秘密通路〈小雪〉
「今回は特別通路を通りましょう。ガレージの方へ」
五十嵐さんと私は一旦外に出て歩きます。
初めて履いたサンダルに靴擦れしそうな予感の私。
ガレージはお屋敷の裏側の端っこに、おまけの箱みたく くっついています。
私はお屋敷に来てもう7年目に入っているのですが、ガレージに入った事は無かったし、特別通路って初めて聞きました。
手前のシャッターとは別に横に出入口があって、五十嵐さんがキーの束からひとつ選んで扉の鍵を開けました。中には高級感溢れる黒い車が2台並んでいます。高そうです。
ピカピカに磨かれてて、触ったら怒られそう。
ここは天井も壁もコンクリートで出来ているようです。横には人は通れない幅で縦に細長い数本のスリットが入ってるので、そこから風が入り、明かりが差し込んでいるので、周りは困らない程度には見えてます。
でも薄暗いし、殺風景で地下室っぽくて、1人だったら怖いかも。外とは気温も違って空気もひんやりしています。
「こちらです」
促された先の、一番奥の横っちょに金属製の扉がありました。
これが特別通路の入口なの? もしかして旦那様の書斎とここが繋がっているの? なんだか秘密基地みたいで面白いね。
扉の鍵をガシャっと開け、引き抜いてからふと、何かを思いついたように五十嵐さんは動きを止めて、私の顔を見ました。
「つかぬことをお聞き致しますが‥‥‥」
「はい?」
なんだろ? そんな顔して見られたら緊張しちゃうじゃない?
「あの‥‥‥私は使用人部屋に関する事についてははほとんどノータッチでしてね、今まで気づかなかったのですが、小雪さんと大鏡くんはずいぶんと狭い部屋に入っていたのですね。」
なーんだ、そんなことか。何かと思って身構えちゃったわ。
「はい、確かに。私たちが来た時に空いていたのはその部屋しか無かったそうです。入居二日目にして家具が入ったら、お布団も1組しか敷けなくなったけど。でも大丈夫ですよ。特に問題は無いです」
「‥‥‥‥え? あの‥‥‥その‥‥‥では小雪さんは大鏡くんとひとつの床に?」
「はい、夏は暑苦しいけど、冬は暖かいです。何でも一長一短?って感じですね」
「‥‥‥‥」
五十嵐さんは扉のすぐ横にあるスイッチを押すと、扉のごくわずかな隙間から向こう側が明るくなったのがわかりました。
五十嵐さんは扉をサッと開くと私を先に中に誘いました。
「どうそ、中へ」
狭苦しい低い上がりかまち。そこに続くのは人がやっと一人通れるくらいの細い階段
壁に張りついた小さく簡素な三段の細い棚には黒と茶の革靴が一足つつ並んでいます。その上には深紅のベルベットに金糸のアルファベット文字が刺繍されたスリッパと1足と色違いの青いスリッパ1足、使用人仕様の内ばき2足が用意されています。
「そこで赤いスリッパに履き替えてください」
「はい。あの、私、こんな通路があるだなんて初めて知りました。どうしてこんなものが? 今日はどうしてこんな所を通って行くのですか?」
私は白いサンダルから豪華な赤いスリッパに履き替えながら、ドアを開いたまま押さえている五十嵐さんに尋ねました。
「ここは‥‥‥特別な時に使う通路です」
「特別な時?」
「‥‥‥そうですね、例えば大雨の日などは旦那様はここで車に乗り降りなさいます。正面玄関からよりも全く濡れずに済みますから」
「へぇー、そのためなのですね。便利ですね」
「ええ‥‥‥‥‥」
あれ? 私の質問、はぐらかされてるよね‥‥‥
私が階段を先に登って、後ろから五十嵐さんがついて来ました。
なんだか妙な感じです。
登りきってから突き当たり、跳ね返って短く狭い廊下があり、左側の壁に木で出来たドアがあります。
五十嵐さんが5回ノックして、『五十嵐でございます』と声をかけました。
間もなくカチャリ と、カギが開けられた音がして『どうぞ』と旦那様の声がしました。
五十嵐さんがドアを押すと‥‥‥‥‥
あれ? ここは何か見覚えがある‥‥‥そうよ、ここは書斎とドア一枚で繋がっている旦那様のプライベートルームだ!
お掃除のため、月に何度か入ることがあるのでわかりました。
ガレージからこんな所に直接繋がっているなんて!
旦那様のお部屋の、このただの壁の飾りだと思っていた大きなアイアンモチーフの縦長の壁飾りは実は秘密のドアのカモフラージュだったなんて!
ビックリしてキョロキョロしている私に旦那様が言いました。
「小雪、よく来てくれたね。ああ、とても似合っているじゃないか!」
私の肩に両手を置いてニコニコと私の顔を見ました。
「えっと、はい。素敵なお洋服をありがとうございます」
肩を持たれてしまってせっかく練習した予定の挨拶が出来ませんでした。
それにしても、旦那様も今日はお休みでくつろいでいたご様子です。
バスローブ姿に髪も洗いざらしで、いつものようにぺたーって固めて張りついていません。
なんだか違う人みたい。こんな姿、初めて見ました。
「旦那様、私はこれで失礼致します」
「ああ、ご苦労、五十嵐。さあ、小雪はそこのソファーにかけなさい」
私は言われるままに細長い3人掛けの深紅の優雅なソファーの真ん中に座りました。
五十嵐さんはお辞儀をすると今度は通常のドアから戻られるようです。
ドアを閉める瞬間、私と目が合いましたが、スッと反らしました。
なんだか色々変な感じです。
パタンとドアが閉められると、なんだかおいてけぼりにされたような不安な気持ちになってきました。




