさんが食べるんだって」
「はえー、クマさんかー。ルミー見たことないなー。つおい?」
「うーん、ミニャも死んでるクマさんしか見たことないなー。すんごい大きいの。お母さんはミニャなんてペロリって食べちゃうって言ってた」
ミニャは死んでいるクマなら見たことがあった。狩人だった母親が仕留めてきたのだ。
「きゅーん、こわい……」
「大丈夫だよ。賢者様も冒険者さんもいるし。クマさんなんてすぐにやっつけちゃうから」
「やっつけられる?」
ルミーが足元の賢者に問うた。
『闇人:うむ、任せておくがいい』
足元にいた闇人は胸を張って頷いた。本日の闇人はルミー護衛班なのだ。
それを見たルミーは「よかったー」と笑った。
その様子を生配信で見ていた賢者たちは議論する。
【289、名無し:守らなければ!】
【290、名無し:実際のところどうなんだ?】
【291、名無し:水晶鹿とか、シカ系の魔物でもあのレベルで強いしな。動物のクマならともかく、魔物のクマの強さは想像がつかないな】
【292、名無し:本体の闇人や覇王鈴木ならヒグマでも殺れちまいそうだけど、人形状態で相手が魔物のクマとなるとわからんな】
【293、名無し:セラさんに聞いたことがあるけど、俺たちなら集団でかかれば魔物のクマでも勝てるって話だけどな】
【294、名無し:ネコ忍を含めた全賢者を投入して勝てない一頭の魔物って想像がつかないよな。相手も群れならわかるけど】
【295、名無し:各種文献とニャロクーンさんの話から分析して、ドラゴンはまだ無理だと考えられてはいるな。邪竜と呼ばれるヤツは、武力特化の女神の使徒がやっと倒したらしいし、女神の使徒1年生のミニャちゃんと異世界1年生の俺たちでは無理だろうな】
【296、名無し:私はまだ新人で情報を追い切れてないんですけど、邪竜ってそんなに強いんですか?】
【297、名無し:邪竜というかドラゴンが強いらしいな。人に不利益をもたらすドラゴンを人が勝手に邪竜と呼んでいるだけで、邪竜も他のドラゴンも強さはあまり変わらんとニャロクーンさんは言ってた】
【298、名無し:他にも滅茶苦茶強い魔物はいるみたいだけど、そういうのは女神の森の奥深くにいるらしい。ちなみにニャロクーンさん曰く、ミニャンジャ村は表層も表層だって】
【299、名無し:まあ、そういう伝説レベルが来たら、影潜りで移動してダンジョンへ避難が一番だよ】
【300、リッド:それよりも大きなドングリだし、工作のインスピレーションが湧くよねー】
【301、名無し:やじろべえとか?】
【302、リッド:それもいいけど、ペイントして、モグちゃん人形なんかを作るのでも面白いかな】
【303、名無し:めっちゃ良いですやん!】
賢者たちはいろいろな想定をしているのだ。話し合いが好きなだけとも言う。
「ミニャお姉ちゃん、穴が開いてるドングリ見つけた!」
ミニャの下には年少組がすぐにやってきて、発見を報告してくる。いま来たのはクレアだ。
「それはねー、虫さんが食べちゃったヤツだよ。まだ中にいるかも」
「そうなんだ。中にいるかなー?」
クレアが期待した眼差しで穴の中をジーッと見つめる。ミニャンジャ村の子供の虫耐性は凄いのだ。
その傍らで、近衛賢者たちは不安な眼差しで自分が持っているドングリを確認した。
『くのいち:ハッ!?』
近衛賢者のくのいちは、持っているドングリに穴を発見。
すると、穴の中から小さな幼虫が『呼んだ?』と出てきて、くのいちはビクッとした。
しかし、そこはプロ。くのいちは足をガクつかせつつも、テイッと茂みに投げておいた。
「クレアちゃん、穴が開いているのは食べられないから捨てるんだよ」
「わかった!」
クレアもポイッとドングリを捨て、ドングリ拾いを再開した。
『ネコ太:ミニャちゃんはドングリ拾いが上手だね』
「でしょー。ミニャが住んでたおウチの周りにねー、ドングリの木がたくさんあったの。それをお友達と一緒に拾ったんだ」
『ネコ太:そっかー』
「みんなどうしてるかなー。元気にしてるかなー」
ミニャはそう言って少し遠い目をした。
『ネコ太:きっと元気にしているよ』
「そうかも!」
ミニャはニコパと笑い、その笑顔を向けられた賢者たちは少し切ない気持ちになった。
