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鴉の章 終話

「うぉぉぉう!?」


 当たれば即死級の攻撃が頭上を掠めた。

 ヘッドスライディングしていなければ、サイハテの頭は粉々に砕け散っていたであろう一撃だ。追ってくる少女は新人類、新たな地上の支配者となるべき人種である。

 手術着の隙間から見えるピンク色のナニカや、一筋さんなどは気にしていられない。


「あれ……なんだか、体がおかしいな」


 そして少女の方は体に不調を訴え始めている、先程の打撃……中国拳法の浸透頸と言う内臓にダメージを与える技であるがようやく効いてきたのだ。

 腹部に鈍痛を感じて、目に見える位に動きが鈍っている。それでも彼女の膂力は人間を遥かに凌駕しており、捕まったら即死の鬼ごっこは続いている。少女の腕が振るわれる度に病院の壁が砕けて、床が抜ける。

 そして時間が経てば経つ程、少女は不利になっていく。サイハテの才覚は真似する事、それは相手の動きを読み切る事にも繋がる、視線の動き、筋肉の膨張、重心の取り方から間合いの読み方をサイハテは脳内に刻み込む。そこから導き出される最適解、その反対を行うだけでサイハテは攻撃をかわし続ける事が出来る。

 余談ではあるが、少女の力は巨大なショベルカーに匹敵する。人間には脅威で、鎧袖一触にされてしまう程恐ろしい力だ。だが、否、だからこそそのパワーを生かす為にどれだけの莫大なエネルギーが必要かをサイハテは読み切っていた。


「はぁ……! はぁ……!!」


 少女に嘗ての余裕はない、簡単な仕事のはずだったのだ。病院内に侵入してきた古臭い人類を遊び半分で狩り、手に入れた情報や武器などを本部から来る輸送部隊に渡すだけの簡単な仕事。自分の可愛らしい見た目と、それにそぐわぬ怪力で殺すだけのちょっとしたお仕事。

 相手は栄養失調と度重なる探索の疲労でまともな動きをする者はいなかった、圧倒的格下を狩るだけの簡単な仕事。そこに現れたのがサイハテと言うイレギュラー、サイハテは身体能力もさして高くなく、特殊なナノマシンも使用していないし、完全生身の、終末世界で言えば雑魚に分類される人間である。

 しかし、サイハテは幸運の放浪者(ラッキーワンダラー)である。少女達のリーダーと同じ過去の遺物、決して滅んだ世界にあってはならない者だ。過去の英知をその身体に宿し、古き人類に発展と繁栄を齎す新人類(ニューマ)の天敵、そして寄りにもよって、サイハテは戦闘技術などを詰め込まれた対終末世界マシーンのような男。

 少女は本能で理解する。


――――――こいつだけは、ここで殺しておかねばならない――――――


 愛するあの人の障害となりえる人物、少女は女の本能で理解する。

 この目の前で自分を翻弄する古き人類は、愛する人を殺す敵だと、少女の女の部分が告げるのだ。だから殺さないといけない。

 女性の本能と言うのは恐ろしい、特に少女が抱いている母性などは最悪だ。本当の意味で母になった女性は子供の為にならばなんだってする、それこそ、サイハテが行った大量殺人なども実行可能ならばするであろう。人と言う生き物が過酷な時代を生き残ってきた証左、己が遺伝子をつなぐ為、人類と言う種を存続させる為の防衛機能は、時には凶暴な攻撃装置と変貌を遂げる。

 少女は、死を覚悟した。

 何故なら少女がサイハテに勝てるチャンスは、最初の数分しか存在しなかったのだから、でも構うことはない。勝てないまでも、サイハテを殺す事は出来るのだから。

 女は他人の為に殺人を犯せる唯一の知的生物である。無償の愛、捧げる愛、少女は小さいながらも立派な女だった。この後に待っている幸せ全てを切り捨てて、あの人に捧げると決めてしまった。

 サイハテはどうやら屋上に誘導しようとしているらしい、ならばそれに乗って、あの手を使うしかないだろう。少女はほくそ笑む、サイハテは女の怖さを知らない。だったら教えてあげようじゃないか、例え殺されてこの身が朽ちても、敵を追い詰める女ならではの恐怖を!


