第十八話 被弾
体はその超音速の弾丸に弾き飛ばされ、がくん、と肩が後方に勢いよく回転した。転んだ体制からちょうど立ちあがろうとしていた私は、その勢いのまま頭を後ろに放り出すことになった。
地面に着く前に零吉が支えてくれたおかげで床に打つことはなかった。一瞬の安堵。
しかしその直後、肉の内側から滲み出てくる針の山が腕を貫き通すような激痛が突然湧き上がってきた。そして痛みをもってようやく初めて、私は彼に撃たれたのだと理解したのだ。
「うああぁっ...」
どくんと心臓が脈打つたび、溶岩で熱された針が骨を貫通して湧き上がるような錯覚を覚え、私は耐えきれなくなり喘ぎを漏らした。
肩の服から滲み出した、夜の闇の中でもはっきりわかる赤黒い絵の具のような液体が、袖の中の腕を滴って手のひらと地面を紅に染めていく。
目を閉じて食いしばり、必死に耐えようとするが、許容範囲を遥かに超える痛覚刺激は涙となって溢れ出た。
「くそ!今応急処置を...!」
零吉が止血するための包帯を懐から取り出す。羽織を下ろして服をはだけると、左肩の一点が黒くくすみ、周りが赤く染まっている。
弾は左肩の関節部位の少し右をそれ、腕側から貫通していた。弾が残っている形跡はない。
彼は慣れた手つきで包帯を二の腕越しに巻いていく。
「...っ!」
患部に布が触れ、さらなる痛みが走った。
「治療成分が練り込まれているものだ。痛みも幾分か和らぐはずだ」
その時、彼の後ろに人影が軽やかに着地した。空気をはらんだ黒い外套がふわりと落ち着き、彼は体制を整えた。
「健気ですね」
平然と言う。
「どうです?それ。なかなか良いでしょう」
「今は帰ってくれないか」
零吉が、私の腕に包帯を巻きながら、彼の話を遮るように言った。
「それはできない」
祿菟は言いながら、片方の拳銃に弾を込め直した。
「見て分かれ、今お前の相手をしてる暇はない」
巻き終わった包帯を手首に内蔵されたナイフで切り、接着用のテープを取り出す。
「私の銃は彼ら同様、殺害目的では設計されていません。先ほども言いましたが、これで死ぬことは本来無いのですよ。しかしーー」
「帰ってくれと言ってるんだ」
零吉が、振り返って祿菟の目をしっかり見据えた。
黒く、炭で塗りつぶしたような淡々とした瞳。
波のようなうねりを纏った黒髪は、首元で風に揺れている。喪服のような衣と漆黒の外套を纏うその姿は、さながら影の具現化のようだった。
「後でいくらでも殺してやる」
「そう邪険にする物でもありませんよ。先ほどプレゼントしたその弾、少し面白い細工をしてありましてね」
祿菟が楽しそうに言う。
蛇が這うような、企みに満ちた声。
ーー細工。
何かを感じ取り、振り返ると、はくれは小刻みに小さく震えていた。
肌は熱を帯び、呼吸が荒くなっていく。明らかに、痛みによる症状ではない。
...こんな短期間で、ここまで。
小さく開いた目には疲労が溜まっているのが見てとれた。
「ほんの少し、お薬を塗り込んでおいたんです。貫通時にどれだけ付着させられるか気になっていたのですが、上手く効いたようですね。十発中九発もあなたに防がれてしまうとは予想外でしたが」
嬉しそうに続ける。
「それ、私のもっているこれでしか解毒できないんですよ。もう一つ作るのにかかる時間は、丸一日といったところでしょうか...」
そう言って、懐から一つの瓶を取り出した。中には透明な液体が少量、男のふる指に合わせて揺れる波を作っている。
「何が言いたいか、もう分かるでしょう。放っておけば、彼女は徐々に呼吸が緩やかになり、十二時間以内に完全に停止します」
「...な...!死なないと言ったのは何だったんだ!」
零吉が激昂する。
「誰も、特別な弾が人を殺さないとは言っていません。さあ、選んでくださいよ。彼女を差し出すか、それとも墓をもう一つ作るのか」
「巫山戯るな!」
やつにはくれを渡したところで何をされるか分かったものではない。それに、俺たちは彼の最初の提案を断っている。今彼にはくれを託して、彼女が《・》戻ってくることはもはや保証されていないのだ。
完全無防備の状態で一人、危険な人物の元に赴かせるのはどうしてもできなかった。
しかしこのままでは彼女は確実に死んでしまう。解毒薬が本当に彼のもっているものだけで無かったとしても、悠長に探したり作っている時間はない。今の彼女を守るなら、提案に乗るのが最善策だった。
加速された思考の中で、もつれあう二つの結末が絡まりながら、零吉を縛っていた。
どうする......?
その時、はくれが腕を握るのが分かった。
口を小さく動かし、何かを伝えようとしている。
耳を寄せると、彼女は言葉を一つ一つ摘み取るように呟いた。
機械仕掛けの目が大きく見開かれる。




