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『悪魔』二人は街を彷徨う。あの、栗毛の少女の印象を懸命に思いうかべながら。
それにしても、奇妙な少女だった。可愛らしい外見の裏には、人をぞっとさせるような何かがあった。少なくとも宮田と盥屋はそう感じた。それが、少女が本当に天使のような神聖な存在だから、邪悪な彼らにとって戦慄すべきものであるのか、彼ら以上に少女が邪悪さを隠し持っているからなのかは、二人にとって計り知れない謎である。「ああ! 忌々しい。ただひたすらに」と宮田は思った。
……無様に焦げた二人の服は、一体どのような素材を使いどのような技法で織られているのだろうか、人が、ちょっと嗅いだだけでも忘れがたい印象を残すであろう、とてつもなく奇妙な異臭を放つのであった。まるで、特殊な薬品の塗られた紙を焼いたような、いや、何らかの化学物質が反応を起こした結果とでもいおうか、とにかく、人工的な、不可思議な臭気であって、まばらにせよ、通りすがる街の人々は、その臭気に、思わず顔をしかめたり、あるいは恍惚とした表情になったりするのだった。
二人は、口裏を合わせずとも、いつのまにやら、まるで、今回の全世界的な混乱に巻き込まれた、哀れな一般市民のように振る舞っていた。彼らの演技は役者のように見事で、無残に焦げついた服もその助けとなっていた。
また、二人の気の持ち方も、今回の件で(つまり天使を名乗る少女との接触によって)少しばかりの変化を見せていた。つまり、この『遊び』の主導権は必ずしもこちらが独占できているわけではない、ということだ。『神(実はぱっとしない作家)』とその被造物たる『悪魔(実は小説の中から飛び出した二人組)』との対決を気取っていた二人だが、そこに第三の勢力(と呼ぶべきかどうかわからないが)、『天使(実は……あどけない少女?)』が現れて、その力関係を大きく揺り動かした。天使というからには、神の側に立つ存在に違いない。物語の常識である。つまり彼女が現れたことによって、悪魔たちは非常に「やりにくく」なった。――神を嘲り、被造物は創造主を超えうるということを証明するという目的(ただし、他にも目的はあるが、ここでは明らかにしない)が。
もっと慎重に、狡猾にならなければならない――それが、二人の統一した意見であり、赤裸々な心情であり、暗黙の了解であった。
辺りももう暗い。二人は、人気のない、街の中心から少し外れたところにある市民公園にいた。公園のベンチに腰を下ろし、体を休めている。
と、もしも彼らを逐一観察する物好きがいたら、次のような奇妙なことがわかっただろう――彼らの服装は、まるで傷口が癒えるかのように、小奇麗な、新しいものへと変化しつつあった。どうやら彼らの存在は、その服装も含めて、容易に滅ぼし得ないものであるらしい――自己再生する衣服。おそらくはその肉体も……。
宮田は拾った石を池に向かって投げた。座ったまま、それも池はベンチから十メートルほど離れているにも関わらず、石は吸い込まれるように池まで届き、十数回もリズム良く、見事に水面を蹴り上げ、跳ねて、向こう岸まで渡り切った。「十三メートル」宮田がふてくされたように呟いた。「割と小さな池だな」盥屋が言う。そして次に彼は信じられないほどのスピードで石を投げた。またしてもそれは池に吸い込まれ、今度は派手な音を立てて飛沫が上った。「五メートル半」宮田はまた呟く。「深い池だ」盥屋が続ける。「小さくて、深い池だ。子供が入ったら危ない」真顔で呟く。
「まったく、ため息とあくびが同時に出るね。ところで、さっきくすねてきたんだが、読むかね?」宮田が懐から一冊の本を取り出した。
「なんだい、それは? 本? いつか君が書いていた詩集かな?」
「いや、そんなんじゃあない。これは、神が書いた小説さ。本棚から拝借したのさ……ええと、タイトルは……『街の教師』だってよ。ふん! まあ、ありきたりな題だな。三点!」
「それ、何点満点中だい? ちょっと貸してくれ。……どれどれ? ふむふむ、いや、なかなか……ほう! これは感動したよ」
「お前さんは本当に皮肉屋だな。ろくに読んでもいないくせに」
「いや、わりあいに短い小説なんだが……つまりこれは短編みたいだね。この表題作には興味深いテーマが隠されている……我々の行く末にも関係があるかもしれない」
「おれたちの行く末? ……へっ! ますます面白くないな。おい! 盥屋、そんな本、燃やしちまえばよかったんだよ」
「持ってきたのは君だろう、それに、マッチだって君が持っている」
「なるほど、違いない。一本とられたな! まあ、なにかに使えるかもしれない、とっておくとするかね……ところで、盥屋君、これからどうしますかね?」
「天使から逃げ、神を追う」盥屋は極めてまじめな表情で言った。
「天使から逃げ、神を追う! まるでおとぎ話のような台詞だな! しかし、今は確かにそれしかないな。癪な話だが、あの娘っ子には、歯が立たない……少なくとも、今のおれたちでは(今後の頑張り次第では逆転するかもしれないが!)。とにかく今は、神を探すしかない……おれの砂時計を盗みやがったあいつを」
盥屋は答えない。宮田がそれをいぶかって顔をやると、盥屋は硬直してある一点を凝視している。立ち並ぶ街路樹の方である。静かに風が吹いている。木の葉が揺れる。
「おい、どうした?」
「いま、だれかが、あそこの木の根元から地中に入っていった。というより、落ちて行った」
「なんだと? 世の中には、変なこともあるもんだな。……それで?」
「二人組だったが、そのうちの一人は、神かもしれない。背格好がよく似ていた。もう一人は知らないが」
「なんだと? 神のやつが? ええい、こん畜生、仲間を増やしやがって! それにしても、一体この世界はどうなってやがるんだ?」
「それは」盥屋が受けて、
「私たちが言っていい台詞ではないね、少なくとも。……とにかく、あすこに行ってみよう」
二人がその街路樹のところまで行ってみると、そこにはただ、何の変哲もない木々が生えていた。どの木の根元を調べてみても、なんの異常なところもない。宮田は地面を蹴って舌打ちした。
「はっ! 盥屋君、君が嘘をついているとまでは言わないが、あんまり話が荒唐無稽すぎるんじゃないのかい? さすがにさ! どこにも、なんにもありゃしませんぜ」
「それをいうなら、我々が存在すること、それ自体が荒唐無稽だよ。宮田、さっきの本をまた貸してくれ」
盥屋は受け取った本をめくると、不意に、この男には似つかわしくないほどの大きな声で朗読し始めた。辺りに人が誰もいないのが幸いだったが、だれかいたらまちがいなく変人扱いされてしまっただろう――――実際に彼らは変人というたぐいのキャラクターなのかもしれないけれども。




