鉄人はマウンドに再び~Seven Years in Tibet~
「んじゃ、今日のホームルームは終わりっ。伊藤号令頼む」
「起立、礼」
「「「「さようなら」」」」
「おっと、古村はちとばかり残ってくれ。話がある」
昨日欠席していた古村も今日はちゃんと来ていた。これで作戦は実行出来るな。
「なんすかせんせぇ、昨日欠席したんなら謝るって」
「謝ってくれるのなら有り難いがその事じゃない。悪いけど付き合ってもらうよ」
「……そういう趣味?」
アベさんとは違うからね! ノンケだからね!
――
「でどこに行くつもりよ? 連れションなんて歳じゃねえだろ」
「いい加減下半身から離れろ。着いたぞ」
「せんせぇ、やっぱ俺のこと嫌いだろ?」
僕たちがやって来たのは、先日恐怖の鬼ごっこが行われた崎高のグラウンドだ。そしてそこで野球が練習していた。
「せんせぇ何のつもり? どれだけ俺を馬鹿にしたら気が済むわけ?」
「馬鹿にしているなんて人聞きが悪いな。僕は教師として生徒のことを第一に考えているんだ。時にはそれが荒療治になることもあるけど」
古村は何言ってんだと言わんばかりの怪訝な表情をする。
「受け取れっ!」
僕は古村にボールとグローブを投げる。
「古村のサイズにあっているはずだ。準備運動を終わらしたら僕に声をかけてくれ」
「意味分かんねえよ。もし俺が拒否ったらどうするよ?」
「そん時は、お前の社会の評価を問答無用で最低にしてやる。折角水着ギャルと戯れることが出来るのに、夏休みを補習に費やしたくないだろ?」
「クッ、卑怯じゃねえか!」
「それじゃストレッチやっとけよ。後ラジオ体操は第二までやるように」
「しねえよ!!」
ここまで威勢がよけりゃ大丈夫だろう。文句を言いつつも準備運動をしだす。それを微笑ましく見ていると不意に携帯電話がブルブルする。
『もしもしー? こう君、件の人がこっちに着いたよ』
「りょーかいっ。んじゃここまで案内してくれ」
『オッケー。じゃ頑張ろうね』
姉さんからエールを貰い気を引き締める。さて、役者は揃った。後はアイツが過去を乗り越えるだけだ。
「ったく、なんだってんだよ」
律儀にラジオ体操第二までするあたり根は真面目なんだろうな。
――
「せんせぇ、終わらせたぞ。さあ何のつもりか教えて貰おうかい」
ラジオ体操を終わらせた古村が僕に話しかける。ああ、それはね……。
「こうく、じゃなくて先生、連れて来たよー」
よし! 役者は揃った……
「って誰だあああああああ!!」
姉さんが連れてきたのは、
『……フッ』
タイガーマスクみたいなお面を被った男でした。
「姉さ、南雲さん、ちょっとこっちこっち」
呆気に取られてフリーズしている古村を尻目に、小声で姉さんを呼ぶ。
「どしたの先生? 抱きしめてくれるの?」
「ちげーよ!! てか誰!? 割と本気で誰!? 伊達さん連れて来たの!?」
「違うよ。ちゃんと彼を連れて来たんだから」
「僕が知っている彼はあんなミスタールーキーみたいな仮面をつけているとこ見たことないんだけど」
「人を見た目で判断しちゃダメよ。ちゃんと中身は彼なんだから」
よくここに来るまで職質されなかったのが不思議なぐらい怪し過ぎるミスタールーキーに聞いてみる。
「あの……、貴方な『フッ、皆まで言うな』」
めんどくせー!!
「おいこら南雲! どういうことだてめえ!!」
「僕が知りたいよ!!」
再起動した古村が僕につかみ掛かる。最早呼び捨てになってしまった。でもわけが分からないのはこっちも一緒です!
『君達、その辺にしないか!』
ミスタールーキーが仲裁に入る。全ての元凶、諸悪の根元が何を言いますか。
「誰だよてめえ!」
今度はミスタールーキーにつかみ掛かる。
『ハッハッハッハ、なかなか威勢が良いじゃないか! 良い目をしている。あの時と同じ目をな』
「なっ!?」
『私はエスダブル。通りすがりのタイガーマスクさ』
タイガーマスクは通りすがらないと思います。後エスダブルって何ですか……。
『フッ、直に分かるさ』
いちいちカッコつけなきゃ死ぬ病気にでもかかってんのか?
