第八話「勧誘―②」
城壁の上で縄に繋がれたままのリーが、ベルンブルグの街並みを眺めていた。
「……じっとしてろよ」
「お? おお……」
その拘束をヴァンが赤いナイフで切り裂く。
「なかなか便利やな。その能力」
「こんなのは手に入れたかった力じゃない……」
その赤のナイフは、元の液体に戻って右腕に戻っていく。
「ライネルもすでに解放した。これでお前達は自由の身だ」
しかし逃げる様子もなく、戦っているときとは打って変わったおとなしさだった。
「……じっちゃんは、間違っとったんやろか?」
「なぜだ?」
「じっちゃんは……人を疑うより、人をまず信じなさいといっとった。……オレは、レオンのにーちゃんやアスカのねーちゃんを信じた……やけど、二人ではこの五年間奴隷制度を撤廃させるまでにはいかなかった」
ジークヴェルトは完全軍事政権であり、ジークヴェルト騎士団は、貴族集団……いや、現在の日本でいうところの内閣と同じような組織と言っていい。
そのため、内閣総理大臣は騎士団長のレオンハルト=ジークヴェルト……ということになるのだが、日本でいうところの皇族……つまり王族は別にいる。
元老院と呼ばれる、ジークヴェルト騎士団より実質の支配権がある存在。それが王族ということになるのだが、実態は騎士団引退組で作られた組織で、それらは神と同列に扱われる。
立場的ポジションは日本の皇族と同じだが、政治に関与できるあたりが違うところと言ったところだ。
レオンハルトが奴隷制度撤廃を訴えているのに、実現できない理由がここにある。つまり、奴隷制度に賛同しているのが元老院というわけだ。
「……仕方ない部分があるのは、俺も知ってる……が、もはやそれもきれいごとでは済まない状態になってるのは、もうお前も知ってるんじゃないのか?」
「まぁな……せやけど、レオンのにーちゃん達が言うこともわかるんや。……やっぱ人殺しは……戦争はしとうない」
「……人を疑うより、人をまず信じなさい……か。その教えに従って、お前は前の戦争でジークヴェルトに付いた。だけど、お前も……その時には薄々気付いていたんだろ?」
「そりゃそうやろ……レオンのにーちゃんは嘘はつかん。アスカのねーちゃんも優しいし、ジークヴェルトにも、優しい人はいくらでもおった……。やけど、嘘つく奴らもぎょーさんおった。そんくらいはいくら十歳のガキでもわかるわ」
……そう。どんな国にも、優しい人。温かい人はいる。そんな国と戦うというのは、苦しいものだ。それが一部の嘘つきによって起こされたものであれば、なおさらだ。
「……俺達の国は、お前達が生きていた世界より、何世代も文化レベルが遅れているんだと。だから、テメェらの世界と同じ道をたどるのであれば、多くの国を巻き込んだ大戦争が起きるらしい」
「うん……オレが生きとった世界では、二度も世界大戦ってのが起きた……みんな殺しあったって、じっちゃんも言ってた」
ヴァンは、ガイウスからも現実世界の話を聞いていた。この異世界は現実世界で言う中世くらいの文化レベルらしい。現実世界と同じ道をたどるなら、これから同じような戦争が起きるということになる。
「多分……俺達はまだ、何もかも足りないんだろう。何度もぶつかりあって、歴史や経験を積まなければ、戦争なんてなくならない……奴隷もなくならない」
人の力など、ちっぽけなものだ。この世の誰もが戦争など起こしたくないと願っている。
だが、痛みを知らなければ、歴史は作られない。悲しい歴史も、つらい経験も、いずれは人々の英知となる。そう願って、あえて悪役を買った。
「……戦争を起こしたところで、争いも奴隷も形や名前を変えるだけよ。人は自分の周りの事しか知らないものなのだから。他人の苦しみを考える人間なんてそうはいないものだよ」
ヴァンの言葉に、後ろから現れたイリーナが口をはさむ。
「貿易戦争。自爆テロ、バイオテロに核開発。一般人のように飾られた奴隷のような労働者達……。見た目が変わっただけで、この世界の奴隷と本質は何も変わらない」
「……そうかもな。だが、間違い続けなければ、俺達は変われない……。俺は今の世界が正しいとは、どうしても思えない」
実際レオンハルトも、今は苦しい立場になってしまっている。
レオンハルトは現在、ジークヴェルト騎士団団長。そんな人間が元老院に反抗し奴隷反対を訴えるのは、周りから煙たがられるのも当然だ。貴族の中には、奴隷がいなければ資金繰りも成り立たない者もいる。奴隷省などが、それにあたる。
そりゃ自分の生活が成り立たなくなるっていうなら、それがどれだけ正しい言葉でも、拒否したくなるもんだ。
……それは、現実世界でも変わらない。犯罪と呼ばれようとも、間違えていると言われようとも、自分が生きていけないなら、平気で奪い取る。……それが人間の本性なのかもしれない。
「……だったら、戦うために何が必要か……あなたはそれを学ばねばならないわ。……でなければ、あなたは明日香に勝てないわ」
「……アスカ……四勇者の剣士か」
「……今向かってるジークヴェルトの軍隊を率いているのは、明日香よ……。あなたがその答えを手に入れない限り、明日香には勝てないわ」
*** *** ***
『アスカさん……どうしよう?』
アスカは、ライネルの言葉を一考した後、迫ってくるベルンブルグを睨みつける。
「死神……ヴァンか」
アスカが知ったのは、非人道的な大麻の計略を、ジークヴェルト側がおこなった事。奴隷の現状……ヴァンが戦う理由に至るまで、すべてを……。
『私……どうしたらいいのかな……』
「……それは、ライネルちゃんが決めることだと思うよ。どんな理由があるにせよ、レオンの言う通り、私達は遅すぎたんだと思うから……」
『アスカさんは……どうするの?』
その問いに、アスカは間髪入れずに答えた。
「私の答えは変わらない。……私は、あの人がこれまでどれだけ頑張ったのか知ってる……どれだけつらかったのかも知っている。だから……迷いたくない。……それに、二人は会ってはならない存在よ」
『……? 会ってはならない存在?』
「……二人が出会うとき……世界が終わるほどの危機が迫る……だから――――」
そこで、アスカは口を両手で押さえ、言葉の続きを押しとどめる。あらゆる意味で、それは言葉にしてはいけない事だった。
「と、とにかく……彼は私が倒す。彼さえ排除すれば、レヴォルは崩壊する」
『は……はい……』
「あなたがレヴォルについても…………私は恨まないわ。……たしかにそれは、とてもきれいな事だもの」
『…………』
そして、答えが出ないままが念話が切れた。
「そう……それは、とてもきれい。……だけど、それが正義とは思えない」
特に、ヴァンが戦いを願い、それで変革を望むのであれば、それを理由にレオンの立場を変えることができるかもしれない。味方につこうが、敵につこうが……ヴァン思いに誠意を向けることはできる。レオンも、同じことを考えているはずだから……。




