表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/41

ベリーの記憶

ザイオンを殺した百足男の話になります。

本編第三部3-14「復元」の直後です。





 痛い。

 物凄く痛い。


 慣れ親しんだ森の中を、這いずって逃れながら、百足男は心の中で悲鳴を上げていた。

 あれは駄目だ。

 人間の形をしているが、人間じゃない。

 素速さだけが自分の取り柄だから、こちらの動きに追いついてくるような、戦闘能力の高い化け物には敵わない。


(父さん……助けて、父さん!)


 恐怖と痛みのあまり、百足男は父を呼ぶ。

 彼、百足男を作り出した禁断の魔術師は、もうこの世にはいない。

 死がどういうものか、百足男は知っている。

 これまでに百足男は、父の命令で多くの命を奪ってきたから。

 それでも、父ほどの強い存在が死んでしまったなんて、百足男は未だに信じることができない。


(金眼の悪魔め……)

 燃え上がる父の姿を、百足男は思い出した。

 金眼の悪魔の棲む家に、父は潜入しようとして失敗した。

 悪魔の飼っている恐ろしい龍が、父を燃やした。

 百足男の、唯一の家族を──






 身体を分断された直後、どうにか森の中に潜り込んだ百足男は、茂みに潜んで銀の髪の怪物を窺っていた。

 逃げて行った足の方を銀の髪の怪物は見ている。

 下半身の方が、高さがあるから目立つ。

 頭がないので、追いかけられたら易々と捕まるだろう。


 百足男は石を拾った。

 全く関係のない茂みに放り投げたのに、銀の髪の怪物はそちらを無視して、真っ直ぐに百足男のいる辺りを見た。


(まずい)


 急いで茂みの奥に潜り込む。

 そのままじっと息をひそめて、待った。

 怪物はウロウロと茂みの周囲を探していたが、百足男のいる場所はわからなかったようで、諦めて離れていった。


(足を探してくっつけないと)


 充分に時間が経ってから、百足男は移動し始めた。

 廃拠点を囲むように繁茂している深い森は、彼の庭のようなものだ。

 そう簡単に見つかりはしない。


 だが、何か変だと彼は感じていた。

 あの男、銀の髪の怪物に百足男は一度殺されたような記憶がある。

 父の仇である、金眼の悪魔を倒した時のことだ。


 瓦礫が大量に降ってきて、魔法障壁で防いでいたら、魔力切れを起こした。

 銀の髪の怪物に、目をナイフで突き刺された。

 だがそれより一瞬早く、百足男の爪が金眼の悪魔を切り裂いていた。

 手応えはあった。

 吹き出した大量の血を、確かに目にした。

 なのに全てが夢だったかのように、その直後、気が付いたら森の中にいた。


 侵入者が現れたと気づいて駆け付けた、廃拠点のすぐ外だ。

 そこから様子を窺っていたことは覚えている。

 広場からここまで、移動してなどしてはいないはずなのに。

 なぜ再びこの場所に戻ってきているのか?

 混乱しているところに、銀髪の怪物が探しに来た。


 逃げようとしたのに、それよりも速くあの怪物は動いた。

 訳がわからないうちに、身体が二つに分かれていた。

 足が勝手に動いたのは、直前に、巣に逃げ込もうと考えていたせいだろう。

 切断された神経がその意思を遂行して、そちらに向かったんだ。

 足と反対方向に逃げた百足男は、大回りして巣を目指した。


(足は、くっつくだろうか)


 父が生きていたら、くっつけてくれただろう。

 だが、もう父はいないのだ。

 百足男は再び、悲しみと恐怖、そして強い憎しみに打ち震える。

 あの時は逃げることしかできなかった。

 だが今日、偶然にも憎い仇と遭遇して、復讐を果たすことができた。


 金眼の悪魔が浮かべた、驚いた顔を百足男は思い出して、うっすらと嗤った。

 奴は、近付いても全く気づかなかった。

 死ぬとわかった瞬間、あの悪魔はどんな気持ちになったかと考えていると、百足男の気持ちは少し晴れた。


(僕はやったよ、父さん)


 彼は満足だった。

 このまま、たとえ死ぬことになっても。


 百足男が異形の怪物だと知って近付いてくる者は、これまでにいなかった。

 父だけが、彼の家族だった。


(いや……一人だけ、いたな。近付いてきた者が)