「古村、今からお前にはこのエスダブル様と戦ってもらう」
色々心配になってきたが、行程通り進めよう。
「戦うってなんだよ? プロレスか?」
『フッ、そんな野蛮な競技をするわけないだろ』
そんな野蛮な競技をしそうな見てくれをしてんだよ。
『話に聞くと君は元野球部らしいな。それも試合中にデッドボールを当ててしまってから辞めたと聞く。フッ、情けない。負け犬という言葉が良く似合うな。ハッハッハッハ、吠えてみろ』
「てめえに何が分かる!」
『弱い犬ほど良く吠える! ほれ、お手』
「っ! ぶっ殺す!!」
『どうしたぁ? 伝家の宝刀デッドボールでも投げるかぁ?』
エスダブル口悪っ! ボロカスに言い過ぎだろ! やっぱあれ恨んでんじゃねえの?
『しかしデッドボールを受けた奴も受けた奴でダサいことこの上ないな! こんな負け犬の球にやられるなんて笑いが止まらんよ! ハッハッハッハ』
「ざけんじゃねえ! 俺のことはいくらでも言ったって構わねぇ! だけど中西さんのことを馬鹿にすんじゃねえ!」
『バッターは何時だってデッドボールの可能性があるんだ。それを避けなかった人間を鈍臭い馬鹿以外のなんと言うのかね?』
「クッ!」
『だが君が私を黙らせたいのなら、そのボールで黙らせれば良い。なに、簡単なことだ。それとも怖いのか?』
「上等だこら、てめえのそのマスク剥ぎ取ってやんよ」
なに、この超展開?
「こう君、盛り上がってきたね」
「姉さん、僕はやり切れない思いで一杯だよ」
確かに目をつぶって聞くと、よくある学園ドラマみたいに盛り上がる展開だ。
でも現実はというと、タイガーマスクを被った限りなく変態に近い生命体にチャラ男が言葉責めされているという非常にシュールな光景だ。
「どうしてこうなった……」
人選間違えたかな……。
――
『勝負は一打席勝負だ。私を打ち取れば君の勝ち、私に打たれたら君の負けだ。どうだ? これ以上無くシンプルなルールだろ? なお守備はこの学校の野球部の皆様に協力を貰えた。エラーすることはまあないだろう。負け犬な君へのハンデだ』
「ああ、シンプル過ぎてウケるぜ。んなハンデ与えて後悔すんじゃねえぞ?」
『どっからかワンワン聞こえると思ったら君か』
「取り敢えず、黙ってろおらぁ!」
余裕の表情(といっても仮面つけているからどんな表情してるか分からない)のまま古村を挑発するエスダブル。一方の古村は怒りのままにボールを投げる。
『フンッ!』
カキーン!
殺意や殺意や殺意の篭った古村の渾身の一球を、エスダブルはピンポン玉を打つかのように打ち返す。天高くボールは飛んでいき……、
「ファール!!」
すんでのところでファール判定を貰う。
『おっと、思ってたよりボールが遅かったな。さぞかし130キロ前後だろうか。そんな球がこの私に通用すると思っていたのか!』
「チッ」
古村は舌打ちをする。自主トレをしていたとは言え、二年ほど野球から離れていたこともあり、古村は本調子じゃないようだ。
「多分違うよ、古村君は怖いんだよ」
姉さんが口を挟む。怖い、アイツが背負うその言葉の重さを僕は理解できない。デッドボールなんて受けたこともなければ投げたこともない。
だがアイツにとってはどうだ? 一人のスターの生涯を終わらせたかもしれなかった。それが今なお心の闇として残っている。
『さぁ二球目はまだか!?』
「チッ!」
舌打ちをしながら投げる。しかし、
「ボール!」
アンパイアによってボール認定を喰らう。
『言い忘れていたが、ボールが4つでも君の負けだ。フォアボールにならないよう精々頑張るんだな!』
「クッ!」
エスダブルの言葉に耳を傾けず古村は感情のまま投げる。
「ボール!」
「やっぱり古村君はエスダブルに当てないように見当違いの方向にボールを投げている……」
姉さんが指摘する通り、古村はエスダブルにボールを当てないように投げるあまり、その結果ストライクゾーンを大きく離れてしまっている。
「ボール!」
あれよあれよという間にスリーボールがカウントされる。後一つボールを与えたら古村の負けだ。
「こう君……」
姉さんも心配そうだ。こんな時僕に何が出来る!?
『さぁボールを投げたまえ。次のボールで終わらせてやる!』
エスダブルはバットを高く古村に掲げる。ホームラン宣言ということか。
「クソッ、俺は……」
古村も諦めそうになったその時、
「フレー、フレー、古村! それっフレッフレッ古村! フレッフレッ古村! こう君も一緒に!」
姉さんが高らかに声援をあげる。今まさにくじけそうなエースのためにたった一人のエールを。
「フレッフレッ古村! フレッフレッ古村!」
ったく、僕は生徒に何をやらしてんだか。こう言うのは教師が率先すべきだろ!
