第39話 光瑠①
「ようこそ」
だだっ広い倉庫の奥で、光瑠は不敵に笑っていた。
「この連絡は、どういうことだ?」
陽作はスマホの画面を光瑠に見せる。光瑠からこの物流倉庫の住所だけが記された連絡が来ていた。
「どうもなにも」
光瑠が剣を片手に、ゆっくりと陽作に歩み寄る。陽作もまた、光瑠に向かって歩み寄る。
「話をしたかったから、呼んだの。陽作くんはないの? あたしに、話」
「あきらに使った毒はなんだ。どうやれば治せる」
「あたしがそれを教えるとでも?」
「教えないなら、無理やりにでも聞き出すだけだ」
「あら怖い」
陽作と光瑠が歩みを止めた。倉庫の中央。世間話をするには遠い距離だ。
「解毒薬は、あるよ」
光瑠は剣を持たない手に小瓶を持っていた。中には少量の液体が揺れていた。
「うっかり自分で毒を摂取したときのための薬。信じるかどうかは陽作くん次第」
「……それを渡せ」
「いいけど。条件がある」
「なんだ」
「あきらの従者をやめてよ。あたしの隣にいて、なんて言うつもりはない。だけど、あなたは、魔法とは関係ない平和な世界に生きて」
「それは」
無理だ。
反射的に言いかけて、踏みとどまる。光瑠は真剣そのものの表情だった。かつて付き合っていたときと同じ、本気で陽作のことを案じている。
固めたはずの陽作の心が揺れる。
「なんでだよ。なんで上沼がそんなことを望む」
「あきらのことが嫌いで、あなたのことが好きだから。それじゃダメ?」
「わかんねぇよ」
陽作は警棒を構える。右手に持って半身になり、切っ先を心臓に向ける。
「上沼のことが全然わからない。なんで呪術師になった。あんなむごいことをして、上沼は何をしたかったんだよ」
「……従者をやめるつもりはないんだね」
光瑠もまた剣を構える。陽作より剣を高く構え、切っ先を首元に向ける。
「ない」
陽作は答える。光瑠が呪術を使う様子はなかった。会話した様子も正気に見える。
「お前を倒して、解毒薬を手に入れる」
「やってみなよ。そういえば、あたしたちって、付き合っていた時、けんか一つしたことがなかったよね」
「これが初めてのけんかってか」
「それでもって最後の、ね」
じり、じりと陽作と光瑠は武器を構えたまま、円を描くように移動する。陽作は光瑠の隙を探して、じっと光瑠を観察する。
光瑠の構えには隙がなかった。付け焼刃ではない、確かな訓練のあとが見えた。
陽作は師匠に言わずにここに来た。相手はあきらと二人がかりでも圧倒された呪術師だ。行けば殺されると、止められるのはわかっていた。
分かったうえで、陽作はここにいる。
死ぬ気で、いや死んでもあきらを救う方法を見つけるつもりで。
『決して、私のために自分の命をかけようなんて思わないでください』
従者契約を交わした時、あきらとした約束が思い浮かぶ。
――ごめん、あきら。約束は果たせないかもしれない。
陽作の警棒が、かすかにぶれる。
光瑠の目が見開かれる。動いた。急所狙いの突きを、陽作は下から警棒ではね上げた。
剣が跳ね上がる。重い。陽作の身体能力は、あきらの魔法によって十分以上に強化されたままだ。
にもかかわらず、光瑠の剣は重かった。光瑠もまた強化魔法で身体能力を強化している。
「あああああっ!」
大きく踏み込み、陽作は光瑠の頭蓋めがけて警棒を振り下ろした。空振る。光瑠はサイドステップで陽作の一撃をかわした。
光瑠は身軽な動きで、剣を下ろし、警棒を振り下ろして隙をさらした陽作めがけて突く。陽作は前に転がるようにしてその一閃を避ける。
「それでいいの?」
光瑠の追撃。逃げる獣を追い立てるように、光瑠は幾度も剣で陽作を狙い続ける。
速い。
床を這うように避ける。剣が陽作の頭の真横をかすめ、耳から血が飛び散る。
「いいわけ、ないだろ!」
這いつくばりながら、光瑠の足を払う。
光瑠は飛んだ。ジャンプして警棒を回避し、剣を振り下ろす。陽作は再び転がり、立ち上がりながら避ける。
二人の視線が交差する。陽作は警棒を振り下ろし、光瑠は剣を振り上げる。
二人の武器が打ち合い、金属の重い音が倉庫に響き渡った。
息遣いすら聞こえる距離。間近でにらみ合いながら、陽作は握る警棒に全力の力をこめる。巨大な岩を押しているような感触が手から伝わってくる。
魔法で強化された腕力は互角。武器も大きな差はない。
ならば、勝敗の違いを分けるものは。
「--っ」
こめていた力が抜ける感覚。光瑠が剣で警棒を受け流した。大きく姿勢を崩す。
非日常に身を置き始めたばかりの陽作。
非日常が日常であった光瑠。
二人の差を分けたのは、戦いにおける技術の差だった。
目の前で姿勢を崩した陽作めがけて、光瑠の剣が奔る。
今度は、陽作は避けられなかった。
「がっ!」
三度。腹、足、肩。内臓を貫かれ、膝を打ち抜かれ、腕の関節が破壊された。光瑠の無表情な視線。それは、魔法使いとしてのあきらの表情とよく似ていた。
視界が大きくぶれる。側頭部に光瑠の蹴りが直撃した。陽作の体が吹っ飛ぶ。
遠く離れた壁に激突する。起き上がろうとする陽作に、光瑠が迫る。
「寝てて」
光瑠の剣閃が奔る。斬る、斬る、斬る。陽作の両手足が何度も切り刻まれる。痛い。手足が灼熱しているようだ。関節や腱を切断され、立ち上がれなくなる。
戦いにならなかった。立ち上がろうと力を籠めるが、力が入らない。ビチャと、自分自身からこぼれた血だまりに波紋を広げるだけだ。動くための筋肉が、関節が、腱が破壊されたのだから、それも当然か。
陽作は、あまりにも弱かった。
「魔法使いや従者と戦うときは、こうするのが習わしなの。あたしたちの体の傷はすぐに治ってしまうから、徹底的にやるの。痛いでしょ。ごめんね」
「う、うぅ……」
うめくことしかできなかった。剣の切っ先が陽作の首元に当てられる。
「もう一度聞くけど、従者をやめるつもりは?」
「……ない」
せめてもの意地だった。痛みを押し殺して答える。
「そう」
感情のこもっていない声。だが冷たいばかりだった光瑠の瞳が揺れた。瞳には血だまりに沈む陽作が映っている。
殺すべき。今後に及んでもまだ、その選択を光瑠は迷っているようだった。
陽作はあきらとのつながりの糸を意識する。糸はまだつながっている。あきらはまだ生きている。
「あきらめる、つもりは」
ない。陽作は燃えるような目で光瑠をにらみ上げた。
あきらを助ける。なんとしてでも。そんな思いだけで。
光瑠はそんな陽作を見て、顔をくしゃくしゃにゆがめた。
「……うらやましいよ。あたしは、あいつが」
今にも消え入りそうな声。光瑠は一度目を閉じる。
再び目を開けたときには、すでに迷いは消えていた。冷たい瞳が、陽作をとらえる。
陽作の目にもまた、光瑠しか映っていなかった。二人だけの世界。光瑠の剣が振り上げられる。
「さよなら。あたしの――」
その剣が振り下ろされる直前。
二つのことが起こった。
フツと、陽作が感じていた「糸」が途切れた。
そして光る星が、光瑠を襲った。




