二十一片「照守王の恋慕」
「王よ、星読宮の巫覡長、朔さまがお目通りを願っております」
大宮殿に備え付けられた玉座にて、物憂げなため息をもらす照守王に侍従が訪いを告げた。照守王の曇り切った眼が僅かに意思を宿す。しかし、すぐに顔を俯かせてしまう。照守王は億劫そうに手を振った。
侍従は深々と頭を垂れると、引き戸を開けるよう部下に目配せする。引き戸を開けた先には、回廊にて平伏する一人の青年――朔の姿があった。
朔は王の許しを経てからその顔を上げた。
一礼とともに足音も立てず大宮殿の玉座へと慎みながら歩みを進める。王の御前にたどり着くと、再びその場に膝を折って平伏した。
「星読宮の巫覡長、朔。照守王さまにご挨拶申し上げます」
「うむ、面を上げよ」
朔は上体を起こし、その場に座したまま王を仰ぎ見る。
しばらく見ない間に、だいぶやつれた様子であった。
朔もこうして王の姿を直に見たのは数か月ぶりである。
「このような刻限に珍しいな、朔。なんぞ、知らせがもたらされたか?」
「はい、数日前の星読みにて、新たな動きが見えましてございます」
丁寧な口調で切り出した朔に、照守王が顔を顰める。
「不吉な知らせか?」
「……現状では、慶事ではないかと」
王の問いに、朔は断言を避けた。
そのまま、深く頭を下げる。
「ふん、これ以上の不吉なことなど……咲夜姫を失ったこと以上に不幸なことはあるまい」
照守王は言うなり、片手で顔を覆った。その憔悴ぶりは目に余るほどである。
照守王が咲夜姫を失った悲しみのあまり未だ立ち直れずにいる様子に、朔も気をもんでいた。しかし、こればかりは巫覡の力でどうにかなる問題ではない。
朔が今できることと言えば、星に動きがあれば報告し、国政に役立ててもらうという巫覡の務めを果たすくらいである。
「申し上げます。以前ご報告した、姫岩星のことを覚えておいでですか?」
「ああ……あの醜女の命運を司る星のことか。確か一年前だかに消えたのではなかったか?」
「はい、その通りにございます。しかしこの度、その姫岩星のあった空に、別の星が生まれたのでございます」
「別の星?」
「はっ! 姫岩星ほどの輝きはございませぬが……この星が王の宿命星に近づいているのでございます」
「……ふむ」
「さらに王の星の傍には凶星も現れ、国政がひどく荒れる兆しが……」
朔の言葉に、控えていた侍従たちがざわつき出した。
照守王も顔を顰め、低く唸る。
「朔、発言を許す。此度の凶星……それは件の醜女の祟りか?」
「……あくまでも、可能性はあるといったところでございます。咲夜姫を失い、岩永姫を追放した我が国に対し、山主神さまはこちらの呼びかけに一切答えてくれませぬ。豊稲国は山主神さまの怒りを買いました。今後の農作物にも、影響が出始める可能性がございます」
朔の言葉に、照守王は眉間のしわを寄せた。
「今からでも岩永姫を探し出し、嫁として迎え入れろと?」
「……いえ、すでに済んだことです。無意味でしょう」
朔はあっさり言った。むしろ下手にこちらの態度を変えれば、それこそ山主神の逆鱗に触れる可能性もある。何より、王にその気がないのなら無駄な話だ。
朔は照守王の気質をよく理解した上で、必要に迫られる事柄のみ進言する。
「他の巫覡どものように説教してくるかと思ったぞ」
虚を突かれたように照守王が呟く。
「説教されたいとおっしゃるのならいたしますが?」
朔は頭を垂れたまま、即座に切り返した。
「いや、やめてくれ。あの醜女と結婚するくらいなら豊稲国中の村娘全員を嫁に迎えた方がはるかにマシだ」
あけすけな物言いの朔に、照守王は手を振って遮った。
朔は誰に対しても自分の意見を隠すことなく発言する。それは時に無礼とも取れる振る舞いだが、幼い時よりともに育った照守王としては心を許せる数少ない友であった。
「何はともあれ、凶払いの儀を執り行いたく存じます」
「うむ、許可する。必要なものは各所に通達せよ。ただ、咲夜姫の陵墓建設に支障が出ない範囲で頼む」
「……仰せの通りに」
朔は再び深々と平伏すると、王の御前を辞した。
「……少し出る」
「はっ!」
照守王は玉座から降り立つと、大宮殿の回廊に立った。晴れ渡った日差しの中、遠くで兵士たちが上げる訓練の声が聞こえてくる。ふと視線を星読宮へ向けた。大宮殿から見える桜の大木が、緑の若葉を広げている。
その大木の下に、一人の女性が佇んでいた。
照守王の目が見開かれる。
髪飾りに手を添え、桜の巨木を微笑みとともに見上げている女性はこの世のものと思えぬほど美しい容姿をしていた。陽光を受けて輝く黒髪は磨き上げた黒曜石のように周囲の景色を透けて見せ、柔らかく微笑む口元は桜の花のように薄っすらと色づいている。その双眸が桜の巨木を見上げ、まるでその大きさに魅入るかのように細められた。その様はまさに、神々の住む常世から迷い出でた女神のようであった。
「美しい……」
照守王は夢見心地のように呟いた。
まるで生きた宝石のようだ。
咲夜姫が見る者の心を浮き立たせる華やかな花の美しさであるなら、目の前に佇む女性は天然の鉱石を丹念に磨き上げたような凛々しさを伴う美しさである。
「あれは……」
「はっ、纏う衣服から衣司の者でございましょう」
侍従が頭を垂れたまま、照守王に告げる。
照守王はその間も、娘から目を離さなかった。
「なんと美しい娘か……」
照守王はほぅっとため息をもらす。すると、照守王の呟きが聞こえたかのように、女性は我に返った様子で身を翻した。あっと声を上げる間もなく、衣司のある建物へ小走りに駆け去っていった。
彼女が髪につけた見事な髪飾りが、陽光を受けて輝いた。遠目では判別しづらいが、いくつもの鉱石をはめ込まれた見事な一品とわかる。
「……あの娘、素性を調べられるか? どこの村娘か? いや、あれほど高価な髪飾り、もしかしたら豪族……その近親者かもしれぬ」
「は……、すぐに調べさせます」
侍従は部下に目配せすると、照守王に告げた。
「ああ、それよりも衣司の長を呼べ。あの娘を我が宮へ呼ぶように――」
「王さま、まだ忌み籠りが開けておりませぬ。あと一か月の辛抱にございますれば……かの娘をすぐに召し抱えるのは思いとどまりください」
「ああ、なんともどかしい! おい、誰か! 朔を呼び戻せ! 星読宮へ使いを出すのだ! 忌み籠りの期間を短縮せよ!」
「はっ!? し、しかし……」
「命令だ、早うせよ!」
臣下に命ずる間も、照守王の目は駆け去った娘の姿を求めて衣司の方角を絶えず見つめている。侍従は照守王が見せる晴れやかな表情に、ホッとしたような、同時に不安を滲ませるような表情で小さく息をついた。
「照守王さまに申し上げます」
別の侍従が、照守王の背後で一礼した。
「化蛇姫さまがお目通りを願っております。いかがなさいますか?」
「会わん。余は忙しい」
照守王はすげなく答えた。
取次ぎにきた侍従は深々と一礼し、王の言葉を伝えに戻っていった。
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