外出の理由
「事故?」
奥の戸棚から出してきたせんべいをかじりつつ、霊夢は首を傾げる。
「そうなんだよ。ストーブに火を点けようと思って八卦炉をいじってたんだが、ちょっと力加減を間違えちゃってな。だから故意にやったわけじゃないんだ」
「それこそ大問題よ。あの時は私だからよかったけど、もし帰ってきたのが霖之助さんだったらどうなっていたと思う?」
「今ごろ遺産の相続権で大もめだったろうな」
「そうじゃないでしょ!」
冷静すぎよ魔理沙、と霊夢が呆れた声で続ける。私は適当に相槌を打って、せんべいに手を伸ばした。
ストーブが溶けてしまったため、現在香霖堂を暖めているのは私の八卦炉だ。魔力になど頼らずここは素直に寒さを我慢することを提案したのだが、霊夢に全力で却下された。
「でもなんで今日に限って火が点かなかったんだろうな」
「燃料が足りなかったんじゃない?」
霊夢の指摘は、至極テキトーながらも的を得ているようだった。
「燃料ね……何を燃やすんだ? 薪じゃなさそうだしな」
「わかりようもないわね。その燃料がなかったから火が点かなかったわけだし、何より当のストーブがお釈迦じゃねえ」
「どうしよう……香霖に何て説明すればいいんだ……」
店の隅に置かれたストーブ(だったもの)はぐずぐずの鉄くずと化し、並み居るトンデモアイテムの中でも一際異彩を放っている。もはやどう取り繕ってもごまかしは利かなそうだった。いまから謝る言葉を用意しておいて早すぎるということはないだろう。
「ま、せいぜい頑張りなさい。最低限の助け舟は出してあげるから」
「どこまでも他人事だな、霊夢よお」
「だって他人だし」
霊夢の態度はいつも通りながら、そこはかとなく冷たかった。今回の件の被害者であることを考えれば、それでも十分に寛容と言えるのかもしれないが。
窓から覗く景色はすっかり夜のそれへと変貌し、八卦炉の火が揺らめく室内はぼんやりと仄暗い。霖之助はどこまで出かけたのだろうか。もしかすると、ストーブの燃料を調達に行ったのかもしれない。だとすれば無駄足だ。
「で、今日は何をしにきたんだ霊夢?」
「あら、ここに来るのに理由が必要なの?」
それもそうか、と納得する。行きつけの店というのは大体そんなものだ。私たちがここを店と認識しているかはさておくとして。
「まあ、あるんだけどね。ここに来た理由」
何だ、あるのか。珍しいこともあるもんだ。
「神社の裏でこんなものを拾ってね」
そう言って霊夢が袖の袂から取り出したのは、複雑な形をした小箱だった。
「何だそれ? ちょっと見せてくれよ」
霊夢から小箱を受け取る。何やら複雑な機構を内蔵しているらしく、見た目の大きさに反してずしりと重い。外の世界の代物と見てまず間違いないだろう。全体的に角ばった造りをしているが、唯一円筒形の部分があり、飛び出したそこにはレンズがはめ込まれていた。
「……これさ。新聞屋の天狗が同じようなの持ってなかったか?」
「そうよね。ちょっと形は違うけど、まったくの別物にしちゃ似すぎよね」
仮に私たちの説が正しかったとすれば、これはカメラということになる。この店にも似たような道具があったはずだ。もっともあれはこれよりずっと巨大だったが。
「なるほど。たしかにこれは香霖の領分だな」
「でしょ? 私たちだけじゃ憶測の域を出ないけど、霖之助さんだったら一発だもの」
珍しいことに、霊夢が道具屋を道具屋として利用しに来たというわけだ。
だが、そんな霖之助も万能ではない。
「でも、どっちにしろ使用方法はわからないぜ」
「そうなのよねえ」
霖之助に見破ることができるのは物の名前と使い道。その二つにはある程度の目星がついているから、いま必要な情報はこの道具の使い方だ。しかしながら使い方に関しては彼の管轄外ときた。元から使い方を心得ているという希望的観測もできるが、それだって怪しいものだ。使えない道具屋もいたものである。
「この手の道具は山の河童に当たった方がよかったんじゃないのか?」
