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トン
トン
トン 三回。
おお、誰か来たな。
私はドアを開ける。
にわかにあたりがパッと明るくなり、がやがやとさわがしくなった。
「これはいったい、どういうことなんですか?」
「おお、よく来たね。マネージャー君」
見れば、いつのまにやら一同の輪にかのマネージャーが加わっている。
マネージャーにつづいて、ケルビム、パワー、熾天使も知らぬ顔でその場にやってきた。
盥屋が口を開いた。
「さて、一同そろって大団円といきたいところだが、HF、そして廻よ、はたしてもうここまで『ヴェクサシオン』を読んでいるのかな? 我々を追い込んだつもりでいるだろう」
宮田がそれにつづける。
「けど安心しな! おれたちはウタァタ、つまりアフリカかどこかの言葉、スワヒリ語で矛盾を示す呪文をお前さんがたにおみまいしてやる。いまや読まれる立場は逆転し、惑星・HFとその軌道を巡る衛星・廻と化した。空っぽの宇宙も、これで少しは寂しくなくなるだろうさ」
宮田はそう言ってから、手元を見た。盥屋お手製、おなじみのダイナマイト。
「生まれ変わった気分さ。何度も、なんどもな。まあ、なんでもいいってことよ!」
かまわず、ためらわず投げつける、拳一握り分のロマンスを――全ての存在しないはずの矛盾――『ヴェクサシオン』の読者へ!
ボォォォォォォォォン……
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン……
ボオオオォォォンンンンン……ボオオオォォォンンン……。
ブウウウゥゥゥンンンンン……ブウウウゥゥゥンンン……。
爆音と遠い鐘の音が入り交わる。あるいは爆音が遠のき、ゆたかに鳴り響く鐘の音。
祭りもたけなわの太鼓の乱打のように、ただひたすら。それはあるいは絶え間ない海の轟きのように。存在しながら矛盾し、矛盾しながら存在する、摩訶不思議な宇宙の胎動。宮田は、自分がまだ夢をみているのではないかとふと思った。あたかも遊星が夜、眠りながら瞬くように。
「珍妙な結末になったな! このあとどうする、盥屋」
「そうだな、『ヴェクサシオン』でもいっしょに弾こう……じゃなくて聴こう……サティのピアノ曲だ」
「ほほう、そんな曲があるんだな! 楽しみだぜ。お、あっちで作家と探偵が話してるぜ」
「聞いてくれ。どうか……どうか、これから私と一緒に生きてくれないか! 木安」
「再会早々いきなりかよ! なんだか妙に恥ずかしいな。いっそのこと、ハエと入れ替わっちまいたい気分だぜ」
神……いや、いまはこう呼ぼう、ひとりの小説家・Aと……そして、私立探偵・木安葉子がなにやら親しげに熱く語り合っている背景で、天使たちは嬉々として舞い踊っている。まるで古代の、神を讃える一幅の絵画のように。いつか見た光景……。
どこか、さだかではないところで、鴉が「ネヴァモア! ネヴァモア!」と叫ぶように鳴いた。
今までこの小説に登場した者たちがぞくぞくとやってくる。その様はまさしく聖者の行列、もしくは百鬼夜行である。
……もはや、あたりはにぎやかな狂騒につつまれている。全てのものが――人間なのか、そうでないのか、さだかではないが――どこかへ、ワイワイガヤガヤと歩んでいる。おもうがままに踊っている。みな、気のふれたように歌っている。どうやら、ヴェクサシオンが始まったようだ。だれもがいつか戻りたいと心に願う、はるか幼き日の夢。無限の円環から逸脱した者たちの、はてしなき宴。
そんななか、ぽつねんと立っているマネージャーが思い出したように――どこか、たとえばポケットの奥に遠い記憶を探り当てたかのように――もしくはあやしげな中世の呪文のように呟いた。
「火が消えそうなときは、その指先を火に近づければ、火は伝わって、消えることがない。指を薪と為すこと窮むれば、火傳わりて、その盡くるを知らざるなり。指窮於爲薪、火傳也、不知其盡也」
今も、この世界のどこかで砂時計が刹那の時を刻んでいる。砂は零れおちて、その一つぶ一つぶが、世界を分割する。一つぶ一つぶに、分割された世界が刻印されている。時を刻み、時を刻まれて存在する、この奇妙で混沌とした、矛盾そのものである驚くべき世界。読者諸君、さあ、想起と忘却のあわいを駆けろ。やがてノックに応えて、再び扉は開かれるだろう。




