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二十片「二姫の邂逅」

 巫覡の長とのやり取りの後、岩永姫は疲労を滲ませた顔で星読宮を逃げ出した。星読宮で巫覡の長とのやり取りを見ていた人々から、色々と声をかけられたためである。悪い人たちではないとは思うが、彼らが岩永姫に向ける好奇の視線はひどく居心地が悪すぎる。

 星読宮を出るなり、岩永姫はようやく人心地ついた。

 自分に集中する視線を、どうも好きになれない。阿戸のおかげで姿が変わったとはいえ、早々に嫌な記憶は拭い切れないものだ。

「……阿戸よ、そなたが近くにいないとこんなにも心細いものなのだな」

 岩永姫は星読宮を出てすぐ、傍にある桜の大木を見上げる。そこには青い布きれが結ばれていた。岩永姫の表情が心なしか綻ぶ。

「今夜、会えるのだな……」

 阿戸と別れて二週間近く。最初のうちは怪しまれないよう、互いに会うことを控えていたのだ。

 自分でも驚くほど心が浮足立つ。岩永姫は無意識に、自分の髪を彩る髪飾りにそっと触れた。


「お守り代わりだ。これを付けておけ」


 宮中へ潜り込む際、阿戸が岩永姫に贈ったものである。

 岩永姫の生み出した鉱石(いし)をふんだんに使った髪飾りは、丁寧な細工が施された一品であった。

「なんと美しい……」

 髪飾りを両手で受け取り、岩永姫はほぅっと見入っていた。思わずため息がこぼれ落ちる。

「かつての君からもらった鉱石を使っている。まぁ、虫よけの意味もあるから、常に肌身離さず持ち歩けよ」

 何か呪術的な意味合いがあるのだろうか。岩永姫は阿戸の言いつけを守って髪飾りを肌身離さず身に着けている。実際、この髪飾りのおかげで同じ衣司の女性たちとはすぐに打ち解けることができた。何故か男性には避けられるようになったが、岩永姫から話しかければ普通に応じてくれるので細かいことは気にしないでおくことにした。

「さて、急いで衣司へ戻らねば……」

 桜の木の下でいつまでも佇んでいては不審がられる。

 岩永姫は小走りに元来た道を戻っていった。

 そんな岩永姫の姿を、見つめる目があった。

 朱の衣に髪や首に多くの玉飾りを下げ、目じりに紅を差した美しい女である。真っ白な肌が艶やかで、腰に巻いた橙色の垂れ布には「海神」を象徴する「波」の紋章が描かれていた。

化蛇姫(かだひめ)さま、いかがなされましたか?」

 お付きの侍女が僅かに顔を伏せたまま、突然立ち止まった女主に尋ねる。

「あの娘は……?」

 女主の問いに、侍女がちらりと走り去る岩永姫を一瞥した。

「纏う衣から、衣司の者でございましょう」

「見ぬ顔じゃ。新参者かえ?」

「おそらく。大量の衣服を納めるために人員を増やしたと伺っております」

 別の侍女が口を開いた。途端、化蛇姫の双眸が鋭さを増した。

「そうか……。花の君は王さまのご寵愛ひとしおであったからな」

「あの娘、連れてまいりますか?」

 話題をそらすように侍女が尋ねた。

「いや、よい……。一瞬、あの娘が花の君に見えたのでな。見間違いじゃ」

「そう言えば、花の君には一人、姉がいると聞きました。王さまが『大層醜い容姿ゆえ国元へ帰らせた』と聞き及びましたが、事実でございますか?」

 侍女の一人が嘲るような笑みとともに尋ねる。

 化蛇姫も口元を袖で隠すと、その口角を吊り上げた。

「王さまのご英断じゃ。いくら相手が山主神の娘と言えど……岩の身体を持つ女子を妻に持った殿方など、聞いたこともない」

 化蛇姫の言葉に、侍女たちが顔を見合わせて笑い合う。

「体が岩では、王さまの子を身ごもるどころか、お慰めすることもできますまい」

「本当に……。聞けば目や耳はおろか、口もないという噂です。わたくしなら、恐ろしくて同じ空間になどいたくはありませぬ」

「わたくしも。むしろ奥殿になど召し上げず、その辺の庭石にでもしてしまった方が多少は見栄えもよくなりましょう」

 口々に言い合う侍女たちのうち、最後尾に控えた侍女が表情を曇らせた。

「しかし、王さまに不穏な言葉を残して立ち去ったと聞きます。もしや宮中で起こっていることも、岩永姫の祟りかもしれません……」

「これ、滅多なことを口にするでない!」

 暗い顔で怯える侍女を、年配の侍女が叱った。

「よい、このような不吉なことが続けば誰しも不安になろう。花の君の死も、実の姉によってもたらされたという噂じゃ。このような状況では、むしろ納得のいく話よ」

 化蛇姫は不敵な笑みを浮かべた。

「しかし、そう案ずるな。山主神の庇護が得られぬならば、海主神(わたつみ)さまの加護を得ればよい。これより大宮殿へ赴くのは王さまにそのように進言するためじゃ」

 化蛇姫の言葉に、侍女たちの表情が明るくなる。

「さすがは化蛇姫さま!」

「やはり次期王のご母堂ともなれば、威厳が違いますわ」

「このような状況の中でも気丈にふるまわれて……やはり王さまの側で国政を担える妃は化蛇姫さまを置いて他にはいらっしゃいませんわ」

 侍女たちの称賛を聞きながら、化蛇姫は止めていた歩みを進める。

「我が祖国――船守国(ふなもりこく)の海運力は海主神さまの教えを守って発展してきた。海主神さまは公平なお方。きっと王の治める国の助けとなってくださるでしょう」

 化蛇姫の笑みが深まる。

「少なくとも、岩の化け物を嫁になど寄越すような神と手を組む必要などない」

 化蛇姫は衣の裾を翻すと、侍女を引き連れて大宮殿へ向かった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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