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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第39話 光瑠①

「ようこそ」

 だだっ広い倉庫の奥で、光瑠は不敵に笑っていた。

「この連絡は、どういうことだ?」

 陽作はスマホの画面を光瑠に見せる。光瑠からこの物流倉庫の住所だけが記された連絡が来ていた。


「どうもなにも」

 光瑠が剣を片手に、ゆっくりと陽作に歩み寄る。陽作もまた、光瑠に向かって歩み寄る。


「話をしたかったから、呼んだの。陽作くんはないの? あたしに、話」

「あきらに使った毒はなんだ。どうやれば治せる」

「あたしがそれを教えるとでも?」

「教えないなら、無理やりにでも聞き出すだけだ」

「あら怖い」


 陽作と光瑠が歩みを止めた。倉庫の中央。世間話をするには遠い距離だ。

「解毒薬は、あるよ」

 光瑠は剣を持たない手に小瓶を持っていた。中には少量の液体が揺れていた。


「うっかり自分で毒を摂取したときのための薬。信じるかどうかは陽作くん次第」

「……それを渡せ」

「いいけど。条件がある」

「なんだ」

「あきらの従者をやめてよ。あたしの隣にいて、なんて言うつもりはない。だけど、あなたは、魔法とは関係ない平和な世界に生きて」

「それは」


 無理だ。


 反射的に言いかけて、踏みとどまる。光瑠は真剣そのものの表情だった。かつて付き合っていたときと同じ、本気で陽作のことを案じている。

 固めたはずの陽作の心が揺れる。


「なんでだよ。なんで上沼がそんなことを望む」

「あきらのことが嫌いで、あなたのことが好きだから。それじゃダメ?」

「わかんねぇよ」

 陽作は警棒を構える。右手に持って半身になり、切っ先を心臓に向ける。


「上沼のことが全然わからない。なんで呪術師になった。あんなむごいことをして、上沼は何をしたかったんだよ」

「……従者をやめるつもりはないんだね」

 光瑠もまた剣を構える。陽作より剣を高く構え、切っ先を首元に向ける。

「ない」

 陽作は答える。光瑠が呪術を使う様子はなかった。会話した様子も正気に見える。


「お前を倒して、解毒薬を手に入れる」

「やってみなよ。そういえば、あたしたちって、付き合っていた時、けんか一つしたことがなかったよね」

「これが初めてのけんかってか」

「それでもって最後の、ね」


 じり、じりと陽作と光瑠は武器を構えたまま、円を描くように移動する。陽作は光瑠の隙を探して、じっと光瑠を観察する。

 光瑠の構えには隙がなかった。付け焼刃ではない、確かな訓練のあとが見えた。

 陽作は師匠に言わずにここに来た。相手はあきらと二人がかりでも圧倒された呪術師だ。行けば殺されると、止められるのはわかっていた。

 分かったうえで、陽作はここにいる。

 死ぬ気で、いや死んでもあきらを救う方法を見つけるつもりで。


『決して、私のために自分の命をかけようなんて思わないでください』

 従者契約を交わした時、あきらとした約束が思い浮かぶ。

 ――ごめん、あきら。約束は果たせないかもしれない。

 陽作の警棒が、かすかにぶれる。


 光瑠の目が見開かれる。動いた。急所狙いの突きを、陽作は下から警棒ではね上げた。

 剣が跳ね上がる。重い。陽作の身体能力は、あきらの魔法によって十分以上に強化されたままだ。

 にもかかわらず、光瑠の剣は重かった。光瑠もまた強化魔法で身体能力を強化している。


「あああああっ!」

 大きく踏み込み、陽作は光瑠の頭蓋めがけて警棒を振り下ろした。空振る。光瑠はサイドステップで陽作の一撃をかわした。