「負けるな負けるな古村! 行け行け古村!」
「古村! 後二球だ! 思いっ切り投げろ!」
僕と姉さんはエールを送り続ける。それは甲子園みたいに大きな声援じゃないけど、
「せんせぇ、南雲さん……、俺……」
どうやらヘタレなエース様には効いたようだ。
『フッ、良い目をしている。ならば私もそれに応えようではないか! こいっ! 古村潤平! 貴様の本気を見せてみろ!』
「俺はまだ……、負けちゃいねえ!!」
パシン!
小気味よい音とともにボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれる。
「ストライク!」
「ッシャ!!」
魂の篭った一球はエスダブルに振らせる隙も与えずストライクになる。
「ツーストライクスリーボール……」
「演出にはちょっと出来過ぎかもね」
泣いても笑っても後一球。これで全てが決まる。
『来いっ! 古村潤平!!』
「これで、終わりだぁ!」
「「いっけえええ!!」」
二人の本気がぶつかり合い、決着の時を迎える。
ザシュッ!!
「ストラーイク!! バッターアウト! ウィナー、古村潤平!!」
「「やったあ!!」」
思わず姉さんと手を取り合い喜びを分かち合う。やたら握る手が痛いけど無視しておこう。
「勝ったのか? 俺、勝ったのか?」
「ああ、勝ったさ! お前は過去を乗り越えたんだよ!!」
「は、はは……、笑えてきた。久々だよ、こんな気持ち。すっげードキドキしてさ、一球一球に気持ちが入った。多分最後のあれ、俺の中の最速じゃねえかな……」
古村は憑き物が落ちたような顔で笑う。どうやら、僕の出番はここまでのようだ。
『ナイスピッチングだった! まさか私が打ち取られるなんてな』
「はっ、何か色々殺してえって思ってたけどもうどうでも良いや……、でもそのマスクだけは取らせてもらうぜ!」
古村はエスダブルのマスクに手をかけ強引に取り外す。マスクの中から出てきたのは、
「久しぶりだな、古村潤平!」
「あ、あんた中西さん……」
変態マスクの正体は中西だった! って僕ら知ってたんだけどね。しかし思いもよらない登場の仕方だったから、こいつ別人じゃないかと焦ったけど……。
「なんで中西さんが……」
「mixiで見つけたんだよ。連絡先を知らなくても個人にメッセージが送れるからな。そこで中西君にアポをとって、急遽こっちに来てもらうことになったんだ。わざわざありがとうな、今日も練習だったろうに」
「いえ、丁度ずる休みと言うものを体験したかったもので、ですので気にしないで下さい」
爽やかに笑う。先程までのドSマスクとは大違いだ。どっちが本心なんだか。
「なんだよ……、嵌めやがったのか?」
「まあ……、有り体に言えばドッキリ大成功って奴かな」
いつの間にか姉さんがプラカードを持っている。伊織からもらったのか?
「古村君が僕にデッドボールを当てて以来野球から逃げて腑抜けになったと聞いてね、僕なりにどうすれば良いか悩んでいた所に、南雲先生から今回のお話を頂いたんだ。全く、良い先生に恵まれたじゃないか」
褒められると照れますなぁ~。
「けっ! 何処がだよ。変なお節介やきやがって。でも、応援ありがとよ。あれのお陰で俺目が覚めたわ。俺……、もう一度マウンドに立とうと思う。ここまでお膳立てされたんだ、答えてやるのが男だろ?」
鉄人の新たなる伝説が見れる日も近いのかもしれないな。
「でエスダブルってなんなの?」
「センターウエストの略です」
センターってCじゃないの?
「……」
デッドボールのせいじゃないのかと思ったのは内緒の話。
――
翌日……。
「んじゃぷぷ……、ホームルームをぷぷっ…始めぷっ……ぷぷ……」
「いちいちリアクションがムカつくんだよ!」
「ぷぷ……っ、アハハッ、やべぇ我慢出来なかったわwww」
草が生えるほどの笑いが漏れてしまう。年末の番組なら尻に一発食らっているだろう。勿論、アベさん的な意味じゃないぞ。
「てめえそれでも担任かよ!」
「担任ですが何か? いやぁ古村、良く似合ってるぞ、チベットにいそうだな、ぷぷっ」
そう。つい先日までメッシュをしたチャラ男だったが、ダーマ神殿に行った結果、なんとチベット僧侶に転職したのだ!
「みずしまー! 一緒に帰ろー!!」
「ミャンマーだよそれは!! ったく、こいつの何処がいい先生なんだか」
「先生からはそうだな、古村の頭を撫でたら金運良くなるんだってさ」
「俺はビリケンさんじゃねえよ!!」
「違いますー、ビリケンさんは足を掻いてあげたら御利益があるんですー、通天閣舐めないで下さいー」
「死んでくんねえかな! 今すぐコイツ死んでくんねえかな! なるだけサクッとお手軽に死んでくんねえかな!」
古村潤平、御崎原高校野球部に入部!