「むむぅ!」
賢者たちを切ない気持ちにさせたミニャだが、すぐに何かを発見。賢者たちも気持ちを切り替えて、何を発見したのか注目した。
「面白いヤツだ! 賢者様、見ててね」
ミニャは地面からヒョイとそれを拾い上げると、空中にポイッと投げた。
すると、まるでプロペラのようにクルクルと回りながら落下した。
『ネムネム:なんだこれ、すげー!』
『ハナ:わぁ、モミジの種みたいですね』
『ネムネム:え。モミジの種ってあんな感じなの? 地球の植物なのに?』
『ハナ:そうですよ。翼果っていうんです。モミジだけでなく、結構いろいろな木が翼果を作りますね』
『ネムネム:へえ、地球の植物もやるもんだな』
ミニャはまた種を拾い上げて、賢者たちの頭上高くに放る。紅葉と子供たちの笑い声の中で、翼果はクルクルと回りながら賢者たちの下へと落ちてくる。賢者たちがワーッとそれを追いかけ、ミニャはキャッキャと笑った。
そんなふうに、ミニャは秋を楽しみながらドングリを拾った。
何時間もする遊びではないので、1時間半ほどで終了。
賢者たちの手伝いもあって、どの子の布袋もかなりの量が入っており、みんなニコニコだ。
「へえ、いっぱい拾ってきたわねぇ」
ゴザの上に広げられたたくさんのドングリを見て、村のお姉さんが感心したように言う。
「これルミーが拾ったの! クマさんの実!」
「わぁ、おっきなドングリね」
「わふぅ!」
「ねえねえ、見て見て。帽子被ってるの!」
そんなふうに自慢に夢中で戦力外のキッズもいるが、ミニャたちはドングリの仕分け作業をせっせと行なう。何種類かのドングリがあり、それを分けているのだ。
さらにそれを一つずつ賢者たちが植物鑑定をして、間違いがないか調べる。日本の話となるが、シイの実と猛毒のシキミの実を間違えて食べて酷い食中毒を起こす事例もある。子供が採ってきたものなので、ある程度注意が必要なのだ。
とはいえ、そもそも毒性の強い植物は女神の像の林からほとんど排除してしまったので、おかしな偶然でも起きない限りは混じっていることはないはずだ。
ドングリの帽子がついたまま持ってきている物も多くあり、飾る分はそのままにして、食べる分は帽子を取る作業も行なう。子供たちは帽子をつけたまま採ってきて誇らしげにするあたり、とても可愛らしいと思う賢者たちである。
「こっちのヤツは灰汁を抜くの」
ゴザに座って率先して仕分けするミニャは、そんな知識を披露する。そういった知識のない子供たちはふむふむとお勉強。
ドングリは何種類かあり、灰汁抜きが必要な種類もあった。クマの実などはそれにあたり、シイアの実はそのまま炒れば良いようだった。
「でも、ミニャ、灰汁の抜き方はよく知らないんだ。賢者様は知ってる?」
『トマトン:うん、知ってるよ。任せておいて』
「お願いします! でもさー、賢者様。灰汁ってなぁに?」
『トマトン:食べ物に入っている苦味とか渋味とか臭みとか、そういうものをひっくるめた呼び方かな。これらを抜くと料理が美味しくなるの。ドングリの場合は渋みとえぐ味を抜く感じになるね』
「あー、そういうのかー」
ミニャは大人が使っていた言葉なので知っていたようだが、実際にはどんなものかは知らなかった様子。トマトンから聞いて、ひとつ賢くなった。
分別作業が終わった。
ミニャが美味しいと言っていたシイアの実がたくさん採れており、今度はそれを水が入ったバケツの中に入れた。
しばらく待っていると、いくつかのシイアの実が浮かんできた。
「あっ、これは虫さんが食べちゃってるからダメ」
ミニャが言う。
「そうなの?」
「うん。虫さんが食べたドングリは水に浮いちゃうんだって」
「あっ、また浮いた!」
子供たちが浮いたドングリをひょいと取り除き、選別を続ける。
そうして選り分けたシイアの実をよく洗い、いよいよ調理が始まった。
せっかくなのでお外で調理。
『トマトン:ミニャちゃん、やってごらん』
「いいの!?」
『トマトン:うん、簡単だからね』
「やる!」
コンロは2つ用意したので、もう片方はスノーにやらせてあげる。
フライパンにシイアの実を入れ、フタをして、あとはゆっくりとフライパンを動かすだけ。
