仮病を申請します!
国王陛下からの直接の命、そして、監視下に置かれるコランダム。
状況的に言えば、全く楽観視できる状況ではない。けれど、お母様のことは心配はしていない。
何せ、お母様がわざわざそんな面倒なことをして国を裏切る必要など何処にもないのだ。もし、国を裏切るというか、捨てる気があれば、その時はお父様と共に静かにこの国を去るだろうと私は思っている。
それに、今回仕掛けてきたのはクザイで、国防を一手に担うコランダムの最大の敵と言っていいのがクザイだ。普通に考えても、わざわざ疑われるような痕跡を残して、内側から崩すよりも、コランダムが国防から手を引いた方がこの国を手に入れるのは容易い。
そう、わざわざ、痕跡を残した。要するにコランダムに目を向けたい誰かの仕業ではないかと私は思い始めている。それくらいは、私が思いつく前にお父様なら気づいていらっしゃるだろうし、お母様も然りだ。
が、私はそこでふと疑問に思う。
コランダムを監視下に置くならば、何故、ランドルフ様は私に婚約を申し込んだのだろう。私は一度婚約を破棄しているし、どうやっても醜聞になりそうなのに。
もしも、次も破棄なんてことになったら……お嫁の貰い手なんていないわね。いいわ、その時は商会をもっと大きくして、悠々自適に過ごしていくのよ。
そんなことを考えていた私は、お兄様とシリルが首をかしげる私を見ながら密かにため息を吐いていたのを知らない。
「兄上、これまた斜め上に考えていそうですよ。ある程度聞いていた僕だって驚いています。護衛メインの監視だと思っていたのに、兄上の話を聞けば、逆なんですから」
「だからこそ、の、婚約だろうさ。まぁ、フィーが斜め上に行くのは今に始まったことじゃない。でも、彼女を望むなら、これくらいはあいつ自身が解決するべきだろう」
「それもそうですね」
――――――――――――――――――――――
シルフィーヌがダリルから送られた本を開いていた頃、コランダムとの通信は、セシルの書斎でも繋がれていた。
「セシル、シリルもそこに居るね。あと、イーサンとレイモンドを入れて、防音しといて」
すぐにシルフィーヌの部屋の前に待機していたレイモンドが呼ばれ、代わりに彼女の部屋の前にはコナが立った。
そうして、レイモンドがセシルの書斎に入ると、すぐに防音結界が張られた。
「父上、揃いました」
「うん、本題から行こうか。コランダムが国王命の監視下に置かれる。これは特に公にはされないが、国王に近い者たちには知らされる。まぁ察しのいい者なら気づくかもしれない。というわけで、明日からコランダムの名を持つ者に影の監視がつく。何か、説明は必要かい?」
セシルは横に座るシリルを見、後ろに立つイーサンとレイモンドを見る。
流石というべきか、3人の表情が動くことは無かった。
「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「あぁ、それは、適任者がいるから」
その言葉と共にダリルの視線が動き、ランドルフの姿が映し出された。
それまでびくともしなかったシリルが、ふっと息を吐いた。そういうことかと、納得したような表情も見える。
「正式にシルフィーヌ嬢へ婚約の申し込みに参りました。すでに国王陛下の了承を得ており、後は……シルフィーヌ嬢の承諾をいただき次第、公表をいたします」
「婚約者候補とその家族として、影は監視と護衛を兼ねる……そういうことですか?」
「あぁ、シェードたちには僕から通達を出した。むやみに敵対しないようにって。シリル、ティティ―リアにはお前から説明をするんだ。良いね」
「はい、父上。彼女が使いから戻りましたら伝えます」
シリルの言葉に満足したように頷いたダリルの横で、レイチェルが瞳を伏せている。その様子にどこか胸騒ぎを覚えたシリルは、母に問いかけようとして口を開いたが、その前にランドルフの声がして口を噤んだ。
「それからもう一つ。コランダム夫人には、国王陛下から直接の依頼があり、しばらく皆さんはコランダム領に立ち入ることは出来なくなります」
「それが終われば大丈夫よ。セシルは王宮の仕事もあるし、フィーちゃんとシリルは学園もあるから、どちらにしても帰れないしね」
「セシル、お前は『詳細』を知っているだろう? 後で二人に説明しておいてくれ。僕たちが動けなくてもお前は動けるのだから、頼んだ」
頼んだというダリルの言葉には、当然、表面だけのものではない意味も含まれている。
セシルが知る『詳細』は、国の機密事項であり、今の国が抱える最大の問題だ。それらをどこまで妹弟に話すかを判断し、その上で動けなくなる両親の代わりに護れということだ。
簡単に言ってくれる、とセシルは内心で舌打ちをしたい気分になった。
だが、今の状況を思えば、そうしなければならないことも理解している。
「分かりました。では、イーサン、通いの使用人に暇を、給金は通常通り支払いをしてやってくれ。当然、タウンハウスの使用人が減る。レイモンドもイーサンを補佐してやってくれ」
セシルの言葉に恭しく腰を折る二人。
その様子を見ながらシリルの胸騒ぎは深まる一方だ。しかし、母にかかわることでダリルが妥協することは無い。その大前提があるから、ダリルが説明をセシルに任せたことで、そこまで深刻さではないように思うようにした。
「では、コランダムの皆様には了承をいただけたということで、私は急ぎ戻って国王陛下に報告をいたします」
「ちょっとまて、ランドルフ」
言葉と共に席を立ったランドルフに、セシルが我慢できずに声を掛けた。
「なんでしょう?」
「今はまだ公表はしないといったな。フィーには選択肢があると……。婚約は、強制ではないんだな?」
それまで、王族と臣下という立場で互いに話していたが、ここに至ってはそれはどこにもない。周囲も、それを止める様子はなかった。
「セシル、それはあなたも宰相閣下と共に聞いていたでしょう? 外堀を先に埋めただけです。私自身も、彼女に無理強いするつもりはありません。だた……」
そこで言葉を切ったランドルフは、それまでの余所行きの顔を脱ぎ、満面の笑みを浮かべる。
「大人しく待つつもりもありませんが」
それは、そこで話を聞いていた面々に宣言するようにも、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。
「好きにするといいよ。協力もしないけど」
「もちろんです。義父上」
「ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたダリルの隣で、レイチェルは声を出して笑った。
――――――――――――――――――――――
「さて、フィー。今度は君の話を聞こうかな」
「え、えっと……」
ランドルフ様に婚約の申し込みをされた話をしなければならないことは、私自身分かっていた。
その前の日の話は……要らないかもしれないけれど、自分の気持ちに気づくきっかけでもあったし、逆に迷う要素でもある。そして、それは、もしかしたらお兄様たちに反対される原因になるのではないかと……。
決めるのは私だとお父様は言った。おそらくお兄様たちもそう言ってくれるだろう。
けれど、今はどの順番で話をすればいいのかと考えている。
ランドルフ様を悪く思われたくないと、私はそう思っている。
あぁ、なんだか、答えが出てきたような気がする。
だから
「明後日、学園の行く日ですが……私は、け……」
「……け?」
「仮病を申請します!」
そう宣言をして、胸を張り、ふんすと息を吐いた私の姿を、お兄様とシリルは唖然として見ていた。
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