7年目の氷解〈三日月〉
俺はその女の子の事が好きだった。
どことなくその黒目がちな瞳は母さんにも似ていたし、さらさらに揺れる長い髪をなびかせて新月と戯れてる姿はまるで雪の結晶の妖精のようだと思った。
その子のなまえは "小雪"
名前の通り、小さくて細くて雪みたいに白くて長い黒髪の女の子。
小雪はあくまでも弟の新月とだけ仲良しだった。小雪が信頼しているのは新月と実の兄の大鏡だけ。
声をかけたって俺とは遊ぼうとしないし、大概アニキの大鏡がしゃしゃり出て来て邪魔された。
俺は離れた所から小雪と新月が楽しそうに話しているのを見ているしかなかった。
小雪は俺より3つもチビのくせに俺たちの母さんの話し相手に当てがわれた。
当時、俺はどうしてお父さんはそんな無謀なことするんだろうと思っていた。
だって、たった5才の女の子だぜ?
当てがわれた母さんだって、最初は父さんの愛人の子どもなんじゃないかって疑っていたくらいだ。
独自ルートで調べてそうじゃ無いってわかってからは小雪をずいぶんと可愛がっていた。
そりゃそうだろうな。あの可愛らしさは周りを魅了する。しかも基本、従順な大人しい女の子で、わがまま言ってワーワー泣き叫ぶその辺のガキとは違っていたのも一因だろう。
母さんはまだ16才にして父さんと結婚して以来、度重なる父さんの不適切な女関係に悩まされて鬱気味だったと聞いている。
今の俺と同じ年で結婚しただなんて、ただの世間知らずのお嬢様のまま父さんにかっさわれたんだろう。1年半ほど前、疲れきってこの屋敷を去って行った時だって俺たちの母さんはまだ十分美しいままだったな‥‥‥
男腹の母さんは、突如自分の元にやって来た美少女を大変お気に召した。
それまで部屋に引きこもっていた母さんは徐々に変わっていった。父さんだけ見ていた母さんの視線は小雪にも向けられるようになったんだ。
小雪はまさに母さんの "よく出来てる生きた人形" だった。
かわいがればかわいがるほど自分になつき慕ってくれる。そして小雪は自分が使用人だとわきまえているからわがままや不満は言わない。
そして小雪は見たものの視線を集める美少女。あんな子を連れて歩けば羨望の的になるのは想定内。
母さんは小雪にマナーを仕込み始めた。外に出しても大丈夫なように。
小雪に高価なドレスを買い与え、おめかしさせて自分も着飾って街へ出るまでになった。美しい親子もどきを演じ、周囲の羨望を浴びるのが楽しいようだった。
小雪と母さんは実際並んでいると似ていたし、親子以外に見えなかった。きっと母さんも子どもの頃はこんな美少女だったに違いない。
小雪の癒しにより、おやじの女遊びのストレスから逃れ、何とか自分を保っていた母さん。
それなのに‥‥‥そんな時間もついに終わりを迎えることとなった。
ーーー小雪はタダ働き同然だ。なんて都合よく小雪の可愛らしさだけを搾取し続けていたんだろうなって、今になって思うよ、俺。
母さんはいいとこ取りだけして後は無責任に丸投げだったって。
母さんは出て行く2ヶ月前くらいから急に小雪を呼ばなくなった。
まだその時は鬱が長引いているんだろう‥‥と、それくらいにしか俺らは捉えていなかったんだ。
その母さんは、新月が中学合格し無事入学を見届けると、自分の荷物だけをまとめさせさっさとこの屋敷を去って行った。
俺は不思議に思っていた。
あんなにお気に入りの小雪を置いて、何も言わずに出て行ってしまうなんて。後から呼び寄せもしないし、連絡さえしてあげないなんて。
母さんが俺や新月に連絡を寄越さないのは想定内だ。
俺が物心ついた時にはすでに鬱気質だった母さんが俺と新月へかけた愛情は無くはないけど薄かった。俺たちから寄って行かなければ ほぼ相手にされなかったし。
そりゃ、俺だって新月だって寂しかったに決まってる。でも、もうそんな感情は過去だ。
俺たちのことはおやじに任せて母親業は卒業したんだろうな。
それでいいさ。それが成り行きだ。
おやじは当然ながら、出て行く母さんに俺たちを渡す訳がないし、俺たちだってここにいなきゃ将来約束されないし、当の母さんだっておやじのやり方で教育され おやじの血を引く俺たちを好んではいなかった。
でも、小雪は違うだろう。おやじの子どもじゃない。ただの拾った子どもだ。
お気に入りの小雪を使用人として連れていくなり、養女とするなりすればいいのにって思ってた。
母さんが連れて行きたければ連れて行けたはずだ。実家はそれなりに裕福で後ろ楯はあるんだ。
なのに‥‥‥なんで?
ずっとおかしいと思っていた。
だがな、俺はその謎も、あのおやじが捨て子の面倒を見るなんていう、珍しく後光が差すようなまねをした謎も先ほど解けたんだ。
小雪だけが俺たち兄弟の部屋で遊ぶ事を禁じられていた理由も。
さっきおやじのプライベートルームまで金をせびりに行って、すっげー驚いた。
白いドレスを着た小雪の可憐さに。そしてその手首を握ったおやじの手に。そのおやじのバスローブ姿に。小雪の履いていた赤いスリッパに。
小雪と俺のおやじって‥‥‥?
まさか。新月より年下だ。
もうこの屋敷の中では公然の秘密と化しているおやじの女遊び。
その赤いスリッパはおやじがこっそり自分の部屋に女を引き込む時のために用意されたスリッパだろ?
俺たちはガレージの通用口は知っている。おやじは敢えて話した事は無くとも俺たち兄弟はみんな知っている。俺らには立ち入り禁止区域だ。鍵だってかかっている。
特殊通用口の存在すら知らないのは使用人の下っぱのやつらだけだろう。
もうずーっと昔のこと。俺が新月とこっそりガレージに忍び込んで遊んでいた時の事だ。いつもより早くおやじの車が戻って来た。
俺らは焦ってもう1台止めてあった車の陰に隠れた。
後部座席から降りて来たのはおやじと‥‥‥‥
その時にすべて見ちまったんだ。新月と俺は。俺らには隠しているおやじの裏の姿。
見たくなかったな、俺。親のそういうの。
あの通路の使われる用途も知った。
あの普段見慣れない特別なスリッパは、たぶんおやじのお相手用だ。
それを小雪が履いていたんだ。
俺がずっとずっと想いを寄せていた女の子が。あの部屋でおやじに腕をつかまれて。




