台風少女の初恋~First Love, First Kiss,and First Contact~
「みんなが、1ぴきの大きな魚みたいにおよげるようになったとき、スイミーは言った。 「ぼくが、目になろう」 朝のつめたい水の中を、ひるのかがやく光の中を、みんなはおよぎ、大きな魚をおい出した」
パチパチパチパチパチパチ……
国語の授業。本読みを先生に当てられ読み上げる。教科書ってのは確か4年に一回ぐらいで見直されるらしいけど、所謂名作って奴はいつまでも教科書に載っているものだ。パラパラって見せてもらったが、一番最初に「ふきのとう」があったり、今僕が読んだ「スイミー」はずっとずっと読み継がれていくのだろう。谷川俊太郎の訳した世界は見る人を引きつけ、詩人らしく読みやすい文章が子供達によい教材になるのだろう。
「はい、南雲先生ありがとう。妙に感情が入ってアクセントとかが可笑しかったけど」
ほっといて下さい。それだけ感受性豊かなんです。今でも泣いた赤鬼を読んで泣ける自信はありますよ。
「お兄ちゃん上手ー」
うう……、子供達は素直でいい子だなあ。
「はいはい。調子にのらない。それじゃあ同じ所を……、南雲嫁!」
誰だよ!? 南雲嫁って!?
「誰って……、そりゃあ1人しかいないじゃない」
「僕も誰の事を指しているか分かりましたけど、肝心の本人がイマイチ理解していませんよ?」
「えー、つまんないの。もっと可愛いリアクション期待してたのに。福家さん、旦那……、じゃなくて南雲先生が読んだ所を読んで頂戴」
今聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが無視しておこう。いちいち相手していたら奴の思うつぼだ。
「理名ちゃん、此処から此処だよ」
一向に読み始めないので、読む場所を教えてあげる。まあ多分読む場所が分からないというよりは、
「……み、みんなが……、1ぴきのさ、魚みたいに……」
恥ずかしくて読めないんだろうな。蚊の鳴くような小さな声で本を読みあげる。もっとこの子は自分に自信を持てたらいいのに。
――
「どう? 明日で職業体験終わるじゃない? やっぱり寂しい?」 担当クラスの終わりの会も終わり、一息ついていたところに先生が話しかけてくる。
「そりゃあ淋しいですよ。でも本当に短い期間でしたが凄く楽しい時間を過ごせました」
「まだ明日もあるわよ。まあうちのクラスのみんなも君には懐いているからね。特に福家さんには驚いたわ。あの子引っ込み思案なところがあるじゃない? それに大人を怖がってる節が有るからさ、それって担任教師も例外じゃなくて未だ私に心を開いてくれないのよね……」
淋しそうに先生は話す。
「私も君がいなくなったら淋しいわ。なんたって玩具が一つなくなっちゃうんだから」
「人を玩具扱いしないでもらえますかねえ!」
「ほらっ、仕事あんだから行くわよ。昨日に続いて悪いけど、今日も力仕事だかんね」
何だかんだ言われつつも、僕は2年1組の1人として認められたのだろう。だからこそ、明日の別れが名残惜しい。
――
今日の仕事を終えた僕達は校門に向かっていた。明日でこの学校ともお別れと思うと、足取りが重くなる。他の子達もみんな同じみたいだ。別々のクラスにいたのでどんな体験をして来たかは分からないけど、それぞれが実に有意義な時間を過ごすことが出来たんだと思う。
校門に差し掛かったところ、
「んしょ、えいっ」
鉄棒の方に見慣れた姿を見つけた。
「もう一回……、えいっ」
地面を蹴った足は宙に舞うことなく、重力に負けて下に落ちていく。
「「「……」」」
周りからの視線を感じる。そのどれもが僕に行ってこいと言っているようだった。
「んじゃ明日!」
僕はみんなと別れ鉄棒の方まで向かう。そうだよな、コーチはまだ続いてんもんな。
「腕を曲げて顎を引いてごらん。そして思いっ切り嫌な奴の顔を蹴るように行っちゃえ!」
今まさに回ろうとしている彼女に声をかける。理名ちゃんは思いっ切り大地を蹴って
「……ったぁ、出来たぁ!!」
ついに彼女は逆上がりを自分だけでやってのけた!