 光瑠は身軽な動きで、剣を下ろし、警棒を振り下ろして隙をさらした陽作めがけて突く。陽作は前に転がるようにしてその一閃を避ける。


「それでいいの?」

 光瑠の追撃。逃げる獣を追い立てるように、光瑠は幾度も剣で陽作を狙い続ける。

 速い。

 床を這うように避ける。剣が陽作の頭の真横をかすめ、耳から血が飛び散る。


「いいわけ、ないだろ!」

 這いつくばりながら、光瑠の足を払う。

 光瑠は飛んだ。ジャンプして警棒を回避し、剣を振り下ろす。陽作は再び転がり、立ち上がりながら避ける。


 二人の視線が交差する。陽作は警棒を振り下ろし、光瑠は剣を振り上げる。

 二人の武器が打ち合い、金属の重い音が倉庫に響き渡った。

 息遣いすら聞こえる距離。間近でにらみ合いながら、陽作は握る警棒に全力の力をこめる。巨大な岩を押しているような感触が手から伝わってくる。

 魔法で強化された腕力は互角。武器も大きな差はない。


 ならば、勝敗の違いを分けるものは。

「--っ」

 こめていた力が抜ける感覚。光瑠が剣で警棒を受け流した。大きく姿勢を崩す。

 非日常に身を置き始めたばかりの陽作。

 非日常が日常であった光瑠。

 二人の差を分けたのは、戦いにおける技術の差だった。

 目の前で姿勢を崩した陽作めがけて、光瑠の剣が奔る。

 今度は、陽作は避けられなかった。


「がっ!」

 三度。腹、足、肩。内臓を貫かれ、膝を打ち抜かれ、腕の関節が破壊された。光瑠の無表情な視線。それは、魔法使いとしてのあきらの表情とよく似ていた。

 視界が大きくぶれる。側頭部に光瑠の蹴りが直撃した。陽作の体が吹っ飛ぶ。

 遠く離れた壁に激突する。起き上がろうとする陽作に、光瑠が迫る。


「寝てて」

 光瑠の剣閃が奔る。斬る、斬る、斬る。陽作の両手足が何度も切り刻まれる。痛い。手足が灼熱しているようだ。関節や腱を切断され、立ち上がれなくなる。

 戦いにならなかった。立ち上がろうと力を籠めるが、力が入らない。ビチャと、自分自身からこぼれた血だまりに波紋を広げるだけだ。動くための筋肉が、関節が、腱が破壊されたのだから、それも当然か。


 陽作は、あまりにも弱かった。

「魔法使いや従者と戦うときは、こうするのが習わしなの。あたしたちの体の傷はすぐに治ってしまうから、徹底的にやるの。痛いでしょ。ごめんね」

「う、うぅ……」

 うめくことしかできなかった。剣の切っ先が陽作の首元に当てられる。


「もう一度聞くけど、従者をやめるつもりは?」

「……ない」

 せめてもの意地だった。痛みを押し殺して答える。

「そう」

 感情のこもっていない声。だが冷たいばかりだった光瑠の瞳が揺れた。瞳には血だまりに沈む陽作が映っている。


 殺すべき。今後に及んでもまだ、その選択を光瑠は迷っているようだった。

 陽作はあきらとのつながりの糸を意識する。糸はまだつながっている。あきらはまだ生きている。

「あきらめる、つもりは」

 ない。陽作は燃えるような目で光瑠をにらみ上げた。


 あきらを助ける。なんとしてでも。そんな思いだけで。

 光瑠はそんな陽作を見て、顔をくしゃくしゃにゆがめた。

「……うらやましいよ。あたしは、あいつが」

 今にも消え入りそうな声。光瑠は一度目を閉じる。


 再び目を開けたときには、すでに迷いは消えていた。冷たい瞳が、陽作をとらえる。

 陽作の目にもまた、光瑠しか映っていなかった。二人だけの世界。光瑠の剣が振り上げられる。


「さよなら。あたしの――」

 その剣が振り下ろされる直前。


 二つのことが起こった。

 フツと、陽作が感じていた「糸」が途切れた。


 そして光る星が、光瑠を襲った。


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