この大任を任されたミニャはフライパンの柄を両手持ちして、一生懸命やっている。スノーの方は子供4人のご飯を作っていた経験があるので片手で気軽なものだ。
「ジャラジャラしとる」
フタの中でシイアの実が転がるのを手で感じ、ミニャは楽しそうにする。
しばらくすると、スノーの方でポンッと音がした。
「ポンッてした!」
「ポンッてしたーっ!」
ミニャの目が真ん丸になり、見学している子供たちがぴょんと跳ねる。
『ナオマサ:ああ、懐かしいな。そういえばこんなだったな』
ナオマサがシイの実拾いから続くエピソードを思い出して懐かしむと、今度は別の賢者が反応した。
『ショージ:ほう、ナオマサ君は若いのにドングリを食べたことがあるんですか?』
『ナオマサ:若いって言っても僕ももう40代ですよ。子供の頃に拾ってきて、祖母に炒ってもらったのを思い出しました』
『ショージ:奇遇ですね。私も丁度祖母の背中を思い出していたところです。もう4、50年も前ですか』
『ナオマサ:味ももう覚えちゃいませんが、情景だけはよく覚えているんですよね』
『ショージ:ああ、確かに味はもう思い出せませんね』
やはり田舎の遊びは賢者たちを郷愁に浸らせる効果があった。
次第に香ばしい香りが漂い始めた。
フタの内側でもポンポンと殻が弾ける音が連続して鳴り、子供たちはキャッキャ。このフタはガラス製ではないので、中の様子はこの音だけで判断するしかない。
『トマトン:そろそろ良いかな?』
「もういいの?」
『トマトン:うん、あまりやりすぎると硬くなっちゃうからね』
2人はフライパンを持ち上げると、シイアの実を木の器に移す。
炒られたシイアの実は縦に亀裂が入っており、ナッツ類特有の甘い香りを漂わせていた。
『ネコ太:熱いからまだ触っちゃダメだよ』
皿の前に近衛賢者たちが立ちふさがり、子供たちは伸ばそうとしていた手をシュッと引っ込めた。
少し置いて冷ますと、いよいよ実食。
「こうやんの!」
ミニャはシイアの実を人差し指の横腹と親指の腹に挟んで、グッと力を入れた。それであっさりと殻が割れ、中からホクホクした黄色い果肉が出てきた。
ミニャはそれを口に放り入れ、モグモグ。
「んー、美味しい!」
賢者たちが作る手の込んだお菓子にはない素材そのままの素朴な味わい。
他の子供たちもさっそく真似をして食べ始める。
「あまーい!」
「賢者様、割れない!」
『くのいち:貸してごらん』
「きゅーん、ルミーも割れない! やってやって!」
『ネムネム:よーし、あたしがやってあげよう!』
子供たちの中には上手く割れない子もいるが、賢者たちがたくさんいるので問題ない。
「ロバートさんも食べて。はい、どーぞ」
『ロバート:あ、あわ……ありがたき幸せ!』
ミニャちゃん陛下御自ら殻を割ってくれたシイアの実を貰い、新人賢者は咽び泣く。
『ロバート:う、美味い! 婆ちゃんが作ってくれたクッキーの味がする!』
『ナオマサ:ズルいぞ、ロバート!』
そんなふうに、子供たちの手によって、テーブルの上で活動している賢者たちに餌付けがされる。とっても安上がり。
料理番賢者たちが追加で炒り、それを大人たちの席へ。
仕事の休憩がてらに来る人がほとんどだが、やはり大人だけあってパキパキと簡単に割って食べていく。大人たちからしても炒って食べるシイアの実は久しぶりのようで、楽しそうだ。
『ネコ太:ミニャちゃん、剥くのが上手だね』
「でしょー。ミニャ、ドングリを剥くの得意なんだもんね!」
そのセリフが聞けて、賢者たちは幸せな気分になった。
賑やかな席でせっせと殻を剥いて食べるミニャは、ふと色づく村の周りの景色を眺めた。
友達と紅葉の下でドングリを集めたコームの村での思い出が蘇る。
それは女神と出会わず、賢者たちもいない小さくも穏やかな世界。けれど、まだ母親がいて、友達と一緒にコームの村を駆け回っていた記憶。まだ7歳のミニャにとって、それはもうずいぶん昔のことのような思い出だった。
みんなも楽しくドングリ拾いができていたらいいな。
深まる秋の情景の中に、ミニャはかつて遊んだ友達を想うのだった。
第7章 ミニャの秋と賢者たちの地球暗躍 完
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