「理名ちゃん、もう一回やってみよう!」
僕もついつい嬉しくなる。もしかしたら僕の方がハシャいでるんじゃないかな?
「うん! えっと、えいっ!」
力強い掛け声と共に、彼女はまたもや逆上がりを成功させた。あれ? 目頭が熱くなってきたぞ……。
「こう先生、痛いの?」
理名ちゃん、人はね、痛いときや怖いときにだけ泣くんじゃないよ。嬉しいときにも涙がでちゃうんだよ。
「こう先生、嬉しいの?」
それは勿論! これで明日のテストはバッチリだね!
「そう……だね」
急に寂しそうになる。どうかした?
「理名明日が来るの嫌。台風が来て学校がなくなっちゃえばいいんだ。そうなれば先生ともっといっしょにいれるのに」 ああ、そうか。この子は寂しいんだ。そして寂しい思いをさせているのが僕なんだ。
いつも以上に強く僕を抱きしめる理名ちゃんは、今にも泣き出しそうだな顔で僕を見上げる。
僕は彼女の頭をそっと撫でて、
「ねえ理名ちゃん、台風ってお目めさんがあるって知ってる?」
「……?」
「台風の目っていうのはね、台風のおへそ部分に有るんだけど、実はそこには風がほとんどないんだ。面白いよね、台風って学校を休みにするぐらい強い風がビュンビュン吹いてるのにさ」
「そうなの?」
「うん。周りを巻き込んでどんどん大きくなっていくんだ」
「大きく……」
「理名ちゃん、よく聞いて。僕とは明日でお別れだけど、もし理名ちゃんが台風みたいにどんどん友達を作って周囲を巻き込んでいったらいつか僕もひょっこり巻き込まれてるかもね」
自分の中で一番柔らかな笑顔を。
「理名、台風みたいになれるかな?」
「なれるさ! 僕が保証する。だから明日のお別れで二度と会えないと思わないで。信じていれば必ずまた僕に会えるよ」
「ほんとう?」
「ホントにホント。絶対会えるよ」
「じやあ、約束しよっ」
彼女は眩いばかりの笑顔を見せて小指を出す。そして僕も彼女に倣う。
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、」」
「「指切った!!」」
僕達は時間がくるまで話した。好きな食べ物のこと、飼育小屋のウサギのこと、中学校のこと、話題は不思議と尽きなかった。
その日僕たちは理名ちゃんのご両親が迎えに来るまでずっと話していた。
でもやっぱり気になるな。
あの二人、会話無いんだもん。
――
翌日、僕がこの学校に来る最後の日、体育のテストを迎えることになった。
「はい。テスト始めます。順番に並んでねー! テストが早く終わったら南雲先生と鬼ごっこしましょうねー!」
そういうと効果覿面なのか、子供達はサッと列を作る。こういう所中学生より優秀だよなぁ。思わず苦笑いしてしまう。
「次、福家さん」
理名ちゃんは名前を呼ばれ鉄棒へと歩いていく。ふと目が合ってしまった。
「ガ・ン・バ・レ」
口の動きだけで応援を伝える。それを見た彼女は笑顔で頷いてくれた。
「んしょ、すぅ……、えいっ!!」
彼女に自信を与える魔法の掛け声が耳に聞こえたと同時に彼女は大地を蹴り上げる。
クルンッ。
「福家さん、頑張ったわね。旦那のお陰かしら?」
先生はニヤリと笑い横目でこちらを見る。とうとう訂正しなくなったよ、この人。
「はい、じゃあ次、堀江さん」
僕の抗議の視線を見事にスルーし、テストを続行する。
――
テストが本当に早く終わってしまったから30分近く鬼ごっこをしていた。授業後の休憩をあわせると合計40分ぐらいしてたな。流石に年長組の僕と先生は途中から息も絶え絶えだったが、子供達は本当体内に永久機関を搭載してるんじゃないかと思うぐらい元気いっぱいだ。あっ、また先生が鬼になった。因みにクラス公認嫁(先生オンリー)理名ちゃんというと、
「……」
あいも変わらず僕の服をギュッと掴んでおりました。鬼ごっこになんないよね、これ。
――
「それでは帰りの会を始めます。何かありますか?」
帰りの会って結構公開処刑場だった気がする。
クラス女子A「今日○○君が私のことアホとかブスとか言ってきましたあ、謝ってくださいー(イントネーション下がる)」
みたいな感じで。大抵そう言うのは好意の裏返しだよ。
「今日体育のテストで福家さんが苦手だった逆上がりが出来たのが凄いと思いましたー(イントネーシ(ry)」
