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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第二章 揺籃
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第十五話 提案



零吉が腕を広げながら、素早く私の前に立つ。私はその影に隠れて、彼の裾を掴み、そっと顔を出した。



「そんなに驚かないでくださいよ。」



中央の男が手を広げて(なだ)めるように言った。その声だけ聞けば、慈愛に溢れた紳士のそれだ。ただ、その中に哀れみも皮肉も含まれているのははっきり分かったけど。


夜の帷は既に降りている。そいつらが降りてきたビルが横向きの巨大な影になり、暗転しつつある天球も相まりその男の姿を隠していた。


かろうじて分かるのは、零吉と同じくらいの高身長だということくらいか。他のメンバーは物騒なものを構えているのに、当の本人はいかついものは何も持っていないように見える。



「私の名は祿菟(ろくつ)。一介の研究者です」



眉間に皺を寄せながら矢津千が進み出る。


「お前...今度はなんのつもりだ?真逆こいつ(はくれ)に仕掛けたのもお前か?」


「そんな野蛮な事を私がすると?さっきの悪党達と私たちは別物ですよ。あなた方がここにいるという事を教えてもらったりはしましたがね」


彼が手を後ろで組みながら言った。


「今お前らが持ってるそれも十分野蛮じゃねぇか」鼻で笑いながら一人が持っている小銃を指差す。


「これは私が開発した()()()()です。これで君たちを殺すことはできないから安心しなさい、殺すために作ったわけじゃないからね」


おそらく笑みを浮かべて言ったのだろう。穏やか、安心感のある声で語りかける。


「何の用だ?」


零吉が腕を広げながら聞いた。


祿菟は後ろにいる者に指示し、人の頭ほどの大きさの袋を持ってこさせた。


「これを渡しに来たんですよ、拓巴」


その部下が矢津千の前に進み出る。ビルの影から出てもなお、深く被った軍帽に似た帽子のせいでその表情は見えない。


「それを君の妹に使ってやりなさい。一週間も経てば、その病は完治する。すぐに元の彼女が見られるようになるだろう」


「何だと?」


矢津千が驚愕と疑いの入り混じった声を上げる。


部下が袋を開き、中を見せた。


からり、という音がした。白い小さな石のような錠剤が、ラベルの貼られたいくつものガラス瓶に一つずつ入っている。


「...効き目は確かなんだろうな」


「もちろんですよ。私だって彼女をどうにかしたいと思っているのですから...」


手を広げて嬉しそうに言う。しかしなお、矢津千の表情は曇ったままだ。


「是非受け取ってください。効力は保証しますよ」



「何が狙いだ?」


矢津千が一際低い声で尋ねる。



祿菟はにわかに微笑んだ。天使の姿も悪魔の姿も、私には重なって見えた。



「少し協力してもらいたい事があるのです」



「協力?」


矢津千が訝しげに言う。


「誰がお前など......」


「私が用があるのはただ一人だけです」


矢津千の言葉を遮って、組んでいた右手ですっと指差した。



「そうそう、君」



......私?



「君、人間ですよね。見れば分かる。君は素晴らしい」


嫌な汗が首筋を伝った。汗を含んだ握る手が、零吉の裾に皺を増やした。



「...私をどうするつもりですか」



強張る小さな声で問いかけた。


ろくでもないあの光景が脳裏をよぎる。



祿菟は小さく笑うと、またあの優しい声で言った。



「君を貸してほしいのです...何、ほんの一日で終わりますよ。少し研究に付き合っていただきたいだけなのです。それが終われば、元通りの状態で彼らの元に帰れることを約束しますよ」



夜の風が人吹、私たちと彼の間を通り抜けた。


ーーその声は、慈愛に溢れ、どこまでも優しい。しかし今は、首元に当てられた氷柱(つらら)の剣のように思えてならなかった。



フリーズしかけた脳みそは溶けかけの氷菓子のようにぐちゃぐちゃになっていた。


...私を()()()、何をしようというのか。一日経てば元通りの状態で返してくれるとは言っているものの、どこまで信用して良いのか全然分からない。


彼の放った言葉はどす黒い掃き溜めのように、その場を漂った。









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