「いやよ、面倒くさい」
ここまで来ておいてそれか。まったく、ものぐさなんだか活動的なんだか。
「とりあえずいろいろ押してみれば動くわよ、きっと」
「十中八九、壊しそうだけどな」
だがまあ、やってできないこともなさそうだ。
この道具の用途は「目の前の風景を写真として記録する」ことなのだから、手当たり次第にいじくり回してその結果が得られれば成功ということになる。
「香霖の帰りを待った方が賢い気もするけどな」
霖之助はあれでも道具に携わる者なんだし、私たちよりずっと円滑にことを進められるはずだ。
「何言ってんのよ魔理沙。思い立ったらすぐ行動。そうしないとチャンスは逃げていくのよ」
それはそうだと思うが、前提として私たちは拾ったカメラなんかにチャンスを託していない。
「とりあえず、いろいろ押してみましょ。押して駄目なら引けばいいんだし」
「あーもう、わかったよ。どうなっても知らないからな」
半ば自暴自棄になって、私は霊夢に協力することを決めた。
カメラを手近な机に置き、レンズをこちらに向ける。
「それっ」
早速霊夢が、複数並んだ突起の一つを押した。
「……ん? いま、カシャって言わなかったか?」
「私にも聞こえたわ。少し様子を見ましょ」
私たちが物言わぬカメラを凝視していると、下の部分から一枚の紙が吐き出された。
「やった! 何か出てきたわ!」
吐き出された紙を手に取り、嬉しそうに見つめる霊夢。しかしその表情はすぐに怪訝なものへと変わった。しきりに裏表を確かめ、頭に疑問符を浮かべている。
「どうしたんだ霊夢? そこに私たちが写ってるんだろ?」
「いや、それがね……」
自分の目で確かめてといった具合に、霊夢が写真を手渡してくる。
「何も写ってないじゃないか」
受け取った紙は墨で塗り潰されたように真っ黒で、到底私たちの姿がそこにあるようには見えなかった。
「壊れてるのか? それとも部屋が暗かったから……」
そこで、ドアベルが鳴った。
二人同時に扉の方向を見ると、そこにいたのは霖之助だった。
「やっぱり二人とも来てたのか。駄目じゃないか、銀杏の木を倒したら。木には精霊が宿っていてね……」
「そんなことはいいのよ霖之助さん! それより見てほしいものがあるの」
「そんなことって、あのねえ霊夢」
「これ!」
霖之助の言葉を封じるように、霊夢がカメラを差し出す。
「神社の裏で拾ったんだけど、どうも壊れてるみたいなのよ。どうにか直せないかしら?」
「……壊れてるって、どんな風にだい? 見たところ大丈夫そうだけど」
「出てきた写真が真っ黒なんだよ」
霊夢の返事を、私が代わりに請け負う。
「真っ黒……? ああそれなら」
霖之助は私の言葉を受けて、納得したように頷いた。
「魔理沙。もう一度その写真を見てみるといいよ」
「……?」
霖之助の意図するところはわからなかったが、とりあえず言われた通りにする。
「「——あっ!」」
手元を覗き込んだ霊夢とともに、声を合わせて驚く。
そこに写っていたのは、
「「私たちだ!」」
不思議そうな顔でこちらを見つめる、私と霊夢の姿だった。
「それはポラロイドカメラといってね。ある程度の時間が経たないと撮ったものが浮かび上がってこないんだ。もう少しすれば、もっときれいに浮かび上がってくるよ」
霖之助の言うとおり、私たちの写った写真はまだ黒っぽかった。
「だから言ったじゃないか霊夢。香霖を待った方がよかったんだよ」
「別にいいじゃない、ちゃんと写真は撮れたんだから。結果オーライよ」
偉そうに胸を反らす霊夢。そんなポーズができる立場じゃないぞ。
「で、香霖はいまのいままでどこに行ってたんだ?」
私が問うと、霖之助はさっと顔を曇らせた。
「……魔理沙。その話、なんだけど」
露骨に声のトーンを落とし、私から目を逸らして言いにくそうに言葉をさまよわせる。
「何だ? 何かあったのか」
煮え切らない顔をした霖之助は、やがて覚悟を決めたかのようにきっぱりと言い切った。
「霧雨の親父さんが倒れた」