クラスの男子に誉められた理名ちゃんは恥ずかしそうにこっちを見てくる。その顔はオドオドしていた彼女ではなく、逆上がりが出来て少しばかり自分に自信を持った堂々とした笑顔だった。理名ちゃん、やっぱり君は台風になれるよ。
「みんな淋しいとは思うけど南雲先生は今日でお別れです。南雲先生からみんなに何か一言お願いします」
来るだろうなあとは思っていたから特段ビックリはしなかったけど、いざお別れってなると寂しいものだなあ。僕も一応2年生だから後1年ぐらいここで過ごして良いかな? ダメか。
「えっと、5日間というとても短い時間でしたが、本当に楽しい時間をみんなと過ごせて嬉しかったです! もし町中で僕に会うことがあればその時はいつもみたいに話しかけてきて下さい! ありがとうございました!」
「南雲先生、ありがとうございました。最後にみんなからプレゼントが有ります。今日の日直は……、福家さんね! 福家さん、これを南雲先生に渡してあげて」
先生は理名ちゃんを呼び出しファイルのようなものを渡す。
「南雲先生へみんなからの手紙が入ってるわ。せっかくだから撮っていた写真も使ってアルバム形式にしてみたの。流石に今日の分は無理があったけど、また日を改めて送るわ」
「良いんですか? ここまでしてもらって」
「良いのよ。南雲先生はこのクラスの一員じゃない。過ごした時間なんか飾りよ。福家さん、……。じゃあ行ってらっしゃい」
先生はいつも通りニヤニヤしてこっちを見ている。何か吹き込んだのか、理名ちゃんの顔は真っ赤っかだ。
「こう先生、私たちも楽しかったよ。逆上がり教えてくれて有り難う。はい、これクラスのみんなから。それから……、こう先生、ちょっとしゃがんで目をつぶって」
うん? 何だろ? 言われるがままに目線を合わせ瞼を閉じると、
チュ
唇に柔らかいものが当たった。って唇!?
「あらあら、福家さん大胆ねえ。ほっぺにするかと思ったら唇なんて。流石1組公認夫婦ねえ」
これってまさか……、
「こう先生、今のは理名のファーストキスなの」
小学生にファーストキスを奪われた!?
「あらあら、南雲先生も顔を真っ赤しちゃって。もしかして初キスだった?」
にやつきが最高潮に達している。殴りてえ、すっげえ殴りてえ! 大気圏外にまでぶっ飛ばしてえ!!
「こう先生、理名たちのこと忘れないでね?」
「あ、安心して下さい。今ので忘れるのは無理になりました」 ぎこちなく答えるしかなかった。
ちなみに体験学習生が子供にキスをされるなんて出来事は鳥井小学校創立以来初のことであり、2011年現在その伝説を次ぐものは、いない。
福家理名の南雲先生に送ったメッセージ
「理名、台風になる!」
福家理名、いや香取理名が初めて巻き起こしたハリケーンは甘酸っぱい味はせず、無味無臭だったとか。
――
体験学習から二週間、僕たちは体験学習を基にしたレポートを提出するために鳥井小学校に再び来ていた。
「やあやあロリコン少年お久しぶりだね。元気に小学校ウォッチングしていたかい?」
「結果だけ見るとペド野郎と罵られても仕方ないですけど僕はノーマルです! 後何ですか小学校ウォッチングって! 僕に変態になって欲しいんですかあなたは!?」
「おお、突っ込みの切れが良くなったね」
「もう好きにして下さい。レポート出しに来たんですよ」
「ああ。そういやそんなのあったな。どれどれ……」
相変わらず適当な人だ。まああれから二週間しかたってないから人間そんなに変わらないか。
「ふーん、結構子供達の事見ていたんだね。学校の先生になりたいんだっけ? いいんじゃないの? 君向いてると思うよ。ちゃんとクラスの一人一人を見ている。それって簡単なように見えて難しいんだよ。ぱっと見福家さんにベッタリだったからさ、彼女への叶わぬ恋の歌をひたすら書いてるかと思ってたのに。面白くないな」
「面白さを求めてませんよ。そうだ、理名ちゃんは元気ですか?」
せっかく学校に来たんだ。一目見ておきたいな。
「……」
理名ちゃんの名前を出すと先生は黙り込んでしまった。
「あの……、先生?」
僕の頭をマイナスな予想が駆け巡る。交通事故にあった? 通り魔にあった? 重い病気にかかった?