 今よりもずっと幼い頃の記憶が蘇った。

 好奇心から外に出た百足男は、森で迷ったのだ。

 父の言いつけを守らなかったことを、百足男は後悔した。

 父も百足男も、異形の怪物だ。衣服で身体を隠せば人間に擬態することはできるが、バレたら狩られる。

 絶対に人に近付いてはならない。父が不在の時は、巣から出てはならないと言い聞かされていたのに。


 一日中森の中を歩き回ったあげく、魚の焼ける良い匂いにつられて、川原に辿り着いた。

 百足男はとてもお腹が空いていた。

 思い返せば、前日の昼に父が餌箱に入れておいてくれた乾燥肉が最後の食事だ。


 川原には一人の少年がいて、魚を焼いているところだった。

 殺してでも奪おう。

 そう思って、近付いていくと、少年が振り返った。


「お前も家出してきたのか?」


 長いものを突きつけられて、百足男は身構えたが、目の前には串刺しの焼けた魚があった。


「食べろよ」


 少年は、屈託なく笑っていた。


「調子に乗って採り過ぎたんだ」


 考えるには、腹が空き過ぎていた。

 受け取ってむしゃぶりつきながら、見知らぬ相手にどうしてあんな風に笑いかけられるのかと、百足男は不思議に思った。

 彼は今、薄布しか羽織っていない。

 腹の部分には、節くれ立った前肢が何本も突き出ている。突き出た部分はむき出しなので、一目で異形の者とわかるはずだ。


「何が傍系のエルフ族だ」

 少年は食べながら、一人で愚痴っている。

 十歳ぐらい──作られて八年経つ百足男よりも少し年上に見えた。

「どうして力の使い方を、他人に決められなくてはならない? 俺は俺だ。なあ、お前もそう思うだろう?」


 少年は緑色の髪をしていた。

 人族ではなく、エルフ族だ。

 迂闊に攻撃しなくて良かった、と百足男は思う。

 エルフ族は魔法が使える。

 傍系なら使える魔法も多種多様だ。

 エルフ族は外見と実際の年齢が乖離しているので、実は成人だという事もあり得た。

 返り討ちにあって、呆気なく死んでいたかもしれない。


 こんな森の奥に一人でいる、ということは、相当自分の強さに自信があるのだろう。

 夕暮れを迎えて、川の水面がキラキラと輝いていた。

 百足男は二つ目、三つ目と串をもらいながら、少年の愚痴を聞き続けた。


「傍系のエルフ族は、無冠のエルフたちを守りながら、直系のエルフに従わなくてはならないそうだ。せっかく強い魔力を持って生まれてきたのにさ。ひたすら人のために生きるなんて──母さんはいつもそうやって忙しくして、俺が病気になってもそばに居てくれないんだ」

 少年は、汁気たっぷりのベリーも分けてくれた。

「これ、甘酸っぱくて美味いぞ」


 食べながら、百足男は頷いた。

「うま……い。うま……」

「お前、喋れるのか」

 少年はゴワゴワした百足男の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「俺はね……」

 少年はふいに涙ぐんだ。

「お前みたいな弟がいて、母さんがいて、父さんがいて。そんな普通の生活が欲しかっただけなんだよ。傍系だからっていうだけで、どうしてバラバラに暮らさなくちゃいけないのか、わからないんだ」


 弟。

 自分が人間だったら、あの少年は家族に迎えてくれただろうか。

 そんなもしもの話を考えたって、何の役にも立たない。

 食事が終わると少年は帰っていって、百足男も自分の巣に戻った。

 外に出たことがバレて父に叱られ、殴られたような気がするが、随分昔のことでよく覚えていない。




 森の奥にある巣に辿り着くと、そこに足がいた。百足男は足を抱き締めた。


(痛い……痛いよぅ)


 一晩中傷口を合わせて、押さえていた。

 だが、傷口はくっつかずに、朝になると下半身は動かなくなっていた。

 心臓がなくて、体液が行き渡らないからだ。

 上半身も、下半身がないと栄養がとれなくて、いずれは死ぬだろう。

 下半身の千切れた部分に手を入れて、百足男は、冷たくなった内臓を撫でた。


(父さん……)


 父を亡くした今、百足男を助けてくれる者などいない。


(痛い……寒い……)


 このまま暗い巣穴で、誰にも知られずに朽ちていくのか。

 そう思うと、無性に悲しくなった。

 彼は死期を悟り、巣穴から這い出る。


 長い時間をかけて森を進み、彼は川原に辿り着いた。

 あれから何度か来てみたが、一度もあの少年とは会わなかった。

 下流に、石で囲った焚き火の痕がある。

 その傍で、百足男は力尽きた。

 

 甘酸っぱい、ベリーの味。

 ……食べたのはあれきりだったが、美味しかった。


 名前も知らぬ少年の顔が、思い浮かんだ。

 あの時、もっと上手く喋れたら。

 弟にしてくれと、言えただろうか?


 視界が次第に暗くなっていく。

 痛みはもう、遠くへ消えていた。

 閉じることのできない彼の眼球が、光を失う前に人影を捉えた。

 薄れていく意識の中で、誰かが、ゴワゴワな彼の髪を撫でてくれた気がした。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