閑古堂に鳥は啼く
「あれ……誰もいないのか」
もう一度霖之助の名前を呼んでみる。
返事はない。どうやらどこかに出かけているようだった。
「ちぇっ。何だよ何だよ、店主が店を留守にしたら駄目じゃないか」
とは言っても、私だって霧雨魔法店を空けてここに来ているわけだから、そんなことをぼやく資格はない。
無人の香霖堂はいつにもまして古くさく、また寂しいように感じられた。写真を切り取ったような光景の中で、掛時計の音のみが時の流れを感じさせる。白く曇った窓からは鮮やかに夕日が差し込み、舞い上がる室内の埃をあらわにしていた。
ここに来れば誰かに会えるかと思ったのだが、まるっきりアテが外れた形だ。
「ま、いいか。ここで待ってればそのうち帰ってくるだろ」
誰に言うでもなく呟いて、私は店の奥にある上がり口へ腰を下ろす。普段からあまり外に出たがらない霖之助のこと、たとえ出かけたとしてもそう遠出はしないはずだ。それまで待つくらいの時間ならちっとも苦にならない。
勝手知ったる何とやらとはよく言ったもので、私は近くにあったストーブに火を入れ、部屋を暖めにかかる。手持ちのミニ八卦炉でも十分な暖房機能を期待できるが、それでも店のものを使うあたり私も強かにできている。
「……あれ。おかしいな」
いつもならすぐに稼動するはずのストーブは、この日に限って沈黙を守り続けていた。手にしたミニ八卦炉で何度点火しても動き出す気配はない。
「点け方が違うのかな……でも香霖はこんな感じで……」
外から流れてきた道具はどうにも勝手がわからなくて困る。何回も失敗を繰り返すうちに、段々と腹が立ってきた。
「ああ、もう。何で点かないんだよ……」
どうしても八卦炉だけは使いたくない。
けち臭いと笑わば笑え。私は小さい人間なんだ。
「このっ!」
イライラが臨界点に達した私は、八卦炉に強めの魔力を注ぎ込む。
その短気がいけなかった。
私としてはほんの少し火力を強めたつもりだったのだが、あにはからんや八卦炉は私の想像を遥かに超える大火力を発揮したのだった。
弱々しかった火はレーザーと形容すべき光線へとその姿を変え、ストーブを瞬く間に融解させるとさらなる獲物を求めて店の扉に直進した。
しかしながら、ハプニングはそれだけに終わらない。
「霖之助さーん。いるかしら?」
何とも間の悪いことに、霊夢が香霖堂へと顔を出したのだった。
豪快に扉を開け放した彼女のもとに、高熱のレーザーが迫る。
「うわわ、霊夢危ない!」
ひょい。
「…………え?」
私は自分の目を疑った。
誰に想像ができただろうか。驚くことに霊夢は、空気を焼いて荒れ狂うレーザーをわずかな首の傾きだけで回避したのだった。
霊夢の背後に立つ大木が、幹の中ほどを焼き切られて倒れてゆく。そう。そういう結果を予想していたんだ、私は。
地面に叩きつけられた大木がもうもうと土煙を巻き上げる中、霊夢は何ということもなく店内に踏み入り、後ろ手に扉を閉めた。その余裕が末恐ろしくすらある。
「お、おい霊夢……」
「そうねえ……」
霊夢は人さし指をあごに当て、考え込む素振りを見せてから、
「そんな攻撃じゃ、私は殺せないんじゃない?」
まさかの疑問形だった。
「め、滅相もない」
……お手上げだ。
相変わらず、霊夢の考えることはわからない。