狂王の息子たち
刑務所長の背後には、法律関連の本が並ぶ大きな本棚が目立っていた。
他には書類入れらしい収納が並んでいるだけの、殺風景な部屋だ。
所長は、ウィリアムと同じ人族の男で、顔の左側に大きな爪痕が三本あった。
背は低く、白髪交じりの茶髪も残りあと僅か。年齢は老人の一歩手前辺りといったところか。
ウィリアムは数ヶ月以上に及ぶ刑務所暮らしで、相手が自分よりも強いかどうか見極める癖がついていた。
鍛えた身体を見れば、ウィリアムが勝てる要素はなさそうだ。
なるべく大人しくふるまった方がいいとウィリアムは判断した。
「ウィリアム・モスタ、囚人番号38」
本人確認を軽く済ませると、所長は切り出した。
「模範囚のため、春には出所可能になる予定だが、君の受け入れ先が決まらなくてね」
その口調は同情的で、目には憐れみがあった。
「本国への送還が理想なのだろうが、受け入れを拒否された」
「え……」
ウィリアムは衝撃を受けて、直立不動の姿勢を崩しそうになった。
鉱山が閉鎖された後は木工品の制作、金属の加工、農作業、縫製とあらゆる仕事を淡々とこなしてきた。
刑期を済ませれば本国に帰れる、それだけが心の支えだったのに。
「政変後、ようやく国内の情勢が安定したところだから、ウィリアム君が帰国して再び内乱が起きるのは困るというのが理由らしい」
彼が尋ねる前に、所長は説明した。
「どうしてもと言うなら受け入れるが、その場合は弟王子の暗殺示唆で極刑、つまり死刑に処す可能性があるそうだ」
「そんな」
極刑……?
動揺のあまり、ウィリアムは不用意な言葉を口にした。
「あれは母上が」
「母上とは」
所長の口調から、同情的な響きが消えた。
「モスタ国の廃王妃だね。暗殺を指示する犯罪現場に居合わせてそれを黙認したのなら、君も同罪ということだ」
「私はまだ子どもでした……母上に逆らえるような状況ではなかったんです」
王太子になってから三年ほどの間に、母が侍従に指示を出すところを何度も見た。それ以前にも、兄マクシミリアン王子の暗殺に失敗したという報告を受けるたび、逆上する母親を見て見ぬふりをした。自分が国王の座に就くのは決定事項で、邪魔者が排除されるのは当たり前だというのが、当時のウィリアムの考えだった。それが犯罪だという意識は全くなかった。
「ここは裁判所ではないから、言い訳は本国に帰ってからにしてね。現状では帰れる可能性は低いが」
刑務所長は手元の書類に視線を落とす。
「我が国に亡命してきている二人のお兄さんにも打診した結果、こちらも受け入れは難しいと思われる。第一の理由として、君の起こした傷害事件の被害者が、彼らと一緒に住んでいるそうだ。被害者と加害者が同じ家に住むなんて有り得ない、という返事だった」
ウィリアムの思考は、数秒停止した。
(二人のお兄さん……?)
数秒の間に彼は、自分の出自と人生を始めからなぞったが、登場した兄は一人だけだ。
第一王子、マクシミリアン。
……あいつが実は双子だったというオチか?
「第二の理由として、彼らの亡命理由の元になった『命の危険』に、君と君の母上が関係していることがあげられる。実際、君の側近が本国から受け取ったメッセージには二人の兄のうちの一人、マクシミリアン王子の暗殺指示があった。人道的にも、かつて命を狙われた者と狙った側の者を一緒にするわけには」
「待ってください」
ウィリアムは所長の言葉を途中で遮った。
「何か、事実の誤認があるようです。私には兄は一人しかいません」
刑務所長は目を見開いて、しばらくの間ウィリアムを見返していた。
それから、書類を見て、再びウィリアムを見た。
その視線が、ウィリアムの後ろに向いた。
そこにはウィリアムをここに連れてきた刑務官がいた。
鉱山で助けてくれた刑務官だ。
彼は、大きな身体を微動だにすることなくウィリアムの背後に立っていた。
「……もしかして、彼、何も知らないの?」
振り返ると、所長の問いに刑務官が頷いたのが見えた。
(何を知らないというのか……?)
ウィリアムは顔見知りの刑務官を見上げるが、そこには何の表情も浮かんではいない。
「そうか。じゃああなたから教えておいて。私の説明は以上だから──ああ、それと受け入れ先が決まらないと、ここから出られないからね。その辺りもよろしく」
所長は書類を刑務官に向かって差し出した。
進み出て受け取った刑務官は、手錠のかけられたウィリアムの両手を引いて、殺風景な部屋を出た。
***
刑務所内の談話室で、対面に座った刑務官が語った話は、まるでおとぎ話のようだった。
昔、エルフ族王家の末裔であるシャルシャ姫が攫われた。
何十年経っても彼女は見つからず、絶望しかけていたエルフ族の前に現れたのは、姫と瓜二つのザイオン。
遠く離れたモスタ王国に奴隷として売られたシャルシャ姫と、王国の国王との間に生まれ落ちた彼は、弟のマクシミリアンと一緒に母の生国へ戻ってきたのだった。
「王国では今でも、ザイオン王子の存在は秘密にされているそうだ」
刑務官はそう締めくくった後で、付け加えた。
「でも凄いじゃないか、あのザイオン王子の実の弟だなんて」
ウィリアムは、すぐには信じられなかった。
父王は、いつ見ても遠い目付きをしていて、ほとんど言葉を発しなかった。
狂王と陰口を叩かれても気にする様子は無く、毎朝フラフラとした足取りで城の北側へと向かう。
何をしに行くのだろうと、一度そっと着いて行ったことがある。
北へ向かう門の先は立ち入り禁止だったが、門を守る騎士たちはウィリアムを通してくれた。
父王は、墓場にいた。
小声で、一番奥にある墓に向かってボソボソと独り言を呟く父の有様は、まさに狂王だった。
今考えてみればあの墓は、ザイオンの母親のものに違いない。
(嘘だ)
まだ潰えていなかった自尊心が、ウィリアムの中で呻いていた。
(あの男、ザイオンが、私の兄……?)
マクシミリアンに体当たりされたザイオンの様子を思い出す。
『いってぇな! この馬鹿!』
あの言葉が不敬罪にならなかったのは、彼もまた国王の息子だったからだ。
マクシミリアンは彼が実の兄だと知っていた。
『見て! 見て見て!』
貴族学園でもらった答案用紙を、マクシミリアンは兄に見せて、褒めてもらっていた。
『よく頑張ったな……お前にしては』
マクシミリアンは、頭を撫でられ、髪を乱されて、嬉しそうに踊り始めた。
二人の弟である、ウィリアムの目の前で。
ウィリアムだけが、その事実を知らなかった。
(私も弟なのに)
ウィリアムは、自分が何に傷ついているのかよく分からなかった。
彼らを疎んじていたのは自分の方だ。
些細な嫌がらせまでしていた。
(頑張っていたのは、私も同じなのに)
机の上に置いた両手首には、手錠があった。
「よく泣く奴だなぁ」
刑務官は、手錠の上に涙を落とし続けるウィリアムの頭を撫でて、困ったように溜め息をついた。
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