(おかしい……)


 攻撃の苛烈さは増しているし、自分の目的が屋上である事がバレる事すら織り込み済みであった。なのに背後の少女はその目的に乗るように、サイハテを追い立てるのだ。まるで屋上に行けと言わんばかりの行動だ。


(何か目的があるな、だがそれがわからん)


 少女の人となりを判断するには情報が少なすぎた。

 変質的な愛情を他人に抱く事が出来ると言うのは解っている、しかしそれだけでは何も判断がつかない。

 サイハテは舌打ちをすると、屋上への階段を飛ぶようにして駆け上がっていくのだ。廊下を駆け抜けている時、ちらりとヘリが飛んできているのが見えた。恐らくヨーコが屋上で何かをしてくれたのだろう、そしてヨーコはサイハテが屋上に向かうと言うことを理解しているのだ。ならばヨーコはあのライフルで待ち伏せしているだろう。

 少女を捕獲するのは、大分楽そうであった。

 だが、サイハテの悪寒は止まらなかった。海外に居た時になんども感じたあの寒さ、首に刃でも突きつけられているような嫌悪感。サイハテはそれを振り払って、屋上の扉を蹴り開けるようにして屋上に踊り出た。

 息を一瞬で整えて少女を待ち受ける、案の定ヨーコは少女が出てくるドアから死角になる場所にポジショニングしている。それをカバーリングするようにハルカが立ち、カナタはサイハテのそばで唸り声を上げている。

 そして少女が屋上のドアを破壊せしめん威力で登場し、彼女は首を上に向けた。


《キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!》


 東京の空に響き渡る少女の叫び、空間が歪んで見える程の振動が空に向かって放たれている。戦いの前の雄叫びだろうか、それならば、その行動は無駄になってしまう。

 ヨーコのアサルトライフルから放たれた弾丸が少女の四肢をほぼ同時に撃ち抜いたのだ、しかも正確に関節をぶち抜いており、少女の四肢は二度と物を持つ事も、立ち上がる事も出来なさそうな位に破壊されてしまう。

 念の為に、サイハテは少女が倒れ臥すのとほぼ同時に動き、ワイヤーで少女の四肢を拘束する。空母の着艦ワイヤーだ、少女の力でも引き千切る事は難しいだろう。

 少女が何をしたかったのかは、サイハテには解らない。ほっと一息吐くと、フレアを燃え上らせて、旋回するヘリに合図してやる。合図を確認したヘリはゆっくり高度を落として、ヘリポートに着陸しようとしている。

 サイハテはぐったりとした少女を担ぎ上げて、近寄ってきたヨーコ達に笑顔で手を振って見せる。


「あまり無事じゃ無さそうね」


「ああ、今回もちょっとやばかった」


 アサルトライフルを持って寄ってきたヨーコは、心底ほっとしている。流石に今回はヤバかった、分断されてから敵の切り札の直撃、蓄積するダメージに故障したガスマスク。頑強な体を持つサイハテも今回はくたくただ。

 少女をヘリに積み込み、ハルカやカナタ、ヨーコもヘリに乗り、ヘリのローター回転が激しくなった頃にそいつは現れた。牛の頭とゴリラのような体を持つ巨人。何故興奮しているのかは理解できない、その巨人は巨体を揺らしながら病院に向かって突撃してきているのだ。

 ヘリのパイロットが奇声を上げて、機体を浮き上がらせる。ハルカが慌てて、捕獲した少女の体を抑えに走る。

 ヘリが浮き上がって、病院から離れようとする。巨人はすでに目の前だ。

 耳をつんざく轟音と、全身をシェイクされるような衝撃が襲いかかり、サイハテたちの体が機体内で浮き上がる、しかしサイハテはしっかりとヘリの座席にしがみついており、弾き飛ばされる事はない。自慢の筋力で耐えきる事が出来るからサイハテは大丈夫だった。

 ヘリの外に弾き飛ばされたのはヨーコとカナタだった、サイハテの目の前で、ヨーコは飛ばされながらも手を伸ばす。サイハテもヨーコを引き戻そうと手を伸ばす。

 その手は指先が触れ合っただけで、離れて行ってしまう。崩れる病院、舞い散る瓦礫の嵐にヨーコの体は消えて行ってしまう。


「陽子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 サイハテの悲痛な叫びが黄昏の空に木霊する。その背後でほくそ笑む少女、サイハテは姿勢を安定させたヘリパイロットに詰め寄ると、その胸倉を掴み上げた。


「おいっ!! ヘリを戻せ!!」


「無理だ! ミノタウロスが居る! 叩き落されてしまう!」


「それでもいい! ヘリを戻せぇ!!」


 胸倉を掴み上げて、悲鳴のような声で怒鳴るサイハテを、ハルカが引き離した。


「サイハテ様! いけません! すぐさま脱出しないと……わたくしたちがやられてしまいます!」


「陽子を置いていけと言うのか!! 俺だけでも飛び降りるぞ!!」


「いけません!! やめて下さいサイハテ様!!」


 鍛え上げられたサイハテの筋力も、戦闘用ロボットの馬力には勝てない。羽交い絞めにされたサイハテはばたばたと暴れて喚くだけしかできなかった。

今年は大晦日まで更新するよ。

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