その3 闇との対峙
泥牙は地面を力強く蹴って走り出す。立ちはだかる木々をかわし、岩が積み重なる崖を駆け上がり、ぬめる斜面を鋭い爪で駆け上ってゆく。
周囲の空気が薄くなったせいか、ただ自分の呼吸が乱れているからなのか、ダモはどこか息苦しさを感じながらも、向かう先に、これまでの擬獣の死との関係を解明できる手掛かりがあるのかもしれないという期待を膨らませていた。
進むにつれ、木々の生えている間隔が少しずつ広くなる。蔦や枝が絡みついてくる茂みも減り、幾分と見晴らしの良い場所に出た。平坦な地面が続く先に目を向ける。景色一面が緑色に染まる中、遠くに黒い服を着て走っている人間の姿を捉える。
ダモは遠方を見渡すことの出来る大きな瞳で、まだ小さくしか見えない人間の姿を凝視する。体の大きさから大人の男で間違いはなかったが、顔は黒い服から繋がる頭巾を被っていたため、見ることが出来なかった。
泥牙は一直線に男の背中を目指して走り、ぐんぐんと距離を縮めてゆく。声の届く距離まで縮めると、ダモは男の背中に向かって大声で叫んだ。
「待て! お前と話しがしたい!」
立ち止まって振り返ろうとする男の姿を、じっと見つめる――。
男が振り向くと、頭巾の少し破れた箇所から、僅かにだが目が見えた。視線が合うと、ダモは一瞬にして全身の毛が逆立ち、戦慄する。その瞳の奥には、苦しみや憎しみ、恨みや怒りが入り混じる呪念が、業火のごとく燃え滾っていた。息を吐くことを忘れるほど恐ろしく、長い耳を丸めたまま震え、深い闇の底に引きずり込まれていくような錯覚に陥る。
「地聖! お気を確かに!」
ダモの異変に気付き、泥牙は声を張る。
ダモはハッと我に返ると、汗が滝のような流れ出て、体中の毛の先端からポタポタと零れていた。目が合ったほんの僅かな時間だったが、何万年、何億年もの時間をこの場で立ち尽くしていたような疲労感に襲われていた。
震える体に鞭を入れ、どうにか泥牙から地面に降り立つが、崩れるるように片膝を着き、杖で体を支えた。これまで出会った擬獣の数百倍も恐ろしい男に気圧され、杖なしでは立っていることすら出来なかった。
気を張り続けなければ意識を闇に飲み込まれるであろう、強大な呪念を瞳に宿す男を前に、ダモは必死に声を絞り出す。
「……最初に言っておくが、俺はお前と話がしたいだけだ! 争うつもりは一切ない!」
耳をピンと伸ばし、男の動きに全神経を集中し、警戒する。もし男が攻撃をしかけてきたら、自分はなす術もなく殺されることを直感し、男の指の動き、視線、瞬きの動きまで、その一つ一つに注意を払う。
「……ん。俺の名前はダモ。お前は何者だ? どこから来た?」
男は質問に答えようとはせず、頭巾の裂けめから睨みつけたまま、ゆっくりと歩き出した。
「待て! それ以上はこっちにくるな! 何かあるのならその場で言ってくれ!」
泥牙は身をかがめ、いつでも飛びかかれる姿勢をとり、後ずさるダモに合わせて、少し遅れて後退する。