「大丈夫。彼女は生きてるわ。ただ、この国ではないわ」
この国ではない?
「もしかしたら君も薄々感じていたかもしれないが、福家さんのご両親が離婚したんだ。」
やっぱりそうだった。会話のない二人を見ていると、何となくあの家族は壊れてしまうんじゃないか、もしかしたらもう壊れていたんじゃないかと思えた。理名ちゃんが大人を苦手としていたのもそこに起因しているのかもしれない。
「プライバシー保護の関係で……、ってもう踏み込んだことを話してしまったがそう言うことよ。誠に残念な結果だけど福家さん言ってたわ」
「みんなと離れるのは寂しいけど、理名はいつか台風になってみんなを見つけて巻き込んでいくの。だからそれまでの我慢なの」
「まったく、最後にあんな笑顔は反則よ。ホント、福家さんがあれほど明るくなったのは君のおかげね。ご両親も感謝されていたわ」
「だからそんな悲しい顔しないの。君福家さんに言ったんでしょ? いつか会えるって。だったら来るのを信じましょうよ。超大型級の台風が日本にやってくることを」
先生は笑いながらそう言った。そうだ、いつか帰ってくるんだ。その時彼女はどれほどの嵐を起こしてくれるのかな?
――
「理名ちゃん、ゴメン。僕君のことを忘れかけていた。君はずっと探し続けてくれたのに……」
「やめてよ。そんな風にネガティブになんの、こう先生は私のこと励まさないと」
在りし日のように服を掴んでいる少女は、立派な台風になって戻ってきた。しかもクラスや学年は違えども、先生と生徒という同じ関係になるというミラクル付きだ。
「ははは、先生も香取さんも、ギャラリーが見ていますよ。って入野さん大丈夫ですか?」
「うう……、みんな見ないでぇ……」
パチパチパチパチパチ
ギャラリーはこちらに拍手をしだした。あの日の逆上がりのようだと思う。
「こう先生、ありがとう」
そう言って彼女は服を離す。今僕の目の前にいる理名ちゃんは、崎校に嵐を起こした香取理名ではなく、気弱で引っ込み思案で逆上がりが苦手だった福家理名だ。その二つの理名ちゃんを知っていることが何となく誇らしく感じる。
アントワネットの中が幸せムード(ただし入野以外)に包まれている中、空気を読まない珍入者が現れた。
「マスター、王様エクレア一つ! ってこう君どしたのこんなところで!」
「待ちなさいよ美桜。あんたは15歳の体でもあたしは25歳なんだから走るなっての。マスター、私はいつもの、って香取理名!?」
出会って欲しくない人たちが来たあああああ!
「はっ? ちょっとあなた、こう君って何?」
「へっ? こう君はこう君よ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「こう先生に妹なんていたっけな? お姉さんがいたみたいな事は聞いた気がするけど……、あなた。こう先生とはどんな関係? 返答如何によっては只じゃ済まないわよ」
これ、まずくね?
「ちょっと香取……、じゃなくて理『よくぞ聞いてくれました!!』」
「耳の穴よーくかっぽじって聞きなさい! 私はこう君のお姉ちゃんn『の娘ええええええ!!』」
姉の口を塞いで絶叫する。恥? んなものとうの昔に捨てたわ!
「今、この人こう先生のお姉ちゃんって……」
「違う! 違うぞ理名ちゃん! 早とちりは良くないな!」
「彼女はお姉ちゃんの娘、即ち姪っ子なんだよ!」
「はああああああ!?」
「あっ、そういやそう言う設定だっけ」
しっかりして下さい。姉さん。